消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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確定された未来を見る私の予言は世界の終わりを私に見せた。
赤い空。人々の悲鳴。黒衣の嘆き。壊れた箱と死に逝く先生。

私の予言はそれだけに留まらない。
条約の破綻。簒奪されたエデン条約機構。ゲヘナとトリニティがぶつかる瞬間。

(――何も見たくない)

私はもうじき暗殺されるらしい。エデン条約の破綻はそこから始まるようだ。
そしてまた、私を殺す生徒だって迷っていた。塗炭の苦しみに塗れながら、私を殺そうとする。

(――救いなんて、何処にも無い)

どこもかしこも嘆きと絶望に満ちていた。誰も知らない――私しか知らない未来の絶望が目の前まで迫ってきている。
そうであるなら、私たちの生に一体どれほどの価値があるのだろうか。私たちの苦しみにどれだけの意味があるのだろうか。

「……君も、そうは思わないかい?」
「――っ!!」

私を殺しに来た暗殺者を前に、半ば自暴自棄になりつつ語り掛ける。

「もういいんだ、私は。だからもし、君が一時の苦しみから逃れたいのであれば……私は――」

この先にあるのは絶望だ。救いがたき世界の破滅。
それを知らぬ者に最期の預言を与えるのも、残酷なこの世界に出来る最大の意趣返し、だったのかも知れない。

そして目覚めぬ微睡みへ。私は私の夢を見る。

夢を見る私の夢を見る私の夢を見る私の夢を見る私の夢を見る私の夢を見る私の――

――私の名は。


第15話:トリニティの預言者

「ミカ、私たちは私たちの学校を守るべきだ。外に出せる余剰戦力は無いのだから」

 

ゲヘナに現れた正体不明の個人を前に言葉を紡いだ。

ただでさえ身内での政争に明け暮れるトリニティだ。外へ出せる戦力なんてあるはずもない。

百合園セイアは聖園ミカと異なる方針を取る。その折衷案を桐藤ナギサが提案し、ティーパーティーの採決とする。そういう風に出来ていた。

 

「ミレニアムに行ったらしいけどさぁ、別に大丈夫じゃない? だってあの会長がいるんだよ? 間諜なんていらないでしょ」

「だったら私が行こう。私だったら誰にも気付かれない。一番の適任だろう?」

「無茶するなぁ……。ま、適当にやったら?」

 

ミカとも交わす言葉だって自動的だった。ミカ自身も。どこまでも機械的に刻まれたプロットをなぞり続ける。

そうだ、人ではない。ただの舞台装置。ミレニアムの状況を調べて報告し、今後の対策を練る――それだけのはずだった。

 

「これは……一体」

 

幽体じみた明晰夢の中、私が見たのはたったひとりでミレニアムの交通網を破壊するひとりの少女の姿であった。

モノレールを始めとした交通機関は完全に麻痺しており、なおも続くゲリラの攻勢。想定以上の強さ。想定以上の遂行能力――

 

(マコト議長には感謝だな……)

 

ミレニアムで無ければきっと更なる被害が出ていたであろう、警戒すら不十分な第一戦。

私はトリニティへ戻って敵戦力の脅威を伝える――それで終わりのはずだった。

 

「……監視?」

「――ッ!?」

 

暁のホルスと呼ばれた少女は、突如として何もない――私が居る中空へと目を向けた。

見えるはずがない。感じるはずもない。けれども幽体である私の視線がぶつかった――その時だった。

 

「……君は」

 

瞬間、私の身体が掻き消える。私は私が本来持つ予知夢を見た。異なる世界の、その一端を垣間見た。

 

自らの正義を試されながらも、カルバノグの洞穴に挑む勇気を見た。

優しき善意こそが牙を向く百鬼と怪談の物語を見た。

過去の因縁が交錯し清算の時を迎えた地獄の楽園を見た。

彫像と芸術を大人と子供が蹂躙する災禍の果てを見た。

洋上の船から端を発する連邦生徒会の破滅を見た。

 

その全てにおいて、歩める明日へと導いてくれた人の姿をこの目に見た。

滅びを迎えるはずの世界のその後の世界。それはまさしく残酷で無慈悲な予言の否定に他ならない。

 

(――覆せるのか)

 

初めて抱いたその感情。初めて抱いたその願い。

小鳥遊ホシノはこの世界に左目(・・)を持ち込んだのだ。

アビドス生徒会長が無くした片目を。右目だけでは満たせぬ器の中身は、もうひとりの君によって観測されて充填される。

 

(私の悪夢は絶対ではないと……君は、そう……)

 

そして私は、名前を取り戻した。

トリニティの預言者ではない。百合園セイアという存在を確かに得た。

 


 

「けれども、この世界に敷かれたルールは強固なものでね。二つのタワーが無くなるまで、皆の目を覚まさせることは出来なかった」

 

この世界のルールを知ること、皆を元に戻すこと、先生たちの手助けを行うこと。その全てを並行して行う必要があった。

手助けに至っては本当に最低限のことしか出来なかった。けれど、あれだけ奔走したのはきっと初めてのことだった。

 

「だからこそ、今より君に与えられた全てを返そう。君が私たちに教えてくれたことの全てを以て、私は君に預言する」

 

ウェストミンスターの鐘が鳴る。

それは終わりを告げる鐘の音――夢から覚める時が来た。

 

「この世界に奇跡はない? いいや違うとも。奇跡はもう、起きていたんだ」

 

誰も来るはずの無かったこの世界に、一体何の因果か君たちが来た。

君たちからすれば悲劇だっただろう。

けれど、この世界に存在するはずの無い存在が、止まったはずの時間を動かした。

 

「たった三人で学校を相手にするだなんてそんなこと、出来るわけが無いとは思わないかい?」

 

にも拘らず、君たちはたった三人でそれを成し遂げてここまで辿り着いた。それを奇跡と呼ばずして何と呼ぼうか。

 

「そして君たちは、ミレニアムで見たはずだ」

 

生塩ノアが居る限り、世界から名前が失われることは無い。

名前がある限り意志の無い存在にはならない。先生、君もそうだったはずだ。

 

小さな勇者たちは希望の象徴だ。たとえ敵であっても理解を拒まず手を差し伸べられる彼女たちなら、どんな暗雲が立ち込めようともきっと吹き飛ばしてしまうだろう。

 

君たちの存在を観測したリオ会長は答えを得た。

千年難題の解明には繋がらずとも、この世界は偽りであるという真理へと辿り着いた。

 

「君たちはゲヘナで見たはずだ」

 

君のいない世界は簡単に蹂躙される。君は生徒を守ると同時に君自身も守らなくてはいけない。

もはや君の命は君だけのものではない。君が私たちの傷を容認しないのと同じように、私たちもまた君の傷を容認しない。

 

「それに分かったはずだ、先生。君は悪には向いていない。向いていないのだから悪ぶったりするのは辞めた方がいい」

 

タワーが消えれば生徒が消える。消えた(・・・)だなんて一体誰が証明できるのか。

何故ならここは夢の世界。誰にとっても現実ではない。ならばこう表現するべきだ。夢から覚ましたのだと。

 

「君は苦痛の種を蒔いたのではない。夢に閉じ込められた私たちを解放し、たったひとりで悪夢に苛まれ続ける子供を起こしに来たんだ」

 

君たちが歩んできたこれまでに、意味の無いものなんてひとつも無い。

ここまでの足跡には、確かに希望の種が蒔かれていたのだから。

 

「私は、君たちを通して未来(・・)を見たんだ」

 

――それは救いを求める誰か(・・)に辿り着くまでの物語。

 

「奇跡は既に起きていた。君たちは何度も奇跡を起こした。君たちこそが希望なんだよ」

「――セイア、君は……」

「誰にとっての希望かなんて、君はもう知っているはずだろう?」

 

先生は顔を上げて私を見た。

車椅子から立ち上がり、よろめいて、小鳥遊ホシノが慌てて支える。

それでもしっかりと、私を見ていた。

 

――だから先生。これが私の、最後の()()だ。

 

「君たちは笑って、この世界から目を覚ます」

「――ッ」

「その過程までは、分からないけれどね」

 

――それは確かな救いであった。

悪夢で彩られたこの世界には出口があるという希望であった。

 

――まだ諦めるべきではない。

 

先生がその胸に抱き続けた言葉に中身が宿った。見せかけの抗いすらも崩れた後に見えたのは一縷の光。

 

「セイア……、ありがとう」

 

セイアが笑って頷いた。

 

「ホシノ、これまでごめん。けれどもう、大丈夫」

 

ホシノは「うへへ」と笑う。その頭を撫でると驚いたような顔をして「先生さ~」とまんざらでもない様子で頷く。

 

私たちの旅路はきっと、こういう笑顔こそがふさわしい。

だから今こそ、セイアの出した最初の問いに対する答えを笑って口にした。

 

「私は、トリニティを越えてもう一度彼女に会いに行く」

「それがいい。恐らくだが、君たちはそのためにこの世界に来たのだから」

 

私はホシノに支えられながらトリニティの世界基底――大聖堂のパイプオルガンへと座る。

鍵盤に触れるとアロナたちの解析が始まった。

 

「先生、なにか弾けるの?」

「うーん……」

 

ここでキリエ・エレイソンを弾ければ何か恰好もついたのかも知れないが、私が弾けるのはもっと簡単な曲だけ。

 

「キラキラ星とか?」

「こんな大きなオルガン使って弾くのがそれなんだ……」

「ねこふんじゃったよりかは良いかなって……」

 

ホシノは笑って同意した。

 

「じゃあおじさんが歌ってあげちゃおうかな」

「うん。そっちは任せたよ」

「うへへ」

 

 

【トリニティ総合学園をアンインストールしますか?】

 

 

絶望は無い。痛みもいつしか消えていた。

きっとなんとかなる。その願いを込めて私は告げる。

 

「うん。お願い、アロナ」

 

そして、大聖堂のパイプオルガンから小さな音が生まれた。




――次回 最終話:トリニティ総合学園
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