消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第11話:ホシノvsホシノ

目も眩むほどの巨大な蒼月。それを背負うは揺らめく夜の左目を持つアビドス最強。

全ての時間が遅く感じる。時間さえも切り取る私の瞳がまず捉えたのは、完全武装のその装備。

 

(キャリアプレートは問題ない。私のショットガンなら誤差程度)

(ユメ先輩の盾は抜けない。掻い潜る必要がある)

(武器はハンドガンとショットガン。ハンドガンなら直撃しても急所を外せば大したことはない)

(右目欠損。見えているか確かめないと)

 

ゆっくりと進む時間の中、盾越しにショットガンの銃口がこちらを向こうとしていた。

左足で地面を蹴って敵の左側へ重心を傾ける――フェイント。右足で再度地面を蹴り直して欠損した右目側へと重心を戻してショットガンに手を掛ける。

 

――そして時間は動き出す。

 

敵のショットガンは火を吹かず、僅かにフェイントを入れた左側を向いて、それからすぐ様右側へと振り直す。

私の放った銃撃は全て盾で防がれ返す銃撃。敵の放った散弾が私の身体に浴びせかけれられて思わず怯んで後ずさり。

続けてハンドガンに依る牽制攻撃。放たれたのは腹部、胸部、両腿、左肩の計五発。半歩僅かに右へとズレて、ショットガンの銃身を盾に胸部と腹部に向けられた二発を防ぐ。

 

(いや、防がされた(・・・・・)――!)

 

直後、眼前に見えたのは私に向けて投げ放たれる手榴弾。全力で下がれば爆風程度で済むかもしれない。

けれども爆発すれば秒に満たない時間だけ視界が塞がる。相手は盾を持って爆発空間へ突っ込める。ここで引くのは先手を譲るようなものだ。

 

(――いや、ピンを抜いてから何秒だ?)

 

徐々に手榴弾が眼前へと迫ってくる。このメーカーはピンを抜いてから五秒後に爆発するタイプ。ピンを抜いて投げられるとすれば私が後ずさったあの瞬間だけ。まだ二秒も経っていない。残り三秒も残っているのなら――

 

「っ――!」

 

胴体の銃弾を防いだショットガンをそのまま逆手に持ち替えて、盾の向こう側へと落ちるように弾き飛ばす。

敵は盾を背後に回して地面に突き刺す。私はショットガンを構え直す。敵はハンドガンで私の手――引き金にかけた右の人差し指へと銃撃。右足を引いて半身で回避。手の甲を銃弾が掠る。問題はない――そのはずだった。

 

右足を引く僅かな時間で、敵は私の目の前にまで迫っていた。

 

(くっ――)

 

敵の足払い。軽く跳んで躱す。その隙を突いて掴まれる私の制服。通り抜け様に立ち位置を入れ替えるように投げ飛ばされる中、空中で体勢を整えてショットガンを敵に向けて引き金を引く。背後で手榴弾の爆発音。しかしこの距離なら私に被害は――

 

「がぁっ!?」

 

背中に衝撃が走って思わず首だけ振り返る。その正体は爆風で飛ばされた()()()()()()()()()()()()()()()()。放たれた散弾は空を切り、代わりに地上で敵が私に銃口を向けていた。引き金が引かれる――炸裂。

 

「うぐっ――!!」

「それじゃあ駄目だよ弱い私。周りを良く見て、使えるものは何でも使わなきゃ」

 

敵は薄く笑って私を見ていた。若輩者を見るような老練の兵士のような瞳だった。

自分の傍へと転がって来た盾を拾って、それから再び構え直す。その所作に油断は見えない――

 

(強い。この上なく――)

 

それだけじゃない。実力の彼我はこの一瞬で全てが見えた。私はこいつに勝てないのだと。

同時に私は理解する。私は今まで無敗であったがために、同格以上と戦ったことが無いのだと。

 

「あのさ、私は天才なんだよ。もちろん君もね。でもそう呼ばれるのが心底嫌だった。どうしてだと思う?」

「うるさい!!」

 

銃を構える。

どうして嫌だった? どうしてだなんて、それは――

 

《あの、棄権します》

《え?》

《だって、どうせ(・・・)負けるもん……。小鳥遊さん、天才(・・)だし》

 

脳裏をちらつく過去の記憶。それを振り払うように引き金を引く。気付けば私は叫んでいた。

 

「どうせってなんですか!! 天才ってなんですか!! みんなみんな身勝手じゃないですか!!」

 

戦術すらなく感情のままに引き金を何度も引く。そこに通せる理屈はなく、全てが盾で防がれる。

声は、その銃声の向こうから聞こえた。

 

「私は寂しかったんだよ。それに怖がられてもいた。誰も喧嘩すらしてくれない。みんな私を遠ざけるから」

「ち、違っ――」

「だから皆は努力してないから弱いってことにしたんだ。自尊心を守るために原因を外へと追いやった」

「……ぅううっ!!」

 

かちりと弾が切れていた。慌てて装弾し直す間も敵は撃って来ず、ただ見下すように私を見ていた。

 

「馴染もうとする努力すらしないで自分から孤独になったんだ。なのに孤独を享受できるような質でもない。完璧主義でプライドが高くて、なまじ出来ちゃう方だったからそりゃ周りを勝手に期待して失望だってしたりするさ」

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

怒り――ではない。心の恥部を明かされたような、やぶれかぶれの攻撃。

それはただのひとつも届くことなく盾によって防がれる。その事実がどうしようもなく悔しかった。

 

「わ、私だって考えましたよ! どうすればいいのかって! でも――」

「面倒だったから辞めたんだ。まだ子供だったから。まぁ、今も大人とは言えないけれど」

「じゃあ! どうすれば良かったんですか!」

「どうしようもなかった。だってまだ子供だったんだから」

「は……?」

 

思わず銃撃を止めてしまった。盾越しに静かな光を宿した左目が私の右目に注がれる。

そいつは――もうひとりの私は言葉を続けた。

 

「もし私が今の記憶を失くしてあの頃に戻ったとして、きっと何度でも同じことを繰り返すよ。でも、それで良いんだよ」

「どうして……?」

「だって、ユメ先輩に会えたから」

「――――っ」

 

どうして私はあの人に憧れたのだろうかと思い出す。

 

(そうだ。あの人は――)

 

「絶対に諦めない。君も分かるよね。ユメ先輩は何があっても、決して手が届かないような夢物語でも絶対に諦めなかった」

 

梔子ユメ。あの人はどこまでも弱く、そして誰よりも強かったことを今更ながらに思い出す。

決して折れず、曲がらず、それでいて必要な時には助けを求められて、必要な時は助けようとしてくれる人だった。

だから私はあの人の傍に居たかった。自分よりも遥かに強いあの人に――

 

「ほら、私は私を反省できる。明日はもっと良い私に成れる。だからさ、私に勝って見せてよ。昔の私」

「――あぁ、そうですか」

 

私はきっと未来の私に勝てないだろう。同じスペックの存在が相対したのなら、勝つのは経験値が多い方だと相場が決まっているのだから。

 

だからこそ、私は未来すら超えた私になりたい――

いつかの私から今の私へ送られるのは互先(たがいせん)。超えて見せろという未来からの挑戦状。

 

(きっと、戦いとか訓練とかって、こうあるべきだったんだ)

 

キヴォトスにおいて銃撃戦なんて喧嘩やスポーツと同じぐらい慣れ親しんでいるはずのもの。

私にとっては負けたら終わりの実戦しか無かったからこそ、共に高め合えるような実力を持っている人が誰も居なかったからこそ、その認識すらズレていたのだ。

 

身を切るような戦いの中で強くならなくてはいけない――ではない。

自分を追い詰めるような戦い方はしなくていい。強くなるために戦える相手がここにいる。私はもう、ひとりではない。

息を深く吐いてショットガンを相手に構える。認めよう。もうひとりの――未来から来た私のことを。

 

そして、私の未来の可能性をここで知ろう。

 

「いきますよ、私」

「おいでよ、私」

 

本当の最終、第二ラウンド。小鳥遊ホシノと小鳥遊ホシノの戦いは今ここに成立する。

 


 

だん、とまず踏み込んだのは未来の私だった。

盾を構えながらハンドガンで速射。正中線に沿って三発。左肩へ一発。私が相手の弾道を見切れることを前提とする回避方向の誘導である。

 

(一番楽なのは右に重心を崩して正中線の弾丸を避け切ること)

(左に逃げるには左へ重心を崩した上で左肩への弾丸をしゃがんで避けなきゃいけない)

(あえて無視して前に突っ込む? ダメージは低くても衝撃はある。下手に食らえば畳みかけられる可能性も)

 

右か、左か、正面か。私は右への回避を選択。右足を地面から外して倒れ込みながら身体の向きを変えていく。

ただ回避するのではなく、最低限ではなく最大限右へ走って様子を伺う。塔の外周をなぞるように大きく距離を取って向き直ると、未来の私はハンドガンに弾を込めながらこちらにゆっくりと歩いてきた。

 

「そうだね。この距離じゃハンドガンの牽制射撃も牽制にならない。お互い得物はショットガンなんだから君が届かない距離なら私も届かない。どっちも近づかないと攻撃が出来ない」

「ですがあなたは装備が厚い分、機動戦なら私の方に分があります。動かされる前に片を付けますよ」

「うん、じゃあ――」

 

未来の私が盾を畳んで背中に回した。ショットガンのリロードも完了させて、半月のように口角を上げる。

 

「やってごらん」

「いきます!」

 

姿勢は低く、地を滑るように私は走り出した。前方から聞こえたのは三発の銃声。散弾が私の周囲全てを制圧するように放たれる。避けられるわけも無い。だから避けない。銃弾の嵐をそのまま突破して相手の眼前まで身体を捻じ込む。

 

(ここまで近付けば盾を展開される前に銃弾を当てられる。だから相手は避けるしかない)

(回避先を絞ることが出来れば初弾の直後にあらかじめ撃って潰せる。けれど私相手じゃ絞り切れない)

(迂闊に銃口を向けても近づかれて弾かれたら終わり。だったら――)

 

直後、私は相手を飛び越えるように大きく踏み込み頭上へと跳んだ。足は天に、地に頭。逆しまの視界で捉えたのは未来の私のその頭上。もうひとりの私が面白そうに笑った。

 

(これならどう逃げたって私の射程――!)

 

引き金を引く。シャワーのように銃弾の雨を浴びせかける。身を翻らせて着地の準備。私に反撃するためには振り返って頭上を撃つほか無いのだから、反撃はされない。

 

「惜しいね」

「っ――!?」

 

いや、そうはならなかった。

未来の私は慌てることもなくバックステップ。そう、私の着地地点へと下がって目線すら合わせずに左手を真上へ上げた。

私の足が掴まれた。そのまま横薙ぎに振られる視界。僅かに見えたのはもうひとりの私が右手のショットガンを私に向ける瞬間だった。

 

(やられる――!!)

 

景色が横方向に流れる刹那、私は足を掴まれて振り回されながら銃口を相手に突き付ける――直後、足から手を離されて銃口がブレる。ブレないのは相手の銃口だけ――

 

一撃。散弾が私の腹部に重たい衝撃を与える。

二撃。回転する私の身体は地面に接触してバウンドする。全身に激痛が走る。

三撃。両足と左手を大きく広げて無理やり体勢を整え着地。そこに放たれる銃撃を真横に飛び込んで躱す。

 

更なる一発が飛んで来る前に走り出す。前方の相手は腰に手を回して手榴弾を手にかけているようだった。

投げ放たれる――いや、投げられたのは手榴弾ではない。手榴弾のピンのみだ。

 

(手榴弾は腰についたまま――)

(カウントは五秒。寸前で投げるのか――?)

(さっきの手榴弾のピン? ブラフ?)

(このまま距離を詰める? 盾を構え直されたらジリ便だ)

 

意識が割かれる。判断を要求される。刹那に思考できる限界が迫る。

 

(今の私に迎え打つならハンドガン? いや、ショットガンで大きく避けさせてハンドガンで追撃。トドメにショットガン)

(距離を取られるのはマズい。相手のペースに乗せられる。怯んじゃ駄目だ)

(下がられたらショットガンで逆に私が牽制射撃。避けさせて盾を構えられる前に身体を捻じ込むしかない)

(相手の手足を観察して初動を見逃さ――)

 

瞬間、もうひとりの私は私に向かって右側へと大きく跳んだ。

 

(残り四秒。ブラフ、右、追いかけ――)

 

情報量が増やされる。私の目が僅かな挙動も見逃さないことを前提とした思考能力に対する攻撃。

私の背後に回り込むようにもうひとりの私が走り出す。盾は展開していない。代わりに左手に握るはハンドガン。走りながらの牽制射撃。その精度は止まっているときと遜色ないほどに熟達している。

 

「くっ――!!」

 

即座に身体の向きを変えて追い縋る。手榴弾が爆発するまで残り三秒。

その時、私は偶然にも地面にあるものが落ちていることに気が付いた。

 

(手榴弾のピン――じゃあブラフじゃない!)

 

見逃さなかったのは奇跡だった。そして一層私は距離を離されてはいけないのだと理解した。

 

(近すぎれば自爆するしかない。張り付いて手榴弾を捨てさせる(・・・・・)

 

牽制で置かれたハンドガンの銃撃を縫うように寸で躱し続ける。残り二秒。向けられるショットガン。向けるショットガン。二挺の銃声が同時に鳴って、双方回避。もうひとりの私がバックステップで背中の盾に手を伸ばす。

 

「させない――!!」

 

ショットガンを連射する――が、若干遠い。致命打にすらならず、それどころか相手は避けさえしなかった。

盾が展開される。前方に構えられたらもう抜けない。一気に走っ――

 

(……え?)

 

私の足元に、手榴弾が転がってきた。

盾は展開された直後に構えることすらせずそのまま地面に突き刺していた。

 

「じゃあね」

 

もうひとりの私の姿が盾の向こうに隠れる。

残り、いち――

 

カウントを始めてから四秒目。爆炎が私の身体を焼いた。

耳は爆音によって塞がれて、視界は煙によって遮られる。

 

投げられたピンはブラフだったのだ。あのピンが最初の手榴弾のもので、地面に落ちていたのが今爆発した手榴弾のピン。

地面に落ちていたのを発見したのは偶然ではない。あの時突っ込む私に対して下がるでも受けるわけでもなく右側へ走ったのは、私にピンを発見させるため。私だったら必ず気が付くと信じたが故の作戦だったのだ。

 

そして手榴弾は私の特製。食らえば私だってただじゃ済まない。

私の反射神経、耐久力、思考速度、その全てを読み切った完璧な策だった。

未来の私にとっての過去である私にしか出来ない絶対的な戦況コントロール。

 

だから私はたった今、この場この瞬間に勝機を見つけた。

 

「……これ、貰いますよ」

「へっ……!?」

 

煤だらけになって満身創痍のまま、私は未来の私の背後にいた。

耳が爆発音で効かないのなら、目が煙で遮られるのなら、それは私と同様に未来の私であっても同じこと。

手を伸ばして引き抜くは腰に残った最後の手榴弾のピン。相手の思考を引き裂くような、情報戦のやり返しである。

 

きっと未来の私だったら(・・・・・)、ここまで圧倒して第三ラウンドと言いながら仕切り直すと、そう()()()

盾は左手で展開した。そのまま突き刺して盾の陰に隠れる。この瞬間だけは私に向かって右側へと背中を向けている。

普段の私ならここまで縋らない。体勢を立て直すために仕切り直しを行う。だからこそ今この瞬間だけはこれまでの自分から外れなくてはいけなかった。

 

「この……っ!」

 

未来の私が初めて慌てたように振り返り、ショットガンを向ける。

私は右手で逆手に自分の銃身を掴みながら、左手を引き金に掛ける。けれど、撃つのはまだだ――!

 

「っ――」

 

息を止めて左手を離す。逆手に持った右手を回して相手のショットガンを手元から叩き落とす。

目を見開く未来の私。叩き落とされたショットガンが地面に着くと同時、もうひとりの私は私の持つショットガンを奪おうと手を伸ばした。

 

「あげますよ」

 

銃を放る。思わず受け取る目の前の私。すぐさま私へと銃を構え直す。

その時には既に、私は叩き落とされた未来の私のショットガンを手に取っていた。

もはや構える時間もない。銃口だけ相手の方へと向けてイチかバチかで引き金を引く――

 

「当たれぇぇぇええええ!!」

 

二発の銃声が屋上に響き渡る。

吹き飛ばされて、跳んで倒れて、何でも無い場所で手榴弾が爆発する。

 

最後の戦いに勝者はなく、敗者も何処にもいなかった。




――次回 第12話:羅針
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