消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第3話:暁に刻んだ永劫軍備(1)

夢は光の届かぬ深海へと流れ落ちる。

この夢も直に覚める。暗闇の海底で、私は膝を抱えていた。

眠ったように身じろぎもせず、ただ終わりの時を待ち続けている。

 

脳裏を過ぎるのは昔のこと。中学生だった頃のことだった――

 


 

「ねぇ~今日のテストどうだった~?」

「全然無理! あ、でも公民はちょっとだけ良かったよ」

 

教室はいつものように騒がしかった。もちろん他校と比べれば少ないのかも知れないけれど、それでも一クラス20人ぐらいは居ただろう。

 

和気藹々(わきあいあい)と賑わうクラス。その中に、私の居場所は無かった。

いじめられていたわけではない。むしろ逆だ。私が教室に入ると一瞬、しんと静まるのを感じる。特に、こういったテストの日は。

 

「……なに?」

 

そう訊くと、これまで笑って友人と話していたはずのクラスメイトは気まずそうに目を逸らす。

 

「え、えっと……その、今日も、す、すごかったね……! 小鳥遊さん」

「……別に」

 

ロッカーから荷物を取り出してそのまま教室を出ると、教室からは安堵したような雰囲気が溢れ出した。

 

『怖かったぁ……。っていうか、只者じゃない感半端ないよね……』

『あ、でもでも~私、小鳥遊さんより古代語高かったよ! やっと勝てたんだ~!』

『それはあんたが凄いだけでしょ。今回学年三位じゃん。あと本人には聞こえないようにね。睨まれるから』

 

(……全部聞こえてるんだけどね)

 

廊下を歩きながら意識を切り離す。私だって分かっている。気まずそうにされる原因は皆じゃない、私なんだと。

歩くだけでも周囲からの視線が分かる(・・・)。囁く声が望まずとも耳に入ってしまう。

 

『小鳥遊さんだ……』

『この前さ、高校の先輩ボコボコにしたって聞いたよ……』

『ああ、小鳥遊さん、天才だから……誰も勝てないよ……』

 

私の成績は別に悪くはない。今日まで上位八位より下になったことは無いけれど、決して一位を取り続けられるわけじゃない。

それだけだったら他にも何人だって居るし、校内順位なんてキヴォトス全体で考えればそれほどアテにもならない。校内の母数が少ない以上、如何にアビドスの教員の質が見栄だけ張ったように高くともそれほどの価値はない。

 

ただ一点、私は他の誰より隔絶した成績を持つ教科があった。

 

『戦術教科だけは……誰も勝てないよ……』

『一位とか二位とかですらないもんね……だって天才(・・)だし』

『どうせ無理だよ。天才(・・)に勝つとかさ』

 

戦術教科だけは、実習も含めてただの一度として誰にも負けなかった。

天才、小鳥遊ホシノ。そう呼ばれる度に言葉に出来ない()()()()が胸に湧いて来て、それがどうしようもなく嫌だった。

 

校内射撃場に着くと、私は受付口から訓練用のハンドガンを借りてブースに入った。

イヤーマフを付けて、銃を見る。キヴォトスの外ではベレッタM9と呼ばれているもので、扱いやすさと取り回しの容易さが個人的に好みだった。

ベンチのボタンを操作するとカウントが始まる。固定3ラウンド。横移動3ラウンド。フェイント込みで3ラウンドのマックス9ラウンド設定。息を吐いて、銃を構える。カウントがゼロになる――

 

三体のターゲットが降りる。瞬間、銃声が三発鳴る。ターゲットが引き上げれる。

即座に降りて来るターゲット三体。撃ち抜かれる。次、三体。引き上げられる。

横移動が追加される。撃ち抜く。続いてターゲット配置。撃ち抜いてすぐさまマガジンを引き抜き追加の装填。続けて連射。

ターゲットが二体、一体はフェイントですぐに引き上げられる。残る一体を撃ち抜く。一体が降りる。撃ち抜く。遅れて一体が――撃ち抜く。

銃声。銃撃。フェイント。銃撃。銃撃。銃撃――

 

「……あ」

 

的ひとつ100点満点で、スコアは895点。タイム表示も出て来るが、前回より早くとも点数が低い。

調子が良かっただけに、最後の最後で緊張のせいか力が入ってしまった。

 

「……もう一度」

 

再びボタンを操作する。満点は当然で、昨日より同じかそれ以下の時間でターゲットを撃ち抜けるまで続ける。

前回と同じタイムで撃ち抜くまでに費やしたのは3サイクル。昨日は5サイクル掛ったのだから今回は好成績だろう。

 

ブースを片付けて受付へ返却に向かおうとすると、私に声を掛けてくる人が居た。

 

「小鳥遊ホシノ、だな。また一位だったようじゃないか」

 

面倒だなと顔を顰める。

こうしてやっかみに来る人も随分減ったが、今でもたまに来る人が居るのだ。別に成績の優劣なんて気にしていないのに、一方的に突っかかってくる面倒な輩。私は一瞥もせずに受付口へと向かってハンドガンを返却する。

 

「次に勝つのは私だがな。いつまでも頂点なんて思うなよ」

「……あのさ、暇なの?」

「なっ――!」

「ごちゃごちゃ言ってる暇があるなら、練習すれば?」

 

煩わしい。面倒くさい。勝手に対抗意識されても困る。

私は受付口で、続けてアサルトライフルを借りる(・・・・・・・・・・・・・・・)。そしてブースへと戻る。

何かを言っていたその子は今にも銃を抜きそうな様相で叫んだ。

 

「そんなだから――お前は!!」

「説教? だったらさ、私に勝ってから良いなよ。弱い奴に従うつもり無いから」

「――っ!」

 

ブースに戻ってイヤーマフを付ける。ボタンを押してアサルトライフルを構える。

ハンドガン、アサルトライフル、サブマシンガン、スナイパーライフル、マシンガン、ショットガン――

アビドス中等学校で借りられる全ての武器種は、登校日なら毎日全種訓練している。借りれない休日は基礎訓練を行う。これまで欠かしたことの無いルーティーンだった。

 

別に強くなりたいというわけじゃない。ただ、冒険しない質だっただけだ。毎日同じことをする。その中で特別肌にあったのがたまたま戦術教科であっただけのこと。羨ましいだの天才だのと持ち上げられても、その言葉すら煩わしく感じた。

だからだろうか。大して何もせずに勝手に私を持ち上げる大勢を疎ましく思ったのは。

 

大勢は何もしないで成果ばかりを求めようとする。出来ない癖に、出来ない理由を改善することすらなく遊ぶだ何だとやらない理由ばかりをつらつらと並べ立てて天才なんて言葉で切り離してくる。

 

(じゃあ、もっと頑張ればいいじゃん。何でやらないのさ)

 

私は頑張っている。頑張っていない奴らが勝手に私を持ち上げて、自分が頑張らない理由にしてくる。

そんな奴らが楽しそうに笑っているのが何だかとても()()()()した。どうしてかは分からないけど、気分が悪かった。

 

(まぁ……いいや)

 

ブースから出て家へと帰る。それが私の毎日。変わらない、私の日々――

 


 

転機となったのはそれからしばらくしてのことだった。

戦術教科のBDを見尽くして、射撃場での訓練にも停滞が見られた頃のこと。クラスメイトの囁き声がきっかけだった。

 

『小鳥遊さんだったら、ブラックマーケットの傭兵業だって出来るんじゃない?』

 

それが聞こえたのはきっと偶然だった――というよりも、今まで聞き流していたというのもある。

意識に残ったのがたまたまその日であったというだけだろう。けれども、それがある種の光明になったのかも知れない。

 

(実戦は……やったことがなかったな……)

 

バイトにしたって15歳からだ。中学生の身では雇ってもらえず、詐称するにも学校に知られれば事だ。流石に出来ない。

それで思いついたのが、自治区内のパトロールであった。戦闘行為があれば勝手に首を突っ込んで、全員制圧してさっさと帰る。これならバレても『困っている人が居たから』なんて言い訳も立つ。一回バレても注意勧告で済むだろう。そう思った。

 

アビドスの治安は日に日に悪化している。私はまだ遭遇したことがなかったが、なんとかヘルメット団とやらが最近暴れ始めているらしく、遭遇出来たのなら多対一の実戦訓練になるだろう。

自治区を歩いて二日ほど経ったある日のこと。戦闘音は無いものの不穏な会話が聞こえたのは自治区の裏路地、その向こうからである。

 

『実は妹がさぁ、病気になっちまって……それで、ちょっと金貸して欲しいんだわ』

『そうそう! こいつの妹、本当に辛そうでよぉ! ちょっと金貸せよ』

 

誰かが誰かに絡んでいた。大通りから軽く様子を伺うと、三人の生徒に囲まれているひとりの女生徒がそこに居た。

囲まれている生徒は肩に折り畳まれたバリスティックシールドを掛けていた。対して囲む相手の銃はサブマシンガンとアサルトライフル。基礎威力も高そうではない。あれなら盾で防ぎながらで逃げ切れるだろう。

 

けれども、現実は私の想像の全てを裏切った。

 

『そ、そうなの!? 待ってて! いますぐお金下ろしてくるから!』

「ちょっと待ったぁぁぁ!!」

 

咄嗟に裏路地へと飛び込んだ。いやいや、どう考えてもカツアゲじゃん! なんで!?

カツアゲされていた人よりも早くカツアゲしていた不良生徒が私に気が付く。囲まれていた生徒が遅れて私の方へと振り向こうとした。それだけで相手の場慣れ感の差が分かる。

 

「っ――」

 

一息。被害者に見られるその前に前へと飛び込む。手にしたショットガンで一人を撃ち抜く。

続けざまに奥の一人を足払い。そこから喉元目掛けて一撃一射。残った一人は膝蹴りで壁に叩きつけて銃撃。反動で反対側の壁へと飛びずさり、三角飛びの要領で建物の上へと登っていく。目撃者は、誰も居ない。

 

『……あれ?』

 

首を傾げる被害者生徒は、きっと今何があったのかも分かっていない。振り返ったら全員倒れているなんて怪奇現象に見舞われたと思っているだろう。

そう思っていると、その生徒は慌てたように携帯を取り出した。

 

『きゅ、救急車! 救急車呼ばないと!!』

 

妙な人――というより、カツアゲされていることすら気付いていないような警戒心の無さに呆れ果てていた。

少なくとも、トラブルを探すのであればこの人を追っていれば勝手に湧いてきそうだ、なんて――その時はそう思っていた。

 

それが、私が梔子ユメを知った最初のきっかけだった。




――次回 第4話:暁に刻んだ永劫軍備(2)
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