お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』 作:冬霞@ハーメルン
意外な人物がレギュラーとして登場しておりますが、台詞回しが難しくて困りました。
アニメ版の、穏やかでゆっくりとした喋り方をご想像しながらお読み下さいませ。
静かな森に、硬質な物同士が激しくぶつかり合う音が響き渡る。鬱蒼と茂った気の滅入る森には常日頃から人気がなく、普段ならば物音ひとつしないような場所であったが、今日この時に限っては例外であった。
まるで自身の縄張りに踏み込んだ愚か者に制裁を下すかのように、森は活発に蠢いている。数多の怪物が次々と生まれ、何の変哲もない茂みですら侵入者への敵意を表してザワザワと唸り声をあげる。
身の回り全てから悪意と憎悪を向けられた敵地の真っ只中で、二人の戦士が戦いを続けていた。
「ほっ! はっ! そいやァっ!!」
少し開けた、広場のような草むら。そこで体長三メートル近いモンスターと戦う、槍を構えた初老の男性。
豪腕を振るう怪物の攻撃を構えた槍ごとクルクルと舞うように躱し、隙間を縫って鋭い突きや斬り払いでダメージを与えていく。舞うように、とは言ったが決して流麗ではなく、どちらかといえばその動きはコミカルだった。
「今だ、ヒデオ! スイッチ!」
「はい父さんッ!」
その小太りの、眼光鋭くも人の良さそうな男性が放った合図の声に、小柄な少年が応えて素早く立ち位置を入れ替える。
男性が構えていた槍は軽やかに目の前に立つ正体不明な六本足の獣の四足を掠め、隙を作っていた。そして技を放った自身の隙は、後ろで控えていた息子がカバーしてくれる。
「はいぃぃやぁぁああ!!」
「■ァ―――ッ?!!」
片手に持った短めの剣が光り、獣の腹を的確に抉る。パリィン、というポリゴンが砕け散る小気味のいい音を背中で聞きながら、甘んじて受け入れる残心のような技後の硬直。
片手用の曲剣の基本中の基本中スキルである〈リーパー〉は、僅かに残っていた敵のHPをドット一つ残さず削り取った。
「お疲れ様、ヒデオ。また腕を上げたな?」
「父さんこそ、すごい気迫だったよ。最近また随分と生き生きしてきたね」
「ハッハッハ! まぁ今更思い悩んでも仕方が無いからなぁ。今はしっかり戦って、日々の糧を稼がんと」
戦闘を終え、それ以上モンスターが
頭には頭巾のような帽子を被り、ゆったりとした着物にも似た長衣の上には胴と腿を守る鎧。身を守る装備はそれだけで、穂先の根元に緋色の房飾りがついた長槍を手に持っている。
かなり恰幅が良く、驚くべきことに見た限りでは若く見積もっても五十近い。歳もそれなりのものだが先ほどの戦闘で見せた動きは軽快で、危うい場面も多いもののしっかりと様になっていた。もちろん危うい場面は隣で戦うパートナーにして息子がカバーしてくれるという信頼があるので、互いに互いを補い安心して戦うことが出来ている。
この世界の中では非常に珍しい親子連れ。しかも白髪の父と小柄な息子というチグハグな組み合わせは、他に動く者のいない森の中でもやけに目立った。
「それと父さん。ボクの名前はヒデオじゃなくて
「十数年もそう呼んどるのだぞ、そうそう呼び方は変えられんわい。それに同じ理屈だと、お前も私のことは“ニシダ”と呼ばなきゃいかんのじゃないかね?」
「‥‥父さんは、父さんだよ。それに“ニシダ”だとボクも一緒じゃないか。プレイヤーネームが安直過ぎるんだよ父さんは」
「仕方がなかろう。‥‥元々、少しプレイしたら止めてしまうつもりだったのだからな」
「‥‥‥‥」
暫し無言で、モンスターがドロップしたアイテムや報酬の
この森には獣と人を半分にして足し合わせたようなモンスターが多く、ドロップするアイテムの多くは毛皮や牙や爪のような素材アイテムばかり。あるいは武器を扱うような怪物だったならその武器もドロップしたことだろうが、残念なことに生息している連中は二足歩行の利点を全く活用できていない。
元々経験値稼ぎ、レベリングのために来ているとはいえ、しょっぱい収入であった。
「ポーションにもまだ余裕はあるし、もう少しだけ経験値稼いでおく? 新しい武器に変えるなら今よりも要求値が大きくて性能の良いものにしておきたいし」
「お前に任せるよ。フルダイブの体感型ゲームだから私もこうやってプレイ出来ているが、そもそもゲームのことは全くの門外漢だ。お前のやりたいようにやりなさい」
「‥‥そう、か。そうだよね。うん、じゃあもう少し奥まで行って、戻ろう。帰り道もモンスターがホップするだろうから、それで丁度いいと思う」
武器の耐久値も、体力も問題ない。俗に言う安全マージンと言うやつは十分にとっている。もっとも二人ぽっちのパーティだから対応できない数の複数ホップなど不安要素も多いが、回復アイテムの残り具合から見て、もう何戦かは出来るだろう。
安全な街から出てモンスターと戦うことは、思ったよりも精神に負担をかける行為だ。特に行きと帰りは過酷で、何度か潜ったら一日の休憩をとるというペースでないと耐えられなかった。
だからこそ、一度戦いを始めたら無理をしない程度に長く効率よく狩っておきたい。ちょうど今までのペースならば明日は休日だから、いつもより余計に稼いで美味しいものでも食べに行きたいものだ。
‥‥もっともNPCが作る料理は味が大雑把でとても美味しいと称せるものではなく、彼も父親も料理スキルを会得していないから自前で料理を作ることも叶わないのだが。
「しかし安全な町の中から外に出ると緊張するな。索敵スキル、だったか。入れておけばよかったか」
「スキルスロットは数が限られてるから、あまり迂闊にスキルを入れるわけにはいかないよ。まぁこうなるって分かったんだから、次のスロットには索敵スキルを入れておきたいところではあるけど。
‥‥父さんみたいに、真っ先に釣りスキルを入れる人は珍しいと思うけどね」
「あのときはこんなことになるとは思わんかったのだ。すぐにやめてしまうつもりだったのだから、趣味に走っても仕方なかろう。‥‥ゲームの世界の中での釣りとやらがどんなものか、興味もあったしなぁ」
レベル1で空いているスキルスロットは二つ。ここに戦闘系スキルや補助系スキル、生産系スキルやその他のスキルを選ばなければいけない。
スキルと一口に言っても種類は多い。戦闘系スキルに限っても、片手剣を始めとして両手剣や盾装備、武器防御に短剣や槍など武器の種類だけスキルはあるといっても過言ではない。というか、スキルを当てはめないと武器は満足に振るえないのだ。
ならばスキルは慎重に選ぶ必要があるのは当然で、もちろんHiDeは慎重に片手剣と投擲のスキルを選択した。彼はこういうゲームに慣れているわけではなかったが、慎重に物事を進めるところがある。SAOがプレイ出来ることが決まった時から、βテスター達も集う掲示板などで最低限の情報は集めていた。
もちろん覚えていられる情報量など多くはなかったから、出現モンスターやアイテムの所在などについて詳細を知っているわけではない。しかし最初のスキル選択などはキャラメイクの醍醐味である。ゲームを始める前から吟味は十分だ。
しかし一方の男性、ニシダにしてみればそんなことは当然でもなんでもない。彼はゲーム自体の内容に関する予備知識は一切持たずにプレイしている。というより、先程からの言葉通り、彼は自分の仕事の成果を確かめたらすぐにナーヴギアごと誰かにゲームを譲ってしまうつもりだったのだ。
プレイヤーネーム『ニシダ』。彼はプレイヤーネーム『HiDe』‥‥仁志田秀雄の実父であり、東都高速線という会社の保安部長をしていた。
東都高速線は日本でも有数のネットワーク運営企業だ。今回そこの保安部の部長であった彼は自分の部署が担当していたSAOのネットワークセキュリティの成果を確かめるためにプレイヤーとなったのである。生まれてこの方、ゲームなんてボードゲームかトランプぐらいしかしたことがないというのに。
もちろん、どう考えても仕事の範囲を逸脱している。手に入れたナーヴギアは会社のツテだが、ダイブは私事ということで余暇を利用して行っていた。ついでにかねてからフルダイブ、完全体感型VRMMOというジャンルに興味を示してやまなかった息子の分まで、無理を言って入手して。
「‥‥父さんは、やっぱり後悔してる?」
「うん?」
「ボクがSAOの話を聞いて、どうしてもやってみたいって言わなかったらさ、もしかしたら父さんも此処に来ることがなかったんじゃないか。
ボクが街の外に出て、もっと先の世界を見に行こうって言わなかったら、安全な〈はじまりの街〉で助けを待っていられたんじゃないか。そう、思うんだ」
「‥‥‥‥」
このゲームの設計者にしてGM、茅場晶彦によってSAOがデスゲームとしてのチュートリアルを終えた時。多くのプレイヤー達は恐慌状態になり、あるいはその真実を信じようとしなかった。
ニシダは冷静に事態の真偽を確かめ、大人の義務を果たそうとした少数派であったが、残念ながら彼にはこの手のゲームの知識が殆どと言っていいほどにない。ネットワーク・電気関係技術者としての知識はあっても、一介のプレイヤーに過ぎない彼には当然ながらシステムにアクセスする権限もない。
そんな状態で彼に出来るのは息子と相談して、自分たちの進退を決めることしかなかった。
最初ニシダが主張したのは、安全な〈はじまりの街〉で救援を待つというものである。彼としては茅場の言を全て信用するのは非現実的だと思っていたし、仲間達の技術力を以てすれば程なく外部からの助けが来るだろうとも思っていたので、ある意味とても現実的で安全な策だろう。
だがそれに反して、息子のHiDeは街を出て、攻略とまでは行かずとも真っ当にゲームをプレイしたがった。
予習によれば同じフィールドにたくさんのプレイヤーがいることは、MMOのリソースを奪い合うことに繋がる。初心者の彼では大雑把に資源の奪い合いはジリ貧であるというぐらいの認識しか持てなかったが、とにかく自分たちが生活するのに金が必要なのは事実であり、それを手に入れるための一番分かりやすい手段は戦闘であることだろうという判断で、確かにそれも当然なのである。
そして父親の冷静さに恐怖を鎮められた彼もまた冷静で、もし外部からの救援が来なかった場合、引きこもり続けていることは同じく危険であるとの主張があった。
先程も言及したが、このゲームには空腹という概念が存在する。死にはしないが人間は基本的に飢えを忌避するものだ。とてもじゃないが飲まず食わずではまともな精神を意地できない。また、他にも人間が生活するための様々な要素がシステムに組み込まれたこの世界では、長期戦となると金がかかる。
下手をすれば数ヶ月は此処に閉じこめられることになるかもしれない。とても茅場の言うとおりにゲームクリアを目的に最前線へと飛び込むことは不安であるが、そうでなくともゲームのシステムに従って攻略していくことは、真っ当な生き残り方ではないかと思ったのだ。
結果として互いに終始冷静なままに、ニシダは息子の提案を飲むことにした。あるいは息子を放っておけないという、親としての責務を感じたのかもしれない。一人残した妻への責務は、このゲームの中では果たせない。ならばせめて息子は護らなければと、ニシダはそういう男であった。
はじまりの街を出た直後の戦闘と野営で、まさかの釣りスキルを選択していた父親に驚愕と悲鳴の混じった絶叫をあげる息子というおもしろい光景が広がっていたのはまた余談であるが。
「‥‥それは、お互いに納得して出した答のはずだ。なぁそうだろう、ヒデオ」
「でも父さん!」
「黙らっしゃい。こういう時の責任は親がとるものだ。子どもが思い悩むことじゃあない。まぁ、失敗すれば命を失うこの世界で責任も何もないかもしれんがね」
項垂れるHiDeの頭を小気味良い音をさせながら叩き、ニシダは穏やかに笑う。
あるいは彼も息子がいなければ、ずっと〈はじまりの街〉で過ごしていたかもしれない。近くのフィールドならばモンスターも弱いし、釣りスキルで魚を釣れば日々の糧にもそう困るまい。何より不慮の事態はさておき、正真正銘の安全である。
だけどまぁそうやっていたであろう者も自分で、こうやって息子と共に戦っているのもまた自分である。危ないことばかりだが、まぁ悪くない。何より息子の成長を間近で見ることが出来る。ヒヤヒヤこそするが、後悔するわけがあるはずない。
「お前こそ、足手まといがいて不満じゃあないのか?」
「いや、父さん強いし。ボクもビックリするぐらい強いし」
「何を言うかね。お前は別に武術やってたわけでも喧嘩強かったわけでもなんでもなかろう。もちろん私も喧嘩だってしたことがない」
「でも父親の方が適応力高いって結構おかしくない? 世間一般的に、考えてさ」
「‥‥まぁ、それはそうかもしれんが」
「さっき生き生きしてるって言ったけどさ、本当にその通りだよ父さん。なんていうか、本当に」
ヒュンヒュンと曲芸のように槍を振りまわす老境の父親を見ながら、呆れたようにHiDeは溜息をついた。実際この人の良い親父は昔から自分の仕事に誇りを持ち、家庭も大事にするこれ以上ない良き父親であったが、ある意味でそれらの
間合いの違いもあるが、モンスター相手に無難に立ち回る動きなどは自分よりも様になっている。下手すると、いや、下手しなくても自分よりも強い。ステータスとかでなく、こればかりはセンスの問題なのだろう。
「まぁ今を懸命に生きることは、何処にいても変わらない人生の原則だ。それさえ忘れなければ、何処にいたって大丈夫だよ」
「‥‥そんなものかな。実感湧かないけれど、父さんがそういうならそうなんだろうね」
「そうなんだよ。あぁ、その通りなんだよ」
鬱蒼と繁る木々の隙間、不自然に広い獣道を通っていく。現実ではありえない道だが、ゲームなのだから仕方がない。これが本当の獣が通るぐらいに狭かったらとても戦闘など出来やしない。
草むらにはたまに木の実などのアイテムが落ちていて、囓れば腹は満たされHPは回復し、街に持っていけばNPCがそれなりの値段で買い取ってくれる。薬剤スキルを手に入れれば薬の材料としても使えるのだが、当然ながら二人はそんなスキルなど習得していなかった。
SAOにおけるスキルは非常に複雑な出現条件や熟練条件があって、デスゲームの最中という状況ではリスクを犯して出現条件を潰していくという行為は出来ないために情報は不足している。薬剤スキルにしても初期スキルではなく、そもそも初期スキルは膨大ながらも僅かで、何をどうすれば上位スキルが出るのかは序盤の今では当然ながら判明していない。
真っ先に釣りスキルを突っ込むニシダも相当の変人だろうが、特に攻略組や最前線に近い場所で活動するプレイヤー達は支援系スキルなどに疎かった。
「‥‥話は変わるけど、どうにもモンスターの
「ふむ、何か法則でもあったかね?」
「確かプレイヤーごとに湧く確率が定められてるわけじゃない。例えば前にダンジョンを進んだパーティがモンスターを狩り尽くした後とかは湧きにくいって聞いたことがある」
「‥‥つまりあれかね、この先に誰かプレイヤーがいる可能性が高いと?」
「まぁボクの知ってる限りだと、そうなるかも。でも父さん、もしかしたら何かイベントが起こってるっていう可能性もあるよ。油断しないようにしないと」
「そうだな。ここまで来て死んでしまってはカアさんに申し訳が立たん」
MMOにおけるリソースの奪い合いは、モンスターの湧きにも影響する。モンスターが湧かなければいいことじゃないか、というのはファンタジー世界の住人の意見で、レベル上げにモンスターの屠殺が必要不可欠なMMOでは倒すべきモンスターがいなくなるというのは資源の枯渇に近い概念だ。
つまりHiDeが言っていた通り、同じダンジョンの一つの場所に一定時間に湧くモンスターの数には決まりがあるのだ。この法則によって、同時に一つの狩り場での複数パーティのレベル上げは原則として行われない。
故にセオリーで言うならば、自分たちが来る少し前にこの迷宮区に入ったパーティがいて、彼らに追いついてしまったというのが真っ当な判断だろう。自分たちが迷宮区に入った時の湧き方は普通だったのだから。
もっとも例外は存在する。例えば何かイベントが起きていた場合で、二人は最もこれを警戒していた。
基本的にイベントというのは何某かのフラグを立てて、情報を十分に収集した上で、万全の準備をして臨むものである。このゲームが当初の宣伝通りに普通のVRMMOだったのならば話は別だっただろうが、デスゲームと化した今では情報のないままに命はかけられない。
こういうイベントで特に多いのは、特別なイベントモンスター‥‥乃ちイベントボスがホップする場合である。そしてそういうモンスターは基本的にやたらめったら強い。フロアボス程ではなくても、同じように準備なしでは当たりたくない相手であった。
「ふぅむ。転移結晶と言ったか、緊急脱出用のアイテムを準備していた方がいいかね?」
「多分ね。念のため持っておいてよかったよ。バカ高いけど、命には替えられないし‥‥」
アイテムストレージを操作して、選択しやすい上の方の欄に転移結晶を移動させる。使用頻度で言うならポーションや解毒結晶の類の方が上だろうから、その辺りは二人の好みで。
転移結晶は非常に高価だが、序盤から既に多くのプレイヤーが最低でも一つは所持するようにしていた。緊急脱出用としては基本的にこれしか手段がなく、何より命が惜しいプレイヤー達の間ではピンチになったら迷わず使うのが常識になっている。
もちろん二人も例に及ばず、一つずつ転移結晶を用意していた。この数ヶ月の間で多くのプレイヤーがアインクラッドからも現実世界からもログアウトしたが、その多くがソロや少人数プレイでの死亡である。たった二人で攻略を進めるニシダとHiDeも、必要以上に備えておいておかなければならないと考えていたのだ。
「‥‥? 父さん、今」
「うむ、何か聞こえたな。この道の先のようだが‥‥」
システムで定められた可聴範囲ギリギリの、それこそ集中していなければ分からないだろう大きさの音を聞き分けてHiDeが立ち止まる。
延々と続いて行く道の先は、もう正午も随分と過ぎてしまったからか日差しが陰ってしまっていた。この角度だと丁度、森の中まで太陽の光が入ってこないのだろう。
「さてどうしたものか。アイテムは十分だったかな?」
「転移結晶もあるし、バカみたいな無茶をしなきゃ大丈夫だとは思うけど‥‥。この先は今までも行ったことがないよ。何が起こるか分からないし、もしかしたら常にイベントが起こるフィールドかもしれない」
「ふぅむ、人の声に聞こえたのだがなぁ。何か問題が起こっているかもしれん。助けを求めている可能性もあるの」
「ボクら二人だけなら転移結晶もあるし、ボスモンスターでも逃げ切るぐらいはなんとかなるかも。‥‥行く?」
ダンジョン、迷宮区は概ね非常に広大だが、その中はそれなりに特徴ある作りになっている。
例を挙げると、迷宮区の中にも安全域が設定されている場所がある場合もあるのだが、そういう時は安全域の表示以外にも、わかりやすく普通の道や広間とは少し違う雰囲気になっていることが多い。例えばこの森の中だと、小さな池の畔に大樹が生え、その木陰に倒木で出来たベンチがある広間などだ。
そして同じように、何かイベントがある場所も“それらしく”雰囲気が出ているものだ。一番わかりやすいのは、目の前に広がる先の見えない暗い道である。
この手の通路の先はモンスターの巣があったり、別のフィールドに繋がっていることが多い。あるいはトレジャーボックスがある小部屋のような場所であることもあるから、一概に危険であるとも判断出来ない。しかし、覚悟が必要であることには違いはなかった。
「‥‥何があるかは分からないが、行こうじゃないか。危険かもしれんが、年甲斐もなくワクワクするのう」
「やる気があるのはいいことだろうけど父さん、くれぐれも―――」
「分かっとる。安全第一、撤退優先。そうだろう?」
少し狭くなった道を、草をかき分けて進む。槍使いのニシダが前衛を、そのカバーをHiDeがやるというパーティ編成の都合上、先を行くのは父親の方だった。
彼が数ある武器の中から槍を選んだのは単純に普段から振り慣れている釣竿に握り心地が似ているというだけの理由であるが、今こうして先頭を進んでいるのは、どちらかというと息子を危険な目に遭わせてはいけないという義務感もある。
バックアタックやレイドアタックといった特殊な
「この森で何かイベントが起こるという情報は?」
「今のところ、ないよ。でもボクの知らないところで情報は流れてるかもしれない。ボクはあまり情報屋と繋ぎはとってないし、父さんもあまり人付き合いしないし」
「まぁ“あの時”に見たところ私と同じ年頃の者は何人かおったが、みんな〈はじまりの街〉に引き篭もってるんだろうて。そうなるとなぁ、若いモンとは話が上手く噛み合わなくてなぁ‥‥」
手持ち無沙汰なのか、槍を握って縦にヒュンヒュンと振るうニシダ。どうやら釣りのアクションなのだろう、しなりのある柄の音が小気味良い。
ニシダはおそらくSAOプレイヤーの中では断トツの高齢であろう。このゲームは十五歳以上が対象で、大体周りのプレイヤー達を見ると年配のもので三十代が上限だ。
普通に現代社会ならば年配の者と若者が話すこともあろうが、こういう特殊な空間で圧倒的に数の少ない年配者であるニシダの場合は中々それも難しい。どう話しかけたらいいものかも分からない。実に困りものであった。
気さくに話しかけては不審に思われてしまうだろうし、ことさら年長者として振舞うのも何処はかとなく違うような気がした。結局意外にお喋り好きな彼は暇な時は日がな日中釣りをしているか、のんびりと現実世界にはない大自然の中を散歩したりして過ごしている。
だから情報収集はまだ年齢の近いHiDeが受け持っており、ついでにいえば中学二年生に過ぎない彼も大部分を占める高校生から大学生、社会人達と話すのは気兼ねするのだ。
「こんな中途半端な時期にNPC受注タイプ以外のイベントってことはないから、もしかしたらこれから先の季節にある時期指定のイベントのための場所なのかも―――」
「しっ。静かに、もうすぐそこのようだわい」
ピタリ、と先頭を歩いていたニシダが止まる。鋭い眼光は油断なく森の先、少し日差しが差し込んで明るく見える広場のような草むらを睨みつけており、おそらくは其処に何かあるのだろう。
二人とも隠密スキルを会得しているわけではないが、この世界では単純に足音を小さくするだけでもモンスターに見つかりにくくなる。ゆっくりと葉擦れの音をさせないように、二人は広場の様子を窺った。
「あれは―――ッ?!」
そこは今までの鬱蒼とした雰囲気とは、全く正反対の場所であった。
バスケットコートぐらいの広さはある、綺麗に草の刈り揃えられた広場。真ん中には大きな切り株と、それを取り巻くかのように小さな切り株が何個も据えられ、まるでテーブルと椅子のようである。午睡時の燦々とした日差しが差し込み、暖かい空気そのものが煌めいているかのようだ。
誰も知らないことであったが、この場所は〈ティールームフィールド〉と呼ばれるところで、迷宮区の中に据えられた憩いの広場である。
だが、それでもしかし迷宮区。のんびりとした雰囲気の漂う広場の中に、何匹もの獣の影があった。
〈マッドティーバーニィ〉
この階層のこの場所にしか出現しないモンスターで、外見はウサギをひたすら巨大にしたようなものだ。体長は大雑把に二メートルから三メートル程度だろう。それが五、六匹は群れている。
ずんぐりむっくりとした愛らしいフォルムに似合わず、鮮血のように染まった鋭い目。肉食であることを伺わせるズラリと並んだ鋭い牙。人間など一薙ぎでズタ布に出来るだろう凶悪な爪。
意味不明ながらも頭に乗せた小さなシルクハットと、黒い蝶ネクタイがコミカルだったが、それを補って余りある程の恐ろしい外見だ。戦闘能力自体はそこまで高くないが、基本的に群れで
「ヒデオ! 行けるか?!」
その怪物達に囲まれて、孤軍奮闘する一人の少女。
短めのハネた茶髪と、コンプレックスになるよりはチャームポイントとしてとられるだろうそばかす混じりの童顔。一般的な皮鎧の装備とミニスカート、そして懸命に振るう
なにより不釣り合いなのは、たった一人きりで戦っている姿。体捌きや身のこなしは中々に熟練したものだが、それでも一人きりで六匹もの獣を相手にするのは無謀以外の何物でもない。
「うん、いける。いこう!」
「よし来た任せぃ!」
健闘しているが、それもどれだけ保つか分からない。そして目の前でピンチになっている人を見て、すぐさま助けに入るのはデスゲームと化した此の世界では当たり前の理であった。
情けは人のためならず。最前線や上層で活動するプレイヤー達は、助け合いがどれだけ大事か知っている。自らの生命を守るための行動が第一なのは当然のことだが、それにもまして誰かを助けられない者は誰にも助けてもらえないのである。
「はいぃぃやぁぁああ!!」
「―――ッ?!」
目を見張るほどの俊敏さを見せて飛び込んだニシダが先ずは槍を振り回す。広範囲を薙ぎ払うソードスキルの光が円を描くかのように疾り、ダメージを受けた数匹がよろめくように後退。今度はその隙間にHiDeが潜り込む。
彼の装備している曲刀は片手でも両手でも扱える珍しい武器で、特に彼は少し前にイベントで習得した体術スキルと組み合わせ、片手で扱うのを得意としていた。
というか正確には父親の好みであり、二人とも体術スキルはしっかりと修行しているのだ。稽古の成果と言わんばかりに蹴りと刀による斬撃を素早く繰り出し、たちまち残りのモンスターにノックバックを発生させて間合いを空ける。
「大丈夫ですかな、お嬢さん」
「あ、貴方達は‥‥?」
「義を見て為ざるは勇なき也って言ったっけ。袖振り合うも他生の縁。助太刀させて、頂きます」
突然の闖入者に唖然とする少女を庇うように陣取り、油断なく武器を構える親子。この手の助け合いはフィールドに出れば日常茶飯事だが、こんな僻地で人に会うとは思わなかったのだろう、少女は腰を抜かしたまま動けない。
敵は六匹。ソロなのか仲間が死んでしまったのかは分からないが、この少女も前線近い迷宮区に潜るぐらいならばそれなりに腕が立つのだろう。ならば三対六。フラグMobとはいえ複数匹ホップするタイプならば、一人当たり二体のノルマ、そう難しいものではないだろう。
「さぁ構えなさいお嬢さん、死んでしまうぞい!」
「何かレアアイテムでも出ればいいんだけどね、父さん!」
奇声と共に襲いかかってきた爪を曲刀で防ぎ、顎の辺りを蹴り上げる。反転、その隙を突いて来たもう一匹にも蹴りを入れ、大きく身体を回転させて腹を薙ぐ。
その背中を狙う獣を仕留めるのは父親の仕事。素早い連続突き払いで的確に手足を斬り裂き、喉を貫く。近距離戦を得意とする息子と、中距離戦を得意とする父親。未熟ながらも息はぴったり、旋風のような二人の戦いに、少女も
「助けに入られて、黙って突っ立ってられないわよ‥‥ッ!!」
長閑なティータイムの広場での死闘。
こうしてあまりにも場違いで、あまりにも滑稽な戦いが、あまりにもちぐはぐなパーティによって幕を開けたのであった。
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