お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』   作:冬霞@ハーメルン

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ニシダとリズベットはキャラクターの再現が難しいですね。中々苦労しました。
十一月は必読必感企画実施中です。皆様も読んだssには積極的に感想を書き、みんなでss界隈を盛り上げていきましょう!


第5話 『閃光、来る』

 

 

 

「お、おお―――ッ?!」

 

 

 パリィン、と虚しくポリゴンの破砕音が響く。振り切られた右腕をそのままに、驚愕の声を発しながらも冷静にHiDe(ハイド)は自らに起こった突発的な事故の内容を把握した。

 武器の耐久度がゼロになったことで生じる装備の消滅。決して頻繁に起こることではない。普通ならば戦闘前に耐久度はこまめにチェックくするものだし、そもそも耐久度は簡単にゼロになるわけでもない。

 但し彼にとって、この突然の武器消滅というハプニングは決して初めてのものではなかった。むしろ慣れた、と言ってもいいぐらいに頻繁に起こるイベントである。そしてその隙を突いて襲いかかって来るモンスターへの対処も同じく、手慣れたものであった。

 

 

「ヒデオッ!」

 

「大丈夫! このくらいなら‥‥ッ!」

 

 

 ボロボロの長剣を振りかざして迫るスケルトンの肘に蹴りを、続けざまに体を回転させての跳躍から、露出している頭蓋の側面を捉える回し蹴り。

 十分に体重の乗った連続攻撃は、武器を持たぬ徒手空拳だというのにガリガリとスケルトンのHPバーを削って行く。〈体術〉スキルを習得しているが故の恩恵であった。普通のプレイヤーがこのように素手でモンスターを攻撃したところで、与えられるダメージなど微々たるものに過ぎない。

 〈体術〉スキルを会得しているプレイヤー、特に彼の徒手空拳による攻撃は、武器のそれに準じるものだった。

 

 

「いっけぇぇぇええ!!」

 

「■■■―――ッ?!!」

 

 

 着地したところに襲いかかる振り下ろしを横にスライドして避け、再び大地を踏みしめてぐるりと縦に宙を一回転。光り輝く踵はスケルトンの頭蓋の頂点を捉え、見事に炸裂、砕いて見せた。

 〈体術〉スキル単発攻撃、〈タイガーファング〉。翻って敵を砕く虎の牙にも、あるいは三日月のようにも見える踵落としだ。相手の攻撃を避けてからのカウンターにも使える優秀なスキルであり、〈体術〉スキルの熟練度がそれなりに高くないと使えない。

 現在の最前線は第十五層であるが、攻略組の誰一人として彼ほど〈体術〉スキルに熟練した者はいなかった。

 当然のように急所である頭蓋を咬み砕かれたスケルトンは、のけぞり、不自然に動きをストップすると、断末魔の悲鳴もなく無数のポリゴン片へと変じて逝く。

 

 

「‥‥ふぅ、参った。いくら慣れてきたって言っても、こんな調子じゃ流石に心臓が保たないぞ」

 

「ごくろうさんだったな、ヒデオ。また“いつもの”かね?」

 

「うん。今回のは長く保った方だけど、さっきは連続してモンスターが湧いた(ホップした)からね。耐久度もバカみたいに減ってったみたいだ」

 

 

 HiDeは諦めがちに溜息をつくと、アイテムストレージから新たな武器を選択し、装備する。この作業も手慣れたもので、今では殆ど無意識に装備の変更が出来る。

 もっともそんな地味なシステム外スキルを身につけたところで役に立つ場など限られているし、おそらく他の誰だってこんな頻繁に武器を装備し直すことなどないだろう。ないと信じたい。でなければ今まで密かにささやかに零していた悪態が無駄になってしまう。

 

 

「しかし、本当の本当に参ったよ。一体どうしてボクの武器ばっかり耐久度の減りが速いんだ。彼女、リアルラックでもどうかしてるんじゃないのか?」

 

「運と言うなら、どちらかというと使っとるお前の方かと思うがの」

 

「だとしても片手剣と曲刀ばっかりこんなに壊れるなんておかしくない? その度ボクは徒手空拳でモンスターと戦う羽目になってるんだからさぁ‥‥」

 

 

 ご存知の通り、HiDeとニシダの武器は彼らのパーティの生産職プレイヤーであるリズベットが鍛えたものである。基本的な性能は同じ値段でNPCから調達するよりも良く、色々と融通も利く。特に好みに合わせたオーダーメイドも少しずつ作るようになってからは、かなり使い勝手の良い武器に二人は満足していた。

 ‥‥が、それは武器の威力や使い心地の話である。武器の性能というのは鍛冶スキルの熟練度や実際に作る際の諸々の要素やプレイヤースキル、そしてリアルラックによって左右される。そして彼女の場合、何故かこのリアルラックが問題であった。

 

 具体的に言うと、何故かHiDeが使う片手剣や曲刀だけ、むやみやたらと損耗率が激しい。耐久度は敵を攻撃したり敵の攻撃を受け止めたりした際に平均して、けれどランダムで減っていくもの。しかし彼の武器だけ不思議なことにやたらめったら耐久度が減っていく。

 そして結果として耐久度の管理もままならず、戦闘の真っ最中に武器が壊れ、無手で戦うことになるのだった。おかげさまで普通ではありえない速度でスキルの熟練度が上がっていく様に、もはや笑いしか零れなかった。

 

 

「はぁ、まったく本当に困った。こんな調子じゃあ、もうそろそろ武器なんて要らないんじゃないかって思ってきちゃうよ」

 

「しかし困っとるようには感じないぞ? 〈体術〉スキルでも十分戦えとるし、まぁいいじゃないか。彼女とはそういう約束で契約したのだから、男なら多少の不具合は勘弁してやらんかい」

 

「‥‥そりゃそうだけど、さ。まぁ慣れてきたしボクとしては別にいいけど、愚痴ぐらいは許してよね」

 

「別に止めはせんよ。‥‥しかしまた彼女に武器を作ってもらわんといかんなぁ。ワタシの武器もそろそろ耐久度がゼロになるだろうし、また次の階層に拠点を移す相談もせんと」

 

「あぁ、確かに。そういえばこの前十四層のボスが倒されたらしいしね」

 

 

 装備した、彼の好みと戦闘スタイルに合わせて若干短めに鍛えた片手用の曲刀を振り回して鞘に納める。

 二人がいるのは狭い洞窟の中。ニシダの長槍は取り回しが難しいが、巧く身体に沿わせ、回転し、あるいは扱き、器用に操ってはモンスターを仕留めていた。

 この洞窟は第十二層の迷宮区に当たる。既に攻略されたダンジョンではあるが、トレジャーボックスは時間をおいて復活するので問題はなく、レベリングならばこれぐらいの階層の方が安全マージンがとれていて安心だ。

 しかも此処は鉱物系のアイテムを、街で売っているピッケルを使って採取することが出来る。これもまた鍛治師のスキルが関係するドロップもあるのだが、ひとまずリズベットが武具の製作に勤しんでいる以上、二人で採れるものを採っておいた方がいい。

 暫くモンスターが湧かないことを確認した二人は、ピッケルを取り出し、壁に生じた亀裂のような採掘ポイントを見つけると、揃って黙々と採掘を始めた。

 

 

「しかしこのシステムは面白いのう。何回か振るうと勝手に鉱石が湧いて出てくるとは」

 

「流石に現実世界みたいに掘るわけにはいかないしね。でもゲームとかだとアイテムを手に入れたってエフェクトしかないから、それを実際に目の前で見るとこうなるのかって、少し不思議な気分かな」

 

「釣りもなぁ、もう少し味のあるシステムはならんかったのかなぁ」

 

「‥‥別に釣りゲーじゃないんだからさ」

 

 

 ランダムに何回かマトックを振るえば、ささやかな光と共にアイテムが生成される。この洞窟のこの場所は採掘ポイントとしてレベルが高いわけではないらしく、また使っているマトックも安物であるからか、多くは石ころや安価な鉱石ばかりだった。

 黙々掘っている内にも何人かのプレイヤーが二人に挨拶をして通り過ぎて行き、おそらく彼らはより高価で貴重な鉱石を求めて奥の方へと行くのだろう。あるいはそれも良いかもしれないが、今のところ二人は帰らなければいけない時間が迫っていることから此処より奥に潜るつもりはない。

 この作業も鉱石が目当てというよりは、レベリングで余ってしまった時間を有効活用しようとしているものだ。今日はもうこれ以上無理をすることはないだろう。

 ちなみに手抜きはいいのだが、この成果によって生み出されることになる武具は当然ながら採掘した鉱石のランクによって決まる。残念ながら、もちろんこの二人はそんな当たり前のことに気づいてなどいなかった。

 

 

「‥‥さて、今日はもう暗くなるしこのぐらいで帰ることにするかね」

 

「そうだね。鉱石も十分に集まったし、暗くなると湧くモンスターも強くなるし。リズベットとも宿屋で合流しなきゃいけなくなるし」

 

「あまり気にしとらんかったが、夜に活動したことは殆どないのう。夜にしか起こらないイベントもあるらしいが‥‥」

 

「生活サイクルが崩れると不調になるのはVRMMOでも変わらないみたいだよね。寝ないと疲れるし、健康じゃない。やっぱり脳は休ませないと」

 

 

 アイテムストレージがいっぱいになった頃、システム上の時計を見ればもうすぐ日が暮れる。フィールド上のモンスターの出現確率は時間帯によっても大きく変動する。特に夜はHiDeの言葉の通り、比較的強いモンスターが湧くということで危険だった。

 もっとも強いモンスターということは、乃ち倒した時のリターンも大きいということ。安定したパーティーなら夜に狩をする者達も多く、フィールドに出るとノンアクティブモンスターからの襲撃を守るアイテムのテントから這い出してきたプレイヤー達もちらほらと見える。

 みんな気の良い連中で、それぞれ手を振っての挨拶を欠かさない。窮地に陥れば助け合う仲なのだから、まぁ当然のことである。デスゲームと化したこの世界、助け合わなければ人は簡単に死ぬ。特にソロプレイヤーの死亡率が異様に激しかった最初の数ヶ月で身に染みて理解した事実であった。

 

 

「第十五層への転移門が開いたのは確か、一昨日だったっけ。新しい街の噂はまだ流れて来てないけど、リズが随分とソワソワしてたね」

 

「彼女も新たな街の様子を見ておきたいのだろう。何せ商売にも関わるし、なぁ」

 

「今リズが露店を出してるのは第十層。次が第十五層なら、そろそろ拠点を上の層に上げておきたいんだろうな。スキルが上がって来たなら客層も変わってくるだろうし」

 

「他の客の得物も、お前のように壊れなければ良いのだがな?」

 

「そんな話は聞いてないけど‥‥。だとしたら本当にボクばっかり被害に遭ってるってことじゃないか。落ち込むなぁ」

 

 

 迷宮区の洞窟から一番近い街までは歩いて三十分ぐらいだ。意外に近い場所にある。まるで城塞のような都市で、魔物との戦闘が多いという設定があった。たまに洞窟からあふれ出したモンスターの討伐依頼などの多人数クエストも発生する、人気の街である。

 夕刻だからか外を歩く人影は少なく、殆どがNPCだ。酔っぱらった中年が何人か歩いていたりもしたが、勿論近くを通ると肩からぶつかってきては罵って去る彼らに喧嘩を売っても、破壊不能オブジェクトの表示が出るだけだ。

 ただ、何かの条件を満たせば彼らからクエストを受注出来るという噂がまことしやかに出回っていた。もっともそれを確かめられた者はいないため、どうしても噂の域は出なかったが。

 

 

「しかし確かにそろそろ拠点の移転は考えた方が良いだろう。そろそろ経験値を稼ぐ階層も一つ上げたいところだしのう」

 

「父さん、随分と染まって来たね。最初は右も左も分からないって感じだったのにさ」

 

「そればかりは仕方あるまい。もう何ヶ月この世界にいると思っとるのだ。これで慣れなかったら会社ではクビだよ」

 

「何それ社会怖い」

 

 

 ふと、軽口をやめて前方を見る。人通りも少なく、数人のプレイヤーのみが歩く通りの向こうから、見慣れた人影が近づいてきていた。

 動きやすい胸甲(ブレストプレート)に、無骨な籠手(ガントレット)脚甲(レギンス)。肩周りを動きやすくするために鎧は最小限で、代わりと言わんばかりにミニスカートの両脇にはしっかりと腰回りを保護する甲冑を纏っている。

 髪の毛は外側に跳ねた茶色の癖ッ毛で、目元の下に散ったそばかすが愛らしい。ぱっちりと開いた目は気の強そうな眼差しであり、小柄ながらも意思のしっかりした様子がよく分かった。

 

 

「リズ」

 

「あらHiDe(ヒデ)。今帰ってきたの? 随分と長く潜ってたわね。今日も経験値稼ぎ、ご苦労様」

 

「キミまでそう言うか。だからボクはヒデじゃなくてHiDe(ハイド)だってば‥‥」

 

 

 彼女はリズベット。今はニシダとHiDe、合わせて三人でパーティを組んでいる鍛冶師であり、メイスを得意としている戦闘派のプレイヤーでもある。

 最前線が第十四層である現在は第十層の街で露店を出して商売をしており、中層部のプレイヤー達からはそこそこ好評を得ている売れっ子武具職人。その傍らダンジョンにも潜って自身の戦闘スキルを上げているのだからかなり希有なプレイヤーとも言えた。

 露店での商売は順当に終わったのだろうか。どのくらいの商品が売れたかは、品物をアイテムストレージに仕舞っておけるSAOの世界では見た目から判断することは出来ない。

 しかし売り上げ(コル)以外にも戦果があったらしい。彼女には、初めて見る連れがいた。

 

 

「‥‥その子は?」

 

 

 SAOにおける女性プレイヤーの人口は、概ね二割に満たないと言われている。元々からして女性はネットゲームなどの文化に馴染む割合が低い。あるいは男性の方がこの手のゲームが大好きなのだろう。とにかくアインクラッドは残念ながら男所帯であった。

 よってニシダとHiDeの仲間であるリズベットも実は、彼女曰く地味ながらもかなり人気であった。そこまで得意ではない人付き合いを厭うが故に常に機嫌の悪そうな目つきをしている彼女は、直接声をかけることこそ少なかったが、ひっそりとお近づきになりたいと思っているプレイヤーは少なくない。

 彼女曰くの地味な容姿のリズベットであるが、その彼女の隣には、成る程その言葉は謙遜ではないのかと失礼にも思ってしまうぐらいの美少女が立っていた。誰もが振り返る美少女、という言葉がこれほどに似合う少女もいるだろうかという程の、美少女である。

 まるでファンタジーの世界の普段着のような丈夫な布の服を着込み、腰にはスラリと細い直剣を差していた。羽織ったマントが歩く速度に合わせてささやかに翻るのがまた実に美しく、嫌が応にも人目を惹く。異性に興味がないと自認するHiDeも老境のニシダも、思わずハッと目を見張ってしまったのを認めざるを得なかった。

 

 

「あの、はじめまして。ニシダさんと、HiDe君ですよね? リズから話は聞いてます。私はアスナです、どうぞ宜しくお願いします」

 

「これはこれはご丁寧に。ワタシはニシダと申します。こちらは息子のヒデオ」

 

HiDe(ハイド)だってば!」

 

「そう、HiDedだそうで。こちらこそどうぞ宜しくお願いします、アスナさん」

 

 

 人当たりの良い笑顔を浮かべたニシダと、目の前の彼女と同じくらいには緊張、あるいは心情的に距離を置いているHiDeと握手をする。

 ソロで狩をしているアスナにとってみれば、久しぶりのプレイヤーとの交流であった。

 

 

「‥‥で、彼女は?」

 

「いつも通り第十層で露店出してたら買い物に来てくれたお客様よ。ソロで攻略してて、その、あたしの武器を気に入ってくれたって‥‥」

 

 

 照れたように隣の少女を紹介するリズベットに、ああ、と二人は合点がいった。

 ただでさえ少ない女性プレイヤーの多くは、よく言えば人気者で、悪く言えばチヤホヤされる傾向にある。そして彼女達は自分に良くしてくれる男性プレイヤー達の取り巻きに囲まれていることが多い。本来ならば互いに集まり、助け合うべき同性も、その弊害故にあまり絡みがないと聞く。

 だから彼女とリズベットとの関わりが、露天の商人と客というのは非常にしっくりきた。取り巻きをつくるタイプではない二人だ。下手すればフィールドで会っても淡白に別れかねない。

 

 

「キミの武器を、ねぇ」

 

「‥‥何よ」

 

「別に。ボクもキミの鍛えた武器はかなりの逸品だと思うよ。すぐに壊れることさえなければ」

 

「え?」

 

「な、なんでもない! 別にそんなことないからアスナ! そ、そんなことよりさ! ソロで活動してて大丈夫なの? やっぱり一人だと色々危なくない?」

 

 

 皮肉の混じった苦言に反応した新たな同性の友人の信頼を守るため、慌てて誤魔化したリズベットはキッという音さえする形相で発言主のHiDeを睨みつけた。

 実際彼女の鍛える武器はHiDeも評した通り、このぐらいの階層では一級品と言えるぐらいの名物である。値段も程々に手頃で、質も良い。HiDeこそあのような調子で茶化してはいるが、武器が壊れるのは使い手である彼と造り手である彼女と二人合わせてのリアルラックの問題でもあるため今のところ悪評はない。

 おそらくこの調子で修行を重ねていけば、程なく最前線組の武具を鍛えるまでに至ることだろう。そしてその頃には、HiDeとニシダも彼女と共に拠点を最前線へと移すことになる。

 もっとも安全マージンを考えれば、おそらく狩場自体は一つか二つ下の階層になることだろうが。

 

 

「確かに危険は危険だけど‥‥。でも一人の方が経験値の入り方が良いし、知らない人とパーティー組むのも、ね」

 

「ああ、成る程‥‥。アスナみたいな揉め事の種になるぐらいの美少女は、取り合いになる定めだものね」

 

「美少女って、リズ!」

 

「なによ、本当のことじゃないの。照れちゃってもう可愛いんだから」

 

 

 確かにアスナぐらいの美少女にもなると、揉め事が起こるレベルという表現もあながち間違いではない。取り合いといっても実際に殴り合いになるわけでもないだろうが、紛りなりにも自分のパーティに入っているメンバーを勧誘されれば仲間も楽しくないだろうし、そうなるとイザコザに発展する可能性だって十分に考えられる。

 実際既にアイドルのような扱いを受けている女性プレイヤーはいるし、彼女たちを巡って少々揉め事があったという話も聞く。さらに基本的にはソロで活動していたアスナではパーティーの伝手も無いだろう。そうなると新たな仲間を探すのは難しい。何せ新たなアイドルは間違いなく取り合いになるものだ。

 だからだろうか、フランクに話す二人の様子は如何にも気の知れた長年の友といった感じで、おそらくは今まで同姓と全く話して来なかったのだろう、久々の交流に心を弾ませているのがよく分かる。

 

 

「一人で戦うのもコツを掴めば難しいものじゃないわ。立ち回り方とかを工夫すれば十分戦えるものよ。‥‥まぁ、リズ達みたいなパーティーを組んで戦ったことはないんだけど」

 

「おぉ、やっぱり手練れのソロプレイヤーは違うわね。少しの間だけど、あたしもソロやってた時期もあって、結構ピンチの連続だと思ったんだけど」

 

「‥‥あぁ、確かに大ピンチだったな、あのときは」

 

「あんたは黙ってなさいHiDe!」

 

「うごぉッ?!」

 

 

 いつの間にか取り出した鍛冶用のハンマーが小柄な少年の前頭部を強打する。勿論圏内であるから、プレイヤー同士の戦闘でダメージが発生することはなく、相応のノックバックによってHiDeは盛大に吹き飛ばされた。

 男としては甚だ情け無い話ではあるが、残念なことにHiDeよりもリズベットの方が筋力値が大きいのである。

 

 

「そういえば、ねぇアスナ、宿は何処に取っているの?」

 

「実は昨日まで泊まってた宿屋を引き払っちゃって、次の宿は決めてないのよね」

 

「本当?! 良かった、じゃあ折角こうして会えたんだし、今日はあたし達の宿においでよ。久しぶりの女の子の友達だもの、まだ全然話し足りないし。いいでしょう、ニシダさん?」

 

「構わんがねリズベットさん、ワタシに了解をとるより前にアスナさんの答えを聞かなくてはね?」

 

「わ、私は呼んで頂けるなら是非。でも、いいんですか‥‥?」

 

「なに、ワタシも若い人と話すのは二人を除けば久しぶりでしてね。ソロの方と話すのも同じく初めてでして、是非お話を伺いたいと思いますよ」

 

「そういうことなら、生憎と面白い話なんて出来そうにありませんけど‥‥」

 

「なぁにお気になさらず。こちらが、まぁリズベットさんですが、無理やり誘ったようなものなのですから」

 

「ニシダさんまで‥‥」

 

「自業自得だよ」

 

「何よっ?!」

 

「何がだよ」

 

 

 好々爺という表現がピタリと当てはまる、老成した笑顔のニシダ。基本的に人当たりが非常に良い彼は職場では良き上司、愛すべきオヤジとして親しまれており、初対面の人間が相手でも概ね悪感情を抱かれない男であった。

 同性ということで比較的早く親しくなったリズベットの知り合いということもあるが、おそらくは彼の人柄だろう。あるいはこのVR世界に隔離され、離れ離れになった親を思い出すのか、彼女としては早いぐらいに緊張を解く。

 彼女は本来は非常に生真面目で、そして同じくらい朗らかで快活な性格をしている。年齢不相応な強張りが解れた様を見て、ニシダも穏やかな笑みを深くした。

 

 

「じゃあもう行こうよ父さん、それにリズとアスナさんも。ボクもうお腹ペコペコだ」

 

「確かに。あたしもずっと道端でぼーっとしてたから体が凝っちゃってしょうがないわ。ここの宿にはお風呂があるのよね」

 

「お風呂があるの?! それを聞いたら黙ってられないわよ!」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 

 了解の意を得たと合点して踵を返し歩き出すHiDeに、その背後できゃいきゃいと愉快そうに笑い合い喋り合う二人の少女と楽しげに三人を見守るニシダ。

 あまりにもチグハグながら、妙に様になっていたt。めっきり人通りが少なくなった街の中でもかなり目立つ。そんな四人組は、たまにフラフラしているプレイヤーに奇異の視線を向けられながら、町外れの小さな宿屋へと向かった。

 

 ここ一ヶ月ぐらいの間、第十二層が開放されてからニシダ親子がお気に入りにしている宿屋は、主街区の中心部に点在している宿屋に比べると実にこじんまりとしている。

 頑丈な木造の壁は年季を感じさせ、小さいながらも庭は程々に手入れされていた。部屋数は多くても十に達しないだろう。そもそもアインクラッドの宿屋は数はあるが一つあたりのキャパシティは少なく、立地を考えるとむしろ大きな部類に入るかもしれない。

 ちょうど大人が二人並んで入れそうな両開きの扉からは既に温かいシチューの香りが漏れ出ており、とてもバーチャル空間の中とは思えないぐらい鮮明に鼻腔を刺激する。システム上ありえないはずの、腹が鳴る音が聞こえた気がした。

 

 

「ああ、お帰りなさい旅の方。食事をするんなら食堂のお席に座って下さいな。お風呂にするならお部屋にある手拭いを持ってお風呂場に行って下さいな。お休みになるならお部屋の鍵をかけ忘れないように気をつけて下さいな」

 

 

 カランカラン、と木片が触れ合う軽い音が響く。扉に取り付けられていた鳴子の音だ。喧しくもない心地よい音色は存外に広い食堂中に聞こえるようになっていて、待ち合わせをしているプレイヤーも安心であった。

 この宿屋は玄関と食堂が一緒くたになっていて、他にロビーやら談話室やら気の利いた設備はない。フレンド同士ならメッセージも送るだろうが、そうでないプレイヤー達はこの食堂で待ち合わせをするしかないのである。あるいは風呂でというのもあり得るが、システム上茹だる心配がないとはいえ長く風呂に浸かることを好むプレイヤーは多くはない。

 この食堂は中世の宿屋よろしく昼間は食事処、夜は居酒屋としても営業しているので、宿泊客以外も利用出来るのだ。ちなみに宿泊客は朝夕の食事を無料で利用できるが、酒などの追加はコルを払わなければならなかった。

 ‥‥もっともアインクラッドの酒はおしなべて味気ないので、現実世界でも酒好きであった何処ぞのバンダナぐらいしか飲む者はいなかったが。

 

 

「じゃあ早速食事にしようかの。ヒデオじゃあないが、腹がペコペコだわい」

 

「アスナはチェックインしておいでよ。カウンターに置いてある宿泊名簿に名前を書いて、お金を置けば大丈夫よ」」

 

 

「うん、ありがとう。それじゃ少しお待たせしちゃうね」

 

  

 流石に従来のRPGとは違い、常に宿屋の女将がカウンターに座っているというわけにはいかない。生きている人間のように見せるために動き回っているので、別の場所にいる時は、カウンターに置いてある宿泊名簿に名前を書いてコルを置けばいい。

 詳しいことはHiDeにもリズベットにも分からないが、書く名前自体は大事ではなく、名前を書くという行為がキーになっているようだ。カウンターに置いたコルも自動的にすぐ消失してしまう。代わりに現れる鍵に書かれた番号が自分の部屋を表している。

 長期滞在の場合はそれとはまた別にNPCに話しかける必要があり、色々と複雑な仕組みになっていて難しい。一度気になったHiDeが父親に聞いてみたことがあるのだが、まるで理解不能な言葉の羅列を前に敢えなく白旗を振る羽目になったのは記憶に新しかった。

 何処にでもいる好々爺に見えるが、こう見えてもネットワーク管理の最前線で働く技術者。その知識は所詮一般ユーザーに過ぎないHiDeにはちんぷんかんぷんである。

 

 

「さぁさぁ腹拵だ。明日も朝早くから洞窟に潜らんといかんしなぁ」

 

「明日はあたしも行きますよ、ニシダさん。ちょっと新しい鉱石が欲しくなっちゃったんで。あんまり迷宮に行かないと体も鈍るし、戦闘用スキルも少しは上げておかないと」

 

「ほぅ、リズベットさんが一緒にいらっしゃるのは久しぶりにですな?」

 

「ダメージディーラー復帰か。しかし何でまた急に行くことにしたのさ? 鉱石ならボクと父さんでも掘って来られるのに」

 

「鍛冶のスキル上げてないと採掘出来ない鉱石もあるのよ。攻略的にはこの辺りはまだまだ下層だから、そんなレアな鉱石なんてないかもしれないけど‥‥まぁ単純に良いものを掘り当てる確率も上がるって聞くしね」

 

「ふぅん、そんなものなのか」

 

「細かいところで色んな条件があって、それによってプレイスタイルも全然違ってくるみたいなのよね。ホント悔しいけどよく出来てるわ、このゲーム」

 

「退屈しないんだからいいじゃないか。これで単調な従来のRPGみたいなシステムだったら、とてもじゃないけど気が滅入っちゃうよ」

 

「ま、それもそうよね。ホント茅場って科学者は天才だったわけだわ」

 

「誰もが認めるところだろうさ。こんな事件を、起こしたんだからね。未曾有のテロだよ、一万人規模の仮装空間拉致監禁だなんて―――む、お待ちかねの夕食がご到着か」

 

 

 記帳を終えたアスナが戻ってくると、丁度よいタイミングで食事が運ばれて来た。立ち入り禁止領域である厨房は下手すれば部屋そのものが存在しないので実際に調理の工程が行われているかは謎だが、アインクラッドの世界では少しの間をおいて料理が出てくるようになっている。

 おそらくは現実世界の感覚との差異を極力減らしたかったのだろう。ゲームとしての効率性を大事にしながらも、極力リアルに作り込まれた世界は、この何ヶ月か暮らしてみて色んなものを錯覚してしまう程だった。

 

 

「さぁさぁ来た来た。ここのシチューは結構食べられる味だから、気に入ってるんだよなぁ」

 

「まぁ大雑把だけどね。流石に味覚まで再現するにはマンパワーが足りなかったんでしょ」

 

「ボクは詳しく分かるわけじゃないけど、やっぱり味覚は触覚とか視覚や聴覚に比べて分析しづらいのかな? 大雑把でも味がついてるだけマシかもしれないけどさ」

 

「でも唯一の娯楽みたいなものなんだから、お金なら幾らでも出すし、もうちょっと美味しいものが食べたいものよ、心情的にはねえ」

 

「まぁまぁ愚痴っていても仕方なかろう。調理法が発達した現代とは比べものにならない食生活。中世の時代を体験していると思うより他あるまいよ。文句を言わんで、ありがたく感謝して食べるべきじゃないかね?」

 

「‥‥まぁ、ここの料理には不満も少ないし、とにかくいただくとするか」

 

 

 ホカホカと湯気を立てる熱々のシチューは澄んだ色をしていて、得体の知れないながらも噛めば柔らかく蕩け、肉汁の染み出す謎の肉と、見慣れない数種類の野菜が具として入っている。

 味はコンソメとコショウの混合物らしきもの。あとは塩も多分入っているだろう。こういう基本的な調味料の有無すら信用出来ない、なんというか見た目や臭いっから推測される斜め上の味がした。

 代わりにアインクラッドの食べ物は食感や匂いに秀でており、こんなに柔らかいシチューは早々口に出来ないというぐらい質の良い噛み応えがするのだ。付け合わせの、これまた得体の知れない野菜を漬け込んだピクルスとフワフワ熱々の焼きたてパンも合わせれば、このレベルの宿屋では考えられないぐらい上質な食事と言えるだろう。

 

 

「‥‥SAOの料理にしては、美味しい。よく見つけたわねリズ、こんな穴場」

 

「この宿屋は街の外れにひっそりと建ってるから、他のプレイヤーもあまり気づかないみたいなのよね。ニシダさんがNPCと話して教えてもらったんだけど、居心地よくて掘り出し物だったわ」

 

「最近は若い人と話すと怖気付いてしまいましてな。ならば情報収集にと街の人に話しかけておるのですが、成る程なかなかこのゲームは奥が深い」

 

「何度も話しかけたり、定期的に話しかけたり、特定の時間に話しかけたりしないと成立しないクエストもあるしね。他のプレイヤーも分かってはいるつもりなんだろうけど、時間に余裕がなかったり根気がなかったりで軽く見てるフシがあるし。父さん物好きな部類に入ってるんじゃない? 情報収集してるとたまに噂聞くよ」

 

「なんと?!」

 

 

 焼きたてというだけでパンの美味しさは八割上増しされると言っても過言ではない。旨味を損なわない程度に冷めて食べやすいソレをハフハフと頬張りながら親子は話す。少し自慢げに、そして音を立てずがっつかず上品に躾け良く澄んだ汁を木のスプーンで口に運ぶリズベットと合わせて三人。まるで本当の家族のようだった。

 彼らは出会って未だ一ヶ月にも満たないというのに実に親しげで、アスナは疎外感を覚えるよりも先に羨ましさと懐かしさを覚えて微笑んだ。自分の家は勉強に厳しい家庭ではあったが、今思えば母は思いやりがあって、父は自分のことを大事にしてくれていたと。

 

 

「‥‥楽しそうね」

 

「そう思う?」

 

「うん。こんな短い間でも、よく分かる。羨ましいよ、リズ」

 

 

 付け合わせのピクルスとシチューの中の肉をパンに挟むという、中々にジャンキーな食べ方を試みていたアスナがにっこりと笑って言った。

 多くのソロプレイヤー達は根っからのMMOプレイヤー、いわば廃人ゲーマーとも言われる連中だ。彼らは現実世界に戻りたいという願望とはまた別に、この“ゲーム”を攻略することやSAOの世界を楽しみ尽くすことを目的に活動している者が多い。いわば、この世界という日常を謳歌しているわけだ。

 しかし彼女は他のソロプレイヤーとは異なり、今までMMOの類のゲームをプレイしたことはない。彼女は純粋にゲームクリアーを目指して戦い続ける、ある意味異端のソロプレイヤーだった。ただただこの世界からの脱出、あるいはこの世界への挑戦、抵抗として戦いを続ける。戦闘狂と最前線のプレイヤーからは呼ばれることもある、猛者である。

 殆ど人付き合いというものをせず、一人孤独に必死に懸命に戦い続けた彼女にとって、ボス攻略や情報収集など以外では久しぶりな人との触れ合いに、同じく久々に零れた笑み。それらに少しの驚愕すら覚えた。

 

 

「‥‥じゃあさ、アスナ。良かったら明日の迷宮攻略手伝ってくれない?」

 

「え?」

 

「あたしも最近は金属相手にハンマー振るってばっかだったから、久しぶりの戦闘はちょっと不安でさ。ウチって盾がいないでしょ? HiDeもニシダさんもAGI盾だから、もしそうなら攪乱するために素早いメンバーがもう一人いれば楽かなーって‥‥」

 

 

 通常の壁戦士(タンク)が重厚な鎧や盾でモンスターの攻撃を受け止めるのに対し、AGI盾とは敏捷を最大限に活用してモンスターの攻撃を避け続け、合間に攻撃をしかけてモンスターの攻撃を自分に集中させる存在だ。

 そして残念なことにニシダ一行には盾を持つプレイヤーがいない。ニシダ親子は二人とも変態的な素早さと器用さで敵の攻撃を捌き躱し、そして攻撃することでダメージディーラーであるリズベットを攻撃させないプレイを得意としていて、実際それは完璧に近い完成度で成功している。

 とはいえ最前線に極めて近いレベルを維持しているとはいえ、リズベットは生産職だしニシダ親子は結局のところ最前線には出ない程度のレベルに過ぎない。よって上級者との戦いで何か得るものはないかと考えていたのは、リズベットだけではなく二人も一緒であった。

 ニッコリと頷くニシダに、溜息一つを漏らして肩をすくめることで肯定を表すHiDe。一体パーティーのリーダーは誰かと思っていたが、成る程、この三人は全員で相談して、あるいはするまでもなく全体の意思を決定出来る希有なチームらしい。

 

 

「‥‥‥‥」

 

 

 アスナは考えた。

 新たに友人となったリズベットに言った通り、経験値を稼ぐならばソロの方が明らかに都合がいいし、実際今までもそうしてきた。大雑把に敵に与えたダメージによって得られる経験値は左右されるわけで、ソロならば経験値を独占出来るということなのである。

 とはいえ人生には息抜きが必要だ。欠かさず参加しているボス戦ではソロとしてチームワークも何もその場のノリと勢いと勘でしか捌けなかった。第二層や三層などの最下層付近では指揮官が不足していたが、今では〈軍〉と呼ばれる巨大ギルドや、最近台頭してきた〈聖龍連合〉などのギルドのリーダーや幹部が指揮をとることが多い。必然、ソロである彼女も中々に肩身が狭い。

 その場しのぎの連携は自分でもそれなりに巧くなってきたと思う。けれどこの辺りで、しっかりとしたチームワークを学んでおくのもいいかもしれない。最近感じてきたが、やはり強大な敵に挑むのにソロでは色々と都合が多いのだ。

 

 

「‥‥じゃあ、少しだけお邪魔しようかしら。せっかく、誘ってくれたし」

 

「ホント?! やったぁッ!!」

 

「こらリズ、嬉しいのは分かったからボクに抱きつくなよ! 重い痛い苦しい!」

 

 

 何より、久々に感じた親しく人と触れあう暖かさと心地よさ。心が安まる。もう少しだけ、この空気を感じていたい。

 たまにはこういうことがあってもいい。他ならぬ、この世界で初めて出来た友達の頼みでもあるのだから。

 

 もちろん最前線を征く彼女にとって、何個か下の階層でパーティを組むのだから安全であることに否やはない。

 しかし彼女が思っている以上に、この世界は不可思議でそして千変万化。何かを確認して安心したなんてことはなんの保証にもなりはしないということに、剣一本でいままで切り抜けていた少女は、まだ理解出来ていなかったのであった。

 この世界はプレイヤー達にとっては、もう一つの現実。そして現実は公平でありながら不公平で、何が起こってもおかしくはない。

 それは危険についてもそうであるし、あるいは人と人との関わりについても同じである。プレイヤー個人がどう思って行動をしようが、それが本人の思い通りに進まないのは現実世界とまったく同じ。

 

 だから彼女が彼女の信念として持ち続けたものが、ゆっくりと解れていくのも、

 それもまた、良きにせよ悪しきにせよ、この世界が現実たる証なのであった。

 

 

 

 

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