お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』   作:冬霞@ハーメルン

8 / 9
更新遅れてごめんなさい、クリスマスで忙しかったとです。
今回は例のあの人が遂に登場! やはりSAOの戦闘と、新キャラ登場は書いていて楽しいですね。
それではどうぞ!


第8話 『邂逅、盾の騎士』

 

 

 

「父さんそっち! 一匹抜けたッ!」

 

「応さヒデオ! 任せんかい!」

 

 

 刃と刃が触れ合うたびに、火花すら散る苛烈な戦場だった。振り抜いた刃が斬り裂いた隣の敵に当たって止まるぐらいに、わらわらと敵が湧いて出てくる。次から次へと、狭い坑道にぽっかりと空いた小さめの広間を埋め尽くす勢いだ。たった四人の侵入者を相手に、まるで軍隊のような数の暴力。無論、一騎当千の四人であるからして未だ数を凌駕する質を以って雲霞を掻き分け進軍は続いていた。

 今も曲刀による斬撃に続いて胴回し回転蹴りで広範囲を薙ぎ払ったHiDeの横を一体のスケルトンウォリアーがすり抜けて行った。無論、息子の斜め後ろにぴったりと間合いを保って張り付いたニシダによって即座に吹き飛ばされるが、そのやりとりは既に回数を数えるのが億劫なぐらいに繰り返されている。

 一体一体の能力は高くはない。鎧袖一触に出来るだけのパラメータをパーティー全員が保持している。しかし一度乱戦へと化したが最後、質は量に押し負けることだろう。そうしないためにも、一瞬たりとも気を抜かず連携を維持し続けなければならない。

 

 

「大技行きます! 援護を!」

 

「了解! 左翼はあたしに任せて!」

 

「では右翼はワタシが! ヒデオ!」

 

「後詰引き受けた! アスナ、遠慮なく突っ込めぇ!」

 

 

 パーティー中央にて一撃離脱を繰り返していたアスナが叫び、司令塔の意を組んで残りの三人が瞬時に己の役割を宣言、動き出す。

 連携に不慣れで、指揮など未だ嘗て執ったことのないアスナだが、天性の才能をいかんなく発揮していた。そしてそれにピタリと従う三人もまた、同じく一つの生き物のように動いている。元々からしてチームワークが抜群に良かった三人に引かれるようにして、アスナも成長しているのだ。そして最前線を戦い抜くアスナのプレイヤースキルもまた、三人へと成長を促している。刹那の内の判断はその一つで、互いが互いに良い影響を及ぼし合い、もはや四人パーティーという枠内で彼らに敵う者はいないだろう。

 最前衛を務めていたHiDeと、その少し後ろで中距離武器の強みを生かして奮戦していたニシダの間をすり抜けて突進するアスナに合わせ、一旦下がっていたリズベットもニシダと共に前方へと踊り出す。スイッチの合図もなしに入れ替わり、一旦後ろに下がったHiDeも、ただの一拍踏みとどまっただけで、同じくアスナの背後について走り出した。

 

 

「ッやぁぁああああ!!!」

 

「だあらっしゃあぁぁあ!!」

 

「てりゃあぁあッ!!」

 

 

 細剣の刺突属性に優れた点を活かした、突進。剣先から生じた青い光のエフェクトは鍔元を超えて最早アスナの全身近くを覆い、彼女諸共一つの槍かロケットのように壁を為す敵を貫いて行く。

 例え豪速球を受け止められても、ロケットやミサイルは受け止められない。打ち破ることなど到底不可能に見えた骨の壁は、まるで木っ端か何かのように吹き飛ばされ、穿たれ、粉々に砕けては散る。そして生じた航跡を喰い広げ、蹴散らしていくのは後続の二人。右翼と左翼、それぞれで二つの竜巻が猛威を振るった。

 

 

「わははははっ! こいつは爽快だのうッ!」

 

「な、なんか調子が良さそうだけどニシダさん! ニシダさん、後ろ!」

 

「大丈夫だボクがいる! けど、頼むから近寄れないぐらい暴れ回らないでよね父さん?!」

 

 

 ぐるぐると、砲丸投げのようなフォームで当たるを幸い骸骨共を空高く打ち上げていくリズベットに、槍を体に絡ませて曲芸か何かのように一つの乱気流と化したニシダ。そして彼らの隙を埋めるのが後ろに控えたHiDeであり、進行先を決め、敵の群れを食い破っていくのがアスナ。

 ただ単純な作業だ。全員が互いを気にし合って補い合うという単調な作業に過ぎない。ピンチだ、と思うこともないぐらいに完成されたフォーメーションは、ある意味では面白みにかけるぐらいに圧倒的だった。

 葉っぱを食い散らかしていく芋虫のように、広間の中を縦横無尽に駆け巡る一つの嵐。やがて流石に息を切らしたアスナが足を止める頃には、あれだけいた敵は一匹残らず無数のポリゴン片となって四散。敵の姿は広間のどこにも見当たらない。雑魚モンスターが相手とはいえ、圧倒的な物量を前にした圧倒的な勝利である。

 

 

「‥‥なんか、おかしいぐらいたくさん敵が出たな。こんなに大量の敵と戦ったのは初めてだ」

 

「そうね、あたしたち三人だけじゃヤラれてたかも。アスナの指示が適切で助かったわ。ありがとうね」

 

「そ、そんな、私はただ突っ込んでただけだから‥‥」

 

「またまた、ご冗談を」

 

「冗談じゃないわよ、今までで一番戦いやすかった。気心が知れた仲間がいる戦闘って、こんなにスムーズに戦えるのね。戦うごとにそう思うよ、誘ってくれて感謝してる」

 

「は、恥ずかしいわね、改まってお礼なんて止めてよ‥‥」

 

「いいいじゃない別に。まぁ、そこの彼とかはさっきから仏頂面が変わらないみたいだけど‥‥」

 

「‥‥ラグだよ。SAOのエモーション表現に遅延がある」

 

「またまたぁ、ヒデもこんな美少女二人と一緒に冒険出来るなんて嬉しいんじゃないの?」

 

「よしんばアスナを美少女と認めたとして、キミはどうかな」

 

「か、可愛くない奴‥‥! 年下のくせに」

 

「リズこそ、とても年上とは思えないぐらいパワフルだよね。あ、これ褒めてるから。本当だから。別に落ち着きがないとか危なっかしいとかいう意味じゃないから」

 

「‥‥!」

 

「これこれ二人ともやめなさい。アスナさんが笑っとるぞ、恥ずかしい」

 

 

 周囲にモンスターの気配が無いことを確認し、刃を払って鞘に納める。ある程度の波が収まればそれ以上モンスターは出てこなくなるから、そのフィールドは安全地帯と化すのだ。どうやら一定時間ごとのホップ数が決まっているらしく、先行パーティーがモンスターを狩り尽くすと後続パーティーの分がなくなるという現象にも関係しているようだ。

 もちろん安全地帯とはいってもシステム上で定められたものではない。プレイヤー達が勝手に言い出したもので、本来システムで定められた迷宮区内部における安全地帯とはまったくの別物だが、実際殆ど違いはなかた。

 システムから許された猶予時間はそこまで長くはない。数と頻度は次第に回復していくものだから最初のうちこそ少しずつしかモンスターは湧いて出てこないだろうが、それでも隙を突かれるのを防ぐために警戒する必要はある。この休息はしばらくの間だけの話だ。所謂つかの間の休憩というやつであろう。

 

 

「‥‥ここ、もしかして行き止まり? 全然気づけなかったけど、これ以上進めないのかしら」

 

「そういえば道がないのう。‥‥いや、待ちなさいアスナさん。ここに扉のような切れ目がありますぞ」

 

「切れ目? あぁ確かに、本当ですね。でもコレ、随分と大きい‥‥。しかも、穴みたいなものが床にいくつも空いてますね。ホラ、端の方」

 

「ほう、なるほど。どうやら何かが埋められていたようですな。ほれ、土を掘り返した痕がある。他にもこれは、教壇のような‥‥」

 

 

 ひたすらがむしゃらに白骨の海をかき分けて進んでいたからだろうか、冷静に辺りを観察すると実に不思議な空間が広がっていた。ただの開けた坑道の一部だと思ったら、しっかりと目的を持って作られた大広間だったらしい。

 坑道そのままの外壁ではあるが、所々に細かく人の手が入っているのが分かる。アスナが口にしていた穴は、まるで墓のような碑の近くに空いていて実に気味が悪い。ニシダが言う教壇はどちらかというと祭壇だろうか。教会、あるいは神殿のような場所だった。洞窟を堀り広げたような素朴な雰囲気からは、神代のものか、あるいは未開の地のそれのような印象を受ける。

 よくよく観察してみれば坑道を仄かに照らし出す鉱石も、人為的に等間隔で配置されているようだ。明らかに人間が美しさを求めて配置した、今までの坑道のそれとは全く違う構造だった。

 SAOのダンジョンの多くは現実世界ではとても見られないような風景が広がっていることが多いが、人為的な雰囲気を漂わせている場所は何処も何某かのイベントがあったり、特別な効果があったりする場所だった。例えばボス部屋もそうだし、安全地帯もそのようなものがある。何時ぞやのティーセットのイベントもまた同じ。

 

 

「‥‥イベント、かしら。アイテムかNPCイベントか、時間帯によって発生の条件が変わる系統か‥‥。でも何も分からないんじゃどうしようもないわよね。あたし達フラグ立てないまま来ちゃった感じ?」

 

「ボクが耳にする限り、この層では特に情報は流れてなかった。もしかしたら別の層で何かイベントか、あるいはアイテムを手にいれて来なきゃいけなかったんじゃないのか?」

 

「でも偶然イベントに遭遇しなきゃいけないなんて、こんな大規模な広間を作っておいて有り得る? イベントリソースに対してレア度高すぎるわよ、おかしいわ。同じ層ならまだしも、別の層で解放されるフラグなんてこんな初期では考えられないわ」

 

「だったら進行度によって解放される類のイベントかもね。私も詳しくは知らないけれど、他のMMOだとそういう話もあるって聞くわ」

 

「‥‥あたしもMMOに詳しいわけじゃないから」

 

「ボクも」

 

「ワタシもですな」

 

 

 揃って顔を見合わせて考え込む四人。SAOのイベント発生フラグには様々な種類があるが、概ね彼らの口にした通りの条件で漏れはない。しかし様々なフラグに総じて言えるのは基本的に殆どのフラグにはヒントが隠されているということだ。

 例えばフラグを満たすことが出来る時期になると一部のNPCの言動に変化が生じたり、イベントが発生する場所に謎解きがあったりと枚挙には暇がない。だがこの広間には特に何かヒントが隠されているわけでもなく、事前に何かの情報を手に入れられてもいない。

 おそらく、最初のヒントを得る条件すら満たしていないのだ。複雑、あるいは難易度の高いイベントの場合、フラグを満たすために必要なヒントにすら発生条件が非常に細かく設定されていることがあるとも言う。

 例えばニシダ一家がリズベットを迎えるようになった〈ティールームフィールド〉のイベントは、事前にNPCの老婆と数回以上話した上で事前に〈ティールームフィールド〉へと赴いて、漸く彼女からアイテムの話を聞ける。しかしその条件には―――リズベットは気づいていなかったが―――生産職スキルを一つスキルスロットに入れておく必要があった。

 

 

「‥‥待てど暮らせど音沙汰なし、か」

 

「参りましたな、良い鉱石も手に入れられていないというのに。これでは骨折り損のくたびれ儲けだわい」

 

「浅い坑道じゃ採掘出来ない鉱石も見つかることには見つかったし、決して収穫がなかったわけではないですけど‥‥。あたしとしてはまぁ、がっかりではあるかな

ぁ。ごめんねアスナ、こんなところまで付き合わせちゃった挙句に期待はずれでさ」

 

「別にいいよ、息抜きにもなったし、経験値の稼ぎも悪くなかったもの。新しいイベントかと思って期待しちゃった分だけ少し残念だけどね」

 

「手に入った鉱石で最高の武器を作るから、勘弁して!」

 

「そっちは期待してるから、頑張ってねリズ」

 

「もちろん! じゃ、帰ろうかぁ!」

 

 

 あるいは、と時間経過によるイベント発生を待つ。装備のチェックに加え、リズベットが持ってきた簡易工房一式―――金床とハンマーだけだが―――によって一通りの補修を済ませてしまえば、もはや休憩以外の何物でもない無駄な時間。

 そして特恵を見ていたわけではないが、体感時間で三十分ほど過ごした時。もはやこの場は諦めるしかないと全員が同じ思いを抱いていた。

 特に最前線の攻略を旨とするアスナにとって時間は有限だ。確証もないままに無駄な時間潰しをするわけにはいかない。こうしている間にも他のソロプレイヤーは苛烈なレベリングを行っていることであろうし、未探索エリアを先んじられてはトレジャーボックスなどの稼ぎが失われてしまう。

 重い腰を上げ、仕方なしに一行が帰路に着こうとした時のことだった。

 

 

「―――その必要はない」

 

 

 鎧が触れ合う音と息遣い、石の床に積もった砂と靴の裏が擦れる音しかしなかった静かな広間に、よく通る渋い声が響いた。

 この数時間、モンスターの吠声以外には互いの喋る声しか聞いていない。油断していた隙間への不意打ち。瞬間、背筋を凍らせた四人が即座に戦闘態勢をとる。

 

 

「ああ、待ちたまえ。警戒させてしまってすまなかった。最初に言わせて頂くが、私はPKの類ではない。何せ一人しかいないからね。ハイディングしている仲間もいないよ」

 

 

 広間の入り口に立っていたのは、動きやすいながらも重厚な鎧を纏った一人の男であった。

 何の変哲もない鉄色の胸甲(ブレストプレート)に細身の籠手(ガントレット)脚甲(レギンス)。腰回りはベルト以外に装備が見当たらないが、動きやすさを重視したのだろう。片手には無骨で大きな盾と鞘に納めた片手用の直剣を持ち、砂漠や荒野などで風から身を守るために使うマントがやけに似合っている。

 歳はニシダほどではないが、SAOプレイヤーとしては年配に属する。おそらく三十前後。老け顔でも二十代前半ということはあるまい。灰色の長髪をまとめて後ろで括っており、額に垂らした一房は色気というよりは切れ者の印象を与えることだろう。

 隙のない立ち姿は、既に半年にも及ぶ戦いの日々を過ごして来たニシダ達には相当の手練れとして映った。彼は間違いなくアスナに匹敵するだろう腕前のプレイヤー。最前線を戦うプレイヤーであると。

 

 

「あ、貴方は“盾の騎士”ヒースクリフ? 何故ここに?」

 

「‥‥アスナさん、お知り合いですかね?」

 

「は、はい。彼は私と同じく、最前線で攻略をしているプレイヤーです。確か第七層ぐらいから参加していたと思います。壁戦士(タンク)隊でも随一の防御力を誇るので、不抜の城壁とか盾の騎士とか、メイン盾とか呼ばれてるんですが‥‥」

 

 

 ネットゲーマーの多くは大袈裟な表現を好むロマンチスト気取りである。ゲームの中だからこそ現実世界では恥ずかしくて口にできないことも臆面なく口に出来るし、自身にキャラクターを定めてロールプレイを楽しむことも出来る。

 ほとんど現実世界に等しいこのSAOの中でも、その傾向は消えることはなかった。むしろより深くVRMMOの世界を体感できる分、顕著になったと言ってもいい。ロールプレイに励む人間こそ酔狂な部類に数えられていたが、御多分に漏れず恥ずかしい二つ名などは攻略が進むにつれてポロポロと現れつつあった。

 だれが呼んだか、呼ばせたのか、本人達も気に入っているのか。実力のあるプレイヤーや有名なプレイヤーは人気が出るものだ。様々な二つ名が公然の秘密として出回っている。

 ビーター・キリト、鬼のキバオウ、剣姫アスナなど。最後についてはアスナが目立つことを嫌うスタンドプレイヤーであることから本人の耳には入っていないらしいが、その中でも大多数から賞賛と感嘆を込めて呼ばれているのが、アスナも口にした“盾の騎士”ヒースクリフだった。

 

 

「はは、君にそう言われると気恥ずかしいな、アスナ君」

 

「わ、私の名前を?」

 

「有名人だからね。最前線を戦う麗しの少女剣士とあらば否応なく噂になるというものだ。もちろん、君は戦闘以外ではすぐさま引っ込んでしまうからお声をかけることも適わない高嶺の花というわけだろうが」

 

「そんなことになってるの? さすがアスナ、少女の前に美がつく子は違うわね」

 

「だから! 別に美少女なんかじゃないから!」

 

 

 実際気づいているのかいないのか、とりあえず自分の見目が標準以上ではあるという自覚はあるらしい。それをからかわれるのが嫌なのか顔を真っ赤にして照れるアスナは、奇しくも常より倍は可愛らしかった。地味にHiDeがこの上ないしかめっ面をしているのは、見惚れそうになるのを隠しているからである。

 女三人寄れば姦しいというが、二人でも十分以上なようだ。一度友達同士でいちゃつき始めると空気が一転して和やかになる。騒動の焦点に陣取っているヒースクリフも微笑ましいものを見る目で二人を眺めていた。

 

 

「私もまさか、君にここで会うとは思わなかった。てっきり、最前線にいるものだとね」

 

「‥‥友人に、付き添っていたので」

 

「友人‥‥? なるほど、彼女達か。ソロで攻略を進めている君にいては珍しい。いや、失礼だったかな。不快に感じてしまったのなら謝ろう」

 

「いえ、別にそういうわけではありませんけど‥‥」

 

 

 親しげに話しかけてくるヒースクリフに、少し警戒しながらも言葉を返す。なんだかんだ、アスナは人との関わりを最小限に過ごしてきたことには変わりはない。“黒の剣士”やエギルなどの一部のプレイヤーとの親交はあるものの、攻略を最優先に生活してきたので最小限、ボス攻略の前後ぐらいが関の山だった。

 このヒースクリフという男、そのプレイスキルの高さに加えて壁戦士(タンク)隊の指揮をとることもある。頼れる年上の、それもカリスマのある男はリーダーとしても人気があった。しかしアスナとの関わりは今の今までまったくと言っていい程にない。

 どういう人間なのか、戦闘の場面以外での彼をアスナは知らない。故にこの場に彼がいる理由も、また。

 

 

「アスナ君に先を越されてしまったが、改めて‥‥。私はヒースクリフ、彼女と同じく最前線に身をおく者だ。アスナ君以外にお会いするのは初めてかな?」

 

 

 食えない微笑を浮かべたヒースクリフが、アスナの後ろで警戒心を隠さないままにしていたHiDe、好奇心のままに彼を見るリズベット、そして飄々としたニシダへと視線を動かし、止まる。

 その感情はしかと読み取れないが、最年長のニシダはSAOでも非常に珍しい高齢者だ。今までも奇異の目でジロジロと見られたことは少なからずある。だから人生経験の深い彼でも、流石に僅かに目を見開いたヒースクリフの動揺を見抜くことは出来なかった。

 

 

「貴方は‥‥」

 

「おぉ、失礼しました。ワタシはニシダと申します。こちらは息子のヒデオと、鍛冶屋のリズベットさんです」

 

「‥‥はじめまして。いえ、こちらこそ失礼しました。貴方ほどお年を召した方がいらっしゃるとは、思わなかったもので」

 

 

 だから、ボクの名前はHiDeだってばといつものようにボソボソと呟くHiDeと彼をからかうリズベットを他所にニコニコと笑うニシダを眺め、ヒースクリフは言葉を濁す。彼自身もSAOプレイヤーの中ではそれなりに年上だが、やはりぶっちぎりで年上のニシダは珍しいのだろう。

 子どもの頃からMMOゲームに慣れ親しんだ人間でも、せいぜいヒースクリフぐらいの年が関の山。あるいは年齢を重ねてからゲーマーになった者もいるだろうが、発売日が平日だったこともあってSAOを購入できた社会人は決して多くなかったことも原因だ。俗に言う“ファンネル”を放っていた者も少なくないが、やはりプレイヤーには学生が多い。

 

 

「ワタシはこのゲームのセキュリティを担当している部門に勤めておりましてな」

 

「東都高速、でしたか‥‥」

 

「そう、そこです。出来栄えを確かめるために息子と共にプレイしておったら、これですわ。いや、それなりに長く生きてきたつもりでしたが、人生とは分からぬものですなぁ‥‥」

 

 

 親子と共に過ごしている間に事情を聞き、知っていたリズベットに対して、そんなことがあったとは知らなかったアスナが顔を歪めた。彼女には分かる。既に自身の経歴に、母親の期待に応えられないダメージを負ってしまった彼女には分かる。彼女以上に、ニシダが失ってしまったものは大きいだろうということが。

 彼自身も語っていた通り、社会は厳しい。如何に部長という重要な役職にいた人間だろうと、このような事件に巻き込まれた被害者だろうと、既に半年近くも職場を留守にしていては深刻な影響があるだろう。休職扱いにこそしてもらえているだろうが、残された妻に補償はあるだろうが、おそらく現場への復帰はかなり厳しい。日進月歩を通り越して発展著しいネットワークの世界で、これだけの期間のブランクは埋められるものではない。

 職を辞すのも近い年齢のニシダは、それでも第一線級のシステムエンジニアであった。だからこそ常の努力を欠かさなかった彼は非情ながらも自身の立場を明確に理解している。息子と妻を抱えた大事な身でありながら、なんたる不覚かと。

 

 

「‥‥それは、お気の毒でしたな」

 

「ええ、まぁ仕方がありません。せめてこうして息子と共にこの世界で生きていけるのが幸いでした。いや、息子もまた同じように災難でしたが、毎日こうして共にいられるのはまぁ、悪くはありませんな」

 

 

 ニヤリと笑う父親に、渋面の息子。まるで年齢が逆であるかのような表情だが、同じように包容力のある笑顔と拗ねたしかめっ面は父親と息子という関係を如実に表しているかのようだった。

 SAOの世界に閉じ込められたことは、おそらくすべての人間にとって不幸以外の何物でもなかっただろう。だが、この世界の中でどう過ごすかによって、その不幸を少しでもプラスに変えることは出来る。この親子に関して言えば、決して悪いことばかりでもなかったのかもしれない。

 

 

「あぁところで、ヒースクリフさんはどうしてこちらに? 最前線で戦っておられるということでしたが、未探索エリアの調査もしておられるんですかな?」

 

「そういえば、あたし達に誘われたアスナはともかく、最前線組なんてこの辺りじゃもう殆どみないもんね。レベリングならフィールドに狩場があるみたいだし‥‥」

 

「言っとくけど、ボクと父さんがこの洞窟で戦ってたのはキミのために採掘する手間もあったからだからな。別にレベリングのセオリーを知らなかったわけじゃないからな」

 

 

 空気を入れ替えるように口を開いたニシダに続いて、リズベットも疑問符を飛ばした。成る程、最前線プレイヤーにとってこの洞窟は迷宮区の中でも経験値効率が悪いことで有名だった。アスナも言っていた通り、むしろフィールドの狩場の方が人気で人は少ない。

 廃坑というダンジョンであるからかトレジャーボックスが比較的多く、前線から一歩引いたプレイヤー達にとっては探索の価値がある場所だが、ヒースクリフのようなトッププレイヤーがいるのは不自然だった。ましてやソロでの未探索エリアへの突入など、まかり間違っても安全ではないだろう。

 

 

「君達は何物でも情報を持たないままにこの場所へ来たのかね? ‥‥成る程、スケルトンウォーリアの大群と戦闘しなければならない用意をして来たのだが、無駄になってしまってね。既にクエストを終わらせてしまった者がいたのかと危惧していたのだが、よかったよ」

 

「クエスト‥‥? まさか、ここは―――ッ!?」

 

「そう、限定クエストの発生場所だ。特殊な条件を満たした者のみが受注、挑戦できる。その条件とは―――この層のボス攻略戦にてLA(ラストアタック)ボーナスを得たプレイヤーがパーティーに存在することだ」

 

 

 ピロン、と軽快な音と共にパーティーリーダーを務めているニシダの手元にウィンドウが現れる。パーティー参加申請。ヒースクリフがパーティー加入申請を送ってきたのだ。

 一つのパーティーの最大定員は六名。今はニシダ、HiDe、リズベット、アスナの四人。まだ枠はある。

 

 

「意図していなかったとはいえ、ここまでの露払いをしてくれたのだ。君達にもクエストに参加する権利があると私は思う。私がパーティーにいれば、君達もクエストに参加出来る。が、もし参加しないのならば広間から出て行ってもらいたい。このクエストは受注者とそのパーティー以外の者がマップにいては発生しないからね」

 

 

 他の全員がニシダを見る。成る程、ヒースクリフの言うことが本当ならば彼らが何を試みてもクエストの兆候すら現れないはずだ。受注者そのものに制限があるタイプのクエストは発見難易度が最も高く、これはヒントすら簡単には手に入れられない。いわばボーナスクエストと言っても良く、単発で発生が一回きりのものもあるらしい。

 過去にリズベットが経験したお茶会クエストも、結局その後に誰かが達成したという話は聞かない。おそらくあれはユニークイベント、一回きり発生するクエストだったらしく、もしかしたら今回もその可能性は大いにある。というより間違いはないだろう。なにせ発生条件が発生条件だ。この機会を逃したら二度と参加出来ないことだろう。

 

 

「‥‥内容は、教えて頂けないのですかな?」

 

「貴方は何を馬鹿なことをと罵るかもしれない。しかし、それでも私はこう思わずにはいられないのだ。『わからない方が、面白い』とね。どちらかといえば、それを由として乗ってくれる者でなければ共に挑みたくはない」

 

「な、なんつーゲーマー根性‥‥! デスゲームだってのに、あんたトンでもない快楽主義ね」

 

「リズベット君、だったかな? 私は私の許す限りの範疇において、このゲームを真っ当にプレイするつもりだ。私はこの世界での私の生を、思うままに楽しみたいのだよ。現実での生と同じようにね」

 

「下手を打てば死ぬかもしれないのよ?!」

 

「そんなものは現実でも同じだ。道端でトラックに轢かれて死ぬのと、果敢にモンスターに挑んで力及ばず死ぬのと何が違う? 全力で駆けた生の結果ならば、私は後者も厭わん。君たちはどうかな?」

 

「‥‥結局それってクエストの中身を教えないのと関係ないじゃない」

 

為人(ひととなり)を知るテストのようなものさ。さて、どうする?」

 

 

 呆れた表情を崩さないまま、溜息をついたリズベットはニシダに顔を向けた。HiDeもまた同じ。そして、アスナも。

 自然と同調していたアスナだが、ニシダが判断を任される場はそこまで多くない。パーティーにおける彼の役目は概ね調停役であり、主に進路を決定するのはリズベットとHiDeの役目であった。もっとも口喧嘩の絶えない二人から結論を引き出すにはニシダの存在が欠かせないが、彼は基本的に一歩引いて若者に判断を任せる主義である。

 しかし最後の最後、本当に大事な判断をするのはニシダの役目だった。あるいは年若い二人に最終決定の責任を負わせることを厭っていたのかもしれず、あるいは二人の判断を支持することで自信を持たせる狙いもあったのかもしれない。どちらにしてもニシダがそう決めたわけではなく、二人が自然と最後に信頼するのがニシダの判断だったわけだが‥‥。

 

 

「‥‥どうするかね?」

 

 

 だからニシダも三人を見た。短い間とはいえ、共にこの坑道を進んできた仲間である。大雑把に何が言いたいかぐらいは、互いに分かるつもりだった。そして三人共が瞳で語るのは同じこと。

 安全第一なんて言っておきながら、その実かなーりノリの良いニシダ一家である。というかテンションのままに突っ走る傾向のあるニシダ一家である。そして新たに加わったアスナもアスナである。彼女に関してツッコミはない。

 

 

「まぁ、ここまで来て何もないまま帰るのも味気ないですなぁ」

 

「そうね。幸いにして一戦やらかすぐらいのアイテムは残ってるし」

 

「‥‥ボクも別に構わないよ。まだ体力余ってるし」

 

 

 新たなクエストに興味津々なのか既にやる気満々なアスナ。そしてニヤリといつものように笑ったリズベットと、渋面を崩さないHiDe。ならばニシダも彼らの心意気を汲むものだ。

 敢えて言葉にしないままの返答に、ヒースクリフも不適に笑う。それでこそ、それでこそ共に命を賭ける甲斐がある。いざという時に腰が引けるような人間に、背中を預けられるわけがない。

 

 

「―――宜しい! ならばクエストを始めよう!」

 

 

 広間の正面に立ち、盾を構え、大きく振りかぶった剣を床へ突き刺す。さながら挑戦者のようでありながら、王者。特にアイテムも何も持たないが、ただそれだけでイベントの発生条件を満たしたらしい。

 ギシリ、と岩と岩が擦れ合う歪な音を立てて壁に亀裂が疾る。先ほどニシダが見つけた一本の線は、やはり扉だったらしい。広間を照らしていた鉱石の明かりが絞られ、いくつもの人魂らしき火の玉が浮かび上がる。

 ただならぬ雰囲気。即座に武器を構え、油断なく周囲を伺う。開いた巨大な扉だけが危険なのではない。仄かな明かりへと変わり見通しが悪くなった室内は、絶好の奇襲条件。そしていつの間にか締め切られてる入り口の扉。否応なく警戒は強まる。

 

 

「‥‥この層のフロアボスは〈レッドテイル・ケンタウロス・ナイト〉。アスナ君は覚えているだろうが、全身を赤く染め上げた巨大な人馬だったな」

 

「斧と盾を装備した、突進攻撃が強力なボスでしたね。壁戦士(タンク)隊が何度吹き飛ばされたことか‥‥」

 

「そうだ。そしてあの時のLAは私がとった。‥‥その後、この迷宮区の入り口近くにひっそりと建っている山小屋で、クエストの情報が手に入るのだ。人馬の騎士の怨霊を鎮めなければ、鉱石へと魔力が行き渡らず、鉱山都市が昔のように繁栄を取り戻すことはないだろうとな」

 

 

 開いた扉の向こうは暗黒だった。広くて奥が見渡せないのではない。ただ闇が、扉の向こうに渦巻いている。

 首が痛くなるほどに見上げなければいけない扉の端から端、隅々まで煙のように漆黒の闇が閉じこめられている。そしてその闇から、一歩踏み出した巨大な金属の塊。

 

 

「何コレ、まさか脚甲(レギンス)?! これが‥‥ッ?!」

 

「こんなにデカイのか、ボスっていうのは‥‥!」

 

 

 未だにボス戦を知らないリズベットとHiDeが悲鳴じみた声を漏らす。あまりにも巨大な、壁のように見える金属の塊は軍馬の其れにも似た脚甲(レギンス)だった。

 顕れたのは、骨の騎士。血で錆び付いた鎧を着込んだ彼は下半身が四つ足の馬。そして上半身は屈強な戦士。但し、もはや骨しか残っていない。骨の騎士が、重厚な鎧を纏っている。骨の軍馬が、馬鎧(ホースアーマー)を纏っている。

 手に持った斧はガリガリと床を削り、構えた盾はそれだけでプレイヤーを圧し潰せるほどに重そうだ。其れは嘗ての騎士にして現在の亡者。過去にこの迷宮の最奥にて挑戦者達に立ち塞がる関となった巨大な人馬。

 現在の名を〈レッドテイル・スケルトン・ナイト〉。己を手にかけた者への復讐の炎を眼窩に宿した骨の騎士。

 

 

「なるほど、そういうことだったの。つまりコイツを倒さないと」

 

「君たちのお目当ての鉱石は出現しない。この坑道にロクな鉱石がなかったのは、このボスを倒すという条件を満たしていなかったからだ。さぁ覚悟は出来たかな、諸君? 私は出来ている」

 

「‥‥言ってくれる。バカにするなよ、ボクだって」

 

「あたしもよ!」

 

「ワタシもですな。さぁアスナさん、指示を! 以前に戦ったことがある敵ならば、行動パターンも似通っているはずですぞ!」

 

 

 くるりと槍を回して構えたニシダが叫ぶ。HiDeも曲刀を抜き、リズベットも肩に担いだ戦槌(メイス)をぶん回した。

 ニシダ一家にとってしてみれば初めてのボス戦。そしてアスナにとっては初めての指揮。トッププレイヤー二人とトップチーム一つによるイベントボス攻略戦である。

 字にすれば、ただそれだけの出来事。最前線の戦闘に比べればSAO全体に何も及ぼさない小さな出来事。

 しかし彼らが将来この世界そのものに大きく関わってくるメインキャラクターになるとすれば‥‥。この邂逅がどれほどに衝撃的なものだったことか。

 それが分かるのは、この戦いから一年以上も先のことである。

 

 

 

 

 to be continue‥‥

 

 




※二つ名について
適当です。ちなみにキバオウの二つ名は髪型が由来です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。