消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第13話:戦いのない世界

救護騎士団の医務室。

先生と共に運び込まれたホシノは一人、目を覚ました。

 

「ここ……そっか。私、助かったんだ……」

 

清潔なシーツと、それからベッド。寝たまま隣を見ると、そこには眠っている先生の姿があった。

私が考えていた以上にあの時の先生は重傷だったのかも知れない。けれども今が無事ならきっと、それでいい。問題は私の方だ。

 

「助かっちゃったかぁ……」

 

過去(あの子)現在(わたし)か。結局その二択を先生に突き付けてしまっている現状は変わっていない。

かと言って助かってしまった以上、私が死ねば解決なんて安易な答えじゃ絶対に済まなくなってしまった。

 

(まぁそもそも、治療は受けられない前提の話だったからね……)

 

いずれにせよ、私もあの子を倒して帰るなんて選択肢だけは絶対に取るつもりは無い。

もう戦えない。身体の傷とかではなく、心が。戦ってまで勝ち取りたいものなんて先生の安全ぐらいだ。

 

私は身体を起こすと、ベッドから降りた。

それから先生のいるベッドに近づいて、ちょっと周囲を見渡して誰も居ないことを確認する。

 

「し、心配だからね。先生の心臓が止まったら」

 

先生の眠るベッドに潜り込んで、右脇の間に身体を滑り込ませる。腕を取って顔を擦り付ける。暖かい……。

それから先生の胸に耳を当てた。どくん、どくん、と心臓の音が聞こえる。呼吸音にも異常はない。

 

「先生。起きたら、ちょっとだけのんびりしよ。おじさん、疲れちゃった……」

 

先生が起きたら私も起きよう。その時世界が終わっていたら、きっと最初からどうすることも出来なかったと諦めるのも良いかも知れない。

それでも不思議と不安はない。ただもしも、まだやれることがあるのなら。

 

「その時は任せてよ。その時までは、ちょっとだけ充電」

 

微睡む瞳を素直に閉じて、先生の匂いと温もりに包まれながら眠りに就いた。

 


 

「――! 先生が目を覚ましました!」

「ありがとうございますハナエちゃん! 先生、お気分はいかがですか?」

「……うん、大丈夫。ありがとう、セリナ。それからハナエも」

「えへへ……良かったです!」

 

セイアたちに救出されてから18時間。私はようやく意識を取り戻した。

私を見て安堵するセリナとハナエ。救護騎士団の医務室には、彼女たちの他にベッドから身体を起こしたミネがいた。

 

「セリナもハナエも、お疲れさまでした。先生も無事なようで」

「ミネ……。怪我したの?」

「ええ、手強い相手でした」

 

それからミネは事のあらましを語った。

トリニティのみんなが私たちを守るために戦ってくれたこと。ツルギは重傷を負ったが、ツルギと比べれば軽傷だったはずのミネもまだ安静にする必要があるぐらいには傷だらけのこと。

 

「ツルギは?」

「先生が起きる少し前に回復しまして、今は正義実現委員会にて休んでいます」

「……そっか。ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

アビドス生徒会長のホシノについては一旦ケリがついたらしく、もう襲撃は恐れる心配もないそうだ。

しかし、それは少しの猶予が与えられただけ。まだ何も解決しちゃいない。まだ――何も……。

 

「……ん?」

 

ふと、布団の中でもぞりと誰かの感触があった。

布団をめくると、そこには悪戯をしたあとのような子供みたいに笑うホシノがいた。

 

「なんで私の布団に……?」

「お、おはよ~! せんせ!」

 

もぞもぞと布団から顔を出して私の隣に。

顔色は悪くない。身体の怪我はある程度は治ったのかと安堵する。それから右目を覆った布地が私の目に映る。

ホシノは照れ臭そうに笑って頬を掻いた。

 

「激しい運動は無理だけど、歩くぐらいなら問題ないぐらいには回復してるよ。……え~と、アヤネちゃんぐらいの体力、って言えば良いかな。雨雲号使ってないアヤネちゃんだけど……」

「無事なら良かったよ」

「うへへ……」

 

ホシノの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じてされるがままだった。

戦いは終わった。ここに戦いは無い。

 

――戦いは、ない。

 

「……そうだ、セリナ。トリニティを少し歩いてもいいかな?」

「歩くのは駄目です! あんな酷い怪我で、むしろここまで回復したのも奇跡だったんですから……。せめて車椅子を使ってください」

「おじさんが押してあげるよ~。リハビリがてらに」

「うーん……」

 

なんて迷っているうちに、ハナエが私たちの元まで車椅子を持って来ていた。

そしてハナエは私たちを見る。

 

「そういえば、ですけど……。準備が出来たら聖堂の方に来て欲しいってセイア様が」

「……もしかして、待ってくれてる?」

「あ、いえ、その……『待ってくれてる?』と訊かれたら『いつ来るかは分かってるから好きなように』って言って欲しいと……」

「……うん、分かった」

 

セイアはセイアで未来が見えているようだったことが分かる。だったらきっと、向かうべきタイミングがあるのだろう。

起き上がって、それから車椅子に乗る。ホシノも随伴して、車椅子に手を掛けた。

 

「先生、何処に行くの?」

「……何処でも。その辺りをぶらぶら見たいんだけど、いいかな?」

「もちろんだよ」

 

ホシノが私の車椅子を押す。最後に救護騎士団の皆に礼を言って、外へ。

外にはちらちらと雪が降っていた。

 


 

トリニティの学園内には、普段以上に生徒の姿があった。それもそのはずで、自治区にいるはずの全ての生徒も今は学園の中にいる。

前に見た学園祭に匹敵するほどの人数で、その全員が私に好奇心に近い瞳を向けていた。

 

(もしかしてあの方が……)

(あの方が……セイア様の王子様……?)

 

王子様? と首を傾げる。

少なくとも、この世界に迷い込んできたときに見たゲヘナの生徒のような敵視はされていないようだが、視線に帯びる感情は何処か妙な感じがする。

 

と、その時だった。

私の前に現れた人物を見て、思わず声を出す。

 

「サオリ……」

「ん、知っていたか。ならば改めて名乗らせてもらおう、錠前(じょうまえ)サオリだ。今はトリニティにて校外部活のリーダーをさせてもらっている」

「校外部活?」

「つまるところ客員生徒だな。トリニティとアリウスの融和が為されれば、私たちは正式にアリウス派としてトリニティに参画するだろう」

「……そっか。良かった……のかな?」

「ああ、喜ばしいことだ」

 

サオリは頷く。その姿を見て、私は――

 

「とはいえ、成されることはないだろうな」

「……え?」

 

急なサオリの言葉に私は首を傾げた。

サオリは真っすぐに私を見て、それから口を開いた。

 

「これは私の夢だ。夢だった……とでも言うべきか。けれども現実ではない」

「…………」

「ミカから聞いている。……いや、ミカを通してセイアから、か。そうでなければ、あまりに我々に都合が良すぎる」

 

サオリの瞳に僅かな哀愁が映った。振り切るように鼻を鳴らして、再び私を見る。

 

「セイアはお前に、今のトリニティの姿を見て欲しいようだった。私たちはお前のことを知らないが、それでもお前は私たちを知っているらしいな」

「それは……」

 

言葉を噤む。現実では起こり得なかった可能性の欠片であると自覚するサオリに、私が言える言葉はなかった。

 

「残された時間は短いのかも知れないが、それでも見て回る時間はあるのだろう? 先生。私は確かに伝言を果たした」

 

さようなら。そう言ってサオリは私たちの元から離れた。

夢と現実。有った未来と、有り得た未来。本物と偽物。不確かなものに満ちたこの場所に、確かなものはあるのだろうか。

 

「先生、とりあえず……他の子たちにも会ってみる?」

「……そうだね」

 

それから私たちはトリニティの散策を始めた。

 

噴水広場の近くにはハナコがいた。異なる分派のトリニティ生から勧誘を受けているようで、のらりくらりと属することを躱し続けている。

いつか聞いた今の自分になる前のハナコだろうか。彼女は私たちに気が付くも曖昧に笑って目を逸らし、それから再びやってくる分派の生徒の応対を始めていた。

 

スイーツ部の面々はいなかった。正確にはスイーツ部が存在していなかった。

カズサはスケバンとして名を馳せていたし、レイサはそんなカズサを打倒しようと校舎裏に呼び出していた。

アイリは所在無さげに同席するヒフミとスイーツに舌鼓を打っているほか変わりなく、ナツとヨシミは見つけられなかった。

 

「ヒフミ、アビ……ホシノは?」

「ええと……その、アビドスへの立ち入りが禁止されてしまいまして……」

 

ヒフミに訊くと、アビドス生徒会長はいまアビドス高校にいるらしい。

そして私たちを追っての戦いを経て、現在全てのトリニティにはアビドスへの立ち入りが禁止されていることを知った。

 

「ありがとう、ヒフミ。今までホシノの傍に居てくれて」

「い、いえいえ! そんな……。私に出来ることは何もありませんでしたし……」

 

それからヒフミたちと別れて正義実現委員会へと向かった。

本部の方は大騒ぎで、何やら部員たちがツルギと会うなり泣いているようだった。

 

「ハスミ、その……ツルギは大丈夫?」

「ええ、何とか一命は取り取ましたが、むしろ他の子たちが……」

 

ツルギの死闘は文字通りの死闘で、むしろツルギでなければ生きているはずの無い重傷を負ったとのことだった。

そのうえツルギが意識を取り戻すまで面会謝絶だったそうで、目を覚ますなりすぐさま本部へ顔を出しに行ったのだという。

 

集まった人だかり、その中心でようやくツルギの姿を見つけた私は驚いた。

彼女もまた、私と同じように車椅子に乗っていたのだ。車椅子を押していたイチカが私に気付いて声を上げた。

 

「あ、先生っすね」

「こんにちはイチカ、それにツルギも」

「……無事で良かった」

 

穏やかに笑うツルギの表情は何処か新鮮だった。何より、両手から両足、はたまた首にまでギブスが取り付けられており、そこまでの重傷を負っているツルギの姿なんて想像ですらも見たことのない有様であった。

 

「ありがとうツルギ。それにみんな。私たちを守ってくれたって聞いたよ」

「イチカ先輩はキレちゃいましたけど」

 

ひょっこり顔を出したマシロが笑うと、イチカは気まずそうに視線を外した。

 

「そ、それはハスミ先輩にこってり絞られたんで……」

「本当ですよイチカ。もしあなたまで……ツルギだけじゃなくあなたまであんな目に遭っていたら、い、今頃……」

「ハスミ……。そうはならなかっただろう……? マシロも」

 

顔を歪めたハスミを慰めるように、それからマシロを嗜めるようにツルギが口を開く。

……本当に、酷い戦いになってしまったようだった。

 

「…………」

「……先生?」

 

委員会本部を出た私が黙っていると、車椅子を押すホシノが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「どうしたの、先生」

「…………そろそろ、聖堂に向かおうか」

「……うん!」

 

ホシノがわざと明るく笑って頷いた。

車椅子の車輪が回る。雪の降るトリニティ総合学園に轍を残す。

やがて辿り着いたのは威圧されるほど大きく荘厳な聖堂――トリニティ大聖堂である。

 

ホシノが両開きの扉に手を力を込める。

ぐぐ、と音が鳴り、聖堂の中の光が私たちに差し込んだ。

 

車椅子は聖堂の中へ。赤い絨毯。暖かな蝋燭の光。吊られたシャンデリアが僅かに揺れる。

シスターフッドの面々が壁際に立っていた。ヒナタやマリーも立っていたが、サクラコの姿は見えない。

彼女たちはまるで儀礼の最中であると言わんばかりに私たちの向かう先へと視線を向けていた。車椅子が進む。絨毯に沿って。

 

礼拝用のベンチが向こうまで並んでおり、その先にはパイプオルガンと色鮮やかなステンドグラスが目に映る。

真昼の陽光をたっぷりと含んだステンドグラスが模しているのは主の肖像らしく、ひとりの少女がその威光を眺めていた。

 

「ようやく来たね。先生」

「……セイア」

 

呼ぶ声にセイアが振り向く。

ティーパーティー所属、サンクトゥス代表、タワー管理権限保有者。その名を意味する肩書は複数あるが、彼女を表すに最も適切な呼び名はただひとつ――

 

トリニティの預言者、百合園セイア。

 

遥けき未来を見通す異能を持つ、聖霊の象徴だった。




――次回 第14話:己が罪へのミュステリオン
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