消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第7話:トリニティ防衛戦(1)

燃ゆる炎の柱が雪を溶かす。

路上に積もった雪もまた同様に、トリニティ全域へ怒りの炎は伝播する。

肌に張り付く制服のじっとりとした不快感。吹きゆく風すら熱風に、アビドス砂漠の風が吹く。

 

ホシノはショットガンを頭上へと向ける。風が銃口に纏わりついて、やがて巨大な炎を生成する。

ちりちりと皮膚を焼くような感覚を、その場にいた三人――ツルギ、ミネ、セイアは確かに感じ取った。

 

悪夢の根源、黒衣を纏った小鳥遊ホシノ。

ツルギの瞳に映るのはその熱球のみ。その眼底に宿るのは恐怖ではない。正義実現委員会の長たる信念のみ。

ミネも同じく、信念を標榜し、ただそこに立っていた。どれだけ異常な力であろうと、臆する者はここには居ない。

 

「きひひ……行くぞ、ミネ」

「ええ、ツルギ委員長」

 

ホシノを見据えて頷く二人。そして消える熱球は装弾完了の合図。赤く熱されたショットガンの銃身。

攻撃が、来る――

 

「――消えて」

 

爆炎。

それは周囲一帯を焼き滅ぼす神の息吹だった。

 

爆風に耐え切れず吹き飛ぶ街路。一瞬にして全てが炎に飲み込まれた。

あまりに無慈悲で理外の一撃。それで終わりのはずだった。――ホシノの足元に陰りが落ちるそれまでは。

 

「はあぁぁ――ッ!!」

「なっ――!?」

 

ホシノ目掛けて落下してきたミネを転がって躱すと、地面にクレーターが生まれる。

人間爆弾とも言うべき落下攻撃。盾越しに構えられたショットガンに意識を割かれた瞬間、炎の中から誰かの手がホシノへ伸びる。

 

「私をぉ……忘れるなぁぁああああぁぁははははは!!」

「――っ!!」

 

焼け焦げた制服姿のツルギが笑いながらの突撃。バックステップでミネの射線までホシノは後退。追い縋るツルギもショットガンを二挺取り出す。

全員が近接、全員がインファイター、全員がショットガン。乱戦ともなれば味方への誤射は必須。これだけでコンビネーションは利かなくなる――そのはずだった。

 

「全力で参ります!」

「いひひひひひひひ!!」

 

ツルギとミネが同時に撃った。味方諸共、誤射を気に掛けることなく。

完全に予想外の事態を前にホシノが躱し切れるはずもなく、ツルギとミネの銃弾が全身に浴びせかけられ思わず呻いた。

 

「み、味方ごとなんて……」

 

そう漏らすとツルギは笑みを浮かべて、ミネは屹然として声を揃えてこう返す。

 

「こんな程度じゃミネは倒れない……」

「この程度では委員長は倒れません」

 

――狂っている。

 

そう思うほどの高火力にホシノは冷や汗を垂らす。

今の銃撃でホシノ自体に傷は無い。代わりに世界が軋む音が聞こえた。

相手が放つは被弾を畏れぬ保身なき十字砲火。囲まれれば逃げ場はない。躱せなければホシノの代わりに世界が傷つく。

 

「それがなに……!? だったらただの乱戦と変わらない! 全員倒せばいいじゃんか!」

 

ホシノの叫びが世界を焼く。内包するは殺戮の神性、セクメトの炎。

路上に敷かれたコンクリートを突き破るは焔。ツルギとミネが即座に避ける。右と左、分断されるように路地の端まで追い詰められる。

 

それは火であった。

路地まで伸びる火炎の壁。触れる者は例外なく焼く痛みの象徴。触れば焦がす。誰であれ。

切り開かれた通りの先には追うべき敵たる先生たちの車両が見える。足に力を入れて疾駆する。敵は殺す。焼いて、焦がして、跡形もなく――罪悪感すらも焼き滅ぼすように、走る車両のタイヤ目掛けて銃を構える。

 

その煉獄を突き破る者がいた。

 

「きぃひひひひひゃぁああああ!!」

「くっ――!」

 

触れれば焼くはずの壁を突き破ってホシノの胴体にぶちかます剣先ツルギ。

皮膚は焼かれて炭化する。黒ずんで灰と散りゆくその瞬間にも再生を行うツルギの全身。煤だらけで焼け焦げた制服に本人以上の耐火性能があることは確かであった。

 

転がるホシノと組み付くツルギ。

二人は路上を転がって、ホシノが生み出した炎の壁のその中へ。

ホシノは焼かれない。この炎はホシノ自身のものだから。だがツルギは焼かれる。焼き続けられる。如何なる者すら拒絶する聖火であるが故に。それでもツルギはホシノを離さない――

 

「なにやってるのさ……! 死ぬつもり!?」

「死ぬ? きひゃッ……! 私は死なない殺してみろォ!!」

「ッ――!」

 

ホシノがツルギの腹部を蹴り飛ばす。ツルギはあっけなく蹴り飛ばされて炎の外へ。

ツルギの再生力についてはその噂を耳にしていた。けれど何事にも限界がある。あれは確実に重傷だ。すぐに動けないほどまでに。

 

――私には要らない。()に飛び込む人なんて。

 

再び走る。誰も私には追い付けない。私は全てを置き去りにする。誰も彼も、私には必要ない。

その時だった。空気を切り裂いて真横から迫る弾丸。思考するより前に脊髄反射で身を逸らす。鼻先を掠めるその一撃は明らかに人体の急所を躊躇いも無く狙った一撃。瞳を向ける。

 

「あわわ……外しちゃいました……」

「フィリウスの代表も言ってたでしょ。相手はマトモじゃない。姉さんよりも強いって」

 

二階建ての家屋の屋根から路地を見下ろしていたのは二人の姿。

アリウススクワッドたる小隊のメンバー。即ち槌永(つちなが)ヒヨリ、戒野(いましの)ミサキ。

本来の時間軸においてエデン条約に纏わる事件からアリウスからもトリニティからも分かたれた者たち。けれどもここでは違う。アリウス融和の作戦が全て想像通りに上手く行ったこの世界においては。

 

「ま、あくまで私たちは時間稼ぎ。仕留めるのは目的じゃないし……」

 

気だるげに呟いたミサキが空中へと撃ち放ったのは多連装ロケットシステム――空中で分離し空から地へと降り注ぐクラスターの弾頭はホシノの頭上に鋼鉄の雨を降らせる。

 

「くっ――」

 

ホシノは路地の端まで走って逃げる。背後で爆発。テルミットが地上で燃え盛る。

そこに迫るのは奇声を上げながらホシノへと走り寄るツルギの姿――

 

「しぃぃぃいいいああああああ!!」

「なんでもう動けるのさ!!」

 

ツルギが二挺のショットガン、その銃口を合わせてホシノへ向ける。ブラッド&ガンパウダー。赤き銃身。正義の剣。

そこから放たれるのは血のように赤い炸裂。ホシノは咄嗟に目の前の建造物へと飛び込む。ガラス窓が破られて転がり込んで、それから建物内部を学園方面に向かって走る。

 

その時だった。

腰回りに僅かな抵抗。ピンとワイヤーの切れる感触。

 

(――まずっ!?)

 

廊下の頭上が爆発した。天井に仕掛けられた爆薬から放たれる衝撃に一瞬目が眩む。その隙を突いて投げ込まれるスモークグレネード。

視界は完全に白い煙に呑まれて消える。煙幕を吐き出すグレネードから聞こえる音が廊下に響いて――ホシノは自分に迫る僅かな足音を捉えた。

即座に構えるショットガン。手元を蹴り飛ばされて宙を舞う銃。白煙の微かな切れ目から見えたのはガスマスクを被った氷の魔女、白洲(しらす)アズサ。

 

「すべては無に帰し、徒労であると知れ」

「徒労なんて分かってるよ」

「……っ!」

 

ホシノへ向けたはずの銃は手元になかった。アズサを見つめるのは先ほどまで構えていたはずのアサルトライフル、その銃口。

銃を向けられた瞬間にアズサの銃口と手元を挟み込むように叩いて奪ったいわゆる無手取り。ホシノの――いや、世界の創造主たる補正を持ったうえで実現された絶技である。

 

「じゃあね」

 

アズサのカービンが本来の持ち主たるアズサ本人に向かって唸りを上げた。

掠め削るは腕の端。思わず身を引きホシノを見ると、アサルトライフルの引き金を引きながらも片腕を真上へと上げていた。

そしてその手に収まるのは蹴り上げられたショットガン。アズサが全力で後ろへ飛びずさる。処刑を執行するかのように振り下ろされたホシノの片腕は、その先の銃口に至るまで正しくアズサへ向けられる――

 

「アツコっ!!」

「今だね」

 

瞬間、ホシノの足元が爆発した。第二のトラップ。手動操作による発破解体。

その爆風で僅かに逸れたショットガンの銃撃がアズサの頬を、耳を掠めて通路の奥へと飛んでいく。

それからホシノの背後から張られたのはサブマシンガンによる弾幕。銃撃の主は(はかり)アツコ。ベアトリーチェの介入が無かったが故に未知の技術で作られたマスクを持たないアリウスのロイヤルブラッド。

 

「次から次へと!!」

「まだまだ続くよ。私たちはチームだから」

 

振り返ったホシノがショットガンを放つも、背後に現れたアツコとの距離はショットガンの射程範囲外。加えてすぐそばの扉に飛び込んで銃撃を躱される。ホシノは憎々し気にアズサから奪った銃を投げ放つと、アツコから返って来たのはこんな言葉だった。

 

「いいの? 私たちばかりに目を向けて」

「何を――」

 

そう言いかけた次の瞬間、突如壁から手が伸びた。

いや、正確には壁を突き破って両手が外から差し込まれ、ホシノの片腕を両手で掴んだ。

 

「つぅぅかぁぁまぁああええええ!!!」

 

壁の向こうのツルギが笑った。

 

「たぁああああああ!!」

 

一息に外へと引き抜かれたホシノの身体は壁を突き破って外へと引きずり出される。

脱臼はない。代わりに世界がひび割れた。空から零れ落ちる世界の欠片は今や吹雪に。割れた空の向こうの深淵。ツルギが叫んでホシノの鼻先と触れ合う距離にまで。ホシノはショットガンを手放さなかった。

 

「――落ちろ」

 

ツルギの腹部に当てられたショットガンが火を吹いて、ツルギの身体が宙へと浮かぶ。

真っ当でない威力の一撃は致命の寸前まで削り取る必死の一撃。それ故にツルギ以外の誰も積極的な攻勢に出ることはできない。

 

だがそれも直接戦闘に限ったこと。

再び路上を走り始めて数秒も経てば、ホシノの周囲には誰も居ない。誰も居ないならば巻き込まない。本当の面制圧(・・・・・・)を行ったとて。

 

「全隊、砲撃を――!!」

 

遠く――トリニティの中枢にてナギサが合図を出した。

空を覆うは迫撃砲の雨嵐。それは奇しくもゲヘナ戦において暁のホルスたる未来のホシノが見た光景に近しい景色。

けれどもそれは、生徒の域を越えたホシノにとっては絶望に値しない光景でもあった。

 

ショットガンを向ける。力の方向性を定める。

引き金を引く。銃身に込められたのはある種の神性。明晰夢の中でこそ見せる想像の具現。迫撃砲すら空中で撃ち落とす理外の一撃に他ならない。

 

「――沈め」

 

空を彩る数多の爆発。大地に降り注ぐは灼け爆ぜた弾頭の鱗片――黒い煤。

その全てを全身に受けてから、ホシノは全力でトリニティへと続く道路を走った。

 

――追いついた。先生たちを乗せた車両!!

 

二台の車両はもはや視界に入り、更に加速するといずれ手に届く範囲にまで。

触れる必要は無い。代わりに向けるはショットガンの銃口。引き絞って放たれるは即殺の炎。

 

「終わりだ!!」

 

叫んで撃って、散弾が後輪を撃ち抜いた。

スピードが落ちる。更に縮まる彼我の距離。更に撃つ。撃つ。撃つ。

漏れ出たガソリンに火花が散って即座に爆発。炎上する車両。これでもう、これ以上誰も殺さずに――

 

「げほっ、げほっ……」

 

むせながら運転席から出て来た救護騎士団の部員がホシノを見た。

部員の口元には微笑。罠にかけた者特有の、異常な笑み。

 

「外れですよ生徒会長。ダミーですから」

「な……」

「自分は役目を果たしましたから。生徒会長も撤退したら如何でしょう?」

 

皮肉気な笑みを浮かべたその部員を見て、ホシノは気付いた。

空の瞳。全ての自治区に浮かぶ真昼の太陽こそがホシノの瞳。その眼が捉えたのはトリニティへと向かって散り散りに走行する救護騎士団の車両、計十九台。

 

――いつの間に!?

 

張り巡らされたダミー車両。全てを潰すには時間が足りない。何よりツルギをまだ倒し切れていない。

いつの間に、と一瞬思考してすぐに思い当たった。ヒヨリとミサキによって建物際まで誘導されて、ツルギによって建物内部へ逃げおおせた。数十秒と言えども建造物で足止めを食らって外へ引きずり出されて、トドメのナギサによる面制圧――に見せかけた目くらまし。

 

百合園セイア、ひいてはトリニティの裏切りの露見からここに至るまで目の前の戦いに意識を割かれ続けての攪乱作戦。

これが一丸となったトリニティだった。ただこの瞬間、短期的に、たったひとり(百合園セイア)のお願いに頷いたトリニティの全力だった。

 

「百合園セイアぁぁぁああ!!」

「そんなに叫ばなくとも聞こえているさ」

 

何も無い中空からふわりと、セイアの姿が実体化(・・・)した。

それは本来ならば有り得ざる能力。空間の転移そのもの。ホシノは瞳に驚愕の色を浮かべるが、セイアは何てことのないように言い放った。

 

「あまり人には言っていなかったけれど、私は明晰夢の歩み方なら一日の長があるのさ。当然、君よりもね」

「……私に引けって?」

「もちろん。ここは君が決着をつけるべき場所じゃない」

 

百合園セイアの言葉と共に、この場に集められた最後のひとりが姿を現した。

 

「虚しい…全てはただ、虚しいだけだ」

 

アリウススクワッド、リーダー。錠前(錠前)サオリ。

今この場に集うのは正義実現委員会委員長ツルギ。救護騎士団団長ミネ。アリウススクワッドのサオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ、アズサ。遠くから指揮するナギサと理解の及ばぬ力を使うセイアの計九名。とてもじゃないが無傷で通れる相手ではない。選べる道はひとつだった。

 

「だったら医療施設を壊せばいい。搬送されても治療されなければ私の勝ちだ――。試してみなよ! 私からトリニティを守ってみせなよ!!」

 

その言葉と共にホシノの姿は掻き消えた。

いや、正確には攻撃も防御も捨てて全速力で離脱した。ここまでが想定通り(・・・・・・・・・)だった。だから誰も慌てて追いかけない。

 

「第二ラウンドだ」 セイアが言った。

 

「各自、ゲリラ戦を仕掛けてくる生徒会長を迎撃し、必ずアビドスまで撤退させる。……準備は出来てるかい、ミカ」

『まぁまぁかな』

 

通信機越しにミカが笑った。

生まれながらの絶対君主。ワールドイズマインを叫ぶ我が儘な王女が面を上げる。零落しなかった少女の瞳に映るのはお花畑のような世界平和。相手が敵ではなく悲しくて泣いているだけの獣であればこそ、この戦いが素直ではない友人の頼みであればこそ、その力は十全に発揮される。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

天つ星の欠片が落ちる。トリニティ総合学園に建てられた鐘楼から舞い降りて、生徒会長が来るであろう所定の位置へと走っていく。

全てはこの戦いが始まる少し前。セイアとの対談から始まっていた。




――次回 第8話:トリニティ防衛戦(2)
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