消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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最終話:夢の続きを

それからの話。

アビドス砂漠から救出された私は、D.U.シラトリ区の病院に移送された。

結局私の左目が戻ることは無かったが、医者の話によればそもそも生きていたことが奇跡のようなものとのことで、3週間の入院の末に無事、退院することが出来た。

 

他の外傷については夢の中で負ったものだったせいか、最初から無かったかのように跡形も無い。

それならばきっと、私を助けに来てくれた未来の私も無事だろう。あの右目は夢の中で負った怪我のはずだったから。

 

そして、ユメ先輩が死んで私も死にかけたこの事件はクロノススクールでも大きく取り上げられたのだった。

私たちの名前こそ出なかったものの、死亡1名、重体1名の痛ましい事件であると報じられ、アビドスの状況を知る人にとっては誰が死んだのかなんて自明の理であろう。

 

退院してから数日後。その間、あれだけ連絡を取り合っていた黒服は私の前から完全に姿を消していた。

未来の私が言うには、黒服は最高峰の神性たる私を狙っていたようだったけれど、今の私はどうやらお眼鏡に敵わなかったようだ。欠けた左目が原因なのかそれ以外にあるのかは分からないにせよ、厄介な大人に目を付けられなくなったと考えれば、きっとこの状況は良い方向に繋がっているのだろう。

 

そして私は、通院帰りに今後の借金問題の話をするべくカイザー理事の元へと訪れていた。

 

「ふむ……それで、その……なんだ。大変だったな」

「らしくないね。心配でもしてくれているの?」

「はっ……馬鹿な。私はカイザーPMCの理事だぞ? いち生徒がどうなろうと借金問題に手心をくれてやるつもりは毛頭ないわ!」

「そ、良かった。じゃあ、これ」

 

私は一枚の契約書を取り出して理事の前に置く。

理事は訝し気な目でそれと受け取って目を通す。

 

「何の契約書だこれは……? ふむ……アビドス高等学校の所有する全ての権利、財産を連邦生徒会に引き渡――なんだこれは!?」

「なにって、廃校手続きの書類だけど」

「なん……だと……?」

 

愕然とするのも無理は無いだろう。あれだけ執着していたアビドス復興を私は辞めることにしたのだから。

 

……というのも理由は単純で、左目を失った私はもう以前のようには戦えなくなっていたからだ。

片目が無くなったことで研鑽し続けていた個人戦術の大半のほとんどが使い物にならなくなり、また理由は分からないが以前と比べて全体的な出力が落ちた、と言えば良いのか。今となっては夢から覚める前の三割ほどの力しか残っていない。

 

それでも実際戦えなくは無いのだが、カイザーPMCが全戦力をあげて侵攻して来たら流石に対処できない。

力の均衡が崩れた以上、攻め込まれて占拠されるぐらいなら先んじて廃校手続きを済ませてしまう方が早い。

 

「待て――待て、小鳥遊ホシノ。けつっ、決断が早すぎるのではないか!? あんなに頑張っていたでは無いか!!」

「それ、理事が言うの?」

「そ、そうだが……そもそも何だこの契約書は!! 三年後に引き渡しというのもそうだが、あの連邦生徒会が学校の負債を背負うなどと……」

「私もびっくりしたよ。駄目元で投げてみたら連邦生徒会長じきじきに即決で決まったからね」

 

本当に即決だった。あまりにも連邦生徒会に益の無い――それどころか害にしかならないこの契約を結ぼうとしていることがあらかじめ分かっていたかのように、たった半日で受理されたのだ。

それだけではない。私たちが病院へ搬送された次の日には連邦生徒会長の権限でアビドス砂漠の一部区画の封鎖が決定され、ユメ先輩を殺した存在を調査するべく調査隊が派遣された。

あの砂嵐の中に居たあの人影(・・)が何だったのか、それはまだ分からない。けれど、もし気が向いたら復讐(・・)しに調査隊へ志願するのも良いだろう。復讐(・・)するなら気楽に行う。これだけは守らなくちゃユメ先輩にそれこそ顔向けできない。

 

「まあそんなわけだからさ、三年後にはアビドス高等学校の所有する土地は全部連邦生徒会のものになるよ」

「そんな契約がまかり通るわけがないだろう!? こんな明らかに不当な取引、例え連邦生徒会と言えど簡単に覆せるわ!!」

「まあまあ、いいじゃん。だってアビドス高校が所有する土地だよ? そんなもの、もう学校の敷地内だけじゃん」

「――ッ!? き、気付いていたのか……」

「ちょっと夢の中でお告げをもらってね。それに、カイザーが本当に欲しかったのはアビドスの街じゃなくって砂漠の方でしょ? 学校を狙っていたのは横やりが入らないよう完全に掌握したかったから。それに学校の定義を満たせば生徒会への発言権も手に入る。カイザーにとってアビドスは金の生る木そのものだからね」

「お、お前は、どこまで――!」

「だから、三年。三年間だけはアビドスに手を出さないでください」

 

お願いします、と頭を下げると、理事は意表を突かれたように呻いた。

 

「……何故、三年なのだ?」

「後輩が来るかも知れないんです。ひとりはネフティスの令嬢。もうひとりはこの街で彷徨っているところを保護して……」

「まるで未来でも見えているような物言いだな?」

「…………」

 

セリカちゃんとアヤネちゃんが来るかまでは分からない。

もちろん廃校手続きのことは周知させる。けれど少なくとも、シロコちゃんはこの街に来る。それだけは私が保護しないといけない。

理事は深く溜め息をついて、私に視線を向ける。

 

「……我々はカイザーグループで、私はそのPMCの理事を務めている。分かるか? このプロジェクトには多くの金と多くの人員が注ぎ込まれている。企業の前では個人の意志など存在しないも同然なのだよ。故に、三年だろうが何だろうが、我々は全力を以てアビドスの利権を勝ち取り、連邦生徒会との交渉に臨まねばならない。我々が砂漠で何をしていようが、お前がどんな風評を我々にもたらそうが、世論は砂に埋もれた個人よりも我々を支持するだろう」

 

それは大人の言葉だった。歴とした事実のみを語る大人の言葉。

その全てを吐き切って、理事は改めて私を見た。

 

「プレジデントの意向には逆らえん。バレれば私の首が飛ぶ」

「……アビドスにある希少鉱石の話、耳にしたことあるよね。雇った傭兵の規模と作戦経路を流してくれればいい。二年後に位置を教える。それでどう?」

「相場を教えろ。現物はいつ持って来られる?」

「明後日には。誰にもバレなければ跳ね上がるよ」

「……二年は待ってやろう。約束を違えたときにはカイザーPMCが全戦力を以てアビドスを排除するがな」

「じゃあ、それで」

 

話はそれで終わりだった。私は立ち上がりその場を後にしようとする。

 

「小鳥遊ホシノ」

 

不意に呼び止められて、私は振り向く。

カイザー理事は何かを言おうと口を開きかけて、息を吐く。改めて向き直って出てきた言葉は何て事のないものだった。

 

「変わったな。まるで別人だ」

「色々あったからね」

「色々、か」

 

理事は目を瞑るように椅子へ深く座り直した。

 

「その……なんだ。金に困ったのなら私を訪ねろ。仕事を用意してやる」

「じゃあアビドスの借金を失くしてくれると嬉しいな」

「ふっ、減らず口を……」

 

そして私はこの場を後にする。カイザー理事とはこれから長い付き合いになるだろう。

 

それはきっと理事からすれば一瞬の三年間なのかも知れないが、私にとっては長い三年だ。

武力を失ったからこそ私は、暴力では無く謀略で時間を作る。未来から教えてもらったこのズルが尽きるまでに、私はこの戦い方を学ばないといけないだろう。

左目を覆うスカーフをさすりながら、私は帰路についた。

 

それからしばらくして、私は予定された未来と同じ筋書きを辿った。

 

例えばノノミちゃん。私の後をつけていたから適当に撒いて、諦めたところで話しかけてみたり。

例えばシロコちゃん。流石に走って追い付けるほどの体力もなかったから、先んじて逃走経路に回って見たり。

 

二年生になった私は、同じくしてアビドス高校へ入学したふたりと色んな日々を送った。

変わったことと言えば、連邦生徒会が極地環境調査部を設立したことだろう。

アビドスの砂漠やミレニアムの廃墟、ゲヘナの火山など、いまだ解明され切れていない未知と危険に溢れた場所を調査する部活だ。

募集はキヴォトスの全生徒から行われ、厳正な試験の元で無事合格した者のみが入れるというものである。

私がそれに参加したのは単純に、砂漠の希少鉱石をうっかり誰かが見つけてしまわないためであったが、それはそれとして悪くはない日々だった。

 

借金に関しては理事との慎重な話し合いのおかげか、そこまで返済に追われているわけではない。

流石に講師は雇えなかったけれど、それでも普通に勉強して、バイトして、遊んで。そんな普通の学生生活に近いことは行えている。シロコちゃんたちの進路は私の方で責任を持って考えているところだ。来年の終わりにはこの学校も完全に廃校となる以上、そこまでは面倒を見るつもりだった。

 

そしてアビドスに冬が来る。あれから砂嵐は悪化し続け、この別館ですら砂に飲み込まれそうな勢いだ。

けれども同時に雪が降る。聖夜祭が近づいていた。

 

「もうすぐクリスマスですね~☆ シロコちゃん、何が欲しいですか?」

「ん、ホシノ先輩に勝てる力」

「それはまだ早いかな~? 片目の無い私ぐらいは余裕で勝ってもらわないとね~?」

「ん! ん!」

 

怒ったように頬を膨らませるシロコちゃんを撫でる。頭の耳がぴこんと跳ねて、シロコちゃんは唸りながら耳を垂らす。

ふと笑って外に目を向けると、早くも外は夕暮れが迫っている。じきに夜が来る。思い出すのはあの砂漠で見た絶望と希望の物語。

 

「どうしたの? ホシノ先輩」

「……ううん、何でも」

 

きっと私はあの日々を忘れない。

絶望の中に浸り続けて、最後の最後で未来から来た私に救われたあの日のことを。

あんな出来の悪い、ご都合主義みたいな奇跡が起こった夢の時間を、私はずっと覚えているだろう。

 

少なくとも、笑って過ごすあの未来に追いつくその日までは。

 

「ただちょっと、夢見が悪くてね」

 

 

――消えゆく世界の最終戦線 fin

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