消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第8話:ミレニアム攻略戦(2)

「……よし、行こう」

 

突如起こった停電でアロナたちのハッキングが成功したことを確信した私は、開け放たれた収容室の扉から一歩踏み出した。

不気味なぐらい静かな暗闇。少しでも暗闇に目を慣らそうとしたけれど、あまり効果は無かったようで室内は全く見えない。

けれど、収容室に連れて来られる過程でミレニアムが元のミレニアムと同じ構造なのだけは確認済みだった。

いま私がいるのは地下1階の収容室だ。コユキが電子ロックを解除しまくっていた、あの部屋。

 

ならば元のミレニアムと異なる部分は何処か。それは学園敷地内にサンクトゥムタワーが存在するということ。

ミレニアムのサンクトゥムタワーはミレニアムの主要施設たるミレニアムタワーと半ば重なるように存在している。例えるなら、隣接させようとした3Dオブジェクトの一部がめり込むように、二つのタワーはそれぞれの弧を越えて屹立している。

 

――こういう時、タワーの入口であるべき場所は何処か。

 

手掛かりは無いままに、けれども行くべき場所は決まっている。上だ。上へと登っていくほか無い。

 

(仮にミレニアムタワーの外に入口があったとしても、私がそこに辿り着くことは出来ないだろうから……)

 

私を銃弾や爆発物から守り続けてくれていたシッテムの箱も、今は手元に無い以上外へと出るのは自殺行為そのもの。

シッテムの箱は恐らくミレニアムの解析室だ。そこに行くまでは決して誰にも見つかっては行けない。

そして、あの合理主義を貫くリオであればミレニアムタワーの内部からサンクトゥムタワーへと通ずる道を作っているはずだと確信していた。

 

それは例えば、タワー入口へ繋がる直通のエレベーター。

それは例えば、何処かの階に設けられたタワー内部へと続く直通通路。

 

いずれにせよ、この場に留まっていれば停電騒ぎで誰かがこの収容室に来るかも知れない。

そう考えれば動き続けなくてはいけないことは自明の理。隠れながら、上へ。見つかれば終わりのかくれんぼ。

ゲヘナで散々撃たれたことから、ここでもすぐに撃たれるだろう。恐怖が無いわけでは決して無い。

 

――けれども、私にはホシノ(・・・)を在るべき場所へと返す義務がある。

 

慎重に階段を上がり、1階の廊下へと出る。

停電で少し暗いが、地下とは違って窓がある分、外からの光で問題なく廊下の先まで見通せた。

 

(こういう時、アスナが居るのは本当に怖いな……)

 

無軌道かつ無法の『ゼロワン』。戦闘行為を好む彼女だからこそホシノの方へと向かう未来に賭けては見たけど、予測が付かない相手だからこそ読みを外せば即座に詰む。

 

(ホシノは気負ってなかったけど……)

 

私たちの相手は個人では無い。学校そのものなのだ。

薄氷を上を歩むような賭けの連続を越えた先にしか勝利は無い。出題される問題に対して、全て初見で正答を選べなければ潰える未来。ひとたび間違えれば、ホシノの未来は消え失せる。この世界に取り残される。

 

(考えろ。襲い掛かる障害の全てを――)

 

灼けつくような思考の中で周囲を伺いながらも廊下を進む。

すると、廊下の先から生徒の声。私は身を竦ませて様子を伺う。

 

「あーもう! 停電とか聞いてないよー! セーブデータ消えちゃったじゃん!」

「アリス、ユウカを殴ります!」

 

(……!)

 

廊下の角から聞こえたのはゲーム開発部の二人、才羽(さいば)モモイと天童(てんどう)アリスの声だった。

普段であれば声を掛けてゲームに誘われて……そんな彼女たちであっても今この場、この世界においてそうである保障は何処にも無い。

 

――行動力No.1のゲーム開発部だからこそ、学園の敵である私(・・・・・・・・)とっては一番会いたくない子たちだ!

 

かち合う前に急いですぐ脇の教室に目を向けると、ドアプレートには『息継ぎNG・円周率暗唱部』と書かれていた。

ここなら誰も居ないはず……。そう思って扉に縋りつくも鍵が掛かっていた。

当然だ。何せここはヒマリのでっちあげた(・・・・・・)潜伏先のひとつ。鍵はヒマリが持っている。内側から誰かが開けなければ私に開ける術は無い――

 

その時だった。

目の前の扉からカチャリ、と音を鳴って鍵が開いた。誰かが鍵を開けたのだ。都合良く、誰かが――

 

(……どうする)

 

中に誰かが居るのは確実。しかしモモイとアリスの声は今なお近付く。

罠か否かも分からない。けれども私は、自身の直感に従って『息継ぎNG・円周率暗唱部』の扉を開いた。

 

「…………」

 

視界の先に広がる空虚な教室。そこには誰も居なかった。

一瞬呆然として、それからすぐに扉を閉めて鍵を掛ける。息を潜めてしばらく、モモイとアリスの声が扉を越えて消えていく。

 

「…………はぁ」

 

ほっとしたように息を吐く。

何故鍵が突然開いたのかは分からずとも、ただ、窮地は免れた。

 

(このまま解析室へと向かって、シッテムの箱を回収すれば……)

 

そうすれば多少の無茶も聞くようになる。――そう思った時だった。

 

『ミレニアム生徒の皆さん、至急校舎内に戻り待機してください』

「……ッ!?」

 

突然教室のスピーカーから声が聞こえた。

そう、シッテムの箱に搭載された自動防衛機構によって掌握されているはずのスピーカーから声が聞こえたのだ。

 

『繰り返します、至急校舎内に戻り待機してください』

 

それは、誰か一人にでも見つかれば終わる私にとっての最悪。

ミレニアムサイエンススクールに、絶望の宣告が響き渡った。

 

(シッテムの箱を……どうやって――!!)

 

シッテムの箱を介した事象改変と思しき概念へのハッキング。それは決して誰にも打ち破ることの出来ない最強の矛。

自動防衛機構を使ってミレニアムの情報インフラを破壊する――そんな最速の手を打ち砕く者なんて居るはずは……。

 

「……いや、確かに。君たちの実力を見誤っていたよ」

 

数瞬置いての納得。その答えは極めて単純であった。

 

「やったー!! 一部だけど塗り潰したよ! 一瞬で塗り潰し返されたけど!」

「ふふ……こうしてヴェリタス全員でひとつの作業に取り組むのも面白いですね、チーちゃん」

「むしろ私としては一人で行動しすぎな気もするけど……ハレ! そっちはどう?」

「いま解析中。うん、プログラムそのものが生きてるみたいに書き換わってくね。すぐ対抗される」

「緊急避難のソフトは全部消しました。後は音声系を止めれば……」

 

ミレニアムにはゲヘナやトリニティと違い、最強と名高い武闘派組織は存在しない。

それはC&Cが少数精鋭による秘密エージェントであることにも起因するが、それでも電子戦においては確かにキヴォトス最強が存在した。

 

「シッテムの箱に対抗できるなんて、君たちしか居ないんだから――!!」

 

神の怒りに触れたとて、それが抗い様の無いものであったとしても、神の爪先に指をかけようとする者たちが居た。

古代語において真理の名を冠するハッカー集団、その名はヴェリタス。キヴォトス最強の電子使いたち――

 

驚愕から我に返った瞬間、私は教室を飛び出した。

全力でタワー内部まで入らなければそもそもどうしようもない。

タワーを止めるために必要なのは私とシッテムの箱のふたつ。どちらかが欠けても詰みになる。

 

(さっきの放送で生徒たちがミレニアムタワーに戻ってくる……! それより早くサンクトゥムタワーの内部へ入らなくてはいけない!!)

 

シッテムの箱を回収できる時間は奪われた。ならば、ホシノあるいは黒服がシッテムの箱を回収してくれることに期待するほか選択肢が存在しない。

裏を返せば、流れ弾一発で終わるこの身でも、最悪辿り着いて意識さえ残っていれば問題ない。

 

――タワーへ走れ。

 

「少しでも早く……!」

 

――誰かに見つかるその前に。




――次回 第9話:ミレニアム攻略戦(3)
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