消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第8話:トリニティ防衛戦(2)

「私に戦えって?」

 

ミカは困惑したように私に言う。

そこはティーパーティーの話し合いでよく使われるトリニティのテラスだった。

校内を一望できるティーパーティーのための空間。私が呼び出したミカとナギサは白いテーブルを囲んで座り、ティーカップの紅茶に口を付ける。

 

「あの、セイアさん。私たちは友人ではありますがティーパーティーでもあるんですよ? 流石に根拠もなくアビドスに弓を引くのは、その……」

「分かっているさ。自分が何を言っているのかも。……もう一度言おう、生徒会長と戦うために君たちの力を貸して欲しい」

 

顔を見合わす二人。それが普段の私らしからぬ言葉によるものだということは分かっていた。

何せ私が言ったのだ。もうじき先生たちを追って、生徒会長がトリニティを襲撃するのだと。

誰であってもこう思うはずだ。そもそも先生も暁のホルスも世界を狙う敵だったはず。彼の存在を守る必要なんて何処にも無く、むしろ生徒会長に引き渡せば誰にも被害は出ないのだということを。

 

「ねぇ、何で? 戦う必要なくない? 理由でもあるの?」

「……言ったところで理解は出来ないさ」

「はぁ……それでお願いだなんて都合良すぎでしょ」

「ミカさん……! ですが、これは私も同意見ですよセイアさん。理解できる出来ないはその後です」

「…………」

 

私は黙って紅茶に口を付ける。どう伝えるべきか、どんな言葉で伝えるべきかを思案する。

そのまま話したところで夢の世界のルールが適用されて、自身の言葉は無価値な何かに置換されかねない。

今まで届かなかった言葉をどうすれば届けられるか。ミレニアムとゲヘナのタワーが消えてルールの強制力が落ちているとはいえ、ここでしくじれば時間的にも後がない。

 

そんな私をミカは普段とは違い急かさず待ってくれていた。

いや、ミカも別に私に対して声に出す言葉ほど私を嫌っていないのは分かっている。口喧嘩はよくあることだが、嫌い合っているわけではない。それどころか、小さなお願いであれば文句は言いつつも聞いてくれる。

 

けれどもたった今私の言った言葉を頷くには、互いに地位が高すぎた。

パテル、フィリウス、サンクトゥス――トリニティでも最大の生徒連合のトップであるというのは強大な権力を保有すると同時に自由を奪われるということ。

学校の平穏を乱す不穏分子を守るためにアビドスの生徒会長と戦うなんて有り得ない選択だった。

 

――ナギサはともかくミカだって、公私の区別は確実に分けるタイプだ。

 

だからこそこのお願いが「お願いします」の一言で済むとは思っていない。それを分かってか、ナギサとミカはこれ以上の言葉を挟むことなく私を見つめ続けた。

 

――自身の想いを相手に伝わるように言葉にする。難しいことだ。本当に。

 

何度も言葉を組み替えて諦めて、そうしてようやく、私は呟くように口を開いた。

 

「私たちは皆、心の何処かに小さな絶望を抱えて生きている」

 

それから切り出したのは、何てことの無い歪みの物語であった。

 

それは例えば自らの持つ未来予知。別に理屈を超越した正体不明の戦闘能力でも構わない。

ただ、人と違う物を持つ者は皆、その力に振り回されてきた。

 

「私がこれまで見てきた未来の絵図は、絶対に回避不可能な確定された未来だったんだ」

 

幼き頃のこと、予知夢が見えることは当たり前のことだと思っていた。

例えば転んで怪我をする子がいるとして、それをあらかじめ見ている私は警告するのだ。これから転ぶその子供に。

 

「まともに聞いた人なんていなかったよ。気味悪がられて遠ざけられて、それでも私一人でどうにかしようとしたこともあったんだ」

 

けれどもこれは確約された未来予知。当然のことながら、その結末も決まっていた。

一度見たものは回避できない。必ず見た光景が何処かで起こる。全ての未来は確定しており、それに抗うことは決して出来ない。

 

そして私は、いつしか抵抗することを辞めていた。

これから起こる不運に対して目を瞑り、耳を塞いで口を閉じた。

どうせ何も変わらないと思いながらも「未来が見える」なんて事実を知られない限りでそっと示唆することは確かにあった。

きっと私の出来た僅かな抵抗だったのだろう。理屈ではなく感情で、私は私の見た未来が否定されることを心の何処かで願っていた。

 

それでもやはり駄目だった。何も変わらず、ただ賢者などと祀り上げられて気付けばサンクトゥスのトップにされていた。

権力を得てもなお、何も変わらない。忠告に耳を貸さない者も素直に聞いた者も、等しく描かれた未来絵図を歩むほかなかった。

 

「そんな私が……世界の終わりを夢に見たんだ」

 

小さな絶望は逃れ得ない絶望へ。

赤く染まる空。人々の悲鳴。黒衣の少女と、そしてまだ見ぬ先生の死――

 

――もう、何も見たくない。

 

私という器に抱えきれないほどの泥が流し込まれたかのような気分だった。

どうすることも出来ないという絶望。全ては虚無へと落ちていき、私は目を覚ますことを諦めた。

 

「そんな私を、起こしてくれた人がいたんだ」

 

私の見た未来は確かに何も変わらなかった。けれどもそれを結末にしなかった人がいた。

私が見る未来はそこで終わりのエンドロールではないのだと、解釈を、観方を変えてくれた人がいた。

 

「だからこれは私個人の恩返しなんだ。悪夢を、絶望を、夢と希望の物語に変えてくれたあの人に私は恩を返したい」

 

今なお暗闇の中を彷徨うあの人に、私を導いてくれたように光を与えたい。

いつしか私の目には涙が溢れていた。助けたい。救ってあげたい。私がそうされたように、子供の私があの人の手を取って教えてくれた道へと引っ張ってあげたい。

 

「頼む……。これが私のエゴだとは分かっているんだ。けれど、私に出来ることは何もない……。私ひとりじゃ何も出来ないんだ――ッ! だから――」

 

ふわり、と花の香りがした。

ミカとナギサが私を抱きしめて、震えるこの手を握っていた。

 

「うん、分かった」

「分かりましたよ、セイアさん」

 

ミカとナギサは私を見て互いに笑って、それからミカが意地悪そうに私を見た。

 

「要は、先生に目覚めのチューを貰ったんでしょ?」

「な、さ、されていないが!?」

「でも、それぐらい衝撃的だったんでしょ~?」

「そ、それは……」

 

思わず俯いて視線を逸らすと、ナギサから追撃が放たれた。

 

「つまり――愛、ですね」

「うわ出た」

「出たって何ですか!?」

 

ナギサが不服そうに頬を膨らませて、ミカが笑って頬を突く。

トリニティ最高権力たるティーパーティーは、先生たちの救助に同意した。一つが三つ、三つで一つ――それがティーパーティーの姿であった。

 


 

トリニティ市街が爆破と炎の足跡の残して爆ぜる。

外縁に張り巡らされたのは正義実現委員会の部員たちと、ティーパーティーの部員たちであった。

爆発の元では今なおホシノとツルギが苛烈窮まる戦いを繰り広げているのだろう。学園の周囲を右回りに、まるで台風のように戦いの足跡は徐々に学園へと近付いて行く。

 

「いやもう……こんなの大怪獣とでも戦ってるって感じじゃん……」

 

ティーパーティー、パテル派の部員が呟いた。その言葉を聞いたのは正義実現委員会の部員ひとり。

見晴らしの良い空中回廊の一角で行われた会話は当然のものであろう。

 

「ま、まぁそうですけど……。それでも致命傷を負った先生たちを助けるためなら逃げるわけには――」

「よくない? あんなのがこっちまで来たら何も出来ないままにやられちゃうよ? あの委員長と互角ならウチらが居ても意味無いでしょ」

「それは……まぁ、その……」

 

パテル派の部員は溜め息を吐いて、それから銃を仕舞った。これ以上やってられないとでも言うかのように。

 

「じゃ、私降りるから。あとは頑張ってね」

「ええ!? そんな――」

 

委員会の部員が叫ぶ――その時だった。かつり、と空中回廊をブーツの鳴らす音が響く。

 

「おや、逃げるのですか?」

「へ……?」

 

声のする方に視線を向けたパテル派の部員は、声の主を視界に捉えて小さく悲鳴を上げた。

 

――サクラコ様……!?

 

シスターフッドのリーダー、歌住(うたずみ)サクラコが微笑みながら、部下を連れてこちらへ向かっていた。

トリニティの暗部を司る苦痛の教徒。逆らう者は皆、教会の地下にあるとされる拷問部屋へと消えていったとのことだ。

逃げようとしたことは既にバレている。最悪な想像が脳裏を過ぎる。パテル派の部員は振り絞るように声を上げた。

 

「なな、何を逃げるなどと……! ち、違います! ただちょっと擦り傷が負ったため救護騎士団の元へ向かおうかと……」

「傷、ですか?」

「ひっ――」

 

サクラコの瞳が全身をねめ回すように動いたように感じた。当然外傷はない。擦り傷なんて出来ていないのだから――

 

「あ、あ、違います! 足を挫いてしまったのです! 爆撃が続いているでしょう? ですから、こう、足を捻ってしまって……」

「……そうですか。足を、捻ってしまったのですね」

「――っ!」

 

ぞわり、と背筋に悪寒が走った。

嘘を吐いていることがバレたらどうなるかなんて分からない。きっと今想像していることよりも酷いことが起こるかもしれない。

いや、既に自分の嘘は見抜かれていて、その上で問われているのかも知れなかった。けれども白状するわけにはいかない。吐いた言葉は決して戻らず、覆水が盆に返ることもない。押し通すしかない――

 

「そ、そうです! ですので、私はこのまま救護騎士団の元まで……」

「お待ちください」

「はいっ!」

 

傍を通り抜けようとして掛けられた声に、ぎぎぎと音を鳴らすように振り返る。

――サクラコはただ、微笑んでいた。

 

「でしたら、シスターフッドの救護員がこちらにおりますから。皆さん、彼女に手当(・・)をお願いします」

 

その言葉と共に空中回廊には数名のシスターフッド部員が上って来た。

皆が皆、穏やかであること以外の感情の読めない表情でこちらを見ていた。

もう駄目だった。完全にバレている。それどころか逃げようとしていたことなんて最初からバレていて、そのための監視をずっと行っていたのだ。そうでもなければ逃げるなんて言った瞬間に都合よく現れるはずがない。

 

「どうぞ、こちらへ」

「遠慮なさらず、さぁ」

「薬の準備は出来ております」

 

さぁ、さぁ、さぁ……。

手招く先は回廊を下る暗闇の階段。絶望に辿り着く処刑台。パテル派部員は逃げようとした全ての選択を後悔する。

 

「あ、あ……」

 

喉を吐くのは声にならない喘ぎ声に他ならず、その様子をサクラコはじっと見ていた。

じっと見て、それから声色が変わった。表情は見えない。見られない――

 

「もしかして……怪我はないのですか?」

「ひ、ひぃ……!!」

「私たちが此処に来たのもひとえに前線に立つ皆様の支援のため。戦火の恐怖は人を容易に狂わせるでしょう。ですから、そのケアこそが(・・・・・・・)、私たちの役目です」

「け、ケア……?」

 

ケア。どう考えても拷問の隠語である。爪を剥がされるのか。いやきっと想像すらつかないようなことをされるに違いない。

呼吸を乱しながら跳ねる心臓を押さえて、目の前に立つサクラコの顔を見る。

 

その顔は善意の笑みで満ちていた――

 

「もう、大丈夫ですよ」

「ひぃぃぃぁああああ!!」

 

走る、逃げ出す。銃すら投げ出して。

けれどもその身体はシスターフッドたちに捕らえられる。サクラコは驚いたような顔をして近づいて、それから部下へと指示を出す。

 

「錯乱しているかも知れません。入念な治療(・・)をお願いします」

「や、やだ……死にたくない! 殺さないでぇ……!」

「殺しませんよ……? 大丈夫、きっともう怖いことはありませんから」

「ああああぁぁぁぁぁあ――!!」

 

――そうして、パテル派の部員は何処かへと連れて行かれた。

その様子を見ていた正義実現委員会の部員が溜め息交じりに呟く。

 

「あの、サクラコ様」

「はい? どうされましたか?」

「さっきの方、恐らくシスターフッドに殺されると勘違いしてますよ……」

「何故ですか――!?」

 

狼狽えるサクラコ。本当にただ怪我をしたのなら治療を行い、トリニティでも早々見ない戦いを前に恐怖したのなら安全な場所へ居てもらおうと思っていただけなのだから狼狽するのも当然だった。

しかしシスターフッドのあまりの外聞の悪さを知る者はきっと皆が頷いた。安心させようとして浮かべる笑みさえ妙な迫力のあるサクラコならば、そんな勘違いも仕方がないのだと。

 

「それでサクラコ様。応援に来てくださったのですか?」

「はい。セイアさんによればこの場所でアリウスの皆さんとホシノさんがぶつかるとのことでしたので」

「弾幕要員――でしたっけ?」

「ええ」

 

サクラコが頷く。というのも、戦力配置は全てナギサの指揮であった。

相手は被弾を極力避けるが故に、弾幕を張って強行突破を抑制する。そうして時間を稼ぐ間に強い駒をぶつけて疲弊させるというもの。

ポーンはポーンとして前方ワングリッドを効かせる。全ては致命的な損害を何処にも出さないために。

 

「それに、セイアさんも仰っていました。相手は敵ではないのだと」

「敵ではない……?」

 

サクラコの言葉に首を傾げると、サクラコは不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

「悲しくて、苦しくて……、それでもどうすることも出来なくて銃を手に取るしかなかった――ただそれだけの個人とのことです」

「……よく分かりませんが、その」

 

言葉を区切って選ぼうとして、結局諦めてから改めて口を開く。

 

「笑顔に迫力がありすぎて悪役にしか見えないです……」

「どうしろと……!?」

 

そう叫ぶ眼下ではアリウススクワッドの面々がホシノとの交戦を始めていた。




――次回 第9話:トリニティ防衛戦(3)
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