遠くから聞こえる戦いの音。それは今なお蒼森ミネの耳朶を打つ。
戦いが起これば誰かが傷つく。一度起こった争いは燎原の火のように連鎖して、付近の人々を巻き込みながら次第に大きくなっていく。
故に、全ての争いは全身全霊で食い止める。例えこの身が砕けようとも――
「一度は指示に従いました。それがティーパーティーと私たちの結んだ条件です!!」
ミネは盾を構えてミカ目掛けて走り出す。
本来ならばミネは最初に生徒会長と邂逅した時点で引く気などさらさらなかった。けれども食い止めるためにという理由の元、渋々ティーパーティーの指示に従ったのだ。そしたらどうだ。正義実現委員会の部員たちが犠牲になっているではないか。それは到底見逃すことの出来ない状況である。
「ですからミカ様! あなたを轢き飛ばしてでも私は前へ進みます!」
「…………」
互いの距離は10メートルを切る――その時だった。
「これぐらいなら当たるよね」
「ッ!?」
ミカが無造作にサブマシンガンを構えて引き金を引く。この距離だ、放たれた全ての弾丸がミネの構える盾へと当たる。
しかし、その程度ミネにとっては痛打にすらなり得ない――そのはずだったのだ。
「な、くっ――!?」
盾の握り手に伝わる衝撃に目を剥くミネ。左手に掛かった負荷はあまりに大きく、思わず足を止めて踏みとどまる。
そんなミネの様子を見て、銃撃を放ち続けるミカは感心したように頷く。
「良かった、これぐらいなら耐えてくれるんだね」
「あ、あなたは……!」
「じゃあ、もうちょっと
ミカの言葉と共に左手に掛かる衝撃が更に強くなった。もはや踏みとどまることすら難しく、根を張ったように下ろしたはずの両足がその衝撃で後方へと下がっていく。
弾丸は更に重たくなっていく。バランスを崩しかけて、ミネは咄嗟に右膝を突いて重心を落した。じりじりと下がっていた身体は止まったものの、とてもじゃないが前に進むことなんて出来はしない。
――何故パテル派の代表がこれほどまでの力を!
派閥の代表に力は不要だ。ティーパーティー、それも派閥の代表ともなれば喧嘩を売るような相手なんて存在しない。故に戦闘に発生するような絡まれ方なんてするわけがない。戦いなんて誰かに代行すればいい。それにも関わらず、この力は一体――
その時、ミネの脳裏を過ぎったのは誰かの言っていた言葉であった。
「あ、あの噂は――真実だったのですね……」
「噂? あー、委員長に匹敵するとか何とかってやつ?」
ミカはそう言いながら銃撃を止める。否、弾が切れたのだ。切れてからも引き絞られた引き金を見て、遅れて撃っていたミカも弾切れを認識する。
それは戦闘行為に長けた者の仕草ではない。それだけにミカの戦闘力は歪であった。
それからミカは、呟くように笑って言った。
「それとも、私が幼馴染を半殺しにしたって話?」
「っ……!」
ミカは笑う。悲しそうに笑顔を浮かべる。
聖園ミカ。それは望まぬ何かに愛された異物だった。
キヴォトスにおいて、銃撃戦なんて子供のじゃれ合いみたいなものだ。
叩いたり蹴ったりする代わりに銃で撃つ。結果も過程も変わらない。ただ痛みがあるだけで、致命的な何かに決して繋がることはない。それが普通だった。
ミカが自身をその
今となっては何が発端で喧嘩になったかなんて覚えてすらいない。ただ、周りの子たちと同じようにナギサに銃を向けて引き金を引いたことは覚えていた。そして――
「ち、ちが……私、そんなつもりじゃ……!!」
ナギサの身体が特別弱かったわけではない。撃たれるところは何度も見た。
にも関わらず、自分の放った弾丸は他の子供たちとは一線を画していたのだ。
「な、ナギちゃん! ナギちゃん!!」
血塗れになって倒れ伏すナギサを揺さぶるミカの姿に、一体どれだけの者が恐怖したことか。
救急搬送されるナギサの姿と、自身に恐怖して近寄らなくなった同級生たちの目がいつまでも脳内から離れて消えない。
どうして自分の放った弾丸だけが人に致命傷を与えるのか、それはミカ本人ですらも分からない。ただ、事実としてそうなのだ。そして自分はどうすれば
ナギサが意識を失ってから、聖園ミカは自分が化け物なのだと理解した。
――そうして引きこもり続けてから、一体何日が過ぎただろうか。
実際は5日だったと後から教えられたが、幼きあの日々にとっては永遠にも感じた。その間はまさに地獄のような日々であったと今でも思う。制御できない異常な力。ともすれば友達のヘイローを破壊しかねないこの力は人間じゃない。化け物だ。うっかりで取り返しの付かないことを引き起こすかもしれない。
(私なんて……いなくなればいいんだ)
膝を抱えて蹲る。その時だった。
鍵を掛けた扉が外から中へと吹き飛ばされる。手榴弾などではない。C4による一撃は簡単に鍵ごと扉を吹き飛ばしたのだ。
火薬の臭いと煙の向こう、そこには自身が殺しかけた桐藤ナギサが立っていた。
「行きますよミカさん! 特訓です!」
「え、え…? ナギ、ちゃん……?」
混乱する頭の中、ミカは必死で考えた。
(なんでナギちゃんがここにいるのか。行くってどこに? すごい怒ってる。私に? 怖がらないの?)
呆然とナギサを見上げるミカを前に、ナギサは屹然と、歳不相応な眼差しで叫んだ。
「なんでお見舞いに来てくれなかったんですか! 私、待ってたんですけど!!」
「ち、違うよ……。だって、怖がられるって……」
「私が!? あなたを!? そんなことより手加減の仕方を覚えてください!!」
「え、えぇ……?」
理解出来なかった。化け物の自分を恐れていないことも。何より殺しかけた相手のところまで来て爆薬で吹き飛ばすことも含めて理解できなかった。
(手加減の仕方? いやいや、そもそもそれ以前にあんな血塗れにしてるんだよ私?)
言おうとした言葉はあまりのナギサの迫力で思わず飲み込む。するとナギサはこう言った。
「死ぬかと思ったすら覚えてませんよ何があったかなんて! 重傷だったなんて後から言われても意識ないんですよこっちは!!」
「う、うぅ……」
「そんなことより! なんであなたが引きこもってるんですか!? 普通悪いことをしたと思ったのなら謝りに来るべきじゃないんですか!?」
「だ、だって……」
「だっても何もありません! ずっと、ずっと待ってたのに……!!」
ミカはナギサの目に浮かんだ涙を見た。そしてどちらともなく謝り、どちらも涙を流した。
異様なまでに異常な力――それについての対策案を二人で練った時、気付けば二人は親友になっていた。
ミカが放った
故に、聖園ミカは戦い方を知らない。
戦術教科BDは必修ではないにせよ、聖園ミカは戦いに纏わる全てからひたすら自身を遠ざけ続けた。
引き金の軽いキヴォトスの住民から見ても、聖園ミカはひたすらにその銃口が向く先を見続けた。間違っても相手を殺さないように、自分の力に耐え切る相手だけを選んで必要とされる限界まで銃に触れることを禁じ手とした。
――ミネ団長は強いかもだけど……それでも、私だったら封じ込められる。
銃声が鳴る。弾倉を変える手すら
戦い方を知らない。知っているのは相手に向けて銃口を定めて引き金を引くこと、それだけのみ――
それでも当たれば銃弾は勝手に相手の急所を突く。力が最も不安定な場所。導かれるように弾が吸い寄せられて炸裂する。
必ず急所を穿つ異能。意識せずとも吸い寄せられる巨大な
「これは……どうかな?」
空から墜ち行く星の欠片。降り落ちる天の相貌にミネは盾を構え直す。
「最後の、その瞬間まで!」
ミネ団長は盾を右手に構え直した。
それは全力の合図。真正面からぶつかって、それでも打ち破ろうとする覚悟の結晶。――それでも、足りない。
いや、例え足りたとてミネ団長に
(あくまで私は矛の一部だし……)
最強の盾と最強の矛の交わりは決して誰にも見抜けない。
加えてミネは最強の盾に違いなくとも、ミカは最強の矛に匹敵するほどの戦闘力を持つ。二本の槍があればこそ、最硬の盾は打ち破られる――そのはずだった。
「え、今の――」
ミカが視界に捉えたのは眼前を通り過ぎた一台の車両であった。
有り得ない。でも現にいま確かに見た――。
「ミネ団長、ごめん。一緒に行こう!」
ミカの目に一瞬映ったその光景。ミカは叫んで、戦いの中止を確かに命じた。
その目にあったのは共通する互いの認識。改めてもう一度、ミカが叫んだ。
「全部お終い! あの子は通しちゃ駄目!! ミネ団長!!」
「よく分かりませんが分かりました!!」
走り出すミカ。ミネ団長が続けて答えて、ミカの後を追った。
全てはティーパーティーの誰よりも情報を持っておらず、ある種不運なことに頭は回ったミカだったからこそ――
――委員長が死ぬなんて、一線を越えるならこれしかない!
聖園ミカは誰の死すらも許容しない。
死の原因――その全てはきっと、善意に依るものであった。