消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第5話:トロイの木馬

ゲヘナ学園、サンクトゥムタワーにて。

世界基底の観測ログを調査し終えたリオ会長は、手元の端末から顔を上げた。

 

「ゲヘナに現れた三人の存在、というのも裏取りが取れたわ」

 

差し向けられたタブレットに映し出されていたのは、出現した三人の身長、体重、所持する武装のデータである。

私はマコト議長と共に画面を覗き込んで「あれ?」と声を漏らした。

 

「銃で武装しているの……ひとりしか居ないね?」

「キヴォトスの外から来た者かこいつらは?」

 

大人ふたりは銃器はおろか爆発物の類いすら持っていない、裸も同然の様子である。

キヴォトスにおいて銃器不携帯は異常そのもの。町中を全裸で闊歩する者よりも珍しい。

 

そして唯一武装している小柄な生徒もまた特殊だった。

 

「ショットガン一挺に拳銃一挺、それからバリスティックシールド……。ひとりにしては随分な重装だけど……」

 

近距離偏重のフロントアタッカーだろうか。ご丁寧にサブアームまで持っていて、身長の項目が見えていなかったら背の高いタンクか何かを想像してしまっていただろう。

押し黙ってしまった私を見かねてか、リオ会長が口を開いた。

 

「ホシノさん。あなたの所感を聞かせて欲しいのだけれど」

「ん? あぁ、戦術評価ってこと? これだけじゃ何とも言えないけど、そうだねぇ……」

 

小柄な体躯でシールドを展開すれば、恐らくほぼ全身がカバーされるだろう。

メインアームがショットガンであることから、盾で敵陣に肉薄して撃つというのが戦闘スタイルのはず。

その前提として必要になるのが、最前線に向かえるだけの脚力。この生徒はきっと足が速い。

 

「足が速いっていうのは最大のアドバンテージだからね。奇襲、追跡、逃走。集団戦じゃ活かし辛くても個人戦なら何にでも使える最大のステータスだから」

 

その上で機動力を落してでも盾を持っているのは、前線に長く留まるためか、一撃で相手を落せるだけの火力が無いか。

前者であればチームプレイを前提とした構成だろう。しかし共に居ると思しき大人ふたりは武器を持っていない。

ならば後者。火力の低さをショットガンと盾で補っていることが予想される。

 

「ただ……ちょっと気になるんだよね」

「む、何がだ?」

「わざわざサブアーム持っているのがさ。何か引っかかる」

 

別におかしいことでは無い。そう思いかけて、私は気が付いた。

 

「……違う。スイッチしてるんだ」

「状況に応じて武装を変えている、ということかしら?」

「そう。盾とショットガンを構えて戦うスタイルと、ショットガンと拳銃を使って戦うスタイル。あくまで想像だけど、そうだとしたらとんでもなく器用だよこいつ」

 

一般的に生徒はひとつの武器種、ひとつの戦法で戦うことが多い。

そこに戦術や戦略が合わさることで多少戦い方が変わることもあるだろうが、それはあくまでチームプレイが前提となる。

多様な戦術を取捨選択しながら戦える個人。盾を使った戦闘はあくまでサブ。本業はショットガンと拳銃による超攻撃型の戦闘スタイルだ。

 

「サブアームはショットガンのリロード時やインファイトに持ち込まれたときの牽制用。盾はいざってときの遮蔽物として使っているんだと思う」

 

きっと手榴弾なども持ち込めたら持ち込んでいたはずだ。

小柄な体躯で戦場を掻き乱す単独戦闘のプロフェッショナルを思い浮かべる。

迅速に接近し、フラッシュバンやスモークグレネードを投げながら環境を作成し敵を圧倒するその姿を。

 

ただ、勝てない敵かと言われたら違う。

というよりも、奇しくもマコト議長が強制させた威力偵察は図らずも最適解だっただろう。

 

「総括すると、この生徒は多分強い。強いけど、C&C全員で掛かれば確実に倒せる」

「根拠は?」

 

首を傾げるリオ会長だが、こればっかりは戦闘経験がものを言う世界だ。ミレニアムの長であっても理解し辛いだろう。

 

「まず、ネルちゃんは近距離での撃ち合いなら絶対負けない。もちろん根拠はあるよ?」

 

そもそもの火力の高さや途切れない攻撃もそうだが、何より反射神経が卓越している。不意を突かれない限り大抵の攻撃は見切れるはずだ。

それに、仮に不意を突かれたってネルちゃんは絶対倒れない。勝つまで起き上がり続ける。勝利を意味するコールサインを体現するように、何度でも。

 

「この一点に関しては戦術も何も関係ないからね。それに倒したって思った直後が一番油断するから。一対一でも多分ネルちゃんが勝つ」

 

その上でC&Cが全員集まれば、もはや負けることは無いだろう。

 

アスナちゃんが居れば不意打ちは防げる。

カリンちゃんが居れば相手がどれだけ速くても必ず撃ち落とせる。

アカネちゃんが居れば有利な陣形、有利な環境を整えて迎え撃てる。

 

相性不利。どんなに強い相手でも、同格相手との戦闘において勝敗を分かつのはいつだって状況の差なのだ。

 

「トキちゃんはひとりで完結しちゃってるから、後詰に控えて貰っていた方が良いかもだけど」

「そうね。ホシノさんが言うならそうしましょう。戦闘の分野は専門外だから、あなたに一任するわ」

 

リオ会長の言葉に頷く。その時、会長のタブレットに通信が入った。

 

『聞こえるか? こちらダブルオー。目標の確保に成功した』

「……!」

 

通信越しに聞こえたネルちゃんの声に私は驚いた。まさかこんなに早くだなんて……!

そんな私とは対照的に、リオ会長は落ち着き払った声でネルへと声をかける。

 

「被害の状況は?」

『ねぇよ。ってか、あいつら一瞬で投降しやがった。つまんねぇなぁ……』

「そう。じゃあミレニアムの反省房に投獄してちょうだい。私もすぐに向かうから」

 

そう言って通信を切ろうとしたリオ会長をネルちゃんが呼び止める。

 

『そう焦んなって会長。あんたに話があるんだとよ。捕まえた奴らのひとりがな』

「話? 代わってちょうだい」

 

了解、という言葉と共に通信にノイズが走る。

それから聞こえたのは、不気味な大人の声だった。

 

『初めまして、調月リオさん。尋問される前にいくつか先に答えておこうと思いまして』

「あなたは?」

『黒服。そうお呼びください』

「黒服……?」

 

リオ会長が首を傾げる。けれども、それ以上に私の心中は穏やかでは無かった。

 

――どうして黒服がそこに?

――いや、黒服(・・)が来たから変化が生じた?

 

思考にふける私を置き去りに、会長と黒服の会話は続く。

 

『リオさん。私はかつてゲマトリア(・・・・・)だった者です』

「なんですって……?」

『ええ、貴女ならばこの意味が分かるはずです。この名を知っているということが、一体何を意味するのかも』

 

リオ会長の顔に浮かんだのは驚愕と逡巡を混ぜ合わせたような感情だった。

私の知るゲマトリアはカイザーと何らかの取引をしている組織の名前でしかない。けれども、リオ会長にとってはそれだけでは無かったようだ。

 

「……ネル。黒服を丁重にもてなしなさい。傷一つ付けないように」

『あぁ? それはどういう――』

「ミレニアムにおける最重要人物よ。私が到着するまで絶対に逃がさないで」

『……ちっ。わぁーったよ。それじゃあお前ら――』

 

と、指示を出そうとしていたネルの言葉が不意に途切れた。

時間にして一秒と無い僅かな時間。けれども、妙な不穏が胸を掠めて、直後。その予感はネルの言葉で裏付けられた。

 

『――おい。あのチビどこに行きやがった?』

「……っ」

 

それから続くネルの怒号。どくりと鳴る心臓の音。

 

「ネルちゃん!! 逃げられたのはひとり!?」

『ちっ、悪い! 大人ふたりは捕まえたが、チビの方を逃がしちまった! いまアカネとカリンに追わせてる!』

「追わせちゃ駄目! 各個撃破されかねない! 今すぐふたりを引かせて捕虜をミレニアムの独房に入れておいて!」

『くそ、分かったよ! とりあえず捕まえた二人は牢屋にぶち込んでおく。迎撃の準備をすりゃあいいんだろ?』

「うん。任せたよ」

 

通信が途切れて私たちの間に静寂が訪れた。

C&Cを相手に逃げの先手を打てる存在。戦わなかったのは自分以外の二人を巻き込むから?

 

――どちらにしたって、必ず捕虜を取り返しに来るはずだ。

 

私は顔を上げてマコト議長へと向き直った。

 

「車両を一台用意して。私と会長でミレニアムに向かうから」

「良かろう。すぐに用意する」

 

議長はすぐさま何処かへと連絡を取った。

そのまま私たちは再びエレベーターの中へと戻る。

 

敵の正体は依然として不明。

けれども、世界を守るためには戦う他に道はない。

 

言い聞かせるように吐いた溜め息は、エレベーターの駆動音の中へと消えていった。

 


 

一方、ホシノを逃がして捕まった私は、黒服と共に護送車両へと押し込められていた。

 

「ほら、さっさと入れ」

 

サブマシンガンを向けられて大人しく指示に従う。

手錠の類いは付けられなかったが、付けても付けなくても大差ないのはその場の全員が知っていた。

 

金網で覆われた車内に入って腰かけに座ると、ネルが私の隣に座って扉が閉じられる。

運転しているのはC&Cの後方メンバーか。アクセルが踏まれて車両がミレニアムへと動き始める。

 

「あんたらのことはきっちり見てやるからよ。ま、何も出来ねぇとは思うけど」

「そうだね。君に勝てるわけもないし、大人しくしていることにするよ」

「あぁ? あたしのこと知ってんのか? だいたい何者なんだよあんたら」

 

訝しむように眉を顰めるネル。その姿は私たちが居るべきキヴォトスのネルと全く同じ姿をしていた。にも関わらず、彼女を生徒であると認識できない違和感が確かに存在した。

この感覚が何処から生じるものかは分からない。ただ、在りし日のビデオテープに映った人物を見るような、そんな奇妙な感覚がつき纏い続ける。

 

――つまり、この世界において私は先生(・・)ではない、ということか。

 

(だったら、私は一体()なんだろうな……)

 

為されることのない存在証明に思わず笑ってしまう。それからネルに向き直って私は答えた。

 

「私は……先生(・・)って呼ばれていたね。君のことも良く知っているよ」

「先生だぁ? っつーか、知ってるって何をだよ」

「メイド部のこともC&Cのことも。実行部隊として君を含めた五人の生徒が居るでも何でも」

「……はっ。情報屋ってわけか。なら、そっちが指揮官か? 黒服」

「クックックッ……私が指揮官? 面白いことを仰りますね。私が暁のホルス(・・・・・)を指揮するとは、彼女が聞いたらどれだけ怒ることか。私はただの案内人ですよ」

「はっ。先生、黒服、暁のホルス。それがあんたらのコードネームってわけか。ま、詳しい話はミレニアムで聞かせてもらうからよ」

 

ネルも興味を失ったのか、頭を掻いて、それからしばらく黙りこくった。

 

そんな中で思い出すのはホシノを逃がした時に交わした短い言葉だった。

 

『一度逃げて。それから車両を追跡、潜伏。異変が起きたらタワーで会おう』

『……任せたよ、先生!』

 

たったこれだけしか話せなかったが、きっとホシノならば概ね伝わるはずだと信じている。不意を突かれた私たちの反撃、その嚆矢の上げ方を。

やがて、護送車両がミレニアムの校門を潜り抜けた。

 

「降りるぞ」

 

扉が開いてネルが顎をしゃくり、私たちは車から降りた。

私たちを出迎えるように待っていたのは、ミレニアムの生徒会組織セミナーのNo.2である早瀬(はやせ)ユウカだった。

 

「よぉ会計。連れてきたぜ」

「お疲れ様、ネル先輩。あとはこっちで受け持つわ。それで……」

 

ユウカがねめつけるように私たちを見る。

嫌悪感というより不信感。敵愾心というより好奇心、といったところか。

 

「目的は?」

「元の世界に帰るため、って言ったら信じてくれるかな、ユウカ」

「随分と馴れ馴れしいのね。異世界からでも来たってわけ? その帰るため(・・・・)に一体何をするつもりなのかしら」

「きっとチヒロだったら分かるはずだよ。ヴェリタスの部長(・・)の力を持ってすれば」

「…………」

 

ユウカは顔色も変えずに私をじっと見る。私が何を何処まで知っているのか探ろうとするかのように。

私の言葉は餌だ。各務(かがみ)チヒロという人名、そしてヴェリタス。この二つは彼女に近い者ぐらいしか知らないはず。トドメに入れた部長という言葉を垂らして見せる。その時、黒服がぼそりと呟いた。

 

「ああ、そう言えば先に言っておくべきでしたね。先生は銃より強力な武器を持っています。」

「……!?」

 

一瞬動揺する一同。黒服が言ったのは私の持つシッテムの箱(・・・・・・)のことだろう。

――直後、ネルに腕を捻られて私は地面に叩き伏せられた。

 

「ぐっ……」

「おい、なんか思い当たるものあったなって顔したなぁ!? 脳天ぶち抜かれる前に吐いちまった方が身のためだぞ!!」

 

脳天目掛けて突き付けられる銃口に、私は悲鳴を上げた。

 

「せ、背中! ベルトに挟んであるタブレット! それにみんなを傷付けるようなものじゃない!」

「あん? これか?」

 

シッテムの箱を手に取って首を傾げるネル。銃口は依然として突き付けられたまま、私が話す次の言葉を待っている。

 

「サンクトゥムタワーの小型版みたいなものだと思ってくれて構わないよ。ただ、何処まで使えるのかは私自身詳しくないんだ」

「あー、どう思う会計」

「とりあえず没収するとして……そうね。解析してもらおうかしら。そうすれば少しでもあのよく分からないタワーの謎に近づけるかも知れないし」

 

ユウカの言葉に私は皮肉気に笑ったように見せる。

 

「それはお勧めしないよユウカ。最高峰の論理爆弾みたいなものだからね。例えミレニアムでも解体しきれるわけがない」

 

少々挑発的なニュアンスを込めて言うと、ユウカは「ふふ」と笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。おかげで良く分かったわ。散々手を焼かされた身として言うけどね、ヴェリタスはあなたの想像よりも手強いの。それに部長? まあ、チヒロ先輩はあの中じゃしっかりしてるけど……。それでも、上には上がいるものよ」

「そう、だったらやってみればいい。きっと君たちは後悔する」

「安い挑発ね。連れてって」

 

ネルからシッテムの箱を受け取ったユウカは、その何の変哲もないタブレットを前に不敵な笑みを浮かべていた。

私が望んだ通り、ユウカは私の挑発に乗ってくれたのだ。

 

それからすぐに集まったセミナー部員たちの手によって、私と黒服はミレニアムタワーの内部へと引っ張られていく。

 

(頼んだよ、二人とも)

 

心の中でそっと吐いた言葉は誰にも届くことは無い。

そして、私たちの最初の戦いはすぐそこまで迫っていた。




――次回 第6話:実行開始
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