消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第9話:トリニティ防衛戦(3)

遠距離からの狙撃がホシノの足元を穿つ。削られたアスファルトは破片となって飛び散って、そこにアサルトライフルの銃撃が突き刺さる。

正義実現委員会の部員たちが道路一杯に築いた陣地に、アリウスのヒヨリとミサキが援護射撃を放っていた。

 

「な、なんだかやけに強くないですかあの人……」

「……そうだね。もう少しだけ様子を見たら撤退しようか」

 

ミサキは溜め息を吐いて目の前の惨状を眺めた。

ここまでの道のりで動員された委員会部員の数は120名。そのうちの86名が一撃で意識を狩り飛ばされている。

死屍累々……というには誰も死んでいない上に気絶止まりの負傷であるのだから、まだ優しい方だろう。

それにここまでの被害を出して当たった弾の数は20発前後――想定よりも戦果は上々(・・・・・)だった。

 

「うわぁぁぁ!! う、撃たな――」

 

なんて様子を見ているうちに3人が撃ち飛ばされる。派手に飛んだ部員の姿に、他の部員が思わず怯む。

その間隙を突いてヒヨリが狙撃。ヒット。肩口に当たってホシノが苦痛に顔を歪めた。

 

「ナイスヒヨリ。流石に対物ライフルなら通るみたいだね」

「あぁぁ……痛いですよね? 苦しいですよね? きっと撃たれた恨みで真っ先に私を狙ってくるんですよね?」

「今回はそうだろうね……。そろそろ逃げようか」

「は――」

 

と、ヒヨリが口を開いた次の瞬間、ヒヨリが背負ったバッグごと吹き飛ばされた。

ミサキが思わず振り返る。呻く部員以外誰も居ない。その時、僅かに視界に影が落ちた。

 

(上――ッ!!)

 

回避を捨てて迎撃するべく構えたロケットランチャーは蹴り飛ばされて、ショットガンの銃口が突き付けられる。

感情を排した隻眼。小鳥遊ホシノがミサキを見ていた。

 

「……いいよ。殺しなよ、生徒会長。別に生きてても仕方ないし」

「――ッ」

 

引き金は引かれなかった。ホシノの瞳が僅かに揺れる。それを見て、ミサキは下らないとでも言わんばかりに鼻で笑った。

 

「止めて欲しくて暴れてんの?」

「ち、ちが――」

「だから誰も殺せてない。わざわざ救護室を攻撃するなんて言う必要もない。全部中途半端。私も、あなたも」

「お、お前に……何がっ」

「分かるわけないじゃん。他人のことなんか」

 

声をかけながら、ミサキはアンクルホルスターからリボルバー拳銃を引き抜いてホシノへ向けようとする。

しかし、当然ホシノが引き金を引く方が早い。銃声が鳴ってミサキのヘイローが消える。勿論――死んでいない。

 

そして場の制圧が完了した。

ホシノは正体不明の感情を奥歯で噛み殺しながら、学園への回り道を再開した。

 


 

「ひとまずは予定通りに、ということですね」

「ああ、これなら……負傷者は出てもそれ以上は起こり得ない。誰も死なずに済む」

 

ティーパーティーのテラスにて、ナギサとセイアが言葉を交わした。

ナギサにとって、神足の勢いでトリニティ自治区を駆け巡る今の生徒会長の捕捉それ自体は大したことではない。

部隊の配置から武装の量まで指示を行い、対応策を用意して迎え撃つ――こんなもの、普段トリニティで行われている暗闘と比べればルールも状況も明白でやりやすいことこの上なかった。

 

「ええ、何より……アビドスの生徒会長は誰も殺そうだなんて思っていませんし」

 

言葉の裏に隠された意味を読み取るのには慣れていると、ナギサは自身の読みを信頼していた。そもそも、各生徒連合のトップに立つというのはそれだけ多くの政争に勝ち続けなくては行けないのである。

代表になるためには、名家の出であることも多くの者を惹きつけるカリスマ性も前提条件でしかない。そこからプラスアルファが無ければのし上がれないのだ。

 

サンクトゥス代表、百合園セイアは未来を予知する賢者として噂され、誰も彼もが自らの陣営の繁栄を願って持ち上げた。

パテル代表、聖園ミカは人心の急所を穿つかの如く自らのシンパを強大にさせ、誰もミカが代表となることに異論を呈さなかった。

そして、フィリウス代表の桐藤ナギサは、自身を罠に嵌めようとした全てを逆に嵌めて心を完全に折った後、自らの派閥へと加えていった。

 

冷静沈着かつ慎重な策謀家などと、そんなものはあくまで世間のイメージであり本人が意識的に作っている外見でしかない。

誰よりも苛烈で敵対者には一切の容赦もない、慈悲深き激情家。余程のことが無い限り、その目が相手の騙りを見抜けぬはずもない。

 

振り上げられた拳は下ろさねばならない。しかして、下ろす先を用意して再び振り上げる理由を奪えば戦いは続かない。

今回の作戦も最終的には、ミカとミネ団長を中継ぎに正義実現委員会のメンバーで生徒会長が諦めるまで戦い続けるという遅滞戦闘の極致であった。

 

「……おや?」

 

そんな時だった。ナギサはドローンから映し出された映像を眺めて違和感を覚えた。

ドローンは自治区を映した現在の戦闘状況についてのものである。生徒会長の動きに変化が生じたのだ。

 

(進路を変えた……? その方角は……)

 

生徒会長は被弾を全力で避けようとしていた。そのため地雷原と空爆エリアで通れる道の選択肢を奪っていたのだ。

勿論生徒会長がそれを知っていないはずもない。地雷原は裏切ると決める前に設置したもので、生徒会長にも共有済みだ。

そしてトリニティが保有する武装も割れている。人を誰も配置していないエリアをいくつか設けており、そこを空爆のポイントとすることもつい先ほど行った迫撃砲の面制圧で予告(・・)している。

 

にも関わらず、地雷原を抜けて空爆エリアすら通り抜けようとしているのだ。

部隊配置を改めて見直す。生徒会長の向かう先は、正義実現委員会の主要メンバーを配置した場所だった。

 

「あれだけ被弾を恐れていたはずなのに……。何より、ツルギ委員長の元へ、何故……。セイアさ――」

 

――と、振り返った先に百合園セイアの姿は無かった。

いつの間にか消えていた。頭を振って周囲を見渡すが、誰も居ない。

 

「セイアさん……?」

 

困惑するナギサ。だが、それはセイアも同様であった。

 

(何故だ……。何故いま……!!)

 

セイアはティーパーティーに備え付けられた自室から飛び出してナギサの居るテラスへと走っていた。

ここが夢の世界であるからこそ、夢見るセイアの明晰夢とは元の世界にとっての幽体離脱に近いものである。それ故に何処へでも突然現れることが出来れば、音も無く消えることも出来た。

だが、この世界での明晰夢と本来持つ予知夢は競合する。予知夢を見れば強制的に疑似的な身体が消失する上、そこからもう一度眠らなければ明晰夢を見ることは出来ない。

 

今この瞬間にて百合園セイアが見た予知夢は、とてもでは無いが眠り直すことなど出来ないものであった。

 

――炎。何処までも高く、天すら焦がす赤い炎。

――墜落する黒い翼。路上に散った赤い花。

――あまりに致死的で、助かりようもない状態になった肉塊の前。一線を越えた生徒会長が歪に嗤う。

 

ビジョンはそこまで。しかし、剣先ツルギを殺した小鳥遊ホシノが何をするかなんて、考える間でも無く分かり切っている。

今度こそトリニティは消滅する。ひとり殺したら、もう一人も二人も関係ない。殺すという手段とその忌避感はいつだって、初めてか初めてじゃないか以外の差異を求めない。

 

「ナギサ!!」

 

テラスに辿り着いたセイアは今まで自身が出したこともないような大声でナギサを呼んだ。

ナギサは戸惑ったかのように扉を開け放ったセイアに対して目を見開く。

 

「せ、セイアさん!? いつの間に居なくなっ――」

「ツルギ委員長が殺される! この作戦は失敗する!」

「お、落ち着いてください! 委員長が……?」

 

ナギサは半ば錯乱状態に近いセイアを宥めながら思考を巡らせる。

セイアの未来予知が確定的なのは既に聞いていること。きっと起こる。冷静にならなければならない。一手損で全てが終わるような薄氷であることもまた確定されたのだと、ナギサは予知を軽んじた(・・・・)

 

セイアの予知がどれだけ確定的であったとしても、予知した未来が今であるならあまりに未来が近すぎる。

これが明日明後日の話であれば変数も多い。しかし、何もない場所から林檎が出てくるような法則を無視した現象は少なくとも起こり得ない。ここからの短時間で生徒会長が急に心変わりをするだなんて有り得ない――

 

(一線を越える……ということは、それだけの状況が発生したということ。もしかして、戦力が過剰すぎた……?)

 

ドローンの映像を見返す。アリウススクワッドは既に二名が落ちている。もう三名は生徒会長がこちらの作った道順通りに進んで行けば遭遇するようにはなっていたものの、もはや生徒会長は傷を負うことすら躊躇うことなく地雷原を突破して空爆地帯を突き進んでいる。合流して戦闘なんてないだろう。

ならば、とミカの配置を見るもツルギの近く。ぎりぎり指示さえ出せば戦闘に介入できる位置で待機中。これではないと首を振って他を見る――そして、居た。

 

「ミネ団長……?」

 

救護騎士団団長、蒼森ミネがどうやって知ったのか剣先ツルギの元へと驀進(ばくしん)していた。

恐らく戦闘区域に辿り着くまであと数分も掛からないだろう。それが予知の原因であるのなら――過剰戦力による生徒会長の暴走の引き金になるのであればここで食い止めなくてはならない。

 

「セイアさん! ミネ団長がツルギ委員長と合流間際なのですが、ツルギ委員長の死因はこれが原因ですか!?」

「わ、分からない!」

「どうして分からないんですか!!」

「ま、待ってくれ! 私の予知夢もそこまでは――」

「役に立ちませんねぇ!!」

「え、えぇ……!?」

 

一周回って冷静に――いや、困惑するセイア。とはいえ、何がきっかけでアビドスの生徒会長が暴走するのかも分からない状況でもある。

狼狽えるセイアを前に、桐藤ナギサは通信機へ向かって叫んだ。

 

「ミカさん! ミネ団長を止めてください! 合図を出すまで、確実に!!」

『え、団長って仲間だよね!? なんで!?』

「いいから!! ツルギ委員長の命が掛かっているのですよ!?」

『え、えぇ……』

 

それから程なくしてミカの元に送られる次の移動地点。アビドスの生徒会長から遠ざかるように、そしてこちらへ向けて走り続けるミネ団長の進路方向へ身体を向けて走り出す。

 

「なぁんで、こんなことに……」

 

思わず呟く聖園ミカ。けれども、ビルを突き破って現れたその影に届いたかどうかは誰も知らない。

 

「……そこを退いてください、ミカ様。救護の手を望む者が居るのです」

「…………私も分かんないけど、団長を通したら委員長が死んじゃうんだってさ」

「そんな与太話信じられますか!!」

 

ミネ団長が盾を構える。手にはショットガン。これまで多くの者を救護(・・)した武力の象徴が握られる。

けれどもミカは笑って答えた。そんなことは知らないとでも言うかのように。

 

「信じるよ。だって、友達が言ったから」

 

銃を構える。サブマシンガンの銃口はミネを狙っていた。

 

「足止めしなきゃいけないんだってさ。どうせ何言ったって引かないでしょ? だぁかぁらぁ……、結局タイミングなんだよね☆」

「……そうですか。であれば、そのような胡乱な策に従うあなたも私の救護対象です」

「やってみなよ。私、これでも結構強いよ?」

 

ミカは静かに笑みを浮かべる。迎え撃つ団長は静かに憤怒を表情の端へとちらつかせる。

そして、聖園ミカと蒼森ミネの戦いはここに始まった――




――次回 第10話:星の欠片と騎士の盾
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