真っすぐ走って地上から攻めるネル。壁を蹴って空中から攻めるホシノ。
廊下の突き当りで重鈍な主砲を構えるアリス。半透明の身体が実像と成り続け、その瞳に光が灯り始める。
狙うのはネルか、ホシノか。一瞬、全ての音が消える。そして――
「――光よ!」
主砲の先端に収束した光が爆音と共に発射される。
「なんであたしなんだよ!!」
ネルが叫びながら壁に張り付くが遅い。すんでのところで右腕が光に飲み込まれて呻き声を上げる。
その隙をホシノは逃さない。主砲を放った直後のアリス、その頭上を取ってショットガンを構える。
アリス自身、ホシノが上から来ていること以外まったく分かっておらず、その姿を完全に見失っていた。
だからこそアリスは、何も考えず適当に主砲を持ち上げて自身の頭上目掛けて
「ぐっ――!?」
振るわれた主砲が脇腹に突き刺さってアリスが背にした壁に叩きつけられるホシノ。思わず叫ぶ。
「その主砲振り回せるの!?」
「どうだ! うちのアリスはすげぇだろ!!」
「なんでそんなに自慢げなのさ……」
ずる、と床へ落ちるホシノ。その卓越した動体視力で周囲を捉えた。
(2メートル先に教室の扉、中は見えない)
(アリスちゃんは主砲を振り切った状態。すぐには構え直せない)
(ネルちゃんが走ってくる。私がアリスちゃんの後ろにいるからすぐには撃って来ないのか)
――いや全然そんなことないっぽい……!!
構えられたサブマシンガンを直視した瞬間、だん、と床を蹴って教室の扉の方へ退避。
直後、ネルのサブマシンガンが無防備なアリスの胴体に命中する。
「それはそれとしてさっき何であたしを撃ったんだよ!!」
「―――イ―――怖す―――らです!」
「誰がチビメイドだァ!!」
よろめくアリスが蹴り飛ばされて、教室の扉をぶち破る。それに合わせてスタングレネードを教室へ投げ込むホシノ。
廊下の突き当りからホシノを捉えるネル。二挺のサブマシンガンがホシノに向けられる。
「邪魔者はいなくなったなぁ!?」
「その前に目、瞑った方がいいよ~?」
「ッ!!」
耳を押さえるホシノの背後で激しく爆ぜるスタングレネード。その光をモロに受けたネルがよろめき、その身体目掛けてショットガンを三発撃ち込む。同時、見えないままにサブマシンガンを乱射された銃撃の何発かがホシノの身体に直撃。弾丸から逃れるように教室へ飛び込むと、そこには目を押さえた四人の姿があった。
先ほど蹴り飛ばされた天童アリス。才羽姉妹、姉のモモイと妹のミドリ。部長の花岡ユズ。
ゲーム開発部の面々が待ち構えていたその教室は正方形で、ホシノから見て左奥の角からは傾斜のついた廊下が重なるように突き出ている。
(今行くしかない!!)
(全員がスタングレネードの直撃で動けなくなっている今しか――!!)
ホシノは全力で次の廊下めがけて走り出そうとして――直後、その足にチェーンが絡みつく。ネルだ。
「まあそう慌てんなって! もう少し遊んでいこうぜ!」
「だったらこの子たちと遊んであげなってば! おじさんは間になってるからさぁ!」
「おじさんってんならそれこそ若いのに付き合ってくれてもいいんじゃねぇ――いてぇ!?」
突如、モモイがアサルトライフルをネルに発砲していた。チェーンが緩んで足の拘束が解かれる。ホシノは立ち上がって再び走り出す。
「ありがとうモモ――いったぁ!?」
その足を撃ち抜くようにミドリの銃撃がホシノを撃ち抜く。
「む……無差別かぁ」とホシノ。
「だったら後悔――いつまで撃ってんだモモイぃ!!」とネル。
銃撃で応戦しながらネルが叫ぶ。
「こいつら割と自我あるっつーか、なんでさっきからあたしばっか狙われるんだよ!?」
「日頃――み――!!」
「ぜってぇ私怨だろ!!」
「今なら勝てるって思われてるんじゃないかな?」
「舐めた真似しやがって……全員かかってきやがれ!!」
その言葉にゲーム開発部が一斉にネルを見る。それが合図だった。
モモイがアサルトライフルを乱射して面制圧。それを側面に回り込んで回避すると狙いすましたようにミドリの銃撃がネルを捉える。
「しゃらくせぇ!!」
飛んできた弾丸を右のサブマシンガンの銃身で叩き落とす。そして左のサブマシンガンで逆袈裟に切り払うように銃撃を行うとミドリは頭を押さえてしゃがんで避ける。
いや、避けるというより驚いて反射的にしゃがんだら避けられたぐらいのものだ。追撃しようと右手の引き金を引こうとしたとき、視界の端に居たユズがグレネードランチャーを放つ最中だった。
サブマシンガンの引き金は引かない。右手を放して身体の向きを変える。ユズから放たれるグレネード。振り下ろされるネルの左手。
しなるチェーン、その先端にくくられた右手のサブマシンガンそのものがグレネードごとユズに直撃。ついで爆発。
「まずは一人目ぇ!!」
歓喜の咆哮を上げるネル。その様子を見ながらホシノはこそこそと教室を移動していた。
「悪いけど、流石におじさんもずっと戦い続けるわけには行かないからさ~」
教室を抜け出て廊下側へ。一応後ろを警戒するも、ネルはゲーム開発部の相手に夢中の様子。
こっそりと立ち上がり走り出す――その瞬間、左手側の壁が爆発した。
「ッ!?」
そのまま右手側の壁に叩きつけられるホシノ。そこで理解する。爆発したのではない。誰かが壁を突き破って突進してきたのだと。
誰かはホシノの右手を掴んで引きずり上げる。ホシノはようやく、それが誰なのか認識した。
「つ、ツルギちゃん、かぁ……」
宙吊りの状態で、ホシノはすかさず左手のショットガンをツルギめがけて乱射した。全弾ヒット。にも関わらず微動だにせず、右手を掴む手が緩むことは一切無い。
ツルギは空いた手に持ったショットガンでホシノの銃を弾き飛ばす。そしてゆっくりとその銃口をホシノの腹部に押し当てる。
――やばいやばいやばい……!!
半ばパニックになりながらも左手でホルスターから拳銃を引き抜く。銃口をツルギの顔に向けて引き金を引き続けるが、負わせた傷がみるみる治っていく。
蹴る。殴る。それでも一切緩まないツルギの拘束。ホシノの頬に冷や汗が垂れる。そして――
「――光よ!」
全てを遮ったのは天童アリスの光の剣。教室側から放たれた高出力のビーム弾がホシノもろともツルギを派手に吹き飛ばす。
舞い上がった煙の中、目を凝らしたホシノが見たのは完全に伸びている剣先ツルギと、今しがた教室の壁に叩きつけられた天童アリス。廊下へのエントリーを果たしたのは、ゲーム開発部との戦闘において勝利を収めたミレニアムの最強だった。
「よぉ、ツルギ。随分と楽しそうなことしてんじゃねぇか」
その言葉に応えるように、ツルギは瓦礫の中からゆらりと身体を起こした。
その姿はもう半透明ではない。それは生徒会長の見る夢にホシノの夢が混ざりつつある証左。
生徒会長の右目とホシノの左目。双眸で捉えて初めて
「くひゃ……くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
獰猛に笑いながら睨み合うネルとツルギ。そしてうっかりその間にいるホシノ。
「あ、あとは若い二人に任せ……」
「つまらねぇこと言うなって! あたしらの仲だろう? なぁ?」
「へひ……ひひひひひひ……!!」
「やるしかないよね~。……ま、お手柔らかに」
ホシノが盾を展開する。
ツルギがショットガンを取り出す。
ネルがサブマシンガンを構える。
直後、ツルギの背後の廊下の先で爆発が起きる。
「今度は何だ!?」
叫んだネルが見たのは粉砕された壁からゆっくりと現れる巨大な影。履帯を回して廊下に現れたのはゲヘナの校章が付いた一台の戦車。
「あれ……もしかしなくてもさぁ」
ホシノの呟きに反応するかのように、廊下へその身を現した戦車はきゃりきゃりと履帯を鳴らしてホシノたちの方へと車体を向ける。エンジン音が嘶いた次の瞬間、廊下の壁を破壊しながら三人に向かって走り出す。
「きええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
「ツルギちゃん!?」
同時にツルギが
「いや、あいつなら何とかするかも知れねぇな」
「いやでも戦車と力勝負は流石に無謀じゃあ……」
「あいつはあれでもトリニティの戦略兵器とか呼ばれてるんだぜ? あいつが戦車をふっとばしたらあたしらも走――」
「きええええぇぇぇぇ!?!?」
「逃げるぞ!!」
撥ね飛ばされたツルギを見てネルは一瞬で退避を選択した。
「もうこれ人身事故なんじゃないかなぁ!?」
遅れてホシノも走り出す。その後を追うのはゲヘナの戦車。主砲に掛けられた看板には「巡回中」の文字。ネルもホシノも流石に「暴走中の間違いでは無いか」と指摘できるほどの余裕は無かった。
二人が教室へ飛び込むと同時に戦車も教室の壁へと突っ込んで、ようやく戦車はその動きを止める。
「さっきからなんなんだよこれはよぉ!?」
そんなネルの叫び声がブラウン管を通して私とホシノへ届けられる。
ホシノは困惑したように画面の向こうへと目を向ける。私は混迷極まる戦場を見ながら思わず呟いた。
「何というか……四大校勢ぞろいって感じだね」
ツルギ、ネル、ホシノ。そしてイロハの超無敵鉄甲虎丸。
部屋の隅で気絶したまま積み上げられているゲーム開発部のみんなもいるが、彼女たちの戦いに巻き込まれないか少し心配でもある。
『ここで戦ってもしょうがねぇ! チビ共が巻き込まれる!』
『きひひ……そうだな……』
ツルギとネルが同調して廊下の入口に目を向ける。するとそこには既に教室から逃げ出したホシノがひとり走っていた。
『……おい。あいつズルくねぇか……?』
『くひ……くひひひひひ………きひゃひゃひゃひゃひゃ!!』
呆然としている二人を前に、虎丸のハッチが音を立てる。中から出てきたのはイロハ、そして――
『あ! ツルギお姉ちゃんとネルお姉ちゃんだ!』
『万魔殿のチビじゃねぇか! なんでそんなもんに乗ってんだ!?』
『いけませんよイブキ。あの人たちは敵です。マコト先輩の仇を取らないといけませんからね』
『あれ、そういえばマコト先輩は……?』
『ああ……廊下の壁に突っ込むまでは車体に乗ってましたね。挟み潰したような気がしますが……まぁ、マコト先輩なら大丈夫でしょう』
『……そっか!』
『いやあたしら関係ねぇじゃねぇか!!』
――それはそうだね……。
内心呟いてホシノに視線を向けると、ホシノの表情は何処か緩んでいるようにも思えた。
「何やってんですかね、揃いも揃って馬鹿みたいじゃないですか……」
「あはは……まぁキヴォトスだとよくある光景だよね……」
「…………私にも」
ホシノがそう言いかけて、口を噤んだ。
私は特に相槌も打つことなく、ただブラウン管の映像を眺め続ける。
映像には走り続ける未来のホシノの姿が映し出されていた。何よりも自由で、止まることなく最上階目掛けて走り続けている。
「……もうじき最上階に着きますね」
「世界基底はそこにあるの?」
「そうですよ。操作できるのは私と、例外的に先生だけですけど。別に好きにしてください」
「……大丈夫だよ」
私は声に出す。これだけは伝えなきゃいけないことだったから、指切りの小指を出して私は言った。
「私も、未来のホシノも、ここの世界基底は消さないって決めているから」
「……何言ってるんですか? 消さなきゃ帰れないんですよね?」
「だから、長居しても良いかなって思っているんだ。私も、未来の君も」
「じゃあ帰れないじゃないですか! あなたも! もうひとりの私も!」
「私たちは君を置き去りにしない」
「っ……」
ホシノの右目が私を見た。恐らくきっと、今この瞬間こそちゃんと目と目が合った時だった。
理解出来ないといった困惑を瞳に宿して、それ以外の想いの影を瞳にちらつかせて。
その想いを散らすようにホシノは首を振って拒絶する。裏切られるのを怖がるように、泥沼に身を浸すべく全てを振り払う。
「す、好きにすればいいでしょう? 私も何もしません。抵抗だってするつもりはありません」
「じゃあ、好きにしようかな」
「っ!? な、何を!?」
ホシノの手を握る。自分はここに確かにいるのだと、いなくなったりしないのだと伝えるように、優しく片手を握る。
「ほら、未来の君が何をするのか、一緒に見よう?」