消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第9話:夢見る真昼の礼拝招詞(1)

教室を出て、暗闇の回廊を駆け上がり続ける。

まだ見ぬものを見るために、未だ知らぬ答えを掴むために、小鳥遊ホシノはサンクトゥムタワーを登り続ける。

 

(……誰も居ない)

 

全て未来から来たもうひとりの自分が片付けてしまったのだろうか。

伽藍の如く走る自分の吐く息の他には何も聞こえず、争うような戦闘音すら聞こえない。

 

進む先に何が待っているのか分からないというのは未だ心を縛り続けるトラウマである。

ある日突然自分を構成する世界の片翼がもがれた事実が、未知への恐怖という形でこびりついている。

進んだ先に何があるのか。進まなければ良かったのではないかと後悔するのではないか。

 

知らなければ良かった事実があるように、糾う禍福の禍の字を知らなければ無知な幸福に耽溺し続けられていたのかも知れない。今進んでいるこの道の先に、さらなる苦しみが待っている可能性だって否定できない。

 

そんな最悪の想像を振り払うように私は走り続けた。

足取りが徐々に重くなっていく。それでも、止まってしまえばきっともう歩き出せないと知っていたから、止まるわけには行かなかった。

 

《どうして君はまだ――》

 

先生の言葉が脳裏に残響する。今なお動かし続けるこの足は諦めない為に走っているのか。

分からない。諦めるために知りたいのかも知れないし、もしかしたら本当にまだ諦めたくないだけかも知れない。

 

――いずれにせよ、私は知らなきゃいけない。

私の弱さを知らなければいけない。未来の私がどう思っているのか、どう過ごして来たのか知らなければならない。

死とは過去も未来も欠損させる結末だ。私はそれを知っている。なればこそ、ユメ先輩と過ごした日々に意味があったのか。

 

(あったんだって、過去に置き去りにしなかったんだって、私がそれが知りたくて――!!)

 

最上階間際。歪に積み重なった各校の体育館がある最後のフロアへとその足を踏み出した。

入口は固く閉ざされているようにも見えて、私の侵入を拒んでいるかのようにも見えて……私は首を振った。

 

(私が、入りたくないだけだ……)

 

体育館の先の先に答えがきっと待っている。

一度扉を開けてしまえば、言葉に出来ないほど絡み合った期待が根底から裏切られるかも知れない。

 

足が鉛にでもなったかのようだった。よろよろと近付いて、扉に手を掛ける。

開かない――いや、手に力が入らない。開けられなかったという言い訳をするかのように、今すぐにでも最下層で待つ先生のところまで全身が逃げたがっていた。

 

「――っく、なんでさ……。なんで……」

 

力なく扉を叩く。足はすっかり竦んでしまって、扉の前でへたり込んでしまう。

私はずっと臆病だった。臆病さ故に力を欲した。強い自分になりたかった。けれども性根は変わらない。

私はずっと弱いままで、だからこそずっとユメ先輩に憧れていた。ずっと何かになりたかった――

 

(私は――あんな映像の先の私には成れない……)

 

不敵に笑いながら困難を突破していく未来の私に私は成れない。

学校を相手に立ち回るだなんて私には出来ない。どんなに傷ついても戦い続けるあの人に成れるわけがない。

 

「――だって、私は弱いんですから」

「何してるの?」

「っ――」

 

縋りついた扉が不意に開けられた。預けた体重に従って私の身体が体育館の中へと倒れ込む。

直後、聞こえたのは生徒たちの歓声だった――

 

「戦術対抗戦! 勝者は正義実現委員会のツルギさんチーム! ミドリ! 掛け金回収するよ!」

「てめぇふざけんな!! これで3勝3敗だからな! まだやんぞこらぁ!!」

「ィイヒヒヒ……当然だ……」

「あのツルギ……こちらもそろそろ限界なのですが……」

「リーダー? せめて続けるなら在野からメンバーを募集するのは如何でしょう?」

 

熱狂の渦が身を打って、その状況が理解できずに思わず顔を上げる。

扉を開けたのはゲヘナの風紀委員長で、呆れたように私を見ていた。

 

「ノックなんて要らないのに……。どうしたの? 珍しい」

「あ、え……っと、その……ど、どういう状況……?」

 

困惑しながら言葉を紡ぐと、ヒナ委員長は溜め息交じりに口を開こうとして――すぐ傍からそれを遮る声があった。

 

「説明しましょう!!」

「コトリちゃん……?」

 

物陰で休んでいたらしい豊見コトリがひょこりと顔を出す。

驚く私を置き去りに、コトリちゃんはこれまでの経緯を話してくれた。

 

「私たちもそうですが、ここにいる皆さんは気が付いたらこの塔にいたようでして、さてどうしようかという時にやってきたのがホシノさんでした。そしてこのアビドス体育館へと案内されながら『どうやらここは本当に夢らしい』と気付いた結果、好き勝手に暴れて戦術対抗戦が始まり、今に至るのです!」

 

説明を聞いて頭が痛くなった。

そんな、そんな簡単に暴れ始めるものなのか。ヘルメット団ならいざ知らず、普通の学生生活を送っているはずの皆までがそこまで簡単に暴れ始めるものなのか。

 

「……ちょっと待ってください。そもそもですけど、ここが夢だって言われてそんな簡単に納得するものなんですか!?」

「はい!!」

「力強い――っ!」

「何故ならこの建築物は構造力学に反しています! すぐに倒壊するはず。にも関わらずここまでの人数を収容してかつびくともしないのであれば、これは夢であると定義する方が正しいでしょう。そしてミレニアムには夢を共有する技術が開発中でして、これは――」

「ごめん、もう大丈夫。続きは後で聞かせてください」

 

一体何が起きているのやら、許容範囲の外にある出来事が起こっていることだけは確かであった。

ただ、理解できない滅茶苦茶が目のまで起こっていることだけは分かる。

 

「へぁあああ!! なんで私がぁぁぁ!!」

「ねぇねぇウイちゃん! アメリカーノ出してよ!」

「キヒヒ……調子が出るからな……」

「アコちゃんのより美味しいから準備して! 早く!」

「部長! 大丈夫です! 私もアメリカーノ入れるの得意ですから! 図書部員なんで!」

 

(む、むごい……)

 

如何にも奥手そうな人――恐らくトリニティの図書部員部長が対抗戦の場に引きずり出されていた。

それを待ち構えるのもティーパーティーの聖園ミカを始めとしてツルギ委員長、ゲヘナの風紀委員と荷が重すぎるであろうメンバーで、唯一の仲間であろう図書部員ですら部長のことなど鑑みてすらいなかった。

 

そもそもチーム混合にしたってあまりに呉越同舟が過ぎるというもの。ゲヘナとトリニティの混合チームなんて有り得るのだろうか。

私は気付けば、そんな当たり前の疑問をヒナ委員長に尋ねていた。

 

「あの……トリニティとゲヘナって仲悪かったんじゃ……」

「全員がそうじゃない。それに何となく嫌程度の関係だったし」

「あなたは嫌じゃないんですか……?」

「私? 私は……楽できるならそれでいいと思うけど」

「……はぁ」

 

そうこうしているうちに目の前で再戦が始まっていた。恐らく7戦目か。

もはや学校なんて関係無しに双方入り乱れて対抗戦を始めており、観客席ではゲーム開発部がモモイ主導で賭け事が行われていた。

 

観客たちもそれなりに多く、ティーパーティーのナギサ代表が試合を行うミカ代表に向かって何かを叫んでいる。恐らく勝利に賭けたのだろう。見たことも無いような、品位も何もかなぐり捨てたような表情で少し怖い。

その後ろで担架に運ばれているのはセイア代表か。流れ弾が直撃したらしく、ゲヘナの救急医学部に搬送されている。

 

その光景をしばらく眺めていると、不意に隣から声が聞こえた。

 

「面白いですよね。普段なら関わることの無い方同士が交わる様と言うのは」

「……浦和、ハナコ?」

「はい、小鳥遊さん。なんだかすごいことになっちゃってますね~」

 

トリニティの浦和ハナコの視線は何処か遠く、ある種の憧憬を込めた目で体育館全体を眺めていた。

私はふと気になって声をかける。

 

「あなたは……混ざらないんですか?」

「ふふっ、私も組んずほぐれず情熱的に交わりたい……とは、思っているのでしょうかね?」

「……?」

 

妙な言い回しに首を傾げると、ハナコは笑って言葉を返した。

 

「どうにも、大勢の方々の中に混ざって楽しむ自分の姿が想像できないと言いますか……」

「……あぁ、はい。分かります」

「広く浅くよりも狭く深くが丁度いいみたいでして。浅い部分よりも奥の方が気持ちいいタイプなんです」

「それは良く分かりませんけど……」

「ふふっ、小鳥遊さんにはまだ早かったみたいですね。上の階でも屋台が出てましたし、折角ですから見て行ったらどうでしょう?」

 

何処か陰のある彼女だったが、その理由なんて想像も付かないしわざわざ聞くようなことでもないと思った。

だから上階に上がる前にひとつだけ聞くことに留めることにする。

 

「あの、どうして私に声をかけたんですか?」

「……どうして、と言われると困ってしまいますね。本当に何となくだったのですが……親近感が湧いてしまったのかも知れません」

「……そうですか」

 

親近感。久しく聞いていないその言葉に思わず少しだけ頬が緩んだ。

これまで感じたこともなかったし考えたこともなかったけれど、何故だか悪い気はしない。

 

「そろそろ行きます。なんで屋台があるのかも分かりませんが、とりあえず……見てみます」

「はい、気を付けて」

 

見送る言葉に背中を向けて階段を登り始める。

 

そして、ふとした拍子に気が付いた。

 

「……そっか。私、アビドスの外を知らないんだ」

 

アビドスの中でさえ、私はまともに知ってすらいない。

実際に目にした場所ですら遠い百聞と変わらず、記憶と呼べるものの全てにいつだってあの人がいた。

あの人が居た場所こそが私の世界そのものだったと、ちゃんと感情で理解できた気がした。

 

複雑に絡み合った苦痛のひとつが言葉によって解きほぐされる。

進むべき道はまだ見えずとも。




――次回 第10話:夢見る真昼の礼拝招詞(2)
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