お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』   作:冬霞@ハーメルン

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お待たせしました、アイアンソウル第二話です!
前回からまた原作周りの設定をチェックしていると矛盾点も結構あって、戦々恐々しております。
なんとか整合性がとれるように物語の中で補完していくつもりです。
それでは第二話をどうぞ!


第2話 『正義と勇気の化身』

 

 

「―――お待たせしました正義のヒーロー! 『鋼鉄戦士アイアンソウル』只今参上!」

 

 

 何者にも邪魔されず、広間に響く名乗りの口上。

 キリトも、アスナも、風林火山の面々も、軍の部隊も。命の危険が差し迫る状況だというのに、誰もがポカンと呆気に取られたように口を開いて動けない。ただ一人、旧知のリズベットだけが心底呆れて頭痛を抑えて溜息をついた。

 

 

「諦めるな、諸君! ワタシが来たからにはもう大丈夫だ! 絶望の化身よ、正義の拳が貴様を討つ!」

 

「■ァ■■ァ―――ッ!!」

 

()くぞッ!」

 

 

 横っ面を殴られ、怒りに任せ襲いかかる青眼の悪魔。振り下ろされた大剣の腹を右の拳で殴りつけて向きを逸らすと、仮面の戦士は再び硬い毛皮に覆われた腹へと拳を撃ち込み、バックステップで距離をとる。

 開け放たれた扉と、取り残された軍の部隊と、彼とを正三角形の頂点とする位置。乃ち囮。意図を察した面々は、すかさず考える時間も惜しいと走り出した。

 

 

「おい、しっかりしろ! 動ける奴は他の連中を助けてやれ!」

 

「う、うぅ、すまない‥‥」

 

「礼は後でいいわ、急いで!」

 

 

 ダメージを受け過ぎて、動けなくなっている軍のメンバーを担いで歩く。自分では立てないような人間を担いで走るのは、それなりにSTR値‥‥筋力のパラメータが高い者でも一苦労だ。救出は容易ではない。

 あの巨体が思う存分暴れるためだろう、広間はかなり広い。軍の部隊は脱出困難な隅の方に追い詰められていて、出口までの道のりは遠かった。

 助けに入った全員が一人ずつ担いでも、二巡はしなければならない人数。すぐ隣ではボスが暴れているのだ。いつタゲをとってしまってもおかしくはない。気ばかりが、焦る。

 

 

「余所見をするな! 貴様の相手は‥‥『このワタシだぁッ!!』」

 

 

 後ろを見せ、隙を晒した背中を狙おうとする凶刃を勇ましい声が引きつける。

 気迫や殺気、間合いの取り方や声の大きさなどを用いて敵のヘイトを一気に引き上げる“挑発”と呼ばれるシステム外スキル。主にレベルの高い壁戦士(タンク)が習得するものだが、仮面の戦士のそれはかなり熟練度が高い。

 そういったスキルの影響が低いボスモンスターだというのに、弱った獲物へと向けられかけていたタゲが彼へと戻った。

 

 

「‥‥ッ急げお前ら! 早くしねぇとアイツが死んじまう!」

 

「ウッス!」

 

 

 直撃すれば真っ二つどころか、木っ端微塵に吹き飛んでしまいかねない大剣の斬戟を避け、あるいは拳で、足で僅かに弾いて躱していく。

 たった一人で巨大な獣に立ち向かう孤独な背中。それはまるで、子どもの頃に観たテレビの中のヒーロー。しかし彼もパラメータに縛られた存在に過ぎないのだ。敵は第74層のボス。決して一人で戦える敵ではない。

 遠目には見えないが、躱し損ねた刃は何度も体を掠り、彼のHPバーは着実に削れていく。おそらく、長くは保たないことだろう。

 一般的なプレイヤーとは異なり、彼は徒手空拳を基本としている。武器がないということは乃ち、防御をする手段がないということだ。あの暴風を回避し続けるのにも、同じように無理がある。

 

 

「アイアン・キィィック!!」

 

「■■ォ■ォ―――ッ!!」

 

「アイアン・チョォップ!!」

 

 

 ソードスキルを使うために、技名を発声する必要はない。しかし彼はソードスキルですらない普通の攻撃にも大袈裟な叫び声をあげていた。

 前に踏み出そうとした足に、すかさず強烈なローキック。そして振り下ろそうとした拳に喰らいつくかのような手刀打ち。思わずダメージは微々たるものだというのにタタラを踏んだ獣の腹にパンチを叩き込んで、再び有利な位置をとる。

 派手な動き、大見得、意味のないポージングと叫び声に反して、戦術自体は非常に洗練されていた。おそらくは、“わざわざああいう戦い方をするために”必要な研鑽を積んだのだ。その分の努力を普通のやり方に注ぎ込めば‥‥いや、彼はあのスタイルだからこそ強いのだろう。

 

 

「お、おのれ‥‥!」

 

「―――ッ?! 馬鹿野郎、何するつもりだ!」

 

 

 暴風と突風が吹き荒れる中、そこに飛び込もうとした一人の影があった。

 先程までその場で他の一行と同じように倒れ伏していた無骨な鎧。紅い肩掛けは指揮官であることを表しているのだろうか。片手剣と盾を持ったオーソドックスな装備。

 キリトやクラインに比べればかなり体格の良いその男は、震える足を叱咤し武器を構え、今まさに走り出さんとする。

 

 

「そんなに消耗してるくせに、まだ戦おうってのかよコーバッツ! ここはオレ達に任せて今は退くんだよッ!」

 

「だ、黙れ! 我ら解放軍の辞書に撤退の二文字はない! あのような胡散臭い輩に任せていられるかッ!!」

 

「せっかく助けに来てやったのに、この頑固野郎! 今度こそ本当に死んじまうぞ?!」

 

 

 遥かに体格の劣る男に羽交い締めにされ、コーバッツと呼ばれた軍の指揮官は叫んだ。それこそが己のアイデンティティ、存在意義であるとでも言いたげに。

 しかし一方で、もちろん引き留めるクラインも必死である。なにせ満身創痍のこの男が突っ込んでは援護どころか足を引っ張りかねない。

 もしもパーティの一人が足を引っ張った場合、一瞬の予断も許されないボス戦において待っているのはパーティ全員の死である。一人で戦い続けている小柄な戦士をとても見逃すわけにはいかなかった。

 

 

「どうした分からないのだ! 我々はどうしてもこのゲームを攻略しなければならないのだ! 助けを待っている全てのプレイヤーのためにも、一刻も早く!」

 

「それでテメェが死んじまってどうすんだ! 無茶して何とかなる

程この世界は甘かねぇんだよッ!」

 

「黙れッ! お前たちのように、自らを肥やすための私利私欲で動く人間と一緒にするな! あらゆる同朋達のために動く我々こそが、弱き者達の希望にならなければいけないのだ。命に替えても、あのボスは私が倒すッ!」

 

「この、テメェ‥‥ッ!」

 

 

 自分はともかく、ギルメンや攻略組の仲間を侮辱されたクラインの頭に瞬時に血が上る。

 軍の面々は確かに自分達の理念に従い、ある程度は公平に、慈善で下層プレイヤー達を守ったり、街の者に便宜を払ったりしていた。しかしその一方で、組織を維持するために狩場を独占したり、街の者から徴税と称して物品を強奪したりという行為も目立つ。

 確かに攻略組の目的はゲームクリア、そして自身の生存のために資金や装備を充実させることだ。競うようにレベルを上げ、アイテムを取り合い、あるいはそれを利己的と言われても完全には否定できない。

 けれど最前線で戦い続ける行為そのものが、どれほど利己的なものだろうか。究極的に言えば、攻略に臨むという行為は自己中心的なものではない。自分一人に利を及ぼす行為ではないのだ。

 だというのに、どれほどの覚悟と勇気を以て最前線を戦うプレイやー達は立ち上がったと思っているのか。それを利己主義だと言うわけか。確かに攻略組の中にはいけ好かない連中も多いが、仲間を貶められて許せるはずがない。

 怒りのあまり握り締めた拳でコーバッツを殴りつけようとした時のことだった。

 

 

「う、うおぉぉぉッ!!」

 

「―――HiDe?!」

 

 

 一触即発にも近い二人の間を突き抜けるようにして吹き飛んできた、人影。押し殺そうとしながらも堪えきれず漏れてしまった、苦渋を含んだ悲鳴が漏れる。

 胸と肩の装甲(アーマー)は砕け、白銀の籠手(ガントレット)脛当て(レギンス)はひび割れ、自慢の金色の角は片方欠けた無惨な姿。それでも鋭い眼光に宿した不撓不屈の意思が青眼の悪魔を貫いていた。

 

 

「お、おい大丈夫かHiDe?!」

 

「ワ、ワタシはHiDeという少年などではない。鋼鉄戦士アイアンソウルと呼んでくれ」

 

「‥‥おぅ、そうか。で、大丈夫か?」

 

「問題、ない。ひとたび戦いを始めたならば、正義は決して負けはしないのだッ!」

 

 

 フラつきながらも立ち上がり、両手を大きく横に突き出した構えをとるアイアンソウル。誰かを護るための背中は強いと聞くが、強いかどうかはさておき、その背中はとても大きく見える。

 チラリと横目で扉の方を見れば、最後の軍のメンバーを今まさに連れて行こうとしているところ。既に役目を終えたのだろうキリトとアスナが急いでこちらの援護をしようと駆けて来ていた。

 ここにいるコーバッツを連れて全員で逃げ去れば、脱出は可能。もちろん急がなければ。気は当然のように焦る。

 

 

「君は、コーバッツ君というのか」

 

「あ、あぁ。私はアインクラッド解放軍のコーバッツ中佐だ」

 

「そうか。皆のため、正義のために己を顧みず戦う良き戦士だ。その勇気、このアイアンソウルが認めよう。素晴らしい覚悟だ」

 

「‥‥ッ?!」

 

 

 ボロボロなままで、アイアンソウルは背中越しにコーバッツへ話しかける。消耗した状態で、安全マージンが十分にとれていない状態での奮戦だ。確かにそれだけ見れば賞賛に値することだろう。

 しかしこの世界、死んでしまっては意味がないのだ。どうして嗾けるようなことを言うのか。憤りを覚えたクラインが口を開く。

 

 

「おいアイアンソウルさんよ、もう部隊の脱出は済んだ。あとはこのコーバッツの野郎と俺たちだけだぜ。とっとと退散しようや」

 

「だめだ」

 

「‥‥はぁ?!」

 

「ワタシは奴を倒す。君達は先に撤退するのだ」

 

「バッ‥‥馬鹿野郎! お前まで何考えてやがんだ! コーバッツもお前もボロボロじゃねえか! ボス攻略なんて戦力まとめて次回また来ればいいだろッ!!」

 

「だめだ。悪が目の前にいるというのに、正義が背中を見せてはいけない」

 

 

 思わず、絶句する。たった数分の戦闘でそんなに満身創痍と化した姿で言えるセリフでは決してない。

 そこにあるのは狂気なのか、はたして信じ難いことに、燃えたぎるような決意と闘志、そして理性の光であった。ただ彼自身の理性と論理と決意を以って、死地へとすすんで足を踏み入れようとしている。

 ゲームであっても遊びではないこの世界。死はポリゴン片のエフェクトで酷くあっさりと表現されるが、当然のように死者が蘇ることはない。

 勇気。努力。覚悟。そんなもので勝利が得られるのは物語の世界の中だけだ。システムによって支配されたこの世界はある意味では現実よりも残酷で、いくら雄叫びを上げたところで奇跡など存在しないのだ。

 最前線へと足を踏み入れる人間ならば、誰もが理解しているはずの絶対の真理。それでもなお、それを由として鋼鉄の戦士は一歩踏み出した。

 

 

「正義の名を口にして戦いを始めたが最後、もはや彼はコーバッツという名前の人間ではなく、ワタシもまた一人のプレイヤーではない。我ら、既に正義の化身。そしてクライン君、正義とは背中を見せないものなのだ。

 なぁクライン君。正義を口にするというのは、それほどまでに重いことなのだ。絶望を砕くため、勇気を守るための戦士が保身のために退いては、誰が正義を信じることなど出来るだろうか。

 ワタシは絶対に、それを許すことなどできない。誰でも死は恐ろしい。それでもワタシはそれ以上に、この世界に正義の炎が消えてしまうことの方が恐ろしいのだ」

 

 

 大義名分に殉じて死ぬことに愉悦を感じる者は多い。そして其れは逃げだ。いわゆる諦め、自暴自棄。思考と努力の放棄だ。美徳で嘘を塗り固める恥ずべき行為だ。

 だが彼には自棄の悦びを感じない。彼が大事にしているのは結果として訪れる死への恐怖を忘却するための陶酔ではなく、その過程にして根本の信念そのものだった。

 “正義を守る”という行為。結果を守るために過程を捏造するのではなく、過程を守るためにあらゆる結果を由とする。故にそれを人は覚悟と呼ぶ。

 

 このデスゲームに強制的に囚われて、人々は何を思ったことだろう。ただ生き残りたい、死にたくない。それが最初にして根源の願いだったはずだ。

 勇気を奮い起こして立ち上がった者。恐怖に震え、怯えて動けない者。未だ現実感が湧かないままに生きる者。未だ生き残る数千人のプレイヤー達は、今は何を考えて過ごしているのだろう。

 ‥‥抗い続ける者に、ゲームの中という現実を受け入れて当たり前のように日々を過ごす者もいる。彼らは現実を受け入れているように見えて、その実、逃避の現れだ。

 誰も責めることのできない逃避。逃避とは概ね利己的な理由から齎されるもので、究極的に言えば彼らは利己的にしか動けない。表面的には互いを思いやれていても、心の奥底では自らの死に怯えている。こんな世界で、自分はいつか死んでしまうのではないかと。

 他者を思いやる気持ちも、助け合う絆も、そのままでは死の恐怖の前にかき消されてしまうだろう。希望は消え失せ、勇気は挫ける。特に中層、下層のプレイヤーは日々を不安なままに過ごしていた。

 だからこそ必要なのだ。正義、人道、慈愛、公平、勇気、希望。現実世界では当たり前のように皆が持てていた当たり前の、そして素晴らしいことを体現するヒーローが。

 ソイツを見るたびに正義とは、勇気とはなんだったのかを思い出す。そんなヒーローが。

 誰かを守れなくてもいい。自分一人の守れる者には限界がある。だからこそ、せめて正義を守るヒーローになりたい。

 

 

「‥‥お前は」

 

「さぁクライン君、コーバッツ中佐。ぐずぐずしていては君達まで退路が無くなる。ここはワタシに任せて、先に行けッ!!」

 

 

 隣のコーバッツは涙を流していた。或いは彼も、いや、当然のように正義の味方になりたかった。軍とは斯く在るべきだった。いつか思い出せなくなってしまっていた信念が、そこには確かに人の姿をして雄々しく立っていた。

 どれほどまでに孤独で、どれほどまでに尊く、そしてどれほどまでに愚かしいことだろう。きっと誰もが認められない。おそらくはきっと、自分にも。

 けれどきっと俺は、コイツを嘲笑う奴を決して許せない。そんなバカだと、クラインは呆れたように笑った。あぁそうか、リズベットがこういう笑みを浮かべていたのは、そういうことだったのかと得心しながら。

 

 

「正義と勇気の化身、鋼鉄戦士アイアンソウル此処に在りッ! この拳、砕けるものなら砕いてみせろォ―――ッ!!」

 

 

 満身創痍の身体に火を灯し、鉄のハートは地を駆ける。ボロボロだというのに速度は今までと寸分変わらず、むしろ速くなってさえいた。

 握り締める拳は固く、地を蹴る足は力強く。彼は決して諦めてなどいない。ヒーローはどんなに疲れ果て傷ついていても、必勝の意志を、不倒不屈の精神を宿して悪に立ち向かうのだ。

 

 

「雄々雄々雄々雄々―――ッ!」

 

 

 横薙ぎに振るわれた大剣を、空中で回転することで回避。稲妻のような速さで襲ってくる切り替えしの振り下ろしを、更に横っ飛びに自ら身を投げることで続けて回避。

 彼の使う技の多くはノックバックの効果があるものが多い反面、威力自体は普通のソードスキルに比べて若干ながら劣る。残念なことに体術スキルは優遇されているとは言い難い。

 故に狙うのは手数によってジワジワと削り取って行く戦いか、或いは大きな隙を生み、システム上のウィークポイントを見極めて大技を叩き込む必勝の策。彼は特に後者の戦い方が変態的に得意だった。

 幸いにして軍の猛攻によりボスのHPゲージは残り一つ。そして先程までの戦いでジワリジワリと削れている。ならば、渾身の力を込めて叩き込めば、勝てない相手では決してない。

 

 

「今だ! アイアン・スラッシュ!!」

 

「■■ォ■■■ォ■■ォ―――ッ!!!」

 

「そこだ、喰らえ! アイアン・ブレェイクッ!!」

 

 

 振り下ろした大剣を地面から引き抜く前に、鋭い手刀で剣を握る手首を切り裂き、怯んだ隙に決める膝の横を狙った体当たり。

 この世界の魔物達は存在からして現実の通りに動かないが、システムによって制御された物理エンジンの影響下にある。そして彼ら自身の体躯や純粋な動き方はさておき、諸々の要素によって左右される動き自体は、現実のそれに酷似していた。

 ソードスキルではないとはいえ、体重の乗った脚の膝に強烈な衝撃を喰らえばバランスを崩す。現実世界云々ではなく、それは只の常識だ。グラリとよろめいた悪魔の脇へと潜り込み、仮面の隙間から覗く瞳が一際強く光り輝く。

 

 

 

「悪に染まった魂を、この閃光で貫き穿つ! 必ッ殺! アイアン・エンブレイサァァアアア!!!」

 

「■ァ■■ァ■ァ―――ッ?!」

 

  

 黄金色に光り輝く右掌。まるで槍のように固められた手刀が、唸りを上げて青眼の悪魔の無防備になった脇腹へと突き刺さる。

 モンスターに設定されている弱点、ウィークポイント。特に首や心臓などは非常に分かりやすい例だが、他にも臓器などが近いと思われる部分、皮膚や毛皮や鱗が薄い部分などはダメージが通りやすい。

 人型のモンスターならば、概ね急所の場所は人間と似通っているものだ。そして彼の変態的な見切りは的確にザ・グリーム・アイズの急所を貫き通していた。

 

 

「やった、か‥‥?」

 

 

 エンブレイサー。接近状態で用いる、体術スキルの中でも非常に攻撃力の高いスキルだ。この状況で出せるソードスキルでは最も威力の高い技である。これならば、或いはトドメを刺せたか。

 そう思って残心のままに貫通ダメージを与え、様子を伺った瞬間。

 

 

「―――■ォ■■ォ■ォ■■■ァッ!!」

 

「ぐ―――ッ!!」

 

 

 吹き荒ぶ嵐。一瞬硬直していた輝く瞳が懐に入り込んだ羽虫を睨みつけ、その膝で以て強烈な打撃を加える。

 基本的にやたらめったら隙の少ない彼の技の中でも、例外である“決め技”の技後硬直は避けられない。ガードも間に合わず、無防備なままに鈍器の直撃を受けたアイアンソウルは見事な放物線を描いて吹き飛んだ。

 

 

「■■ァ■ァ■ァ―――ッ!!」

 

 

 受け身もまともに許されず地面に叩きつけられる身体。そして其処に迫る、巨大な剣。

 どうやらこのボスに備えられたAIにはいたぶるという発想がないらしい。どこまでも残酷に、どこまでも的確に、隙を見せた敵は一切の情なく粉砕するのみ。

 ペインアブソーバーによって実際の痛みは感じないが、よくできたもので体は衝撃によって動けない。HPは残り僅か。そして彼は信条として回復アイテムを持ち合わせていない。

 だが、諦めるものか。決して挫けず、最後まで諦めないからこその

正義のヒーロー。まるで眼光だけで敵を射殺せるのだと言わんばかりに睨みつけた瞳に、刃が迫った時だった。

 

 

「―――ッ?!」

 

 

 閃光、二振り。*の字を描くかのように、一直線に迫っていた暴風と交差する二筋の烈風。

 正に両断されようとしていたアイアンソウルの前を遮るかのように二人の影が大剣を防いでいた。赤い胴とバンダナを纏った無精髭の男の刀に、無骨で厳めしい鎧に身を包んだ男の剣、そして盾。

 共に諦めのような、呆れのような、あるいは爽快な笑みを浮かべて圧倒的な膂力の前に立ち塞がっている。二人の力を合わせて、とはいえ悪魔の大剣と膂力は恐ろしく重くて強い。一瞬でも気を抜けば三人まとめてたたきつぶされてしまいそうな重圧の中で、しかしクラインもコーバッツも一歩たりとて退くつもりはなかった。

 

 

「クライン君! コーバッツ中佐!」

 

「おいおいさっきから連呼されてるけどよ、お前に名前教えたか?」

 

「何故戻ってきたのだ!」

 

「へっ、ありふれた台詞だけどよぉ、オメェ一人にカッコイイ真似させて堪るかってんだ!」

 

「アインクラッド解放軍に、撤退の二文字はないのだ! 我々がここで引き下がっては、誰がはじまりの街で救いを待っている皆に希望を届けられるというのだ!」

 

「‥‥ホント、懲りねぇ野郎だなコイツは。ま、さっきのザマに比べりゃマシだけどよ」

 

「口が過ぎるぞ攻略組! 私を侮辱するかッ!」

 

「別に、そんなことはねぇけど‥‥なッ!」

 

「ふんッ!」

 

 

 一人でも、二人でも、三人でも対峙するには足りない強大な敵。そのまま逃げれば逃げ切れたことだろう死地に、敢えて飛び込んだ二人の戦士。当然のように二人の存在を忘れて戦い始めていたアイアンソウルは、まるで咎めるような声を上げる。

 キリトは盾を持った戦士が十人は必要だと評した。“黒の剣士”キリトと“閃光の”アスナを以てして、その行動パターンや攻撃手段を見極めることを放棄しての逃走を選択させた。或いは瀕死のHPだろうとステータスは常よりも上昇し、怯むようすもない青眼の悪魔に、たった三人ぽっちで何になろう。

 しかし二人は戻ってきた。もしや意地だったのか、例えそうでも立ち塞がったことだけは本当のことだ。戻ろうと思ったこと自体は本当の気持ちだ。この気持ちがいいぐらいの阿呆を殺しちゃいけない。この正義の男を見捨ててはいけない。

 ただただそんな思いに突き動かされて、二人は気合い一喝、受け止めた大剣を弾き飛ばす。筋力値はそれほどでもない二人では盛大に吹き飛ばす効果などないが、今は少しだけ隙をつくるだけで十分。

 なぜならば―――

 

 

「おおおおおおッ!!」

 

「せやぁぁぁあッ!!」

 

 

 渾身の力を以て剣を振るった二人の更に横から飛び出す、もう二つの影。疾駆し、大きく跳躍した影は光り輝く剣の連撃で今度こそ獣の巨体を大きく広間の端まで吹き飛ばす。

 黒と白の流星と閃光。顔を見合わせ、微笑み、起き上がろうとする悪魔を睨みつけた。先程までの軍の猛攻とアイアンソウルの孤軍奮闘で、最後のHPバーも半分を残すのみ。だが、その半分が何故だろうか果てしなく遠い。

 今の二人の攻撃、そしてアイアンソウルの必殺技(?)『アイアン・エンブレイサー』。それらを以てしてもHPの削れ方は僅かだった。

 HPバーが残り一つ、或いはそのバーが警告域たる赤色になると多くのボスは今までとは異なる行動パターンを執ることがある。俗に“発狂状態”とも言われるが、このボスは行動パターンのみならず、ステータスまでも変わるのだろうか。

 

 

「おいおい大丈夫か正義のヒーロー?」

 

「無茶しないでよね。君に何かあったらリズが哀しむじゃない」

 

 

 剣を構える四人の背中に、何が見えたのだろうか。鋭い眼光のみを見せていたヘルメットのスリットが、ぱちくりと瞬きする。

 まるで意外なものを見たのだろうか、もしかしてそれが凄く嬉しかったのだろうか。ゆっくりと俯いて何かを思うアイアンソウルの腕をとる、旧知の仲の少女が一人。

 

 

「―――ほら、なにボーッとしてんのよ。倒すんでしょ、あのデカブツをさ」

 

「リズ」

 

「何よ、“リズベット君”じゃないの? こういう見せ場で素に戻ってちゃカッコ悪いじゃない。せっかくあたしが精魂込めて作ったコンバットスーツが泣いちゃうわ」

 

 

 ニカッ、と意地悪く笑って腕をとった手に力を込める。よろめきながらもなんとか立ち上がったアイアンソウルに、アイテムストレージの中からポーションを取りだして手渡した。

 結晶無効化空間では転移結晶や解毒結晶をはじめ、当然のように回復結晶も使えない。そしてポーションは回復に要する時間が長く激化した戦闘の中では使いづらい。このように仲間がフォローしてくれる状況でなければ体力の回復は出来ないのだ。

 一瞬不満そうな動きを見せたアイアンソウルだが、すさまじい形相のリズベットに促されて仕方なくポーションを煽る。当然ヘルメットの隙間に流し込む形になるからバシャバシャ零れているが、それ自体は回復量にあまり影響はない。

 上層のプレイヤー達が愛用しているハイポーションの回復量はかなりのものだ。瀕死だったHPもたちまち緑色に戻る。

 

 

「あんた一人で気張るのも別にいいけどさ、別に全部の人間があんたに頼らなきゃいけないわけじゃない。あんたがそんなに頑張るなら助けたい、力になりたいって思う連中がこれだけいるじゃないの。

 さぁ、やるわよ。さっさと片付けて、仕事手伝ってもらうんだからッ!」

 

 

 メイスを構える相棒の背中を見て、だらりと下げられていた拳に力が入る。よろめいていた脚を踏みしめる。

 戸惑いの光は覚悟と自信の光に。絶望を砕く拳を上に、希望を運ぶ足を前に。肩を並べる友は今こそ共に。

 一筋だった正義の光はその灯火を増やし、悪を砕く輝爍の灯架と成る。どんなにか細い火も炎と化せば何もかもを飲み込むは道理。なによりこれだけの火が揃えば、それは乃ち劫火である。ならば如何に凶悪な焔とて、飲み込めぬことがあるものか。

 

 

「‥‥そうだ、その通りだ。正義は決して立ち止まらないッ!」

 

 

 一直線に並ぶ六つの背中。てんでばらばらな恰好と色の其れらは、眼前に立ちはだかる悪魔の巨体に比べれば如何に小さい後ろ姿だろう。

 けれど力強いその立ち様に見える闘気は、欠片も劣ってはいない。むしろ青眼の悪魔の凶悪な障気を飲み込み散らすかの如く立ち上る気炎は遥かに巨大であった。

 

 

「征くぞ諸君! 『鋼鉄戦隊アイアンⅤ』此処に在りッ!!」

 

「一人多いわよッ!」

 

「どんな戦隊ヒーローにもお助けキャラはいるものだ! そうだろう鋼鉄将軍!」

 

「わ、私が将軍かッ?!」

 

「いざ参る! うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 駆け出す仮面の戦士に続く五人の(つわもの)達。

 其れに対するは青眼獣顔、凶悪無比にして暴虐無類なる怪物。

 鋼鉄の城に生きる人々の自由と解放、勇気と希望を護るための戦いが、今ここに再び始まろうとしていたのであった。

 

 

 

 

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