お待たせしました!『鋼鉄戦士アイアンソウル』 作:冬霞@ハーメルン
ヒースクリフはまだ血盟騎士団を結成していません。その辺りの話もおいおい書いていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします!
「来るぞッ! 散れッ!」
盾の騎士、ヒースクリフの叫び声が空気を震わせ、反射的に全員がバラバラに身を投げた。
瞬間、パーティのど真ん中に振り下ろされる馬蹄。そして続けて足元を薙ぎ払う分厚い斧。丁度一番近かったHiDeを掠め、それだけでそこら辺の雑魚モンスターの一撃に匹敵する量のHPを奪って行く。
ただの一撃。しかも僅かに掠っただけ。ただそれだけの攻撃が奪ったダメージを見てとったHiDeは顔を青褪めさせると、大きく数回跳躍して過剰な程に距離を離した。
「なんだ、今の‥‥ッ?!」
「落ち着いてHiiDe君! 前足を振り上げるモーションの後はアレが来るの! あの攻撃以外ならそこまで削れはしないから!」
「‥‥とびっきり大きいのに掠ったってわけか。肝が、冷えた」
「油断は禁物だよ! ボスモンスターの行動やステータスは普段相手にしているモブモンスターとは桁が違う。細心の注意を払って、慎重に戦って!」
「あぁ、甘く見てたかもしれない。けど、今の一撃でそれも無くなった。思い知ったよ、慎重に行くさ。指示を!」
「えぇ! まずは右に避けて!」
「は? ‥‥お、おぉぉぉ?!」
その巨体からは想像もつかない程の俊敏さで方向転換した骸骨の騎兵の猛烈な突進。紙一重で躱し、左手で素早く投擲用の短刀を投げる。
〈投擲〉スキルに用いる武器は、多くは礫や針など安価であり、攻撃力が低い。そもそも主装備の補助やソードスキルの隙を埋める目的で補助スキルは用いられる場合が多く、ダメージ量自体に期待はされていなかった。
だが物によってはそれなりの効果を得られるものもある。今は発見されていないが、おそらくは実装されていると思しき〈薬学〉あるいは〈調合〉などのスキルなどと併用すれば麻痺ナイフや毒ナイフなども出現するだろうと言われている。
この短刀はピックや礫に比べれば高価であるが故にダメージ量は多いが、やはり主武装として使っていくには役者不足だ。ボスが相手ではヘイト値を高めることすら出来ず、HPバーは欠片も減った様子がない。
「両サイドに分かれて! HiDe君は大きく迂回してニシダさんとリズと一緒に! ヒースクリフさんは防御を固めながらこちらに!」
「了解!」
「承知した」
アスナの指示に従い、突進の後の方向転換をするスカルナイトの後ろについて反対側のニシダ達とHiDeが合流する。逆にヒースクリフは盾を構えて骨の騎兵へと突っ込み、あまつさえ何合か刃を交えてみせた後、アスナの隣へと素早く移動した。
隊を二手に分けての散開。単純だが効果的だ。突進力のある敵が相手なら的をバラケさせた方が隙も狙えるし、密集しているよりも避ける場所も増えて動きやすい。このパーティー、恐ろしいことに
「弱点は?!」
「とにかく足を殴ってれば怯むから、その隙が攻撃のチャンス! 畳み掛ければ何回か転倒するの!」
「他は?!」
「とにかくパワーがあるわりにスピードはそこまででもないから、突進にだけ注意して! 攻撃力に比例して大ぶりだから、迂闊に近づかないでチャンスさえ待てば勝機はある!」
「あの斧は喰らいたくないですなぁ、流石に。よっ!」
ゆっくりと方向転換をし、ヒースクリフと刃を交えた騎馬が左右を見て、今度はニシダ一家のパーティに目をつけた。タゲはヒースクリフがとっていてもおかしくはなかったが、一連の応酬で一端ケリがついたと見てとったのか、あるいは満遍なく減らしていくつもりなのか。
盾持ちのヒースクリフが前衛についたアスナに比べて、ニシダ一家はひたすら動いて攻撃を避けることに特化したパーティ編成。雑魚が相手ならともかく、一発の攻撃の重みが段違いであるボス戦には不安が残る。
ましてや命の危険を如実に感じ取れる強大な敵は初めてだった。ギロリと眼窩に灯った焔の揺らめきを向けられるだけで、食いしばった歯の向こうから小さく悲鳴が零れそうになる。張り裂けそうなぐらいに心臓が鳴っている。無論、アバターに過ぎない彼らの心臓が本当に張り裂けてしまうことなどありえないが。
「動いて! 足を止めちゃだめ!」
「お、応! 父さん!」
「お前が生まれた時以来の一踏ん張りだのう! 行きますぞリズベットさん!」
「はい!」
洞穴を通り抜ける空気のような咆哮一つ、空気を引き裂き唸りを上げて斧が迫る。骨の騎兵は右に斧、左に盾を構えているが故に基本的に攻撃は右側が中心になる。但し、左に逃げては鋼鉄の馬蹄に轢かれてしまう。馬の下半身は骨となってもなお重く、ぶち当たればタダでは済まないことだろう。
地面を削るように迫る斧を前に、ニシダ一家も腹を括った。いつまでも恐怖に囚われているようでは、いくら最前線に出ていないとはいっても今日まで生き残れはしなかった。初めてモンスターと生き死にを賭けて戦ったあの時と、要は同じ。
「合わせんかいヒデオぉッ!」
「だからボクはHiDeだってば!」
「「せいやぁッ!!」」
重厚な斧の振り上げは、その巨体から繰り出されるが故に一直線に三人に迫る。
回避か、いや、こう固まってしまってからでは全員が避けられる保証などありはしない。盾で防ぐことも出来なければ、ならば手段は一つのみ。
剛には剛で、立ち向かう。未だ戦いの歴史の浅いアインクラッドで、親子だからこそ出来るぴったりと呼吸の合った一撃。
『―――ッ!!!』
受け流す、そんなことでは生温い。そう言わんばかりの強烈な一撃。
寸分の狂いもないタイミングで発動した、槍スキルと曲刀スキルの基本技が得物を輝かせ、ぴったりと波涛もかくやの勢いで迫っていた斧と激突する。
まるで大気そのものが破裂したのかという程に大きな音を立てて、騎兵はよろめき、HiDeとニシダは吹き飛ばされた。
「今じゃいッ! リズベットさんや!」
「任せて下さい! 地元の草野球チームでも、左右打ち出来るスイッチヒッターはアタシだけだったんだか‥‥らッ!」
ぐらりとよろめき、騎兵の体重は右の前足へと移る。左の前足は半ば宙に浮き、そこに炸裂する強烈な左スイング。
小器用にも武器を右手持ちから左手持ちに切り替え、二人を信じて逃げずに待ち構えていたリズベット。そして数ある武器の中でも単純な破壊力で言えば最高クラスの一撃。加えて片方の足のみに偏っていた体重とt、物理エンジンによる至極当然の結末。
轟音を上げて、骨の騎兵は床へと沈む。
「へっ、どんなもんよッ!」
「‥‥成る程、大した度胸だ。それにチームワークも素晴らしい。アスナ君、掘り出し物だったな」
「私が掘り出したわけじゃ、ありませんから。‥‥追撃、いきます!」
〈武器防御」のスキルがなければ、基本的に敵の攻撃をガード出来るのは盾のみに限られる。だが相手の攻撃にタイミングよくこちらもソードスキルをぶつけてやれば、ノックバックが互いに発生することがある。これもシステム外スキルと呼ばれる技術の一つだった。
直撃したり掠ったりするのに比べれば、吹き飛ばされて喰らうダメージなど微々たるもの。そして何より、本来ならばそれなりにダメージを与えなければ出来ない隙を相手に強いることが出来る。
「確かに、負けてはいられんなッ! おおおおッ!!」
「はあぁぁぁああ!!!」
基本的にモンスターは、転倒すれば僅かの間だが無防備になる。軽口を交わした最前線組の二人が、今度はすかさず走り出した。
短い疾走の後、飛び上がるアスナと地を滑るヒースクリフ。空中からの連続突きと、渾身の斬り払いが弱点である人馬の接合部分を襲う。
側面からでは斧と盾に邪魔され、正面からでは馬蹄に吹き飛ばされるこの場所もダウンの最中ならば無防備だ。長い術技時間が仇にある強力なソードスキルを惜しみなく見舞い、硬直が解けるや否や再び距離をとる。
「どうですかなヒースクリフさん、あ奴のHPの減り具合は」
「まだまだ一本も減っていませんよ。ボスとの戦いは長いものです。気長に焦らず戦わなければ、死にます」
「ほう、肝に命じておかなければいけませんな。そう思わんか、ヒデオ?」
「分かってる。あと何度だって言うけどボクの名前はHiDeだから、よろしく」
「あーあ、カッコつけちゃって。アンタなんてヒデで十分よ」
「カッコつけ度合いならリズの方が上だと思うけどね」
「‥‥そのよく喋る口、頭ごとホームランしてあげるわ」
「そんな大ぶりスイング当たらな―――って、本当に振る奴がいるか?!」
素早く飛び退いたがために反撃はない。この起き上がりというのが厄介な代物。雑魚モンスターならともかく巨体が相手では起き責めで怯ませることは殆ど不可能で、深追いすると手痛い反撃を喰らいかねないのだ。有利な位置どりからの仕切り直しである。
一方でつまらない言い合いを始めるHiDeとリズベット。喧々諤々の短いやり取りの合間にも起き上がろうとしているボスから視線だけは外さない辺り、しっかりしている。が、戦場の空気ではないなとヒースクリフは苦笑混じりの溜息をついた。
「諸君、大体の感覚は掴めたかな? 先程のように鮮やかにはいかないと思うが、奴のHPバーが残り一本になるまではこの調子だ。基本的にこのようにヒットアンドアウェイを繰り返しながらダウンを狙うことになる。
なに、先程アスナ君も言ったが、落ち着いて戦えば決して難しい相手ではない。単純な分だけステータスは高いが、それだけだ。緊張だけは緩めないように。それとHiDe君にリズベット君、戯れるのは程々に、人目のないところで頼むよ」
「「誰が戯れてるかッ!」」
「‥‥しっかり声合ってる辺りが、じゃないかしらね。さぁ行くわよ!」
再び咆哮一喝、盾を前面に斧を構えて疾駆する騎兵を前に、再び先ほどのフォーメーションへと移行する。アインクラッドのモンスターは普通のゲームに比べるとAIがやたらめったら上等だ。単純に必勝パターンを繰り返していればいいという簡単なものではない。
しかしモンスターと同じく、プレイヤーの自由度も普通のゲームの比ではない。モンスターがプレイヤーの行動を学習して千差万別の動きをすれば、プレイヤーもまた無限の手で対応するのみ。なんだかんだ、パラメータ以外においてはプレイヤーの方が優位に立っていると言える。
基本は変わらない。その体躯と武器、そしてある程度の指向性が定まっているため動きの範囲は予想出来るのだ。ならば恐怖に耐え、慎重を期し、緊張を緩ませることなく常に集中して戦えば勝機は十分だ。
「私が勢いを止める! 回り込んで背後から足を狙え!」
如何に盾の騎士と謳われるヒースクリフでも、あの巨体の突進を止めることは出来ない。精々逸らすことで勢いを緩めるのが関の山であるが、しかしそれでも突進が疾駆になるなら十分だ。
ギャリギャリと金属同士が擦れ合う嫌な音を立ててヒースクリフの構えた盾と衝突する戦斧。一瞬。だが貴重な一瞬だけ止まり、すぐさま再び走り出す。
だがその一瞬だけが必勝の機。呼吸を合わせ、ニシダとHiDeが疾る。踏み出した蹄を狙った、突進系のソードスキルが鎧を貫き骨を抉った。
『―――ッ!!』
「一回離れて! 油断しちゃダメ、怯んでない!」
たった一回きりの攻撃ではボスモンスターの巨体は揺るがない。堪えた様子もなく足元の二人を巨岩のような盾で押しつぶそうとする骨の騎兵を見て取るや否や、すぐさま追撃を諦めて退却。
入れ替わりに鈍重なリズベットが追いつき、タゲがニシダ達に集中している隙を狙う。
「硬ッ?! ダメよアスナ、後脚硬過ぎる!」
「隙の多い後ろの防御力が硬い?! どういうこと、こんなの攻略するなんて無茶過ぎるわ‥‥!」
愕然、アスナが青ざめる。この層のフロアボス攻略戦では
その分だけ
「なに、大した問題じゃあないでしょうアスナさん」
「ニシダさん」
「要は集中を欠かさず、さっきまでと同じことをするえばよい。貴女の仰ってた通りですよ。我々なら、出来ますわい」
ニコッと人好きのする笑みを浮かべ、後退したヒースクリフに代わって攻撃を避け続けることで注意を引きつけていたHiDeに合流するニシダ。骨の騎兵の一撃は重いが、攻撃は連続で迫ってくるわけではない。こちらの消耗も大したものではないのだ、慎重に一撃を避け、皆でコンボを叩き込む。そしてまた避ける。その繰り返しに過ぎない。
ならばあとはアレコレと余計な考え事をしてどうなるものか。そう笑ったニシダはやはり一家の大黒柱なのだろう。単純明快な答えに、思わずポカンとしてしまう。
「なるほど、流石は年長者と言ったところかな、アスナ君?」
「ヒースクリフさん」
「がむしゃらに戦うのも良いものだ。彼らのチームワークは本物。ならば、私も思い切り戦おう」
相も変わらず皮肉な笑みを浮かべ、一端は後退したヒースクリフも盾を構い直し、鋭い視線を敵へと向ける。
彼も長らく、ボス戦以外では一人だった。そこには彼自身の思惑があったが、噛み合う仲間と息を合わせて戦うことなど、初めてだ。そうか、予想もしていなかったが、それもこの世界の醍醐味か。
ただひたすらにこの世界を楽しむ。戦いを、生を、精一杯に。彼らしからぬ雄叫びと共に、機を見て取るや嵐の中に飛び込んだ!
「ヒースクリフ殿!」
「美味しいとこどりはさせませんよ、ニシダ殿。私も混ぜて貰いましょうか。はぁッ!!」
小さな嵐のように暴れまわるニシダの横から、体重を乗せた強力な攻撃。骨の騎兵も蹄を駆使して踏み潰そうとするが、一度懐に入ってしまえば戦斧も上手く使えず、意外に安全に戦えることが出来るようだ。
ともすればニシダと交互に複雑な軌跡を描いてHiDeが斬り裂き、ダメージの蓄積に応じてスイッチ、リズベットが踏み込んで吹き飛ばす。
「ヒデオ! スイッチ!」
「了解! 次はリズ!」
「任せて!」
「来るぞ! 代わろう、リズベット君!」
「私が行きます! 下がって、ヒースクリフさん! みんなは攻撃の手を緩めないで! 突進をさせないで!」
ヒットアンドアウェイのはずが、いつの間にやら全員が騎兵の足元で必死に戦っていた。必死ながらも、何処か楽しげだった。戦いを謳歌していた。
それはある意味では酔っていたのかもしれない。あるいは死の恐怖からの逃避だったのかもしれない。けれど油断はなく、ひたすらに舞うように戦う。苛烈過ぎる程に苛烈な戦いぶりは騎兵が包囲を破ることを許さず、ただ足元の彼らを踏み潰したり、斧で打ち払ったりするだけの消極的な行動を強いていた。
「このままならイケるか‥‥ッ?」
「HiDe君、油断してはいけない! ボスモンスターはHPが一定から下回ると行動パターンが大きく変わる。ほら、見るんだ、もうすぐだ」
じわりじわりと、互いのHPが削れていく。だが一行はアイテムでの回復をし、入れ替わりで攻撃に参加できるメリットがある。その分だけ、如何に体力の差が歴然であっても減り方の違いは一目瞭然だ。
しかし閉幕が近いということは、乃ちそれはクライマックスだ。ヒースクリフの忠告に耳を傾けると、今まさに〈レッドテイル・スケルトン・ウォリアー〉のHPバーの二本目が消え、最後の一本に突入しようとしているところだった。
『オ、オォ―――』
「ッ?!」
『■■ォ■ォ■ォ―――ッ!!』
びくり、と大きく震え、咆哮。台風のど真ん中にいるような風の音。そしてビシリ、と鎧に罅が入る。
確かにその骨身の騎兵は、下半身が馬で、上半身が騎士という風体をしていたはずだった。だが鎧が砕け散る音がした後、そこにあるのは下半身の後ろ半分が剥がれ堕ち、鎧も多くが剥がれ、軽装になった騎士。
いつの間にやら人間のものだった頭蓋は、どういう理屈でか馬のそれに変わっている。手に持っていた斧は地へと落とし、馬の半身が砕けた中から取りだした長剣を持っている。盾だけが変わらず、分厚い存在感を放っていた。
突進力は驚異でありながらも鈍重であったいままでの形態から、スリムで動きやすいカタチへと変化した騎士は、歪な音を馬の頭蓋から発する。それはまるで、自分の前に立つ愚か者達をせせら嗤っているかのようだった。
「これは‥‥?!」
「ヒースクリフ殿、アスナさん、フロアボスの戦いでもこのような?!」
「いえ、前は盾を捨てて攻撃力が上がっただけだったんです! みんな、防御を固めて回避に集中して! 不用意に手を出さないで―――ッ?!」
『■ォ■■ァ―――ッ!!』
「アスナ君ッ!!」
ヒュン、と刃が風を斬り裂く音。と同時に、素早く反応したヒースクリフがアスナを突き飛ばし、盾を構え、振り下ろされた刃を受け止めた。
予備動作はあったとはいえ、後方で指揮をとっていたアスナまで一瞬で詰め寄っての攻撃。そして斧よりは流石に劣るだろうが、受け止めたヒースクリフの顔は苦渋の色で歪んでいる。どうやら、あの接近からの攻撃には突進に似た吹き飛ばし効果があるらしく。しっかと受け止めたはずなのに大きく押しやられてしまう。
「ヒースクリフさん!」
「大丈夫だ! しかし全員気をつけろ、機動力が段違いに強化されている! おそらく連続攻撃もあるぞ!」
下半身の、さらに半分と鎧の多くを脱ぎ捨てた騎兵―――否、もはや騎兵ではなく騎士は、突進攻撃こそないものを、彼の歩幅の許す限りの範囲を恐ろしいほどの速度で動く。
攻撃をする、という呼び動作は確かにある。しかしその次の瞬間には攻撃が来るのだから避けようがない。横っ飛びに回避すればいいかもしれないが、追撃が恐ろしい。故にここからが本来ならば
「皆、可能な限り動いて的を絞らせない! ヒースクリフさん、ツライでしょうけど積極的にタゲを取って!」
「承知した。なに、伊達に盾の名を冠して呼ばれてはいないさ」
「リズはヒースクリフさんの隣に! HiDe君とニシダさんは対角線をキープして、敵の攻撃に備えて! 鎧が剥がれてるから背面からの攻撃が通りやすくなってるはず。隙を見せたら攻撃を!」
突進以外が鈍重だった騎兵に比べ、騎士の攻撃は速く鋭い。しかし瞬間的に間合を詰めてくる先ほどの攻撃以外は、ニシダとHiDeならば対応出来ないスピードではない。見てから回避余裕ですと言わんばかりに、ひらりひらりと躱してヒースクリフと、交叉、敵の攻撃を
ヒースクリフの防御によって隙が生まれれば、その背後からリズベットとアスナが追い打ちをかけることが出来る。HiDeとニシダも回避に注意を傾ければ安全に立ち回れるだろう。
「アスナ君! リズベット君!」
「行きます! スイッチ!」
ヒースクリフの盾に受け止められ、逸れて床を抉った剣に掠る様にアスナが疾る。敏捷で劣るために一方後ろを走るリズベットは、体を丸めてアスナの背中にすっぽりと隠れていた。
モンスターの多くは索敵を視界に依存する。ヒースクリフの背後から飛び出したアスナと、その陰に潜むリズベット。チームワークが完璧だからこそ出来る神業だ。アスナが敵の攻撃を避ければリズベットは反応する暇すらなく直撃することだろうが、信頼が懸念を打ち消し、迷うことはない。
「跳びます!」
細い刃を煌めかせ、跳躍。まるで燕の滑空のように美しい姿に見惚れたように騎士の視線もアスナを追い、その背後から地を摺って迫るリズベットに気がつけない。
思わずニヤリと、口元が不敵に歪む。握りしめた
まったく、なんて頼れる仲間達だろう。
「かっとべぇぇぇ―――ッ!!」
「たぁぁああ―――ッ!!」
狙うは脛。プログラムで動きパラメータが設定されているモンスターにも効くのかどうか分からないが、人間が殴られればひとたまりもないウィークポイント。眩しいぐらいに
バキィンという小気味いい音に呻き、視線を下に向ける騎士にニヤリとしてやれば、今度は晒された頭頂部に炸裂するアスナのソードスキル。空中から斜めに滑空する、現在のレベル帯では最も攻撃力の高い一撃。
立て続けに必殺技を喰らい、たまらずよろめく騎士への受難は続いた。
「ヒデオ! 合わせんかいッ!」
「右から!」
「左じゃ!」
「では私は正面かね!」
ぐるりと騎士を取り囲む形で回り込んでいた男達が吼える。リズベットとアスナが跳躍した瞬間からコンボを狙って動き始めていたニシダとHiDeに呼応したヒースクリフが騎士に迫った。
『雄々ぉぉおおお!!!』
アスナの左側から跳躍したニシダが、首めがけて放つ飛び蹴りからの連続突き。
リズベットの斜め前から疾駆したHiDeが、鎧の隙間、腰を狙って放つ回転斬りと回し蹴り。
そして自らの背後から飛び出した女性二人の間をすり抜けるように宙を駆け抜けたヒースクリフの、敵の鎧ごと粉砕する薙ぎ払い。
都合五名の、合わせて大雑把に七連撃。そしてそこに怯みボーナスとコンボボーナスが入る。広間を隅から隅まで揺るがす気迫を以って放った攻撃は、わずかに残っていた〈レッドテイル・スケルトン・ウォリアー〉のHPを―――
『■ィ、ィ―――』
―――完全に、削り切った。
「おわった、のか‥‥?」
「‥‥やった、やった! はじめてボス倒した! やったよアスナァ!」
「うわ、ちょ、リズ?!」
Congratuation!の文字が映し出されたウィンドウに、興奮を全開にリズベットはアスナに抱きついた。ダメージすら受けるのではないかというタックルに尻餅をつくアスナも、しかし口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
たった五人。たった五人で、フロアボスにも匹敵するかというボスモンスターの討伐。なんという快挙か。これが新聞屋に知れたら一面ニュースは間違いない。
「‥‥よく頑張ったな、諸君。まさにチームワークの勝利と言ったところか」
「ヒースクリフ殿」
「お見事な戦いぶりでした、ニシダ殿。それに、リズベット君にHiDe君も。最前線にいても不思議ではない熟練の腕前だった」
ふぃー、と年寄り臭い溜息をついて座り込むニシダに、カッコつけて腕を組んだ仁王立ちのHie。剣を鞘に収め、盾を腕から外した涼しい顔のヒースクリフにもやり遂げた色が伺える。
リズベットの喜び様も当然の大勝利だったのだ。クエストを独占しようと考えていたヒースクリフ自身、かなりの苦戦を覚悟していたがために予想外の快挙であった。
「なぁに、あんな化け物に一人で挑もうとしとったヒースクリフ殿ほどではありませんわい。まったく、無謀でしたろうに」
「いや、お恥ずかしい。少々自分の腕前を過信していたようです。‥‥む、これか。どうやらラストアタックボーナスは私が頂戴したようですな」
ヒースクリフがウィンドウを操作し、アイテムをインベントリから実体化させる。今まで誰もみたことがない程に重厚で無骨な盾。どうやら先ほどの騎兵が使っていた盾をサイズダウンしたものらしい。
この層のフロアボスがドロップしたのは斧であったからヒースクリフには無用の
長物。裏ボスからのドロップで首尾よく防御力の高い盾を入手出来たのは僥倖だ。
「‥‥おや、これは」
ほうほう成る程と盾を眺めていたニシダが、異変に気づく。
静寂に包まれていたはずの薄暗い広間を、仄かに光る蛍のような光の粒が漂い照らしていた。最初は数える程に少なく、次第に多く、床を覆い、光の海のように。
「扉の奥から光が‥‥? まさか、何かのイベントがまだ!」
「落ち着きたまえアスナ君。最初に言っただろう、これはイベントの演出だ。扉を守る骸を倒し、呪いを解き、この坑道には再び魔力が巡り始める‥‥」
騎兵が現れた、見上げるほどに巨大な扉。一旦は閉まったはずの扉がひび割れ、
僅かに開き、その隙間から溢れる光の粒が広間を満たす。
海のように溢れた光は広間の出口から、坑道へと流れて行く。そして鉱石へと染み込んで行く。魔力の染み込んだ鉱石は坑道から採掘されるアイテムのランクを上げるのだ。やがてこの坑道も、鉱石を求めて入り込んでくる生産系職人達で賑わうことだろう。
「‥‥キレイ。こんなに綺麗な光景、あたし見たことない」
「’そう、現実世界では決して見られない美しい光景だと思わないかね。この世界ではこれが現実だ。面白いな。まるで現実世界のように、この世界で我々は全てを見て、聞いて、触って、感じることが出来る。ああ、リズベット君。君の言う通りだ。実に美しいな‥‥」
既に腰の高さまで漂ってきた光の海は、掬えばフワリと一瞬だけ掌に留まり、そして逃げていく。ホンモノの水のように掴めない。触った感触はなく、温度も感じないが、美しかった。
戦いの間は真剣な渋面を崩さず、話す時は何処か掴めない飄々とした態度を崩さなかったヒースクリフが、恋い焦がれるような視線を向ける光景。無論、他の四人も同じようにこの世ならざる光景を眺めていた。
「‥‥良い鉱石が手に入るようになるのは嬉しいけど、この風景を見れたってだけでも苦労の甲斐はあったかしらね」
「なんだ、意外にロマンチストなんだなリズは」
「あたしだって女の子ですからね。それに戦ったり金属叩いたりしてるばっかりだもの。たまにはこういうのも、悪くないじゃない」
「違いない」
「‥‥そういうあんたも大概ロマンチストよねぇ。カッコつけちゃって、ダサッ」
「‥‥表出な、脳筋女。今日こそボクへの暴言の数々、泣きいれて詫びさせてやる」
「やれるもんならやってみなさいよ中二病のボーヤ」
「誰がボーヤだ年増!」
「あたしのドコが年増だってのよ?!」
「全体的にオバサン臭いんだよリズは!」
「なぁんですってぇ?!」
感動的な光景を前にしてもブレないのは長所なのか短所なのか、相変わらず一触即発にも見える口論を始めたHiDeとリズベット。
普段ならば止めに入るニシダも疲労からか気力が湧かず、アスナは呆れて溜息をつくばかり。部外者のヒースクリフは大丈夫なのかと問いたげな視線を二人に向けるが、放っておけとのアイコンタクトに苦笑を浮かべた。
「このあとはもう、帰るだけで宜しいのですかな?」
「えぇ。ニシダ殿は主街区に?」
「はい、ワタシ達はあちらに宿をとっておりますので。ヒースクリフ殿は‥‥」
「私は最前線の街を宿にしておりますので、お先に失礼します。‥‥彼らも、元気ならば暫くはああやって戯れているようですしな」
「ハハ、仰るとおりで。困りましたなぁまったく」
「なに、若いというのはそれだけで素晴らしい。我々の歳ではあのような戯れ合いなど望めもしない。‥‥皆さんにはまた、お会いしたいものです。出来れば、最前線で肩を並べる形で」
「‥‥それは保証しかねますな。何せ安全第一が信条でして」
「うむ、無理にとは申しません。それもまた、この世界での生き方です故。それでは失礼。アスナ君、次の攻略会議で会おう」
「あ、はい。お達者で、ヒースクリフさん」
皮肉めいた笑みの中にも楽しそうな色を浮かべて、マントを翻すと去っていくヒースクリフ。光の海をかき分けて去っていく姿は未だ充実していない装備だというのに随分と様になっていた。いずれ彼のマントと鎧も本物の騎士のような装備へと変わるのだろう。
アインクラッドの攻略は、第十五層まで進んでいる。フロアボスとの戦いはまだ先になるだろうが、そろそろ装備も充実し始める頃だ。特に生産系プレイヤーが増え始めたことを考えると、あと十層ぐらいの間にスキル熟練度を満たしてカスタマイズされた装備を作る者もあらわれるはずだ。既に実装されているギルドシステムを真っ先に利用したギルドでは、揃いの色のマントやマフラーなどで団結をアピールしていると言うが、直に揃いの防具を身につけたりするはずだ。
―――そういえば、ギルドなんて作る気も起きなかったのう。ニシダはなおも喧しく戯れ合う息子と、娘のようなパーティー仲間を見ながらぼんやりと思った。
まぁしかし若干三名の弱小パーティーである。今では命の危険を鑑みて十人程度の複数パーティーが主流になってきている。かなりレベルの高いプレイヤーだと五、六人というパーティーもあるようだが、三人というのは実に少ない。たとえ最前線で戦っているわけではないにしても。
パーティーの方針をニシダが決めているわけではない。むしろ若者二人が意見を出し、それに対して経験からニシダが助言をするというのがニシダ一家の方針だった。なお、今更だが別にニシダ一家と自称しているわけではない。
(‥‥いずれ増えるのかのう、我々の仲間も)
最前線を戦うアスナは、友人にはなっても仲間にはなるまい。ニシダ自身、パーティーを増やしたいという気持ちがあるわけではないが、気にかかるのは息子と、娘のような仲間のこと。
今まで長い間自分との二人旅。そして道連れが増えた今でも、三人きり。息子と過ごす時間は現実の世界にいた時とは比べものにはならず、娘のような連れも出来たが‥‥。やはり父親としては、狭いコミュニティのみでの生活が息子の教育に良いものかと思案してしまう。
本当ならこういう世界だからこそ、濃い付き合いをすることで交友関係を密にし、息子には人付き合いの大切さを知って欲しい。しかし、残念ながら息子は寂しがり屋で人恋しい性格の割に、致命的な程に人付き合いが苦手だった。
(あれは、社会に出る前に直しておかねばなぁ。人に合わせることは出来るようだが、それ以前に話の糸口を作ることが致命的に下手だわい)
しかも皮肉屋と来た。とかく自分に都合が悪くなると相手の弱い部分を突きたくなる性の悪さがある。おやとしての贔屓目はさておき、決して陰湿な人間ではないと信じたいが‥‥。どちらにしてもアレは自分に自信がないことを公言しているようなものだ。
自分に自信さえあれば、他人に対しても寛容になるものだ。あるいは自身の欠点を認めることも出来るようになるだろう。度合いはさておき、そういう人間は成功しやすいものだ。成功しなくても、良い交友関係を築ける。しかし今の英雄では、心の広い人間や気の合う人間以外では付き合いしてくれる人も少ないことだろう。
人付き合いの冥利というやつは実に難しく、社会に出るまでの間に他人と仲良くしておく術を学んでおいてもらいたい。それはテクニックやノウハウだけではなく、自身を見直し考え直すという長い時間がかかる自分探しも含んでいる。
ある意味で、このSAOの世界は英雄にとってかけがえのないものになるだろう。しかしそれも、父親である自分と一緒なだけでは成長も緩やかだろう。やはり息子には、これからのことも考えて成長して欲しい。デスゲームと化したこの世界で、そんなものは過ぎた願いだろうか。
(いや‥‥)
どこであっても関係ない。若者が成長するのにふさわしい場所なんてものは、本当は存在しないのだ。合った場所、なんてものはないのだ。ふさわしい場所なんてものを望んでいるようでは心は成長しない。
どこであっても同じように、どこであっても違うように、成長して立派な大人になって欲しい。この世界であっても、現実の世界であっても、心は変わらないのだから。英雄だけではない、リズベットもまた同じ。このゲームに閉じ込められてしまったことで彼ら若者の限りある時間は奪われてしまったかもしれないが、だからこそ得られることもある。嘆くばかりでは何も得られないのだから。
「あるいは、それも茅場さんの思惑だったのかもしれんんか‥‥」
どこか憑かれたような、恋い焦がれるような色を目に宿して開発を続けていた、SAOの責任者を思い出す。会って話す機会は多くなかったが、彼もまた並々ならぬ熱意を持ってこの世界の創造に取り組んでいた。
底の知れない頭脳を持ちながら、寡黙で知性に溢れる喋り方をしながら、どこまでも純粋に子どものような目をしていた青年。彼の望んだ物が他人を悪戯に傷つけるものだったとは到底思えない。
何か目的があったのだ。それは決して誰かのためになるものではないにしても、悪意によって作られたものではないはずだ。自らも犠牲者の一人でありながら、ニシダはそんな気がしていた。
「父さん?」
「いや、なんでもないよ。それより二人とも、戯れ合いが済んだならそろそろ行こう。アスナさんも呆れとるわい」
「「戯れ合ってなんかないってば!!」」
「‥‥だから、それを戯れ合うっていうんだってば」
アインクラッド攻略まで、あと八十五層。先は果てしなく長いが、この世界っという新たな現実は着実に日常へと浸透している。
彼らの戦いは未だ序盤である。現実世界よりも遥かに濃厚に、この世界のイベントは彼らを迎える。最も危険と言われる最前線以外もまた等しく。アスナ以外の三人もまた同じ。ただ、今を謳歌している彼らは、未来の恐怖を予感していなかった。
それは息子や、娘同然の仲間の未来について思いを馳せるニシダもまた、同じであったのだ。
to be conttinue
魔改造注意。リズベット→野球ファン。
ニシダがカンフーマニアな段階で今更かもですが。
ネタにした小噺もいれていければと思ってます。