お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』   作:冬霞@ハーメルン

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今回はニシダ、HiDe、リズベットの三人が出会う話となります。
オリジナルクエスト、オリジナルモンスター、オリジナルフィールドと三点盛りです。ご了承下さい。
スキルシステムやSAOの物語の流れは基本的に情報をチェックした上で想像して補っております。何か違和感がありましたら感想欄などでご指摘下さいませ。



第4話 『釣り師とヒーロー、それから鍛冶屋』

 

 

「お嬢さん、スイッチはご存知ですかな?」

 

「と、当然!」

 

「では私が攻撃を食い止めますので、合図でスイッチしてくだされ。ヒデオ! フォローを頼むぞ!」

 

「はい父さん!」

 

 

 日差しが暖かい長閑な広場に、剣戟と獣の咆哮が響き渡る。

 シルクハットに蝶ネクタイ、ずんぐりむっくりの愛らしいフォルムに鋭い爪牙と獰猛な眼光を持ったモンスター、〈マッドティーバーニィ〉が六匹。広場の真ん中の切り株を背後に陣取った三人のプレイヤーを相手に囲んで唸り声を上げていた。

 切り株の横に二人。穂先の根本に緋色の房飾りがついた、よく撓る長槍を構えた初老の男性と、短めの曲刀を構えた小柄な少年だ。基本的に二十代近辺が多いSAOの世界では珍しい組み合わせである。

 そして切り株の上に陣取った少女。癖毛の茶髪と皮鎧にミニスカートで、戦槌(メイス)を手にしている。かなり負けん気が強いようで、先程から長槍の男性が巧く攻撃をいなして晒した獣の頭にタイミングよく強烈な一撃を喰らわせていた。

 一見すると不安定な状態に見えるが親子の連携がやたらめったら良く、気配りの効くニシダの援護と素早いHiDeの攪乱、そしてトドメに誰よりも重い少女の攻撃が手際よくモンスターを仕留めていく。

 クエスト自体の難易度は、まぁ一人でも出来ないことはない程度。但しデスゲームと化したこのSAOでは、出来るかもしれない程度の認識では恐ろしくてとてもじゃないが戦えない。

 三人揃って、安全マージンはやっと標準。ましてやこの二人の親子、SAOの中でも屈指のコンビネーションを誇る。特にこういった複数モンスターのクエストはうってつけであった。

 

 

「スイッチ!」

 

「い、いきますッ!」

 

 

 最後の一体となった〈マッドティーバーニィ〉が両腕の爪を振り下ろし、武器防御のスキルを発動させたニシダがギシリと身体と槍を軋ませながら受け止める。流石にウェイトの違う攻撃を防御するとジワリジワリとHPも削られるが、そこは老獪なニシダだ、ニヤリと笑うと槍を斜めに、勢い余って下がった化け物ウサギの頭を後ろ蹴りで叩き上げた。

 すかさず、そこを狙う少女の戦槌(メイス)。無防備に上がった頭はシステム的にクリティカルポイントだ。単発片手槌ソードスキルの基本技が炸裂する。

 チマチマと削れていたHPバーがその一撃でゼロになり、無数のポリゴン片となって飛散。六体全部を倒したことで戦闘攻略となり、Congratulation!の文字が浮かんだ。おそらく、これからはモンスターが出現(ホップ)することはないだろう。

 

 

「‥‥終わり、なの?」

 

「みたいだのう。いや、しんどかったわい。年寄りには堪える」

 

「一番激しく動いてたの父さんじゃないか。まぁ、HPは減ってるみたいだけどさ。ポーション飲んでおく? あ、えーと、キミも‥‥いるかい?」

 

「あ、はい‥‥!」

 

 

 六体全てを倒し終えれば、バトルクリアーの表示だけで後は何も変わらない。そもそもからしてモンスターがホップするような場所に見えない、長閑で穏やかな雰囲気が広がっている。

 優しい太陽の光が照らす広場は先程までの激戦とは一転、モンスターの湧かない安全地帯へと変化していた。成る程、この光景だけ見ればこれほどまでに過ごしやすい場所はないだろう。いつまでだって昼寝をしていられそうなくらいだ。

 こうやって安全地帯になったフィールドは、基本的にモンスターが湧くことはない。『安全地帯だと思った? 残念、トラップでした!』という情報は今まで出回っていなかった。故に、三人も安心して気を抜き、休むことが出来る。

 

 

「攻略完了、か‥‥。今の六体の化け物ウサギがイベントボスだったってことかな?」

 

「ふむ、この後また何かイベントをこなすことがあるのかもしれんが、とにかく戦闘イベントは終わりのようだのう。とりあえずは一息つけるかね、やれやれ」

 

 

 ふぅー、と大きな溜息をつくと、どっかと草むらに座り込むニシダ。アイテムストレージからオブジェクト化させた、この世界特有の謎茶を入れた水筒を取り出し、一息つく。

 安全域とはいえあまりにも暢気な姿に溜息が漏れかねないが、PKの危険さえなければ昼寝と洒落込みたいぐらいなのは間違いない。年相応な和み具合を見せる父親を呆れたように眺める息子もまた、大きな欠伸を隠せなかった。

 

 

「おや、どうしましたかお嬢さん?」

 

 

 そんな中、助けられた少女がゆっくりと広場の真ん中、テーブルのようにも見える一番大きな切り株へと近づいていった。

 一際眩しく灯の当たる其処に、まるで陽の光から生成されるかのようなエフェクトで、一つのオブジェクトが出現する。薄汚れ、ひび割れ、欠けた陶磁器のティーポットと、二組のティーカップ。輝きが収まった後に残るのは、それら唯の使い古しのティーセットに、何故かどこはかとなく心温まる空気だけ。

 少女はアイテムの出現を見届けると、スタスタと歩み寄り、それらを無造作に掴み上げた。

 

 

「‥‥それは?」

 

「近くの村で受けられるクエストで、この場所この時間にこのアイテムを取ってくるっていうのがあるんです。モンスターが出るとは聞いてたんですけど、ちょっと手強くて苦戦してて‥‥。助けてくれて、ありがとうございました」

 

「いやいや、礼は結構ですよ。こういう時は助け合わなくてはいけませんからの」

 

「でも、助けて貰ったからには何かお礼をしないと‥‥」

 

 

 取り上げたティーセットを感慨なくアイテムストレージへと仕舞い、何事もなかったように振り向く。礼儀正しくお辞儀をするその様子からは、一人で複数モンスターが湧くクエストを受注するような命知らず、ある種の性格破綻者には見えなかった。

 このSAOには命知らずか利己主義か突き詰めた現実主義者なのか、恐ろしいことにソロプレイヤーというのもそれなりの数だけ存在していて、そういう連中は他のプレイヤーとは何処か違った雰囲気を醸し出していることが多い。

 けれど彼女は普通の少女に見える。状況のギャップが、いやに不自然だった。

 

 

「そうですな、もし気に病まれるのでしたら、そのクエストを受けたという村までご一緒させて貰っても宜しいですか?」

 

「父さん?」

 

「ヒデオ、どうやら私達がまだ行ったことがない村のクエストのようだ。もし良いアイテムやスキルが手に入るクエストならば、改めて挑戦したいとは思わんか?」

 

「‥‥そりゃまぁ、そうだと思うけど」

 

「では願ってもない。もしクエストを秘匿する気がないのなら、是非案内しては頂けませんかな?」

 

 

 攻略本や攻略サイトなど存在しないこの世界、無数に存在するクエストの情報はプレイヤー同士の交換や情報屋からの購入などの手段に限られる。今となっては当たり前のことであるが、人付き合いがあまり芳しくない親子にとっては中々に辛い事実だった。

 特にクエストというのも無限にリソースがあるわけではない。発生回数に制限があったり、手に入るアイテムに制限があったり、他の連中にクリアされると支障があったり。様々な理由から隠匿してしまう者もいないわけではないのだ。

 低層のクエストだと独占するメリットがあるものも少なく、助け合いという観点から情報屋に売ってしまう場合の方が圧倒的に多いが、そもそも情報屋と繋ぎをとらない傾向のある二人にとってしてみれば、難易度の判明したクエストの報酬は気になるところである。

 

 

「え、あ、はい。別に、それは問題ないですけど‥‥」

 

 

 怖ず怖ずと、不審そうに少女は二人を見る。

 最前線とはいわなくても十分に前線と呼べる階層に出てくる謎の親子連れ。確かにどうしようもないくらいに不審で、しかし残念ながら彼女自身も女子のソロということで同じくらいには不審であったりする。

 勿論それは二人も感じていることで、特に息子と同じ年頃の少女の苦境に遭遇したニシダはことさら世話を焼きたがっているのが息子の目から見てもバレバレであった。

 この老境の父親、普段から娘が欲しい嫁はまだかと喧しいのである。

 

 

「あぁ申し訳ない、自己紹介が遅れてしまいましたね。私はニシダというものです。彼は息子のヒデオ」

 

HiDe(ハイド)

 

「そう、HiDeです。どうぞ宜しく。お嬢さんもお名前を教えて頂けはしませんかな?」

 

 

 にこやかな自己紹介をするニシダが間違えた自身の名前を訂正するHiDeが見たところ、少女は非常に気が強い。そして同じく、警戒心も強いように感じた。

 一応は年上である父親に気を遣って丁寧な体を装っているようだが、瞳は祭儀の光に満ちている。この世界ではモンスターに殺される以外にもPKという概念もあるようだから、警戒は当然のことだろう。

 実際にβ時代にはモンスターを呼び出してPKをさせるなどの手段が考案されていたと聞く。したり顔で少女の警戒を許すHiDeだが、もちろん全て事前の予習の成果であって彼自身の手柄では断じてない。

 

 

「私はリズベットって言います。改めまして、助けて頂いてありがとうございました」

 

「どういたしまして。それでは他のお喋りは道中にするとして、先ずは村へ行きますかな」

 

 

 うんうん、と何故か楽しそうに頷くニシダを促して、三人は村へと歩き始めた。

 帰りの道は行きの道中で狩り尽くしたからか、モンスターはそこまで多くはない。たまに確率的に湧くモンスターは、そもそもニシダとHiDeの二人でも、というよりリズベット一人でも何とかなっていた道のりである。相変わらず息ぴったりな二人のコンビネーションに感心しながら彼女も戦槌(メイス)を振るう。

 間合いが長く判断力があるニシダに、とにかく小回りが利い戦場をあちらこちら飛び回るHiDe、そして一撃一撃が重くダメージディーラーとなるリズベットの組み合わせはかなりバランスが良い。パーティを組む場合は大抵三人ぐらいからが基本であるから、どちらかというとこの親子の例がおかしいのであるが。

 

 

「その村というのは、どちらにあるんですかな?」

 

「この森の東側を抜けると直ぐそこです。ニシダさん達はどちらからいらしたんですか?」

 

「おお、私達は北側から来たのですよ。成る程、この森が道を塞いでしまっとるから、今まで行けなかったのだな。ということはリズベットさんは一人でこの森を?」

 

「いえ、この森を抜けて村に着くまでは他の人達とパーティを組んでたんです。でもその村で鍛冶スキルを手に入れるイベントがあって、生産職に就きたいって言ったら喧嘩になって‥‥」

 

 

 流石にリズベット一人ではこの森を突破することは出来ない。道のりとしてはニシダ親子が拠点としていた街から〈ティールームフィールド〉までが長く、リズベットが鍛冶スキルを手に入れた街から〈ティールームフィールド〉までは短かったのだ。

 彼女は〈はじまりの街〉を出てから此処まで、とあるパーティと一緒に行動していた。この森を抜けたのも彼らと一緒であったのだが、問題は彼女の言うとおり、辿り着いた次の村での出来事である。

 その村では鍛冶スキルを最初から高い熟練度で習得させてくれるNPCがいて、彼女は生産職への熱意に燃えた。戦うという行為はある意味では当たり前のものであり、彼女にとってしてみれば物作りの魅力には比べるまでもなかったのである。

 鍛冶スキルを磨いて鍛冶屋になりたい。行く行くはアインクラッド最高の鍛冶屋になりたい。毎日を無為に戦いに費やすことよりも、その方がより魅力的に感じたのだ。

 

 

「‥‥多分パーティにとっては、あたしの戦槌(メイス)の攻撃力の方が大事だったんでしょうね。生産職のスキルを高めるのに時間を割くんじゃなくて、戦闘の方の焼くに立って欲しかったのよ。でも、あたしはどうしても嫌だったから」

 

「パーティを解散して、一人でクエストを受けていたわけか」

 

「そうよ。伊達に前線近くを攻略してたわけじゃないから、あたしのレベルもそこそこ。安全マージンも十分にとれたはずだけど、ちょっと流石にイベントボスはきつかったわね‥‥」

 

 

 得心した様子のHiDeに愚痴まじりの説明を零す。彼女とて決して狂戦士(バーサーカー)というわけではないのだが、自分がこれと決めた道はとにかく突っ走る傾向にあった。結果、こうして窮地に陥っていたというわけである。

 彼女としても一応は一人でもクリアーできるクエストだろうという目星を、何らかの情報からつけてはいたのだ。とはいえクエストにハプニングは憑き物。鈍器系の武器が有効な箇所は毛皮や脂肪、筋肉で保護されていない部分なのだが、ずんぐりむっくりの毛玉である〈マッドティーバーニィ〉には効果が薄かった。

 クエスト依頼の時にモンスターが出るかもしれないという情報は事前に聞いていたのだが、それでも流石にモンスターの特徴までは分からない。あるいはもっと情報を集めればよかったのかもしれないが。

 

 

「そのイベントというのは、なんだったのですかな?」

 

「もうすぐ村に着きます。その時に分かると思いますよ」

 

 

 森を抜けるのはすぐだった。途中からは親子が移動した場所ではないがために少なからずモンスターが湧いたが、それも道のりが短かったためか数は多くなく、森を抜ければ気持ちのいい草原が広がっている。

 草原のすぐそこ、森から程近い場所に村はあった。村人は百人もいないのだろう、とても小さな村だった。主に牧畜や農業を主産業としているのだろう。長閑な空気には獣や草の匂いが濃い。

 リズベットが目指していたのは、その村の端、小さな丘の上にある

古びた一軒家であった。手入れが行き届いてはいるが古びていて、現代の家に比べても随分とこじんまりとしている。

 村の中にある他の多くの家と比べて、馬や牛を飼うための小屋がついていない。牧畜のみならず畑仕事にも荷物運びのために馬が必須であることを考えると、何で食い扶持を稼いでいるのか不思議になる。が、そこはゲームの世界だ。細か過ぎる造り込みはされていないのだろう。

 

 

「ごめんください」

 

 

 玄関ではなく裏手の庭へと回ると、家の陰で遮られた夕陽が仄かに赤く染める芝生の端に置かれた安楽椅子に、一人の老婆が腰掛けていた。

 中世風の村にはありがちな老人といった風体だ。人の良さそうな皺だらけの顔は優しげで、手編みのセーターと膝掛けは暖かそうであると同時に老婆の温厚な性格を表しているかのようである。まるで近所の気の良いお婆さん、といった感じで親しみが湧く。

 何をするわけでもなくのんびりと庭の向こう、先ほどまで三人が潜っていた森の方向を眺める老婆に、リズベットは躊躇いなく話しかけた。

 

 

「こんにちわ、お婆さん」

 

「おやおやお嬢さん、また来てくれたのね。ごめんなさい、お茶の時間は終わってしまったのだけれど‥‥もしかして何か御用かしら?」

 

 

 人の良い、穏やかな声で普段とは違う台詞を発した老婆の反応にフラグを満たしていることを確認する。

 SAOのNPCは昔のRPGに比べればデータベースから抽出して独自のAIで生成する反応パターンが非常に多い。けれどイベントを起こすNPCの場合はパターンが決まっていて、リズベットは老婆の反応を把握し尽くしていた。

 今のは彼女の知る限り、初めて見る反応である。普段ならば特定の時間‥‥午後三時前後のお茶の時間に行かなければ居眠りをしているか、家の中に入ってしまっている。そして家には鍵がかかっていて、話しかけられるお茶の時間には先ずプレイヤーをお茶に誘うのが老婆の行動パターンなのだ。

 イベントが順調に進んでいることが分かったリズベットは、アイテムストレージから先ほどのティーセットをオブジェクト化すると、老婆へと差し出した。

 

 

「これはもしかして‥‥私のティーセット! お嬢さん、あの広場から持って帰って来てくれたの?」

 

 

 ひび割れ、欠け、汚れた、骨董品ですらないゴミ同然のティーポット。それを大事そうに抱えた老婆はリズベットの反応を確かめないままに話を進める。

 イベント進行中のNPCの多くはこのように、プレイヤーの反応に関わらず自らのストーリーを進めるものだ。

 一見すると生きた人間のようにも見える彼らだが、流石にイベント進行にリアルタイムで干渉出来るプレイヤーのランダムな反応に対応するのはプログラムの枠を超えてしまう。その辺りの感覚は、デスゲームに巻き込まれ、この世界が現実と化してしまったプレイヤーにとっては奇妙なものであった。

 

 

「ああ、良かった。戻ってきてくれたのね、私の思い出‥‥。思い出すわ、あの人と一緒に飲んだお茶を。

 あの森の広場に魔物が出るようになったあの日から取りに行けなかったけれど、こうして抱いているとあの人と一緒にいるようだわ。ああ、本当に良かった‥‥」

 

 

 クエストの最初から話を知っているリズベットはともかく、途中から参加したニシダとHiDeは何が何やらちんぷんかんぷんだ。とはいえ大体の概略ならば把握出来る。とても嬉しそうな、そして同時に寂しそうな様子の老婆の顔は、本当に大切な思い出を取り戻すことが出来たのがよく分かった。

 ‥‥一方で、老婆を見守るリズベットは全く関心を持っていない様子である。ニシダもワケが解らないなりに目尻に涙を浮かべて感じ入っているというのに、瞳は全く揺れず、何処かいらだっているように見えなくもない。

 もっとも、そんな彼女の様子に気づけたのは、一歩離れた場所で同じく客観的に老婆とかのジョのやりとりを眺めていたHiDeだけであったのだが。

 

 

「‥‥お嬢さん、本当にありがとうございますね。どうお礼を言ったらいいものか―――

 ああ、そうだわ。これを持っていって頂戴。大事な思い出の品だけど、私にはもう、必要ないものですからね」

 

 

 普通ならここで相手の返事を求めるところだが、勿論イベント進行中に特別な場合を除いてプレイヤーが会話を挟む必要はない。基本的には自動(オート)で進む。但し途中で内職、ならぬ他の作業を始めることは許されず、例えば長い話を聞いていなければならなかったりするクエストの場合は意外に苦痛だ。

 そんな中、ひとしきり思い出を抱き締めた老婆は穏やかに微笑むと、薄汚れたティーセットをリズベットに渡した。何故思い出を、と目を見張る親子の前で、ティーセットは光り輝き、姿を変える。

 

 

「こ、これは‥‥ッ!」

 

 

 先程までの姿とは一転、ティーセットはまるで新品の格調高いものへと変わっていた。

 削れてしまっていたティーカップの紋様は絡み合った蔦と花をあしらったもので、持ち手には小鳥が羽を休めている。皿のデザインは枝と葉がモチーフで、ポットは大樹をイメージした模様が彫ってある。色は純白と薄い緑、ピンク、茶色で統一されており、実に美しい。

 軽くティーセットを指でタップすると、アイテムの情報が表示される。名前は〈おもいでのティーセット〉。完全にそのまんまのネーミングであるが、注目するべきなのはその効果。

 

 

「生産系スキルを発動させる前に飲むと、成功率アップ‥‥?!」

 

 

 僅かながら、生産性スキルの成功率が上がる。初期の状態で僅かでもスキル成功率が上がるアイテムがあるというのは実においしい。レアアイテム認定をしても良いだろう。

 おそらくアイテムの性質上、そう大量に出回るものではない。序盤でこの性能ということを考えれば、下手すれば一つきりのユニークアイテムという可能性もある。成る程、今まで誰も見つけておらず、情報も出回っていないはずだ。リズベット一人で独占していたのだから。

 

 

「よかったらそのティーセットを持って、またお茶に来て頂戴。私と一緒にお茶を飲んでくれるのは、もうお嬢さんだけですからね‥‥」

 

 

 台詞を言い終わると、老婆は居眠りを始めてしまった。まだ陽は落ちていないから、完全に暗くなってしまう頃には今までのルーチン通りに家の中に入るのだろう。

 イベントが終わってしまえば、NPCは今まで通りの行動に移る。それを見届けるとその場で話すのも何処か気が引けると思ったのか、リズベットは親子を促して歩き始めた。

 

 

「このクエスト、あのお婆さんと何回かお茶をして仲良くなった上で、長いお話を聞かないと発生しないんです。しかもイベントモンスターは午後三時近辺にアノ場所にしか出現しないし、難易度のわりに発生条件がシビアで、今まで誰も発見できてなかったみたいなんです」

 

「成る程。リズベットさん、よくぞ気づかれたものですなぁ」

 

「‥‥パーティーを解散してから、この村で今後の計画を立てるつもりだったから。結構長居してしまっていたので」

 

「ふむふむ。このクエスト、どうやら私達には向かないようだなヒデオ?」

 

「ボクらは生産系のスキル持ってないからね。‥‥父さんの釣りを除いて」

 

「釣りスキルの成功率が上がるなら考えんといかんか‥‥!」

 

「もっと他に情熱のパラメータ割り振ろうよ!」

 

 

 この世界ではまだ生産系のスキルを専門に扱う者は多くない。

 生産系スキルの熟練度を上げれば自然とレベルも上がるものだが、そもそも生産系スキルには料理でも鍛冶でも裁縫でも、生産するアイテムの元となる素材が必要だ。そして、素材集めをするには危険なフィールドに出る必要がある。

 そもそも危険な戦闘をこなさないために生産職を選択しようとした者は決して少なくないはずなのだが、これがネックで手を出せずにいた。彼らが腕を振るえるようになるためには、中層へと進出した者達によって生産職への援助が行われるまで待つ必要があった。

 

 

「ごめんなさい、骨折り損のくたびれ儲けになってしまって‥‥」

 

「まぁまぁお気になさらず。これも縁というか、人生の味わい深さというやつですかな。ワハハハ!」

 

「‥‥父さんはもう、こういうときばっかり調子がいいんだから」

 

 

 三人は連れ立って、村の中心にある村長の家に向かう。この小さな村では村長の家が旅人の宿屋にもなっていて、他にも集会所なども兼ねているらしいが、それはクエストが絡まない限りプレイヤーにはあまり関係のないことだ。

 プレイヤーが泊まることの出来る場所は、このように宿屋だけに限らない。NPCが部屋を化してくれる場合もあるし、フィールドにも野営の跡などが残っていて、そこを使って寝泊まりすることが出来たりもする。実に多様で、デスゲームと化したこの世界ではありがたい限りであった。

 

 

「‥‥さて、そういえばリズベットさん」

 

「はい?」

 

 

 いくら村長の家が大きいとはいっても、そもそも小さな村の家である。客間は一つしかなくて、そこそこ広いそこには幸いにしてベッドが四つあった。男女同室となるが、旅人の身分であるからそれぐらいは気にならない。

 村長の家では簡素ながらも夕食も出るし、ベッドの寝心地も悪くない。気温も丁度良いから寒さや暑さに悩むこともなく、そこそこ快適な宿であった。

 そんな客間で先程まで行動を共にしていた三人はベッドを椅子代わりに、今までのことについて話に興じていた。なにせこの世界、娯楽と呼べるものが殆どないのだ。攻略が進めば生産職の有志がトランプなどを作成することになるのだが、勿論それは先の話。今は料理ぐらいが楽しみで、しかもNPCの料理はそこまで美味しくない。

 となると必然的に娯楽は互いの体験談などを面白おかしく喋るぐらいしかなくなる。警戒心の強いリズベットも、親子と話す内に自然と打ち解けて来ていた。

 ‥‥その過程で調子にのった父親によって、HiDeの赤裸々な過去のエピソードがいくつか披露されることになったのはご愛敬というものだろう。

 

 

「貴女はこれからどうするおつもりなのですかな? 私とヒデオは順番に次の街へと進んでいって、迷宮区を攻略しようかと思っておるのですが」

 

 

 ニコニコと切り出したニシダに、眉間に皺を寄せて考え込むリズベット。

 確かにこの先のことは気になる。さっきまではティーセットに関するクエストをクリアーすることを目的にしていたから、その後のことまで気が回っていなかったのだ。

 

 

「攻略って‥‥もしかしてニシダさん達は攻略組なんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃない。ボクも父さんも最前線までは出てないんだ。その一歩後ろで動いているだけでね。でも、そこまで遅れを取っているつもりはないよ」

 

「この一歩後ろというのが肝心でしてな。比較的安全に、効率よくレベルが上げられるのですよ。それはリズベットさんも同じではありませんかな?」

 

「‥‥まぁこの前までのあたしは、確かに攻略組に近かったけど。でも、これからはそういうわけにもいきません。生産職を選んでしまったから、そちらのスキルの熟練度を上げないと」

 

 

 資金はパーティーを組んでいたとはいえ、ここまで攻略を進めて来たから十分にある。先ずはこの資金を元に素材アイテムを購入し、それを使ってアイテムを生産してスキルを上げなければいけない。スキルはとにかく回数をこなさなければ熟練度が上がらず、逆に言えば回数さえこなせば熟練度は自然と上がる。

 しかし先程の話にも出たが、素材の調達は比較的ネックとなる問題であった。下位素材ならばNPCからの購入でも何とかなるが、少し良い素材を使おうと思うとプレイヤーから購入する必要がある。そしてスキルを上げる最中は金が減っていくばかりで、アイテムを売ろうにもスキル熟練度が低いのでは攻略組に売るレベルに達しない。

 まだ下層の段階に過ぎない今の攻略組は、NPCの武器屋から購入した武器や、モンスタードロップした武器を使っている。彼らのレベルに鍛冶屋が追いつけていないのだ。そもそも前述の理由で生産系スキルを鍛えている者は少ないし、何人かはいる彼らのスキル熟練値も低く、長期的な視点ならばともかく現状役に立てる機会はなかった。

 

 

「‥‥よければ、暫く一緒に行かないか?」

 

「え?」

 

「ボクは別にキミが生産職スキルを上げるために街に籠もっていても、その都度必要な時に狩りに着いて来てくれても構わないよ。それに、モンスタードロップの素材アイテムは戦闘に参加しないと手に入らない。レベル上げの効率も考えると、最初の内はある程度は狩りに同行していた方が効率がいいんじゃないかな」

 

「‥‥それは確かに、まぁその通りだけど」

 

 

 意外にも、口を開いたのはニシダではなく息子のHiDeの方だった。少し照れた、というよりは人の話すのが苦手なのか明後日の方向を向きながら、視線さえ合わさずに言葉を紡ぐ。

 確かに彼の言うとおり、この世界は生産系プレイヤーがソロで活動するには支障が大きい。現状まだ最前線はともかく最前線付近のプレイヤーは少なく、パーティを組んでくれそうなプレイヤーにも心当たりはなかった。そして何より彼女の都合はともかく、彼も少しながら付き合いが生じた女の子を見捨てるのは気が引けるぐらいには優しかったのだ。

 

 

「もちろんボクらにもメリットはあるよ。ボクも父さんも武器の摩耗が早い。キミは鍛冶スキルを上げて鍛冶屋になるつもりだって言ったけど、じゃあその武器はボク達が使ってあげるよ。

 その代わり、手に入れた素材アイテムで鍛冶に使えそうなものは渡す。釣り合いが取れなくなったら、その時はお互いに売買の形をとればいい。それなら一方的じゃないし、公平だと思わない?」

 

 

 武器は高い。当然のことだが、彼らにとっては大問題だ。

 攻略組ほどではないが、おそらく最前線で戦う者達に次ぐ戦闘頻度を誇るこの親子は武器の摩耗が非常に早かった。あるいは戦い方の問題もある。二人とも〈武器防御〉のスキルを会得しているとはいえ、盾を持っていないがために防御は武器で行うのだ。自然、武器の消耗は早くなってしまう。

 両手槍でしっかりと攻撃を受け止めるニシダに、回避を旨としたビルドを行ってはいるが手数が多いHiDe。盾持ちが主な攻略組に匹敵する摩耗度なのも頷ける話であった。

 そんな彼らとしては、手強い相手以外ならば大事な武器を温存しておきたい。しかし武器は高い。この悩みを解消するために専属の鍛治師を持っておくのは将来的に見てもおいしい話である。

 

 

「‥‥考えたな、ヒデオ」

 

「別に、普通でしょ? いっつも悩んでたことを口に出しただけだよ。まぁキミがどうしてもボクらが気に入らなくてソロを選ぶって言うなら話は別だけど‥‥どうする?」

 

 

 リズベットは悩む。

 確かに悪くない申し出だ。正直、危険から遠ざかる生産職であるが故にソロでもやっていく自信は十分にあるが、メリットはそれを上回る。ソロの利点としては誰にも縛られないことがあるが、同じく親しく頼れる人間が出来そうにもないという問題もあった。

 一方で気になるのは彼らの人柄と、束縛。人柄については今までの短いながらも濃い道中で十分に信頼出来るものだということが分かっていたが、どれぐらい束縛されるかについては判断が難しい。

 ‥‥しかしそこまで考えて、ふと思い直した。よくよく考えればパーティを組むだけならば基本的に何か代償を求められるものではないし、そもそもこの世界には品物の売買など以外で“契約”という概念は無いに等しいのだ。何を不安に思う必要があるというのか。

 騙される、PKされるという不安がないと確信を持ったのは自分自身ではないか。ならば他に悩む必要など、とりあえず今のところはない。

 ぶっちゃけた話、気に入らなかったら勝手に二人とはサヨナラしてソロに戻ればいいのだから。

 

 

「‥‥いつまで一緒にいれるか、分からないわよ? もしかしたらもっと良い条件でパーティに誘ってくれる人達がいるかもしれないし」

 

「別に、その時はその時でしょ。ね、父さん?」

 

「無理して引き留めようとは思わんよ。まぁ説得ぐらいはするだろうがね。せっかく、仲間になるのだから」

 

 

 息子に任せるつもりだったのだろう、ニシダは二人のやり取りを見届けるとニッカリ笑う。

 おそらく彼としてはリズベットの人柄を信用している以上、娘が出来たような心持ちなのだろう。勿論そんなことはないし、そもそも馴れ馴れしすぎるので最初は自重するだろうが。

 

 

「―――じゃあ、お邪魔しようかしら。居心地もまぁ、悪くなさそうだし。親子の団欒を邪魔して悪いけど」

 

 

 握手しようとして手を差し出しかけ、相手が二人だと同時に握手など出来ないことを悟る。

 そんな彼女を見てHiDeは笑うと、手の甲を上にした掌を差しだし、意図に気づいたニシダがその手の上に自らの掌を翳した。まるでサッカーかバスケの試合前にするかのような仕草だが、この世界では何故かそれがお似合いなように思えた。

 

 

「‥‥なんて掛け声かければいいのよ、コレ」

 

「さぁ」

 

「なんだろうねぇ」

 

「先が思いやられるわよ、もう‥‥」

 

 

 試合前のテンションではないのに、こんな時に掛け声などかけられない。ギルドの名前などがあるならともかく、そんなシステムはまだ導入されていなかった。

 結局三人ともが翳した手を互いで包み合うように両手で握り、笑い合ってその場は締められた。

 あるいはそんな緩い関係だからこそ、このパーティーは成立したのかもしれない。利害だけの関係でもなく、情だけの関係でもない、顛末だけを考えると、ある意味では不思議な三人組だったのだと当時を振り返ったリズベットは思う。

 

 だけど、この時の三人で撮ったスクリーンショットは、現実世界に戻った彼女の部屋にもしっかりと飾られているのであった。

 

 デスゲームと化した非情な世界で初めて味わった情を思い出す、光景として。

 

 

 

 




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