消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第15話:エピローグ

ふと、目が覚めた。

シャーレのオフィス。ソファで迎える夜明け前。何やら酷い倦怠感はあるものの、身体に傷があるわけでもない。もちろん、左手にも。

 

「……夢、か」

 

身体を起こして、ひとまずシャワーを浴びて目を覚まさせる。

そうだ、と思い出すのは夢の世界での戦いと、それからそもそも徹夜で仕事をしていたという事実であった。

 

「……ふぅ」

 

ノブを捻ってシャワーを止める。タオルで身体を拭いてからドライヤーで頭を乾かそうとして、それから少し首を振る。

雫が散って、私はがしがしと頭を拭きながら洗面台に手を突いた。

 

(何とかはなった。けれど、あれは荒唐無稽ないつか(・・・)じゃない)

 

ともすれば起こり得るのだ。ミレニアムでの戦いも、ゲヘナでの戦いも。

私はこれまで生徒の安全だけを考えてきた。けれどもセイアの言葉を思い出す。私の傷を容認しないと、ゲヘナを越えた上で言われてしまった。

 

「はは……」

 

極めて難しい難題だ。消すことと壊すことについてはおよそ全能たる権能を、人の身に余る権限を持ちながら、こと自分を守れと言われると難しい。これでは「責任を持つ」だなんて言葉にすら重みが増してしまうではないか。

けれども私は願われてしまった。私の身を案じろと。そう出来なかった先の未来を見せられた上で、そう……言われてしまった。

 

「私はこれでも君たちに数えきれないほど救われているつもりなんだけどね」

 

子供たちはいつだって貪欲だ。無邪気に多くを求め続ける。けれどそれが私には眩しかった。

大人の持つ妥協と諦観。そんなものは彼女たちには不要なのだ。なるべく多くを与えたい。そして大人になった時の糧になって欲しい。昏い道に迷った時に、標と成り得る何かへと繋がって欲しい。それが私の存在証明なのだから。

 

「だから私も頑張るよ。私は君たちに恥じない生き方をする。君たちが迷わなくなるその日まで、私もまた君たちと共に歩もう」

 

先生――聖職者として私は導く。自分の出来る限りを尽くす。自らの命を守った上で、なお――

 


 

それは夜明けの前のことだった。

暗がりと明ける前の夜風がシャワー上がりの肌を程よく撫でる。先生がシャーレから出て来たのは、本当に何となくの予感からであった。

シャーレの前の小さな公園。そのベンチに先生が座っていると、程なくして予想通りの人物が姿を現す。

 

「おや、奇遇ですね。先生」

「来ると思ってたよ、黒服」

 

片や生徒の守り手で、片やキヴォトスを実験場にしか見ていない大人。

本来ならば相容れぬ両者であっても、子供が関わらなければ対等な大人であった。

 

「いろいろ言いたいことはあるけど、今回はお疲れ様」

「いえいえ、私としても多くの検証材料が入りましたから、ここはお互い様でしょう」

 

しばしの沈黙。最初に口火を切ったのは黒服であった。

 

「私の想定外と言えばひとつ。先生はゲマトリアに加入しない方が良いということです」

「そうだね。私はきっと向いてないよ」

 

ゲマトリア。悪い大人が名乗る、かつて存在した技術者集団の名前である。

 

「私たちが作り上げられるのは仮初の希望。予定調和の絶望でしかございません。しかし、あなたならば――」

「仮初でも現実にできる。そう言いたいんでしょ」

「その通り」

 

先生が黒服に視線を向ける。そこに何の感情も宿ってはいない。

あくまで向ける瞳は静寂で、きっとそれが大人と子供を隔てる何かであった。

 

「先生は仮初の希望を現実へと変え得る可能性(・・・)を持っておられます。だからこそ、我々は互いを高め合える存在だと期待しているのですよ」

「……勘違いしないで。私たちは主人公には成れないんだって」

「ほぅ……?」

 

黒服の瞳が先生を射抜く。しかして先生は平然と言葉を返した。

 

「この世界は子供たちのものだ。大人になってしまった私たちが触れていいものじゃない」

「…………敢えて言いましょう。それはあなたも同じでは?」

「そうだよ」

 

先生は空を仰いだ、釣られて黒服もその視線の先を見る。

空には歪な満天の星。自らの世界では考え付かないほどに異常な燐光が空を覆っている。

 

「私は奇跡を信じたい。神々なんかじゃない――ただの生徒である彼女たちの未来を信じたい。だから私は先生(・・)なんだ」

「……そうですか」

 

黒服がベンチから立つ。その表情にはどことなく満足げな笑みが見受けられた。

 

「では先生。また、いずれ」

「あなたに会わなきゃいけないような出来事が起こらないことを祈るよ」

「クックックッ……」

 

不吉な笑い声を最後に、黒服はその姿を掻き消した。

敵か味方か、それはその場の事情が決めること。少なくとも、私はゲマトリアとは相容れない。それだけは変わらない。

 

「……ちょっとだけ寝直そうかな」

 

シャーレに向かって歩き出す。少し疲れた。大人の話は充分だろう。

ここから先は、子供たちの話なのだから――

 


 

「ふわぁ~~」

 

外から雀の鳴き声が聞こえて、大きく伸びをする。

寝ぼけ眼を擦りながら洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨く。鏡を覗くと、いつも通りの私の顔があって、ちょっとだけ安心した。

 

制服に着替えてショットガンとバリスティックシールド、それから鞄を手に取って学校に向かう。

対策委員会室の扉を開くと、当然ながら誰も居ない。みんなが来る時間よりもちょっと早めの登校だ。

ソファに座って書類仕事に手を付ける。こればっかりは未だに慣れないというか、苦手意識はそれなりにあるままだ。

 

「あれ、ホシノ先輩じゃん!」

「おはようございます、ホシノ先輩」

 

しばらくして部屋に入って来たのはセリカちゃんとアヤネちゃんだった。

 

「おはよ~、二人とも。あ、そうだ。ちょっとこっち来て」

 

手招きすると、二人とも小首を傾げながら鞄を置いて私の前までやって来る。

セリカちゃんにちょっと屈んでもらって、それから私はセリカちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。

 

「わっ! な、なによ急に!!」

「今日はおじさん甘やかしデーだよ~」

「い、いらないってそんなの!」

 

猫みたいに抵抗するセリカちゃんの頭を撫で続けて、それからぼそりと呟いた。

 

「アビドスに来てくれてありがとね。セリカちゃん」

「……っ!」

 

びくりとセリカちゃんの身体が跳ねて、私の身体を抱きしめ返す。おずおずを顔を上げたセリカちゃんは今にも泣きそうな顔だった。

 

「い、いなくなっちゃうの……?」

「へ?」

「勝手にどこかに行っちゃうつもりなんでしょ……? もう嫌だからね……!?」

「お、おぉ……」

 

セリカちゃん、可愛すぎるのでは?

ハートを撃ち抜かれたような衝撃が走る。更に激しく撫でまわすもされるがままに受け入れている。

 

「私はいなくならないよ。ちょっと昔の夢を見てね。寂しくなっちゃっただけ」

「なっ! 何よ紛らわしい!」

「あぁ~、行かないでセリカちゃーん」

 

セリカちゃんはぷりぷりと怒りながら席に戻ってしまった。しょうがないのでアヤネちゃんを見ると、もじもじしながら私に言った。

 

「その……私も、ですか?」

「おいで~? おじさんこう見えてもテクニシャンだよ~?」

「もう、なんですかそれ……」

 

アヤネちゃんも抱きしめてしばらく撫でていると、シロコちゃんとノノミちゃんも部屋へと入って来た。

ノノミちゃんは私に撫で繰り回されているアヤネちゃんを見て、「あら」と目を丸くしていた。

 

「今日はそういう日なんですか?」

「そういう……?」

 

ようやく解放されたアヤネちゃんが眼鏡を直した。

 

「いえ、昔ちょくちょくホシノ先輩がやけに撫でてくれる日があったな~って」

「うん……。すごい抱きしめてきた」

「ほら、二人ともおいで~」

「しょうがないですね~☆」

「わ、私はいい……」

 

素直に従うノノミちゃんとは対照的に若干後ずさりするシロコちゃん。私は意地悪そうに笑みを浮かべる。

 

「昔はすっごい喜んでくれたのにな~。シロコちゃんも大人になっちゃったか~」

「喜んでない……! 苦しかっただけ……!」

「そうだったかな~? 次の日とか『あれ、やってくれないの?』ってせがんでた気が……」

「わかった……! 行くから、何も言わないで……!」

 

シロコちゃんが私の膝に頭を乗せて、ノノミちゃんは私の隣に座って体重を預ける。

両手に花とも言うべき至高。若い女の子を侍らせるのは生徒会長の特権に違いない……!

 

「……へへ」

「なんかホシノ先輩の顔やらしくない?」

「ま、まぁたまにはいいんじゃないかな……先輩方もまんざらでもなさそうだし……」

 

そうして数分堪能して二人を解放した辺りで、今度は先生が入って来た。

今日はアビドスに来る日ではなかったが、夢のことで来たのだろう。私を見ると少しだけ安心したように笑った。

 

「おはよう、ホシノ」

「おはよ、先生」

 

(ねぇシロコ先輩……。なんか先輩と先生、おかしくない?)

(ん、もっと様子をみるべき)

 

何故かセリカちゃんとシロコちゃんがこそこそと話していたが、先生はそれに気付いていないようだった。

 

「身体は大丈夫? ほら、昨日あんなに激しかったし……」

「うへへ、どこも痛くないから安心して、先生」

「良かった……。ホシノの身体に傷が残ったら、責任を取らないとって思っていたから」

「やめてよ~、先生だってあんなに…………ちょっと、どうしたの? みんな」

 

やけに静まり返った皆に視線を向けると、皆が愕然とした様子で私たちを見ていた。

おずおずとアヤネちゃんが震える声で私に言った。

 

「そ、その……し、したんですか?」

「へ? 何を?」

「だ、だから、その……き、キス、とか……」

「へぇっ!?」

 

動揺して先生を見る。それから皆の方を見る。そして何を勘違いされたのか理解して、顔が赤くなるのを感じた。

 

「ち、違うよ!? そ、そういうんじゃないって!!」

「チューはされてない、と?」

 

無表情のノノミちゃんがずばりと言った。いや、そんなのされて……。

 

「――あ」

「されてるじゃん!! え、え、エッチなことしたんだ!!」

「してないって! それにほらあれは――」

「相棒のチューだもんね」

「先生は黙っててくれないかなぁ!!」

「……お仕置きの時間ですよ?」

「参戦する」

 

ノノミちゃんが無言でガトリングを手に取る。シロコちゃんがアサルトライフルの装弾を確認する。

 

(マズい……やられる!!)

 

私はすぐさま立ち上がり、先生の手を掴んだ。

 

「逃げるよ先生!!」

「え、ちょっと……!?」

「逃がさないんだから!!」

「火力支援、行きます!」

 

雨雲号に爆撃された教室から飛び出て先生の手を握って走る。

背後から殺気立ったみんなが銃を手に追いかけてくる。

 

「あははっ――!」

 

そんなドタバタな一日が私の日常。私が手にした青春の日々。

笑い声は硝煙と銃声と共に。それがキヴォトスで過ごす私たちの今だった。




――次回 最終話:夢の続きを
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