消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第12話:羅針

(あぁ……勝てなかったな……)

 

大の字になって眺める月は変わらず歪な光を帯びたまま。あの夜の月とは大違い。けれども、今は悪くも無い気がする。

 

(勝てなかった……。けど、一撃は入った)

 

遠い未来まで研鑽し続ける私は確かに強かった。同時に理解する。未来の私は眠ることすら出来なかった私なんだと。

世界移動の悪夢を見ることはなく、代わりに冷たい現実を穴が空くほど直視し続けたいつかの私。

決して覚めることのない、現実という名の暗闇を歩き続けたからこその強さであった。

 

「ふぅ……、いてて……」

 

遠くで起き上がった未来の私が、腹部を擦りながら私のところまで歩いてきた。

そこに戦意はなく、弛緩した笑みを浮かべながら寝転ぶ私の隣に座る。

 

「いや~、まさかあそこまでやるなんて思わなかったよ~」

「……どうでした? 接近してからの私は」

「うん、そうだねぇ……」

 

未来の私は少しばかり思案するかのように遠くを見ていた。それから「うん」と頷き直して口を開く。

 

「真っ先にピンを抜かれたのはびっくりしたよ~。あそこでそのまま撃とうとしてたら反射的に避けてたから」

「最悪抱き着いて自爆するまで手榴弾ごと離さないっていうのも考えたんですけどね」

「避けようとして掴まれたら面倒だったからね~。だから君を撃つのを優先しちゃった」

「そう思って銃を叩き落とす方向に切りましたが、まさか奪おうとするとは思いませんでしたよ……」

「手榴弾に弾が掠ったら最悪だからね。ワンアクションしか取れない状況だったし銃は無いし組み合いになったら勝てると思ったし、何より分が悪いと思ったらすぐ逃げようと思った」

「でも私が銃を渡したから」

「そのまま撃つ方向で思考が固定された」

 

目と目があって、二人で静かに笑ってしまう。

分かり合う以前に同一人物なのだ。分からないわけが無い。

 

「そういえば、こういう感想戦は初めてかも」

「二年経ってもそういうことは無かったんですね」

 

そういうと未来の私は頬を掻きながら曖昧に笑う。

 

「いやさ、自分の感想戦って意味では無いかな。戦い方を教えるって意味では指導してたけど……」

「も、もしかして弟子でも作ったんですか?」

「弟子って言うか……シロコちゃんって言ってね、『私は自分より強い人の言葉しか聞かない』って勝負を仕掛けて来たんだよ」

「あぁ……」

 

何処かで聞いたような話で頭が痛くなる。良きにせよ悪しきにせよ、それは確かに目は離せないだろうなと同意した。

 

「何度負けても立ち向かってきてさ、だからアビドス入学を賭けて勝負しちゃった」

「その子の進路めちゃくちゃじゃないですか……。何処の生徒だったんですか?」

「それがね……分からないんだよ」

「え……?」

 

思わず困惑して声が出た。

聞けば名前以外の記憶も無いままアビドス自治区を彷徨っていたらしく、それをたまたま私が発見するのだという。

最初に遭遇したときも激しい抵抗にあったようで、一体どんな境遇なのかも分からないのだそうだ。

身寄りも無い。頼れる相手もいない。明日にも死んでしまうかもしれないひとりぼっちの小さな子。だから保護を買って出た。

 

「……ユメ先輩ならそうしますね」

「……ちょっとだけ、自分と重ねてたのかもね」

 

未来の私が寂しく笑う。愁いを帯びた瞳が見つめる先は、私より少しだけ未来の過去の私なのだろう。

 

「でもね、本当はそれよりも前に退学しようとも思ってたんだよね」

「アビドスを捨てて?」

「そう。思い出ごと全部捨てようと思った。思い出しちゃうからさ。全部なかったことにしようと思ったんだ」

「…………」

 

出来るわけが無い、とは言えなかった。

平時であれば考えもしないだろう。けれど、あの人の影が私を責め立てているような気がして逃げたくなる気持ちは充分理解できるものであった。

 

なんで(■■■)私を殺し続けたの(■■■■■■■■)

 

あの日の言葉が記憶にこびりついて離れない。ふとした拍子に呼び起こされて、罪悪が心臓を握り締める。

逃れ得ぬ痛みから少しでも遠ざかろうとするのは罪なのだろうか。自らに絡みついた茨を解きほぐすことなど不可能である。

 

「それでもあの日々を過ごし続けていたのはね、ノノミちゃんがいたからかな」

「ノノミちゃん……?」

「十六夜ノノミ。ネフティスのお嬢様。ユメ先輩のことも聞いてたみたいで、アビドスの窮地に罪悪感があったみたい」

「別にネフティスが衰退の原因ってわけでもないじゃないですか。むしろよくあそこまで残ってくれましたよ」

 

ネフティスグループはむしろアビドス衰退に抗おうとしていた。

社を上げての一大プロジェクトに砂漠横断鉄道を作ろうとして、当時のアビドス生徒会がそこに多額の出資をして共倒れになった話は誰でも知っている。それによりネフティスグループが致命傷を受けてアビドスを去ったことも。

 

確かにそこから急激に自治区からの移転を申し出る住民は増えたが、そもそもの原因はあの異常な砂嵐だ。ネフティスはあくまで賭けに負けただけ。勝てばアビドスの再起、負ければアビドスの寿命を削る、そんな戦いに。

 

今となっては別に特別悪感情を抱いているわけでもない。

確かに当時は「余計なことを」と思っていたが、それもユメ先輩と一緒に行った活動で評価は反転しているのだ。

もし私たちがネフティスと同じことが出来て、同じ選択肢を突き付けられたら確実に同じことをする。だからこそ、十六夜ノノミの罪悪感はアビドスにひとり残った私への同情としてはあまりに一方的過ぎた。

 

「けどさ、だからといって邪険にされたらもっと辛くなっちゃうからね。ましてや私が学校を辞めたらきっと、責任を感じて潰れちゃうって思ったんだ」

「……ほんと、ユメ先輩に関わったばっかりに」

「会う前の私だったらそもそもアビドス高校に居なかっただろうね~」

 

底抜けの善性。合理を知ってなお不条理に抗うべく合理を脇に置いた主人公(ヒロイン)。いずれも私には無かったものだ。

 

「というか……未来の話とか聞いていいものなんですかね?」

「え?」

「だってほら、未来の自分と話す展開って大体未来のこと伏せられるじゃないですか」

 

そういうと未来の私はくすりと笑った。

 

「いいんじゃない? 全く同じ未来になるとは限らないし、そもそもそれ、漫画とかの話でしょ?」

「……まぁ、そうですね」

 

それから私たちは多くのことを話した。三人で過ごすアビドスの日々、初めて出来た後輩の話。

三年生に上がった時には本当の意味での新入生がやってきたこと。カイザーに攫われたり、黒服に騙されたり、散々な目に遭っても必ず誰かが迎えに来てくれたこと。

 

私にも迎えに来てくれる誰かがやって来るということ。

地下生活者なる存在に唆されて一時は取り返しの付かないことになりかけたりもしたけれど、それがきっかけで未来の私は前に進み出すことが出来たということ。

 

私は未来においても決して、かつての出来事を遠い過去へと置き去りにすることはなかった。

 

あの人の死を克服する? 乗り越える? 不可能なのだ。

鮮烈たる輝きに瞳を焼かれてしまった。網膜の奥にまで焼け付いたあの人の影を忘れるなんてどうして出来よう。

優しく私の頭を撫でるあの人の指の柔らかさをどうして忘れよう。辛いときにそっと抱きしめてくれるあの人の温かみを忘れるなんて私には無理だ。今でも瞳を閉じればこの先訪れることのないかつての時間が脳裏を過ぎる。

 

死とは、続いたはずの未来もあったはずの過去すらも世界から忘却せしめる終わりであるのだ。

気付けば私の目から涙が零れていた。

 

「本当はもっと色んなことをしていたはずだったんです。避暑地への旅行も、バーベキューも。吹っ切れた私が肉を買い漁ってユメ先輩に野菜も食べなきゃって叱られたり、それでもしょうがないって笑いながら過ごした日があったはずなんです」

 

「卒業式には私が柄にもなく大泣きして、それを見た後輩のみんなが驚いて、ユメ先輩がいつもみたいに抱きしめてくれる日があったかも知れないんです。だってあの人、すぐ抱きしめてくるじゃないですか。今までは素直になれなかったけど、卒業式だけは抱きしめ返してやろうってずっと思ってたんです。そしたらびっくりするかなって……そう、思って――!!」

 

そんな日は訪れなかった。

あの人は死んだ。私の思い描いた未来絵図は消え果てて、昨日と同じ明日が来ると思っていたその慢心が何もかもを台無しにしてしまった。

 

「どうして――どうして死んじゃったんですか!? だって私、まだ、先輩に何も言えていないのに――!!」

 

始まりは偶然だったのかも知れない。けれど、その後のことは偶然ではなかった。

先輩と過ごした日々は本当だったら私が知る由すらない青春の日々だった。親しい間柄すらロクになかった私にとって、初めて生まれた話せる相手。私を孤独から掬い出してくれた人。音に聞く学生生活の一端を垣間見たのも全てユメ先輩が居てくれたからだ。そこに返しきれないほどの恩がある。それすら返せぬままに、取り返しの付かないことが起こってしまった。

 

「会いたいんです……どうか、一瞬だけでいいんです。せめて、お礼だけでも……っ!!」

 

あの砂漠で見つめ続けた別世界。あのアディショナタイムは死に抗うために使うべきではなかったのだ。

私は馬鹿だった。あの時間は先輩に別れを告げるためのもの。その死を受け入れられずになかったことにしようとしたから、私は何一つ叶えることが出来なかった。

 

「私が、私が間違えていたんです……。だから先輩は私を恨んで――」

「ねぇ」

 

ひとつの声が、私の慟哭を遮った。

 

「あのユメ先輩が誰かを恨んだりするの? あの、全部背負っちゃうあの人が?」

「ぁ……」

 

月光を含んだ左目が私の右目へ視線を注ぐ。

静かなる瞳孔。私の知らない外を巡った宵闇の瞳が私を見つめている。

久しき最後を思い出すには丁度の良い瞳。脳裏を過ぎるは発狂したあの日の出来事。

未来の私は私を安心させるように、そっと静かに笑みを浮かべて、それから――

 

《きっと――》

 

先輩の声が脳裏に響く。

それは私が完全におかしくなって、先輩が原因不明の死を迎える前のこと。

抱えきれないほど繰り返されたユメ先輩の死を前に、私は完全におかしくなっていた。

 

《きっとホシノちゃんは、怖いものをいっぱい見たんだろうね》

 

そっと私を抱き寄せて、頭を撫でつけるその所作でさえも認識すら出来ていなかった。

どうすることも出来ない現実を前に、私は何もかもから目を瞑った。

 

《実はね、私――知ってたんだぁ》

 

ユメ先輩は私を抱きしめながらぼんやりと呟いた。

 

《一年生の頃かな。よく襲われそうになっててね。でも気が付いたらみんな倒れてて……。あれ、ホシノちゃんが私を助けてくれたんでしょ?》

《ふふっ、私が気付いていることに気付いていなかったでしょー。でも本当はね、そうなんだろうなって思ったのは二回目に会ったときなんだ》

《ちょっと意地悪だけど優しいんだって、私は分かっていたよ》

 

ユメ先輩の部屋で、壊れた私を抱きしめながら、ただ語られたあの言葉を今になって思い出す。

 

《……多分、もうすぐ、私は死んじゃうんだろうね》

 

不意に呟かれた言葉があった。

 

《冗談でも死ぬだなんてホシノちゃんは言わないから。多分もうすぐ本当に、私は死んじゃうのかも知れないね》

《流石にちょっと怖いと言うか……うん、そうなんだけど、だったら今のうちに言っておくね》

《私ね、本当はホシノちゃんが何処かに行っちゃうと思ってたの。アビドス復興なんて無理だって、そう言って》

《でも、今まで一緒に居てくれた。ずっと一緒に居てくれた。それが何より嬉しかったんだぁ……》

 

まるで人形のように何一つ反応しない私の身体を抱いてくれた人が居た。

その体温がその時その瞬間に伝わらなくとも、今なら分かる。あの人は私を案じてくれていたのだと。

 

《だから、今度は私の番》

 

最後に告げた言葉が如何なるものか、今の私では覚えてすらいない。記憶の彼方へ忘却してしまった。

 

――あの時、先輩は何て言ってくれたんでしたっけ?

 

月に向かって手を伸ばす。失われた記憶の狭間に向かって、か細い腕を空へと伸ばした。

その時だった。隣に座った未来の私が声を発したのは。

 

「大丈夫」

 

月に向かって伸ばしたその手が握られる。瞳を向けると、そこには未来の私が居た。

何故だかその姿が一瞬だけユメ先輩の姿にも見えて、それから私は瞳を閉じる。脳裏に聞こえたその言葉が、次いで答えた未来の私の言葉と重なった。

 

《「大丈夫(・・・)私が守るからね(・・・・・・・)」》

「…………っ」

 

――狂い続けた羅針は今、光を示した。

――往くべき標は明らかとなり、暗がりの瞳は進むべき道を映す。

 

そして、私は――自らの望みを自覚した。

 

「……助けてください。まだ、私は、あの人が居たことを示せていない……!」

 

無常なる現実を引きずるのではない。あの日に囚われるのではない。

全部――全部背負って未来へ進む。私が未来に連れて行く。ユメ先輩と過ごした青春の日々を、前へ。

 

まだ、死ぬべき時じゃない――

 

「お願いします……。私を、私を助けてください(・・・・・・・・・)……!」

「もちろん」

 

月に向かって伸ばされたその手は確かに掴まれた。

その叫びは未来の自分でさえも口に出来なかったかつての言葉。

 

「私たちはきっと、そのためここまで来たんだから――」

 

契約は今、ここに為された。

あの日を救うそのために、夢を通じて行われる時間遡行が起こり得た。

最初にして最後の奇跡はこの瞬間に成立する。この物語は、未来の自分が過去の自分の救いとなる――ただそれだけの物語であったのだと。

 

(ああ……ようやく言える……)

 

悪夢も絶望も、全ては握りしめられた握力が物語っていた。

これは私が私に救われるまでのお話。悪夢と絶望に翻弄された私が、夢と希望に救われる――そんな陳腐な物語。

 

私の瞳が空を映した。蒼穹の月光。私の中心――アビドスの世界基底。

 

 

【――さようなら、私のアビドス】

 

 

継いだ言葉は最後の消去。アビドスのサンクトゥムタワーを掻き消す一言。

夢の土台たる四本のタワーはこの瞬間を以て一切が消え失せた。過去たるホシノの住まう夢は土台を失い崩れ去る。

塔が、景色が、その全てが羽ばたく蝶の如き光の断片となって解きほぐされる。

 


 

瞬く光に目が霞む。

幾万の羽搏きが耳朶を打って視界は光の中へと消えていく。

夢の世界――パッチワークキヴォトス。その支配者が役目を終えた。

 

後に残ったのは殺風景な砂漠の風景。

ここまで多くの戦いがあった。多くの切望を垣間見た。

 

そんな全ての始まりの場所――アビドス砂漠。

遠くから砂嵐の音が聞こえる。近くに私の元へと走り寄る人の足音が聞こえる。

 

「先生。準備は良い?」

「はぁ……はぁ……、も、もちろん!」

 

夢の世界のルールに則り、半分夢たる混沌領域に非現実の空想を束ねて乗せる。

思い浮かべるはミレニアムのみんな――この地形を解析し、私たちの動ける範囲を計測してもらう第一の鍵。

 

私は、遠くから迫りつつある砂嵐を望んで口火を切った。

 

「来て、ミレニアムのみんな――!!」

 

硝子の割れるような音と共に、私の背後に呼んだ皆が現れる。

 

「よぉ!! 呼んだな! あたしを!」

「地形データを収集。すぐに共有します」

「あははっ! 鬼ごっこすればいいんだね!」

 

後に突き立つはミレニアムのサンクトゥムタワー。そこから続々を空間を打ち破って夢の世界で再現されたみんなが現れた。

 

砂嵐を食い止める。この砂漠に存在するこの時間軸における本当の私を救助する。

夢幻が混じる世界は砂楼の幻で、対する砂嵐は夢から現実へと放逐する現実の象徴そのもの。

 

(助けるまでは、何としてでも食い止める――)

 

これが本当のラストバトル。

消えゆく世界の最終戦線――その戦端が遂に開かれた。




――次回 第13話:朝日を望んだ不変神域
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