消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第13話:朝日を望んだ不変神域

ミレニアムサイエンススクールの生徒たちが夢幻の砂漠に姿を現す。

全生徒……とまでは行かずとも、それなりに多く、中には私の知らない生徒も多数来ていた。

 

そして生徒たちの中心に立つリオ会長は、私が声を掛けるよりも先にセミナー部員に指示を飛ばして大量のドローンを砂漠に走らせていた。

 

「砂嵐が来るわ! セミナーは地形情報を集めて頂戴。砂嵐の追尾距離と追尾性能はC&Cを中心に検証。エイミは言うまでもないわね。人手がいるわ!」

 

ビッグシスター、調月(つかつき)リオ。反駁を許さない的確な指示の元、ミレニアムの生徒たちは既に行動を開始していた。

そこに割り込めるのはミレニアムでもただひとり。車椅子に座る全知、明星(あけぼし)ヒマリのみ。

 

「でしたら、私たちは私たちのやり方で解析の応援に行きましょう。チーちゃん」

「そうね。マキは地形班の手伝いに行ってあげて。アビドス砂漠なら私たちの中じゃ一番詳しいでしょ」

「分かった! ビナーが出たらすぐ呼ばれるもんなぁ……」

「私とコタマは砂嵐班ね。ハレはヒマリと一緒に各班の応援。困ったらヒマリに聞いて」

「うん、分かった」

 

リオ会長を中心に本部が立てられ、ものの数分で即応体勢を完全に整えていた。

まさにミレニアムという名の一体の巨人。脳から発せられた信号を受け取る手足のように、完全なる生物として全てが機能していた。

 

(ミレニアム攻略のときにリオ会長が居たら、絶対攻略出来なかっただろうなぁ……)

 

今更ながらにリオ会長の手腕を恐ろしく思う。あそこで終わっていたらこんな未来には辿り着けなかったと思うと寒気がする。

 

「……凄いねぇ。私も一応アビドスの生徒会長だけど、ああいう事は絶対できないなぁ……」

「誰にだって向き不向きはあるよ。……こういうのだったらアヤネが得意そうだよね」

「うへへ、違いない」

 

先生と談笑していると指示を終えたリオ会長が私たちの元へとやって来た。

手には眼鏡のようなものを二つ持っている。これはいったい……。

 

「先生と小鳥遊さんね。これを付けて頂戴。私たちの方で解析したデータを表示するウェアラブル型モニターよ。通信機も付いてるわ」

「相変わらず説明が早いや……」

 

すぐさま付けると、左目にはゲームのUIのように様々な数値が映る。

現在時刻は3時14分48秒。緯度や経度などその他の情報も表示されており、さながらヘリの計器類でも見ているかのようだった。

 

「アヤネちゃんが居ればなぁ……」

 

三台同時に手動で遠隔操縦していたのを思い出してつい唸る。

私だったら一台だって遠隔操縦は出来ないし、何ならその一割にも満たない情報処理でも嫌になってしまう。

 

そんなことを思っていると、モニターに新たな数字が追加された。

それは活動限界範囲までの距離を示す数値。驚いてリオ会長の方へと振り向く。

 

「もう端まで辿り着いたの!?」

 

するとリオ会長は無表情の底に隠し切れない喜びをにじませながら答えてくれた。

 

「マッハバード君を飛ばしたのよ」

「マッ――なんだって?」

「まずは活動限界を知る必要があるでしょう? 車も手配したわ。エンジニア部の方に行って頂戴」

「……ありがと!」

 

とにかく私と先生はエンジニア部の方へと向かうことにした。

マッハ某――名前はともかく、これでうっかり活動限界を越えることは無い。

リオ会長に過去の私がいる地点を伝えると、すぐさま医療器具と応急看護用の自走式機械を向かわせるべく準備を始めた。

 

あとは私たちだ。

 

「それじゃあ先生、このまま残りのトリニティとゲヘナのタワーも……」

「待って、念のためここから離れたところに建てよう」

「……! そっか、ミレニアムが消えるようなことがあったらすぐに他の学校も消えちゃうからね」

 

タワーはなるべく分散させて作り出す。そうすれば連鎖的に消えることは防げる。

大事なのは治療できる状態を少しでも長く伸ばすこと。ひとつの学校が消えても治療を引き継げるように出来るだけでも成功度は格段に跳ね上がる。

 

その辺りで私たちはエンジニア部の元へと辿り着く。出迎えたのは部長の白石(しらいし)ウタハだ。

 

「やぁ、二人とも。車の準備は出来てるよ」

「これが……?」

 

目の前にあったのは二人乗りの小さな四輪車。丸いボディと、車体に不釣り合いなほど大きなタイヤ。

説明しようと這い寄って来たコトリちゃんを押さえながら、代わりにウタハちゃんが説明を始めた。

 

「オフロード性能に特化した四輪車だ。オートマだから運転も簡単。まぁ耐久性以外は大したことじゃない普通の車だ。残念なことにね」

「全然残念でもないよ!? そういうのでいい、そういうのでいいからさ!」

「こんな時じゃなければ軽機関銃を付けたり自爆機能を付けたり並走する車両のタイヤを切りつけるブレードとかも付けたかった……あっ、そうだ」

「我慢してくれて本当にありがとう!! 先生、行こう!」

 

これ以上エンジニア部のロマンが爆発する前に急いで先生の手を引いて車両に乗り込む。

ハンドルを握るのも久しぶりだ。自分ひとりなら走った方が楽ということでそうそう乗る機会はなかったけれど、ユメ先輩が居た時に何度か遊びで触ったぐらいの経験はある。

 

「ね、ねぇホシノ。運転任せて大丈夫……?」

 

心配そうな先生の顔に、私は力強く頷いた。

 

「大丈夫、任せて!」

 

確かシフトレバーをドライブに入れて、ペダルを踏む。ただこれだけだ。誰でも出来る。

 

「よし、行くよ!」

 

そして私は、アクセルを全力で踏み切った。

 


 

先生が運転する車は刻一刻と終わりを迎えるこの世界においても平穏そのものであった。

速度こそあまり出ないが、それでも戦車と比べれば遥かに速い。悪く言うならそれぐらいの性能だったが、砂漠を難なく走れているのは確かでもある。

 

「ホシノ、この辺りにしようか」

「うん、了解~」

 

車を止めて降りる。遠くに切り立った岩壁が見えるこの場所は活動限界からもそこそこ遠く、ミレニアムからも離れた場所だ。

次に呼ぶ学校は何処か、それはここまでの移動で考え付いていた。

 

トリニティ総合学園――救護騎士団を向かわせて本格的な治療を開始してもらう。

ミレニアムの通信機越しに聞こえる声も、現状は砂嵐の無力化に成功しているようでひとつの懸念は消え去った。

 

「それじゃあ……いくよ!」

 

学校の皆を呼ぶ。それは明晰夢の中で自分が望むものを目の前に作り出すような、極めておぼろげな操作である。

自分の中のイメージを練り続け、そこにあるのだと世界に誤認させるこの砂漠限定の奇跡。

 

「あれ……?」

 

しかし、何故だかそれが上手く行かなかった。

例えるなら掴もうと伸ばした手が透明なゴムの壁に阻まれているような感触。前に進んでいるはずなのに、大きな抵抗がその先を掴むことを拒んでいるかのようだった。

 

「くぅ……っ!」

「どうしたの!?」

「何か、さっきより難しい! 上手く出来な――」

 

言葉が途切れたのは聞こえた(・・・・)からだ。

舞い上がる砂と渦巻く風の音を。徐々に近づく何かの足音を。

 

「先生! 砂嵐が来る!!」

「な……!?」

「ひとつじゃなかったんだ! もうすぐこっちに来る!!」

 

呑み込まれたら全てが終わる。タワーが消されれば対応する生徒も消えるが、私が消えれば全てのタワーが維持できなくなる。

そして私は動けなかった。学校を呼び出そうとすると、出てくるまでの間は動けないことをたった今知った。

 

(マズい……!!)

 

「私が囮になる! 車使うね!」

「先生!」

 

止める間もなく先生は車に乗り込んで砂嵐の方へと向かって行った。

そうだ。実際のところ、先生は消えても問題がない。必要なのは私がいるかどうかだけ。

砂嵐だって先生を傷付けるようなものではない。呑み込まれれば現実へと帰されるだけ。

 

それでも――私は一緒に居て欲しいと願った。

 

「開け……! 早く!! 先生が捕まる前に!!」

『確かに届いたよ、その声が』

「っ!!」

 

タワーが生み出され、半透明の人型が徐々に実体を伴って現れ始めた。

シスターフッドが先導するのはトリニティ総合学園の生徒たち。後から車両が続いて砂嵐の方へと走っていく。

救護騎士団、正義実現委員会、そして――最後に現れたのはティーパーティー。桐藤(きりふじ)ナギサは正義実現委員会へと呼び掛けた。

 

「情報の共有を図りましょう。イチカさん、ミレニアムとの伝達係を頼めますか?」

「え、あ、はい! 了解っす!」

 

仲正(なかまさ)イチカが車に乗って走り出す。それから続くのは各派閥、各組織による指揮であった。

 

「救護騎士団はこれより負傷者の治療に当たります! 皆さん、準備を!」

「シスターフッドは正義実現委員会のバックアップに入ります。皆様、何卒よろしくお願いしますね?」

「正義実現委員会は砂嵐への対応へと向かいます! ツルギ、準備は良いですか?」

「ティーパーティー部員は各部の補佐を。ミカさんとセイアさんは生徒連合の代表としてやるべきことをお願いします」

 

各々が定められた役割を遂行する。その補佐と調整にティーパーティーが就く。

ミレニアムが一つの脳に依って動かされる巨人であるなら、トリニティは組織単位を一人とした部隊とも言えるだろう。

ひとつが消えても他の機能は失われない。それぞれが単一であるが故に堅牢。故に唯一。

 

その時、遠くから一台の車両が見えた。運転するのはヒフミちゃんだ。

助手席に座る先生は砂だらけで、きっと何処かで転んだのかも知れなかった。

 

「ホシノさん! 先生を連れ戻してきました!」

「ほ、ホシノ……。運転はヒフミに任せた方が早いのは事実……」

「なんか先生ぐったりしてない?」

「そ、そんなことより次のポイントへ向かいましょう!」

 

青ざめた顔で項垂れる先生のことはさておいて、ヒフミちゃんは私に乗車を迫って私も特には逆らわなかった。

阿慈谷(あじたに)ヒフミ。覆面水着団のボス。分で億を稼ぐ強盗団のリーダー……。

 

「それはホシノさんが勝手に言ってるだけですよ!!」

「うへ、そうだっけ?」

「私はごく普通の生徒です!」

 

そうかな……。そうかも。

 

ともかく、ヒフミちゃんは何を言うまでも無くすぐさまトリニティのタワーから離れるようにハンドルを切った。

ヒフミちゃんの運転スキルは極めて高い。砂漠でスリップした私とは比べ物にならないほどに。噂に聞くゲヘナ給食部の部長もプロレベルとのことだったが、どちらが優れているのかはトリニティとゲヘナの両校生徒間において密かに対立を促すほどだという。

 

「え……っと、先生、大丈夫?」

「大丈夫……砂嵐を撒く時にヒフミが頑張ってくれただけだから……」

 

何があったのかは聞かまいとだけ決意した。

先生は死にそうな顔のまま進路をヒフミちゃんに伝えている。次なるゲヘナを下ろすポイントの話をしているのだろう。

恐らく、次はもっと呼ぶのに時間が掛かる。そんな気がした。

 


 

『砂嵐が増えてるわ』

 

リオ会長の声を通信機越しに聞かされたのは、トリニティを下ろした後のことだった。

ヒフミちゃんの運転する車はもうじきゲヘナを下ろすポイントまで迫っている。恐らく本来滞在できる時間を当に超えているのだろう。

世界の歪を治すべく、あの砂嵐は私たちを消しにかかって来ている。小鳥遊ホシノはここで死ぬ、その運命を決定づけるように。

 

「あのどのぐらい持ちそう?」

『30分は稼げるわ。けれど、それ以上は約束できない』

「……分かった」

 

現時刻は4時12分を過ぎたところ。現状砂嵐は最も近い夢の住人を狙うことは分かっていた。

そして移動距離が1キロメートルを超えた時点で再計算。最も人が集まっている場所へと向かってそこから誘導が可能ということも。

 

けれども、その法則がいつまで続くかは分からない。

現に砂嵐が増えつつある以上、その法則すら変わる可能性だって充分に有り得た。

 

「ホシノ、ここでやろう」

 

先生の声に気が付くと、そこは周囲一帯何処までも砂漠が続く中間地点だった。

砂嵐の音が聞こえ始める。私たちを消すべく近付く音が。

 

「ホシノ、私とヒフミで何とか囮になるから――任せるよ!!」

「……へへっ、任されたよ!」

 

降車した私を置いて、ヒフミちゃんの運転する車が遠ざかって行く。

私からより遠い場所、より遠い地形へ。けれども、ゲヘナを呼べれば引き戻せる。動けるようになれば、通信機を使って合図が出来る。

 

「お願い、来て――ゲヘナ学園!!」

 


 

手を伸ばす。先ほどよりも分厚い壁に覆われているように感じる。

抵抗は先ほどよりも遥かに大きく、伸ばした腕は弾力のある壁に遮られたようで前に進まない。

 

「くっ――ぐぅぅううう!!」

 

霞むイメージ。ゲヘナの姿。万魔殿、羽沼(はぬま)マコト、空崎(そらさき)ヒナ――

視界の端で新たな砂嵐が生まれたことを感知する。生まれて間もなく、私の方ではない場所へと向かって行く。恐らくは先生たちの方角へと。

 

(来い、来い、来い――)

 

無形の空想に手を伸ばす。砂嵐が更に生まれる。私の方へと向かってくる。

形をこねるように想像を現実へと運ぼうとする。大きな抵抗に阻まれてもなお、ただひたすらに掴もうとした。未来を。

その指先が何かを突き破った瞬間、私は大声で叫んでいた。

 

「来い、ゲヘナ学園!」

「キシシッ、来てください、だろう?」

 

派手な鉄火と銃声を伴って、先頭に立つはゲヘナのリーダー、羽沼マコト。

追随するは万魔殿。それから風紀委員会、委員長の空崎ヒナが後に続いた。

 

「さぁ今こそ! ゲヘナ学園の神髄を見せる時だ! シャーレの先生を救い出し――おい! 勝手に行くな!!」

 

わらわらと出て来たゲヘナ生たちはマコト議長の言葉を何一つ聞くことなく勝手に行動を開始した。

万にして群れ。群れにしてあくまで群れ。統率の意志すら何一つ感じさせずに勝手に散らばるその光景に頭を抱えたのは私だけではないだろう。

 

「まぁ、これがゲヘナだから……」

「ヒナちゃんも大変だね……」

 

遠くで部隊長のイロハちゃんが半目で大隊を指揮している。

救急医学部は何を聞くまでも無く既に過去の私の居るポイントへと車を走らせている。

 

「すごい……すごい散ってる……。バラバラ過ぎない?」

「まぁでも、一応機能してるから……」

 

ヒナちゃんの言葉を後に、ほどなくして砂漠の向こうから給食部が先生を車に乗せてやってきた。

なんだか締まらないような気もするが、けれどもこれは日常へと帰るための戦いだ。もう悲壮な決意だなんて必要ない。

 

「ホシノさん! 車に乗って!」

 

給食部の部長、愛清(あいきよ)フウカの手繰る車両が私の前へと停車した。

急いで乗り込み、過去の私が倒れる場所へと向かうよう頼む。車が走り出して、私たちは最後の場所へと向かって行く。

 

(あの日の私も助ける。だからどうか、間に合って――)

 

じきに夜が明ける。

終わりの時は、すぐそばまで迫っていた。




――次回 第14話:暁のホルス
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