消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第9話:ミレニアム攻略戦(3)

ヴェリタスがシッテムの箱に挑む一方、ミレニアムタワー最上階は混乱の渦に呑まれていた。

 

「電子機器が全て死んでます!」

「復旧作業が間に合いません!」

 

シッテムの箱により掌握されたミレニアムの全システムは、ほんの一瞬放送機器のみ奪取できたもののすぐに奪い返されてしまった。

その一瞬に全生徒を校舎内へ戻す指示を出したこと自体はまさに痛撃の一手。しかし、ミレニアムだからこそ機器を用いない伝達手段は乏しく、未だ情報が錯綜し続けている。

 

「いますぐ全員手を止めて!!」

 

ユウカの一声に驚く部員たち。先ほどまでの狂乱はどこへやら、全員の目がユウカに注がれる。

 

「保安部員はそれぞれエレベーター前で待機。通信の復旧作業はもう私たちじゃどうしようもない。引き続きヴェリタスに任せるわ。代わりに保安部員以外の全部員は班を作って疑似ネットワークを構築。バケツリレー方式で直接情報の伝達を行いましょう。校内の図面持ってきて! 配置は私が決める!」

 

人的リソースの配置効率。その計算はセミナー会計の早瀬ユウカが取り仕切る。

限られた人員を使って指示をしていき、最低限の部員のみを残してミレニアムの各所へと部員を向かわせたユウカは重々しい溜め息を吐いた。

 

「足りない……。こんなやり方じゃ、全然……」

 

外から時折聞こえる戦闘音。暁のホルスがモノレールステーションを破壊して回っているのだ。

本来ならば即座に位置を特定して警備ドローンを向かわせて終わりのはず。にも拘らず、電子機器全般が原因不明のエラーを吐き続けている今においては全てが後手へと回り続ける。

 

状況報告を受けて大テーブルに置かれた図面へマーカーを走らせるが、敵の移動速度が早すぎて全く捕捉しきれていない。

そんな中、賓客としてセミナー内にて監視されていた黒服が笑みを浮かべる。

 

「流石ですね。早瀬ユウカさん」

「嫌味のつもり?」

「まさかまさか、ここまで善戦するとは予想外でしたよ。何も出来ずに蹂躙されるとばかり思っていたものでして、クックックッ……」

 

癪に障るような笑い声に、ユウカは顔を(しか)める。

 

「いったい何をしたの?」

「私は何もしておりませんとも。あなた方が禁忌に触れたのです。そして先生の忠告通りとなった。ただそれだけなのです」

「……そう。だから挑発していたのね。私が乗ると思って」

「思って、ではありません。知っていただけです」

「…………」

 

頭を抱えるように目を瞑るユウカ。そして黒服は知っている。例え何度繰り返したとしても、あの場面において早瀬ユウカは必ずシッテムの箱の解析を進めるという事を。

 

複製(ミメシス)は思考しない。思考と思える言動は、全てがあらかじめ設定されたガンビットに基づいて行われる。

外部から新しい知識を得たとしても、複製(ミメシス)として創り出された時点で組み込まれた言動には一切の影響を及ぼさない。

人工無能。更新されないセキュリティ。そんな哀れな存在を前に、黒服が口を開いた。

 

「予測の出来ないゲリラ戦を仕掛け続ける暁のホルス。いやはや、さぞ厄介なことでしょう」

「……そうね。おかげでC&Cと情報共有出来たとしても捕縛できる気がしないわ」

 

憎々し気に黒服を睨むユウカ。その視線を受け流しながら、黒服はゆっくりとユウカの方へ足を運ぶ。

そして何の気なしに手ごろな椅子に手をかけて鷹揚に座ると、両手の指先を合わせながら言葉を紡ぐ。

 

「そこで、貴女に提案があります」

「…………何?」

「そう警戒しないでください。リオさんから聞いているのでしょう。我々ゲマトリアが何を専門としていたのか」

「……まさか」

 

ククク、と契約の悪魔は静かに微笑んだ。

 

「貴女に拒めない提案をひとつ。私にシッテムの箱を渡していただければ、代わりにこの通信障害を取り除いて差し上げましょう」

「……ッ!!」

 

驚愕に目を見開くユウカ。当然黒服の言葉は疑わしい。

しかし、通信障害はそれほどまでに無視できるものでは無いということも分かっている。

 

情報伝達が正しく機能すれば少なくとも暴れ回っている暁のホルスの位置を特定できる。

そもそも現時点において戦いになっていないのだ。襲撃。撤退。時間が経てば経つほどこちらの装備を鹵獲されかねない。

 

(体力切れを祈る? 駄目、それじゃあ逃げられるだけじゃない)

 

そうなれば士気が持たない。緊張状態は長く続かない。

通信障害が直らないと敵に攻め続けられるが、通信障害さえ無くなればC&Cを向かわせて真っ当に戦闘行為が行える。

 

敵が極めて高い戦闘力を持つ個人であるからこそ。

そしてそれに対抗できる手札がC&Cにいるからこそ、この提案は言葉通り拒めない(・・・・)――

 

「……分かったわ。着いて来て」

「聡明な判断に、感謝を」

 

かくして、黒服はユウカと共にシッテムの箱の元へと向かった。

ミレニアムタワー内にて階段を登る先生。屋外にてゲリラ戦を行い続ける暁のホルス。

場面は屋外。ミレニアムのフィットネスセンター付近へと移る。

 


 

アスナちゃんを倒してしばらくのこと。

私はミレニアムタワーと重なるサンクトゥムタワーの近く――フィットネスセンター付近に潜伏していた。

 

「参ったねぇ……」

 

サンドイッチを食べて水で流し込む。売店を襲撃した際に手に入れたものだ。

タワーが消えたら食べたものがどうなるかなんて分からないけれど、分からないことを考えても仕方ないだろうと首を振る。

物陰から通りを覗くと、ミレニアムの生徒たちがまばらにミレニアムタワーへと戻る様子が伺えた。

 

原因は先ほどスピーカーから聞こえた『全生徒校舎内待機』の音声。

あらかじめモノレールステーションを破壊して回っていたおかげで、あの校内放送が流れても生徒たちがすぐに戻ってくることは無い。

持ってあと10分程度。それ以降は一般生徒が異常に気付く。混乱が広範囲で起きれば、私はともかく先生の身が危ない。

 

(先生……大丈夫かなぁ……)

 

サンクトゥムタワーの入口は既に見つけてあった。

地上一階、ミレニアムタワーとサンクトゥムタワーが重なる点の位置。

入口にはネルちゃんが陣取っているのが見えた。私を待ち構えるように、じっとその場に座り続けている。

 

すぐに向かって戦うこと自体は可能だ。けれども、一度始まったら先生のアシストには向かえなくなる。

 

(入口がネルちゃんの居る地上一階にしか無かったら、先生の救出が最優先……)

 

当然救出に向かうのにもリスクが伴う。先生を守りながら戦うとなると、どうしたって機動力が落ちてしまう。そうなれば私の位置が捕捉されかねない。

ゲリラ戦を仕掛けることで脅威度を上げ続けているのだ。手に負えると判断されてしまえば先生に割かれる人員が増えてしまいかねない。

 

逆にミレニアムタワーの中にもサンクトゥムタワーへの入口があるのであればネルちゃんを押さえに向かうことが出来る。私を逃がさないよう保安部員たちが集まって来てさえくれれば、今の膠着状態を維持できるのだから。

 

とにかく重要なのはタワーの入口が他にあるか否か。それが分からない以上、下手に動けば不利になるのは私たち。せめてそれだけでも分かれば、と内心呟く。

 

その時だった。

スピーカーからザザ……と、音が鳴る直前のノイズが走った。

 

『――タワーの入口は特別反省房前と地上一階の二か所です』

「黒服!!」

 

私は即座に走り始めた。

先生はきっと特別反省房からタワーに入る。だったらいま私がやるべきことは、ネルちゃんを地上一階で引き受けること――!

 

――そうしてホシノが走り出すのを、セミナーの最上階から見る影が一つ。シッテムの箱を手にした黒服だ。

 

「クックックッ……。ええ、約束通りミレニアム内部(・・・・・・・)の通信全般は復旧させましたよ」

「騙したの……!?」

「騙したとは人聞きが悪い。口約束とはいえ契約は結ばれたのです。その履行を果たしただけではありませんか」

 

契約は果たされ、暁のホルスの位置も捕捉が可能となった。

何せタワーの入口へと向かっているところだろう。C&Cをぶつけることも出来る。

 

「全て貴女が望んだ通り……。むしろ、暁のホルスがどう動くかの予測も付きやすくなったでしょう?」

「くっ……!」

 

ユウカの表情に苦悶が混じった。

 

「おや、お気に召さなかったようで……。それでは……そうですね、ユウカさん。貴女にひとつサービスして差し上げましょう」

「うるさい! これ以上話なんか――」

「アスナさんと連絡は取れましたか?」

「――――ッ」

 

通信が戻ってすぐC&Cの位置を確認したユウカだったが、アスナの位置だけは分からなかった。

発信機が壊されたことは分かっている。やられたのだ、暁のホルスに。

 

「確か、コールサイン『ゼロワン』、でしたか。聞けば美甘ネルを除いたC&Cにて極めて優秀かつ特異な生徒であるとか。他にも爆弾処理から潜入工作まで得意なアカネさんに、卓越した狙撃技術を持つ元セミナー保安部員(・・・・・・・・・)のカリンさんもいらっしゃるとか」

「………………やめて」

「ああ、失礼しました。リオさんの懐刀もいらっしゃいましたね。しかし、リオさんと連絡が取れない今、彼女たちを持て余しておくにはあまりに可哀そうではありませんか。アスナさんみたい(・・・)になっては、ね」

「…………やめてよ」

「やはり口約束というものは不正確極まりないですね。貴女が間違えなければ(・・・・・・・・・・)、きっと状況は好転していたでしょうに」

「やめてってば!!」

 

悲鳴にも似た怒号がセミナーに響き渡った。

一瞬の静けさ。そこに寄り添うように、静かに黒服は語り始める。

 

「……ですが、貴女はもう間違えないはずです。先生も仰っておりました。人は失敗から学べる生き物である、と。ならばユウカさん。早瀬ユウカさん(・・・・・・・)。貴女はもう間違えないはずです。私は明文化された契約は必ず履行する存在なのですから」

 

その言葉は毒だった。

先生も小鳥遊ホシノも誰も使わない――使うという発想すらしない邪悪な話術。

だからこその元ゲマトリア。悪い大人たちの秘密結社。おぞましきガスライティング的手法。

 

「さあユウカさん。言葉を交わし、定義を積み重ね、誤解を失くし、正しき契約を交わしましょう。その一点において、私たちは対等(・・)なのですから」

 

そんなやり取りは露と知れず、ミレニアムタワー内部を走り続けていた先生が居た。

息を切らせて階段を昇り続けたその耳に聞こえたのは、タワーの入口のある場所――即ち特別反省房前と地上一階。

 

「……コユキの独房のところだね。了解」

 

ひとり呟いて、再び階段を登る足に力を込めた。

反省房前まで、あと少し――




――次回 第10話:星を追う者たち
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