お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』   作:冬霞@ハーメルン

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少し遅くなってしまいましたが、最新話投稿完了です!
早くヒーローしてるところが描きたいですが、親子の絆や友との出会い、彼の成長を描かずにヒーローにはなれぬ。
もう暫くお付き合い下さいませ。申し訳ありませぬ。


第6話 『親子激突』

 

 

 

 

「‥‥朝?」

 

 

 起床アラームで目が覚めて、大きくベッドの上で伸びをする一人の少女がいた。

 カーテンの隙間から差し込む光は柔らかく、眼を灼くことなく起床を促す。もっともSAOの起床アラームは本来の性能を発揮するため、“必ず起床出来る”ものだ。そこに不快感はないが、どこはかとない違和感を覚える。

 強制的な起床はこの世界に自分自身をコントロールされているような気分で、実に落ち着かない。その一点においてのみ不快感を覚えてしまう。自分という存在を誰かに握られているような気がして、不愉快だった。

 

 

「あれ、リズ‥‥?」

 

 

 ふと隣を見れば、昨日の夜遅くまで話に興じていた友人がいない。二人部屋のもう一つのベッドに確かに入り込んで、二人で寝たはずだ。ベッドを触ってみると温もりは‥‥感じない。

 他のものに移った体温まで再現できるようなシステムだとは思えないが、几帳面に片付けられたベッドの様子を見ると、余裕をもって着替えまで済ませて出て行ったらしい。

 昨夜は早々に普段着へと着替えて長く話していたからだろうか、目覚めの具合が随分と良かった。それこそ基本的に寝る時以外の全ての時間を、鎧の類は好まないとはいえ、戦支度で過ごしていたのだから、ある意味では当然なのだろうか。

 凝っていた肩がほぐれている気がする。身体が軽い。どうにも自分はやたらめったら気を抜かないままに戦っていたらしいと、アスナは一人笑った。

 

 

「私より早く起きてるなんて、一体どうしたのかしら‥‥」

 

 

 気分的に、寝間着からもう一着の普段着へと着替えると部屋を出た。

 いったい誰が分析して再現したのだろうか。宿の中は心地よい暖かな木材の匂いに満ちていて、朝の温い空気に微睡みが蘇る。勿論このまま寝てしまっても誰も止めはしないが、いくらゲームの中とはいえ惰眠を貪るのは主義主張に反することだ。

 ギシリギシリと音を立てる古い階段を降りて、食堂へと繋がる廊下を歩く。この宿でプレイヤーが出入りできる場所は、部屋と食堂と浴室ぐらいだ。廊下も必要最低限の長さであり、移動できるスペースは限られている。

 昨日からの様子を鑑みると、どうやら他のプレイヤーは泊まっていないらしい。一階の大部分を占める食堂に人影はなく、朝食を摂れる時間にも指定があるあたりは無駄に現実世界と似通っていた。

 

 

「‥‥何か音がする、わね。中庭かしら?」

 

 

 ふと、静まりきった食堂に外から響いてくる音が聞こえる。

 掛け声のようなもの、何かが素早く空を斬る音、飛び跳ねる音だろうか。街中というには少し辺鄙な場所にあるけれど、れっきとした安全域たる日常の場で聞くには不釣り合いな音のようだ。

 もしや何かイベントでも起こっているのだろうか。攻略の鬼、女狂戦士などと本人曰く不名誉な仇名を持つ所以か、興味を惹かれたアスナは食堂の裏口へと足を伸ばした。

 

 

「よっ! はっ! とぅっ!」

 

「おぉ! やぁッ! でりゃあぁッ!!」

 

 

 裏口を出ると、そこは何の変哲もない中庭である。客が泊まる部屋と食堂の厨房部分、そして風呂場は棟が分かれており、上から眺めると崩れた丁の字のようになっている。

 道に面した垣根と建物とで区切られた空間は柔らかい芝で覆われており、程々に手入れされているために見苦しさはない。遮られた上で差し込む朝の陽射しが心地よく、暑くも寒くもない過ごしやすい空間だった。

 

 

「あれ、アスナ。早いね、寝坊したって怒らないんだからさ、もっとゆっくり寝てればいいのに」

 

 

 その中庭の端に、申し訳程度に据えられた小さな花壇。その縁にリズベットが腰掛けていた。格好は味気なく着心地の悪いこの世界の一般的な普段着で、活動的な彼女らしく、動きやすいように裾が大きめに開いた短めのズボン。寒さも感じる気候に設定された階層だからかベストを羽織っていて、短い髪も合まって少年のようにも見える。

 彼女が座っている花壇の辺りは丁度良く遮られた朝の陽の光が射し込んでいて、実に居心地が良さそうだ。何事もないかのように気安く手招きをする彼女の横に、存在しないだろう汚れのパラメータを気にしながらアスナも腰を下ろした。

 

 

「おはよう、リズ。‥‥ところでコレ、何事?」

 

「何事って、模擬戦よ模擬戦。デュエルですらない圏内戦闘、別に不思議でも何でもないでしょ?」

 

「圏内戦闘だけなら、ねぇ‥‥」

 

 

 視線を向けるのは、長閑な宿屋の中庭に広がる異質な光景。武器を持たず、激しく拳と脚を打ち付けあって舞う小柄な少年と老境の男性。

 芝はおろか土まで削れよと言わんばかりに激しい踏み込みと、空も裂けよと振るう拳。それは荒々しくも流麗、そして華々しくも滑稽な演舞であった。

 

 

「はっ! たっ! ほぁちゃあっ!」

 

「よっ! ほっ! そぉいっ!」

 

 

 側頭部を両側から襲う苛烈なチョップをHiDeが捌けば、大きく後ずさったがために出来た空間を縫うようにして突き出されるニシダの蹴り。そしてそれを受け止めればあまりの威力によろめき、続けて同じ脚で二度も三度も繰り出される上段と中段を狙う回し蹴りは、甘んじて喰らいながらも吹き飛び、間合いをとった。

 だが間合いをとるということは、HiDeにとっては一時の安堵を得ると共に、ニシダにとっては十分な踏み込みを以て必殺の一撃を叩き込めるということだ。

 宙を駆けるかのような図体に見合わぬ飛び蹴りを回転して逃れ、今度はHiDeが攻めに転じる。

 

 

「はぁいやぁぁああっ!!」

 

「ちょりゃあぁぁあっ!!!」

 

 

 右の拳で顔面を狙えば、左の拳で防がれ、今度はニシダの右拳が迫る。防がれた右拳を戻してそれを防げば今度はHiDeの左拳が唸り、それもまた同じく防がれる。相手の防御をすり抜けようと、そしてすり抜けてくる拳を通すまいと、恐ろしく緻密で素早いやり取りが繰り広げられていた。

 目にも留まらぬ、息もつかせぬ連擊。互いの拳が入り乱れ、どちらが優勢なのかはおろか今どちらが拳を突き出したのかも分からない。合間合間に軽くノックバックが生じている音がするので何発かは当たっているのだろうが、勿論そんなところも確認出来ない。

 思わずポカンと口が開いてしまう。凄い、というよりは、一体何をやっているのだろうか。

 

 

「いつもやってるの? コレ」

 

「早朝受注クエストの時とか例外はあるけど、あたしが二人とパーティー組んでからは基本的にいつもだね。あたしはもう慣れちゃったけど、そうか、確かにアスナは面食らったかも」

 

「面食らうも何も、こんな激しい模擬戦見るの初めて‥‥ってベンチまで?!」

 

「ほら、槍みたいな感じでさ」

 

「そういう問題じゃないでしょ?!」

 

 

 見ればニシダが中庭の端に据えられていた動かせるベンチを担ぎ、軽々と振り回して武器にしていた。

 端を持って薙ぎ払う大剣のように。鋭く突き出して槍のように。脚を使って引っ掛ける鎌のように。体を軸にグルグルと風車のように。変幻自在の動きは一朝一夕のものではなく、熟練の武芸者を思わせる。‥‥得物が、そこらへんに転がっている長椅子でさえなければ。

 

 

「あ、危ないっ?!」

 

「大丈夫だってば。圏内なんだからノックバックだけでHPは減らないって」

 

「そ、それは分かってるつもりだけど‥‥」

 

 

 なんというか、生々しいのだ。アスナは未だにプレイヤー同士の戦闘は知識として知っている以外は殆ど見たことがない。故にともすればモンスターとの戦闘よりも生々しく見えてしまう。

 いや、違う。おそらくピンチの魅せ方が上手いのだ。先程から二人が本気で戦っているのだとすっかり勘違いしてしまっていたが、おそらくこれは文字通りの演舞。

 この攻防は予め決められていた型なのだろう。でなければHPが減らないとはいえ、あまりにも動きに迷いがなさ過ぎる。

 それでも危うく避けられた、という表情や突き蹴りの気迫は本物で、だからこそ逆に見る者への印象を考慮した演舞はスリルや興奮がリアルな戦いよりも際立っていた。

 

 

「あ、でもホラ、そろそろ終わるよ。一昨日からずっと同じ内容だから」

 

「同じ内容?」

 

「うん。ちゃんと事前に練習する内容決めてるみたいなのよ。それで段々と完成度が上がってくるから、アスナは見頃な時に居合わせたってワケ」

 

 

 成る程、いくらなんでも事前に殴る蹴るの打ち合わせを終えているとはいえ、ぶっつけ本番でここまで完成度の高い演舞が出来るはずがない。リズベットの話が本当ならば、この三日間で練習をしているからこそ、この苛烈な戦いを観られているというわけだ。

 足捌き一つ、視線の送り方一つとってみても洗練された動き。思わず手に汗握る戦いは、確かにリズベットの言ったように、終わりに近づいていた。

 

 

「ぜぇ、りゃあっ!!」

 

「おおおお―――ッ?!」

 

 

 背中から地面に倒れこんだHiDeの足が、長椅子を振り回すニシダの足に絡みつく。

 まるで軽業師が重い箱を両足で軽々とクルクル回すように、互い違いに絡めた足を大きく回転させてやれば、梃子の原理の一種だろうか、ニシダは長椅子を持ったまま大きく宙を舞う。

 そして堪らず距離をとろうと立ち上がりかけた実の父親を吹き飛ばす、HiDeの渾身の飛び回し蹴り。頼りない外見ながらも立派に破壊不能オブジェクトである垣根に叩きつけられたニシダを睨みながら、HiDeは長い長い吐息をついた。

 

 

「フゥウ―――」

 

「二、ニシダさんッ?!」

 

 

 健康体操の一種のような、頭と足が上下逆さまになった愉快な姿勢で垣根に突っ込んだニシダに堪らずアスナが駆け寄る。

 いくら圏内戦闘でHPが減らない、そしてペインアブソーバーの効果によって基本的に痛みを感じない世界とはいえ、人間が外部から受け取る刺激でどのような反応を起こすかというのは様々だ。ぶっちゃけた話、斬られたショックで気絶したり本当に死んでしまったりしても不思議ではない。よって実際ノックバックのおかげで斬られるわけではないにせよ、模擬戦でもやり過ぎは推奨されていなかった。

 

 

「―――いやぁ参った参った、痛みはないが目が回るわい」

 

「だ、大丈夫ですかニシダさん?」

 

「大丈夫、大丈夫。もう何回も吹っ飛ばされとりますからな、ワハハハハ」

 

「なんでまたこんなことを‥‥」

 

 

 先程までの気迫や気勢はなんだったのか。瞬く間に昨夜話した時と同じ、温厚な雰囲気へと戻り、爽やかに汗を拭う、眩しい笑顔のニシダ。

 実の息子に豪快にも吹き飛ばされた筈なのにやたらめったらといい笑顔だ。思わず真っ正面のアスナも笑顔になってしまう。無論、その笑顔は引き攣っているのだが。

 

 

「いや何、アスナさん達とは違ってゲーム攻略のためだとか、そういう高尚な理由ではありませぬよ」

 

「父さん、飲み物」

 

「おぉすまんなヒデオ。‥‥そう、まぁアレです。我々のこれは趣味みたいなものですなぁ」

 

「‥‥父さんの、ね」

 

 

 HiDeに渡され、事前に用意しておいたらしい水筒を煽る。SAOは非常によく出来たゲームで、排泄などの機能が備わっていない代わりに汗はかく。だがそれもエフェクトの一種であり、汗をかくからといって身体は汚れないし服もまた然り。精神的なものはさておき、肉体的な不快感もない。

 とはいえ精神衛生を重視するが故に風呂やシャワーを愛するプレイヤーは多く、アスナやニシダもその一人であった。とくに身体を動かした後にかく汗を拭うのは、ほとんど意味がない行為であっても不思議な気持ちよさがある。

 戦いの最中に舞う汗の美しさは、特に最近有名になってきたアスナのおっかけをしている何人かのプレイヤーの中で話題の的になっていたりした。

 

 

「父さんの趣味は映画鑑賞なんだ。それも、激しいアクションで有名なカンフー映画のね」

 

「カンフー映画って、あの中国とか香港とかで撮られてる‥‥」

 

「うん、そう、それ。‥‥なんていうか、母さんもボクも呆れるぐらいの映画好きでね。休日は朝から釣りに行って、昼間はたまにボクらの用事を聞いて、夜はお酒飲みながらずっとカンフー映画観てるんだ。困っちゃうよね、ホント」

 

「ワタシだって趣味はあるさ。好きにやりたい時間もあるよ」

 

「それについて文句を言うつもりはないけど‥‥」

 

「まぁええじゃあないか、そのおかげでこうしてこの世界で身になっているんだからの」

 

「父さんが勝手に、というか情熱が迸った結果だよね、コレ。まぁ確かに身になってはいるけどさぁ‥‥」

 

 

 HiDeの言葉の通り、ニシダの趣味は釣りとカンフー映画の鑑賞である。

 世間一般で映画鑑賞というと、音楽鑑賞と同じく単に『映画が好き』という言葉以上の意味を持たない無難な趣味という場合が多いが、彼の場合は一味、というか一味と七味ぐらいに違う。

 ホームシアターなんて大袈裟なものは存在しない。設備や趣味にかける金ではなく、作品にかける情熱が違った。具体的には、もう台詞回しはおろか動きすら全部記憶しているというぐらいに。

 もちろんそんなものは何の役にも立たない。映画の中の俳優達は然るべき訓練と修行を積んで、あの華麗ながらも滑稽で、スピーディな動きが出来ている。素人、ましてや高齢に数えられるニシダではどう足掻いても真似すら出来ない。

 けれどニシダとて別にアクションスターになりたいわけではなかった。ただ彼らの戦いっぷりを観ているだけで満足で、一挙一投足まで覚えるに至ったのも好きが高じただけに過ぎない。けれど、このアインクラッドに来てから、ただの趣味だったはずのカンフーは大きな意味を持ち始めた。

 

 

「いやぁしかしなぁヒデオ、何せこのアインクラッドでは現実世界に関係なく身体を動かせるじゃないか。とにかく身体を動かしていれば結果が出るんだからなぁ。楽しくて仕方がないよ、これは」

 

「‥‥父さんに変な火が点いちゃったんだ。ボク、こんな生き生きした父さん初めて見たよ」

 

「心中お察しするわ、HiDe君。いや、別に悪いことでないですけどね‥‥」

 

 

 SAOのアバターは脳から発せられる電気信号をナーヴギアが回収することで動かしている。つまり基本的には現実の身体を動かしているのと何ら変わりはしない。

 但しここで注意するのは、アバター自体の運動性能はゲームのシステムによって定められているという点だ。つまり現実世界と同じように体を動かす感覚で、全く性能が異なるアバターを操作しなければならないわけだ。

 故に現実世界での運動神経や肉体性能が良かったものほど、どちらかといえばアバターの操作にも良い影響が出ているような印象があった。もっともソードスキルが動きを支配するゲームであるから、システムのアシストを巧く捉えられるかという部分もあり一概にも言えないのだが、その一方で運動を不得手としていた者の中からも多くのトッププレイヤーが輩出された。

 現実世界でも仮想世界でも、結局のところ体やアバターを動かすための信号を繰り返し繰り返し出力すれば動作はスムーズになっていく。パラメータもそうだが、正確な身のこなしや攻撃についてはそちらの地味な訓練の方がよほど大事で、その点ではニシダとHiDeはセオリーを誰よりも忠実に踏襲していたのだろう。

 

 アクションに限らず、基本的に世の中の物事には得手不得手があるものだ。どれだけ情熱を注いでも才能の壁には当然ながら激突するし、そもそもの下地がなければまともな形にすらならないものだってある。

 だがこの世界では、やった分だけ報われるのだ。スキル制の特徴として、単純な仕事量に熟練度は比例するというものがある。要は才能など関係なく、練習すれば、努力すれば必ず結果に繋がるというわけだ。

 もちろん戦闘などにおいてセンスが生死を分ける場面は多々ある。しかし現実世界に比べれば、どちらかといえば気概や判断能力が物を言う世界で、やはり根底の努力は欠かせない。

 逆にいえば、努力さえ欠かさなければ必ず成功する。その事実に誰よりも反応したのは、辛い世間を生き抜いてきたニシダだった。

 

 

「まぁそんなわけでしてな。好きが高じてと言うのでしょうが、毎朝こうやって自分が覚えとるアクションを再現するのが日課になっとるんですわ」

 

「ボクはその付き合い。アクションは一人じゃ出来ないしね」

 

「すまんなぁ苦労をかけて」

 

「それは言わない約束でしょ」

 

 

 脳は現実世界にあるもので、そこから発せられる信号もまた現実世界に準じたもの。だから最初はおっかなびっくり、現実にある肥満気味の体を動かすように恐る恐るの試みだった。

 だが、人は慣れる。何十年も親しんだ現実の体の影響は色濃かったが、それも一週間ぐらいアバターを動かしてしまえばコチラが日常と転じるものだ。敏捷度や筋力値といったステータスにも影響はされるが、あとは繰り返し繰り返し体の動かし方を脳に覚えこませるだけである。

 本来ならコマンドを入力すればそれで事足りるゲームの筈が、現実のスポーツのような反復練習。そして面白いのは、遠回りに見えるそれこそが上達の早道だということだろうか。

 次第にアバターの動かし方に慣れてくれば、あとは頭の中に蓄積されたノウハウが物を言う。それは例えば武道経験者や格闘技マニアであったり、そしてニシダのようなカンフー映画マニアだったりした。

 もっとも彼のような情熱と興奮を以って趣味に興じる者はそんなに多くはなかったのであるが。

 

 

「良かったらアスナさんも一緒に如何ですかな? 今日はやっておりませんが、たまに普通の模擬戦もすることがありますので」

 

「‥‥今日はやめておきます。見ただけでもう、お腹いっぱい」

 

「ワハハハハ! まぁリズベットさんも最初にご覧になった時はそんな反応をでしたしなぁ」

 

「いやニシダさん、あたしじゃなくてもこうだってよく分かったでしょ? ていうか普通SAOでは素手で圏内戦闘なんてしませんから」

 

「キミの武器と父さんのしごきのおかげで、ボクの〈体術〉スキルの熟練度がすごいことになってる件について」

 

「う、うるさいわねっ! あたしにだって分かんないわよ、あんたの武器があんなに壊れる理由なんて!」

 

「酷い責任放棄を見た」

 

「だから、うるさいって言ってんでしょうが!」

 

 

 さて、と気持ちを切り替えると長椅子を元の場所に戻し、食堂へと向かう。気づけば先程よりも陽は高く上っており、そろそろ女将が朝食を出すために部屋から出てくる時間であった。

 SAOでは基本的に夜中よりも昼間に起きるイベントの方が多く、夜は昼間に比べて強力を通り越して凶悪なモンスターが出る上に視界が悪く戦いづらい。よって過半数のプレイヤーは陽の出ている間に活動し、夜になればおとなしく眠る生活をしていた。

 一方で人が少ない夜の方が効率的に狩が出来る一面もあり、好んで深夜を中心にフィールドを回るプレイヤーも珍しくはない。主にソロ、あるいは攻略組とも言われるようになってきたトッププレイヤーには少なからず夜を好んで狩をする者もいる。

 本来ならばアスナも効率を鑑みて夜に活動した方がいいとは思っていたが、生来の規則正しい生活習慣の影響だろうか。染み付いたリズムに従って、朝早くに起きてはフィールドや迷宮区に赴き、寝なければいけない時間ギリギリに戻ってくる生活サイクルをとっていた。

 その日の気分次第で好き勝手に動くことの多いニシダ一家に比べると戦闘に費やす時間こそ遥かに長いが、概ね生活の時間帯は似通っている。共に行動するのに支障はない。むしろ適してすらいた。今日一日の経験値取得効率は落ちるが、たまにならば悪くない。

 

 

「確か今日は迷宮区に行くんだっけ?」

 

「そうよ。欲しい鉱石があるから、基本的にはそれが出るまで頑張るつもり。でも階層に対してレア度が高い鉱石が目的だから、もしかしたらかなり深く潜らなければいけないかもね」

 

 

 朝食に出されたのは、昨夜とは違って薄い味付けの飲みやすいスープに、熱々のパンと少しのバター。

 スープは朝食だから薄いものが丁度よいが、パンは干し草を食べているかのような感触がするがホクホクの焼きたて。それだけならば如何に焼きたてとはいえ食べられたものではないが、近くの牧場が作っているという設定のバターを合わせてやれば戦士には十分な食事だった。

 添え物に出されているセロリにも似た茎の太い野菜は塩もつけずに丸かじりにすると、爽やかな青味が口の中に広がり、悪くない。全体的に味が残念なのは味覚パラメータそのものに技術的な無理があったからだろうが、この宿のメニューを考えたスタッフは相当に凝り性かグルメだったのだろう。

 

 

「あの迷宮区、確かマッピングが済んでないところがあったわよね?」

 

「うん。攻略のためのボス部屋は最深部にあったわけじゃなかったからね。ボクの聞いた話によると確か洞窟は途中で二股に別れてて、片方から先に探索したらビンゴだったとか何だとか」

 

「ということは今回はボスの部屋へ繋がる道とは、反対側へ進むということかの?」

 

「えぇ、そのつもりです。アスナはそっちに行ったこと、ある?」

 

 

 フィールドとは異なり、迷宮区はボス攻略のルートということで難易度が違う。特に危険ということで攻略には一層の注意が必要だった。

 特に迷宮区では上の階層に上がるためのボス部屋を探索するのが第一の目的であり、他の場所は後回しにされることが多い。もちろんトレジャーボックスなどの旨味はあるが、何よりゲームの攻略と脱出が第一。そんな考えは攻略を目指すプレイヤー達の根底意識として浸透している。

 更に言うとレベル上げに最も都合が良いのが最前線というわけでもなく、どちらかといえば比較的安全に効率よく経験値を稼ぐことが出来る狩り場は一層か二層下にあるのが定番であったから、やはり最前線でのこうりゃくとはボス部屋を探すという点に終始するのだ。

 

 

「うーん、私はボス部屋までのルートしか進んだことがないわね。この層はフィールドに湧くモンスターの方が経験値の効率良かったし」

 

「‥‥ボク達あんなところでレベリングしてちゃダメだったってことか」

 

「ま、まぁ鉱石を採掘する仕事もあったしのう」

 

 

 あまり深く考えもしないで気分で迷宮に潜っていた弊害か、情報も集めないで戦っていたのかと呆れたようなアスナの視線にニシダ親子は冷や汗を流した。彼らは先程の演舞の様子から分かるとおり個人の戦闘力は非常に高い反面、情報に疎く適当かつ気分屋な生活をしているのが特徴である。

 その日その時の気分次第、という言い方だと非常に語弊があるが、本人達は計画立てて戦っているつもりだった。計画の最初のところの、所謂情報収集が問題だったわけなのだが。

 

 

「‥‥まぁいずれは誰かがマッピングしなきゃいけなかったわけだし。別に悪くないかも」

 

「アスナ、大丈夫そう?」

 

「私は別に問題ないわよ。でもマトックとかのアイテムの準備はリズに任せるね。私、あんまりお金とか使わないから鉱石掘って売ったりとかもしないし」

 

「それは任せて! 何せあたしは鍛冶屋だからね。そのあたりは抜け目ないわよ!」

 

「頼りにしてるわ」

 

「ボクも早く頼りにしたいところだけどね」

 

「だからヒデは黙ってなさいってば!」

 

 

 軽く頭を叩かれ、ふてくされながらも何処か楽しげにHiDeはスープを啜った。基本的には皮肉屋を気取る彼だが、残念なことに基本というより根本的にヘタレであり、結局のところ良いようにあしらわれてしまうことが多かった。

 実のところプレイスキルはさておき、純粋な筋力値ではリズベットの方がHiDe1よりも高い。故にこういう狭くて小細工の効かない場所で、かつ狡っ辛いやり取りの苦手な彼では照れ隠しを行使するリズベットに殴られるままである。

 もっともノックバックしか生じない圏内攻撃である以上、とやかく言うまでのことではない。何せHPは減らないしペインアブソーバによって痛みも感じない。何より、コミカルなやりとりに文句を言うほど互いに無粋ではなかった。ある意味ではリズベットにとってはHiDeのツッコミすらも。

 

 

「まぁ安全マージンは十分とれているし、アスナもついてるんだから油断さえしなければ大丈夫! お目当てのレア鉱石が採掘できたら、とびっきりの逸品を拵えてあげるから待っててね、アスナ!」

 

「もう、そういうのを“とらぬ狸の皮算用”って言うのよ? ホント、調子がいいんだから。それに武器を造ってあげるなら、順当に考えて私よりHiDe君の方が先じゃない。大事なパートナーなんでしょ?」

 

「あー、いやぁ謹んで遠慮しておくよ。せっかく掘り当てた念願の鉱石で作った武器が、瞬く間に壊れて無くなったら流石のボクもショックで立ち直れそうにないし」

 

「ちょっとHiDe、表出なさい」

 

「事実を言い当てられて逆ギレするってことは、自覚はあるわけか」

 

「好き勝手言わないでよねこのスットコドッコイ! 文句があるなら武器なんて持たないで素手で戦ってきなさいよ!」

 

「‥‥最近思うんだ。もうさ、この際それでもいいんじゃないかって」

 

 

 食後に出されるお茶は、麦と紙を足して二で割ったような味がした。美味い不味いというより、違和感と疑問の味である。慣れてしまえば茶腹も一時というやつで悪くはないが、この手の飲み物に慣れないアスナは眉間に皺を寄せながら木のマグカップを口に運ぶ。

 まぁ確かにリズベットの言うとおり、特に問題などはないだろう。他の場所に比べて特別危険なわけでもない。この世界でプレイヤーとして戦うならば当たり前のように存在する程度の危険しかないはずだ。

 聞いたところリズベットやニシダ親子のレベルはアスナとも大して離れていなかった。どうやらなんだかんだでかなり積極的に経験値稼ぎをしているらしい。当人たち曰く他にやることがないからということだが、少し無理をすれば最前線でも戦えることだろう。

 

 

 

「大丈夫よ、今日はあたしもいるし、簡易でいいなら修理も出来るわ。そうそう壊れたりはしないでしょ」

 

「手数が多いから突然一気に耐久度が減るんだよ、前にも話したじゃないか。事前にチェックしておけばとかいうレベルじゃないんだよキミの武器の摩耗度合いは」

 

「あんたのリアルラックが悪すぎるんじゃない? だって他のお客さんからそんな話聞いたことないわよ?」

 

「よしんばボクのリアルラックの問題があったとしても、キミの武器との組み合わせなんだからキミのリアルラックだって関係してるんじゃないのか?」

 

「‥‥否定できないのが痛いわね」

 

「‥‥この話はやめよう。なんていうか、惨めな気がしてきた」

 

 

 リアルラックの話をすると互いに何処か情け無い気分になる。結局努力でどうこう出来る要素ではないので、これを引き合いに出してくるのはちょっと頂けない。あと互いに互いのリアルラックが問題なことは薄々気づいていたので、もはや何を言っても仕方なかった。

 実際彼女の武器は摩耗度を別にすれば非常に出来が良い。武器の耐久値がすぐに減少、破損してしまうというのはコストの面で無視できない問題があるが、HiDeやニシダにとってみれば専属鍛冶師がパーティーにいるから気にしなくて済む。これは良いことである。

 そして〈体術〉スキルで武器喪失状態に対処する術を身につけている以上、あまり問題のあることではないのだ。強いて言うなら武器の予備を持っていかなければいけないためにインベントリに余裕がないのと、もしボス戦で武器がなくなり、再装備の隙すらなかったらどうなるかと思うとゾッとするぐらいだろうか。

 

 

「‥‥さて、二人とも話は終わったかの? 食事も休息も十分に取ったなら、支度をして出かけようじゃあないか。アスナさんも暇ではないわけだしのう」

 

「私は別に大丈夫ですけど、まぁ確かに早く行動するに越したことはありませんね」

 

「そうね。じゃあ各自準備をして宿の外に集合しましょう。今日は鉱石を持ち帰らなきゃいけない分、アイテムは厳選して持たないと」

 

「ふむ、ではワタシは先に道具を整理してくるよ。ヒデオ、お前も急ぎなさい。アスナさんはもう準備が出来ているようだ」

 

「あぁそうか、分かったよ父さん」

 

 

 猫舌らしく、熱いお茶に手こずるHiDeを置いて先に部屋へ上がっていくニシダを見て、リズベットも立ち上がると自分の部屋へと向かった。アイテムは拠点となる宿にもチェストを作って保管しておけるので、これもあって拠点を頻繁に替えるプレイヤーは少ない。

 もっとも狩り場から遠い街を拠点に据えるとなんだかんだでタイムロスが気になるのがプレイヤーの性分。そして人気の狩り場に近い宿は当然満室。少し離れた場所にお気に入りの宿をとることは、かなり重要な命題であった。

 その点ニシダ一家が拠点にしたこの宿は、食事の質も居心地も利便性も、丁度良い穴場であった。しかしレベルが上がる程に階層を上へとシフトしていかなければならないのは道理。故にそろそろ拠点を替えなければならないのもまた、名残惜しいが仕方のない事実である。

 

 お茶を飲み終わり、既に用意が出来ているため食堂で待つと言ったアスナを置いて席を立ったHiDeは思った。

 ゲームの中に過ぎないこの世界。街を歩けば現実へと戻るための切望の声が漏れ聞こえて来る。だが、気がつけば自分たちはまるで現実世界と同じようにこの世界で暮らしているではないか。家に籠もりがちだった現実世界と比べれば、毎日を精力的に生きていることに滑稽さすら覚える。

 考えてみれば、今までこんなに長く密に父親と過ごして来たことはない。父親は家族思いながらも仕事に忙しい人間であったし、自分は父親の趣味に付き合うことをしなかった。

 自分は父親を尊敬もしているし慕ってもいる。けれどこうして四六時中一緒にいてみると、どうして今までの自分はあんなにも父親との関わりを持てなかったのだろう。ひどく恥ずかしく、悔いる。

 もしかしたら今を於いて是から先、ここまで父親と過ごすことは出来ないことだろう。現実世界に戻ろうと思うのは人間としての本能のようなもので、理性と感情の面でも合致して望むところ。だが、それとは別にこの世界で父親と過ごすのも楽しい。

 

 

「‥‥でも、早くこのゲームから脱出したいと思っているのは本当のことだ。もっと、もっと色んなことを父さんとやっていきたいと思うのは、うん、まぁ、ボクの本心だもんな」

 

 

 父親がご執心の釣りにしてもカンフーにしても、ゲームの中だけでは物足りない。食事も旅も、もっともっと色んなことを現実世界で試したい。

 だからこそ必ずこのゲームを生き延びる。そんな決意を新たにし、ギイギシと音をたてる古くさい階段を上る足取りを速めるHiDeであった。

 

 

 

 




次話はまさかのあの人が登場?!
暫く倫敦の執筆に移るつもりですので遅れるかもしれませんが、どうぞお待ち下さいませ。
冬霞の他作品もどうぞよろしく!あとtwitterとかもよろしく!
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