(合図ってこれだよね……? まあいいや行っちゃえ!)
茂みから見える通りでは大混乱が起きていた。
全ての電子機器が停止し、街中で動くドローンは狂ったように暴れだす。先生たちが何かをしたのは確実だろう。
そんな光景を見て、私は全速力でミレニアムの学校敷地内目掛けて走り出した。
潜入ルートは既に目星を付けていた。人通りが皆無で、監視カメラしか設置されていない区画。
意図を持って行こうとしなければ通ることさえないような死角というものは、どんな街にだって存在する。
裏路地を抜けて自然公園に沿って進み、人工林を越えれば学校の塀まで簡単に近づける……そのはずだった。
「やっほ! リーダーから聞いてるよ。暁のホルスちゃん……だっけ?」
「……!」
木々の間から声が聞こえたと思った瞬間に撃ち込まれる銃撃。
即座に躱して足を止め、周囲を見渡す。すると声の主はあっけなく姿を現した。
「……先生から聞いてるよ。C&Cのアスナちゃん、だよね」
「当ったり~! あ、そうだそうだ。コードネーム『ゼロワン』って呼んでね! リーダーに怒られちゃうから」
メイド服を身に纏った長髪の子。名前は
もはや未来予知と言っても良いほどに神懸かり的な直感力を持つC&Cのエージェントだ。
神出鬼没の戦闘狂。先生から聞いていた通り、本当に何処にでも現れるのだと感心した私はおどけるように肩を竦めた。
「うへぇ~、なんでそこに居るのかなぁ~?」
「うーん、なんかこう、ビビッと来たんだよね」
「無茶苦茶だねもう。ちなみにさ、通してって言ったら通してくれたりは……」
「うん、無理!」
「だよねぇ~」
(まあ、通してくれても後ろから倒すけど)
思い返すのは先生との会話。一ノ瀬アスナに対する戦術評価だった。
『もし私とホシノが分断されたときなんだけど、アスナだけは絶対に倒してほしい』
『どうして?』
『過程を無視して直接正解を当ててくる子なんだ……。真っ先に私を狙ってくる可能性も充分にある』
それは、戦闘行為が行えない先生にとっては一番の脅威であることを意味した。
だからこそ、もし私の方に来てくれたのなら、そこで必ず落とさなくちゃいけない。
(第一戦。弾薬は温存しておかないと後が持たない……)
ミレニアムで弾薬の鹵獲は最初から諦めている。例えば細工された弾でも拾わされたら勝てる戦いも勝てなくなる。
「はぁ……考えることが多くて嫌になるねぇ~。おじさんには堪えるよ」
「おじさん? それってど――」
直後、早抜きのように撃つショットガン。それを
「やっぱり不意は突けないんだね……!」
「あはっ! いいねやろう! でもこんな林の中じゃショットガンは使いづらいんじゃないかな?」
木々の間で走る音が聞こえる。右、止まって切り返し。音が左右に分かれて停止。私はその場を動かず攻撃の瞬間を待つ。そして――
「……ッ!」
私の目が捉えたのは、私の真後ろから飛び出て来たアスナちゃんの姿。空中で構えられるアサルトライフルの銃口から火が噴いた。
転がり込んで躱してショットガンを構える。けれどもそこにアスナちゃんの姿は無い。
(林の中か……!)
茂みを走る音。目で追って――違う、上だ!
「さあ、遊ぼう!」
笑い声と共に木の上から落ちてきたアスナちゃん。再びアサルトライフルでの銃撃。盾を展開して受け切って、腰のフラッシュバンを……いや、今は持っていなかった!
「なんで持ってないんだろうねぇ本当にさぁ!!」
「装備が足りてないの? ぎこちないけど……」
切り替えてショットガンを構え直すがもうアスナちゃんの姿は既にそこに無く、また再び見失う。
そして木々の隙間から私を狙う銃撃の嵐。ショットガンのレンジから離れながら、巧みに木々を盾に動き続ける機動力。
何より厄介なのが、アスナちゃんからは
遅滞戦闘。私の時間と弾薬を消耗させることを目的とした戦い方。
好戦的とは言いつつも、それでもちゃんと戦術的勝利を狙ってくる嫌な賢さはまさに正解そのものだった。
『正解を引き当て続けるコールサイン『ゼロワン』。けれどもそれは無敵じゃない』
『アスナには明確な弱点がある。それに、そもそも――』
思い出すのは先生の言葉。勝てない相手では決してないのだと言うあの言葉を。
飛んでくる弾丸を受け止めながら、私はショットガンを構えて背後の木々目掛けて銃弾を撃ち放った。
炸裂するような音と共に破壊された木がゆっくりと倒れていく。斜めになりゆく木へと走って、そのまま樹上へと身を隠す。
「え、何を……」
「言っておくけどさ、屋外戦は私のフィールドだよ」
樹上から空中へ。足に力を込めて木を蹴り出す。私を狙って引き絞られるアサルトライフルの引き金。放たれる銃弾。
――そこか。
盾で受け止めながら飛んだ先の木を更に蹴り出す。向かうは銃撃してきた場所。アスナちゃんが居るであろう方向。
木々を利用した超高速の三次元機動戦。付いて来られる者はそう居ない――!
「うっそ!?」
驚愕の声と共に走り出すアスナちゃん。一瞬捉えたその姿目掛けて銃口を向ける。炸裂。地面が穿たれ木々を削る。追い立てるように更に飛んで近づく。
そう、どんなに正解を当て続けようとも、そもそも局所的な戦術的正解なんて変わり続けるのだ。
そもそも私とアスナちゃんは実力が拮抗しているわけではない。散々撃たれて動き方も読めてきた。戦い方だけはそう簡単に変えられない。
「あはは……! 楽しいね!」
「若い子に楽しんでもらえて良かったよ!」
アスナちゃんの前に着地すると同時に向けられる銃口を左手で叩く。代わりに突き出したショットガン。銃身が蹴り上げられて空中に放たれる弾丸。
仕切り直すように身を引くアスナちゃんに詰め寄って全力で体当たり。転がったアスナちゃんはそのままの勢いで真横に飛んで身を隠す。
「やるねぇ~。流石はC&C。聞いてたよりも強いよ」
「私も! こんなにドキドキしたの、リーダーのとき以来!」
楽し気に笑うアスナちゃんの声。私も同感だったけど、そろそろ決着を付けないといけない時間だ。
私は再び樹上へと跳んで潜伏する。そうして戦場には静寂が訪れた。
「…………」
「…………」
それは映画で見たガンマンの早抜きを想起させる。互いに息を潜め、全神経を周囲へと向け続ける。
一秒、二秒。カウントが進むにつれて高鳴る鼓動。エンジンを吹かせるように、トップギアで見開く五感。
がさり、と音が鳴った。
「そこ!!」
先に動いたのはアスナちゃんの方。類まれなる直感が私の潜伏していた樹上を当てる。
同時、私はマズルフラッシュが見えた方向へ盾を構えて反射的に飛び出していた。
シールドバッシュ。そのままの勢いで押し潰すように、正しくアスナちゃん目掛けて一直線へ空中からの突撃を敢行する。
「そん――」
そんなの当たるはずが無い。
そう言いかけたアスナちゃんは足を止めた。その直後、アスナちゃんの爪先を掠めて弾丸が地面を抉り取る。回避潰しの先置き射撃。それすら予見する『ゼロワン』の異能。
そこに迫るシールド。避けられない。そのことを一瞬で悟ったアスナちゃんは突然アサルトライフルを手放して、回し蹴りで私のシールドを蹴り飛ばした。
シールドの向こうで構えていたショットガン。銃口との距離は手を伸ばせば届くほどの超近距離。絶対外さない必中圏内――!
「はは――――ッ!!」
限界まで見開かれたアスナの瞳。食いしばる歯。上がった口角。
もはや反射神経などでは無かった。正確無比な直感。野性的な計算式。
コンマ五秒以下の戦いで、アスナちゃんは違えず正解を――私の銃身を掴み取った。奪われるショットガン。盾も銃も奪われた中空の私。アスナちゃんは戦闘狂の本性を表すように笑い、私へ奪ったショットガンの銃口をと突き付けた。勝利を確信した瞳。剥き出しの犬歯から溢れた歓喜の咆哮。
「誰にも私を止められ――」
――直後。
パン――と、軽い音が響いてアスナちゃんは膝から崩れた。
それは私がアスナちゃんの眼前で両手を打った音。ただの猫騙し。けれどもそれだけで、アスナちゃんはまるで糸が切れたように倒れ伏した。
「あ、れ……?」
「本当だったんだね。動けなくなるって言うのは」
不意打ちも通用せず心理戦も情報戦も踏み潰す直感力。その代償の話を、先生は話してくれていた。
『こんな状況じゃなかったら言うべきじゃ無いんだけどね』
その前置きから聞かされたのは一ノ瀬アスナの弱点だった。
思考を止めると身体が動かせなくなる。動かし方すら分からなくなる。
特に交戦中、直感を超えた不意打ちを仕掛けられた時点で思考がクラッシュするのだということを。
『例えば想定していない大火力が壁を抜いて直撃するとか、そのぐらいの意表を突ければ、きっと――』
だからこその猫騙し。あそこまで思考の極限を突き詰めれば、誰だって理外の動きに対しては綻びが生まれる。水を差すような騙し討ちには脆弱になる。
正面切っての戦いとなったらどれだけ時間と弾薬が消耗させられるか想像に難くない。だからこその不意打ち。弱点を突いて消耗を抑えて先に進む道を選んだ。
「悪いけど、先に行かせてもらうよ」
「こう、なるんだ……。あはっ……また遊ぼうね」
動けなくなったアスナちゃんの耳元から通信機を取って破壊する。
電子機器のジャックがいつまで続くか分からない以上、この場で潰しておかないとアスナちゃんの救出や増援がやって来る可能性が高いからだ。
(まずは一勝……。待っててね、先生!)
アスナちゃんはそのままに。塀を乗り越えミレニアムの学校敷地内へと潜入した私は、先生と合流するためにサンクトゥムタワーへと走り出していった。