【完結】ブラック・ブレット ━希望の星━   作:針鼠

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世界一贅沢な悩み

 東京エリア一等地に建つとある高層ビル。敷地入り口、二メートルは優にある門扉は現在開け放たれており、警備服を着た職員に誘導されて車や人が行き交っている。

 レンとウルもそんな人の流れに逆らわず、案内板に従ってビルの中へ。目的の人物は入ってすぐのエントランスで偶然見つけることが出来た。

 

 質の良さそうな黒のフォーマルを着こなした優男。三ヶ島 影似はレン達に気付くと顔だけをこちらに向ける。

 

 

「おや、君はたしか……」

 

 

 煙草に火をつけようとしていた動作をやめる。すると影似の傍らに控えていた夏世が前に出てきた。

 

 

「どうも、レンさん」

 

 

 レンは夏世の姿を見て、僅かに安堵したように雰囲気を和らげる。

 

 

「怪我はもう良さそうだな」

 

「おかげさまで」

 

 

 あの戦いで夏世自身も少なくない傷を負っていたが、こうして出会った今包帯を巻いている様子も無い。元より超人的な再生力を持つ彼女達は数日で大抵の傷も塞がるのだから不思議も無い。そんな彼女の背には漆黒の大剣。彼女のパートナーであった男の形見が背負われていた。

 

 夏世とのやり取りが終わるのを見計らって影似がレンへ声をかける。

 

 

「君はたしか天童家のご息女が経営している事務所の……」

 

「明星 レン。こっちはウル」

 

 

 思えば、レンが影似と会話するのはこれが初めてだった。防衛省のときは木更だけ。レンは将監との諍いがあったくらいである。向こうにとっても零細事務所の職員一人一人覚えているわけでもない。

 一方で、合わせて紹介したウルの方は興味なさげに生返事をするだけ。本当に興味が無いのだろう。

 

 

「三ヶ島ロイヤルガーター代表取締役の三ヶ島 影似だ。君とは防衛省で会ったきりだったかな?」

 

 

 頷くレン。思ったよりも気さくに話してくる影似は重ねて尋ねる。

 

 

「いま来たところだね。良ければ私が案内しようか?」

 

「頼む」

 

 

 ひとつ頷いて請け負った影似は、結局火をつけることのなかった煙草を戻しながら先導する。

 

 影似に連れられて入ったのは1階エントランスから2階に上がり、ほどなく歩いた部屋だった。防衛省で使った会議室の二倍以上はある空間。天童民警事務所とは比べるのもおこがましい。木更が知ればきっと羨むだろうことは想像に難くない。

 

 そんな部屋には左右対称に並べられたパイプ椅子の列がズラリ。意図的に開けられた中央の通路を目で追って、部屋の奥に行き着く。最奥部には部屋の端から端まで届くほどの花の階段。そしてそこに立てられた木札。木札には名前が記されていた。それは――――今回命を落としたプロモーターとイニシエーター達の名だ。

 今日ここでは彼等の告別式が行われている。

 

 影似と目が合い、彼は促すように目を閉じた。レンはウルを連れて参列者の列へ。

 

 プロモーター12人。イニシエーター9人。それが今回の最終作戦での死者数である。

 これはあくまでも最後の作戦時の数で、最初にケースを取り込んだガストレアによる被害及び二次被害、さらに影胤によって殺された者もいるので実際の犠牲者はもっといる。

 

 列に倣って死者への哀悼を終え戻ってくると影似も夏世も同じ場所で待っていてくれた。

 

 

「案内、ありがとう」

 

 

 フッ、と笑って影似は『大したことではないよ』と受け答える。

 

 改めてレンは会場を見渡す。部屋の大きさも去ることながら立派な式場。東京エリア滅亡の為に戦った者達に対して過分のない待遇である。

 しかし、参列者の数は表にいた人を含めてもあまりにも少なかった。今来ている者にしても政府関係者やマスコミが多い。純粋に彼等を弔いに来た人はもっと少ない。

 イニシエーターは言わずもがな、プロモーターにしたってレンや蓮太郎がそうなように元よりの天涯孤独の人間、木更のようにわけありが多い。そうでなくても奇人変人が多いプロモーターに知人友人はそれほど多くない。

 加えて、まともな体(・・・・・)で帰って来る者が少ない。

 

 だから、本来ならたとえ東京エリア滅亡の危機に戦った者達の葬儀といえどこうも公にやられることはない。精々が政府が形式的な弔いを終えて後は記録となって終わる。今回だってそのはずだった。

 そこに名乗りをあげたのが、今レンの目の前にいる男だった。

 

 影似は政府に自ら申し入れ今回の犠牲者全員(・・)の葬儀の手配をした。このビルも彼の持ち物である。

 

 

「葬儀も、ありがとう」

 

 

 レンとしては素直に嬉しさを示した言葉だったが、影似は堪え切れぬように笑った。

 

 

「おかしな事を言うね。それこそ大したことじゃあない。今回あそこ(・・・)に君の会社の者はいないのだろう? 礼を言われる筋合いは無いさ」それに、と続け「我が社としてもイメージアップに繋がる有意義なイベントだよ」

 

「それでもだ」

 

 

 決して揺らがないレンの声音に、影似は呆気に取られたような顔をして、夏世はやれやれと苦笑しながら頭を振る。

 

 ――――そのとき、会場に突然の集団が入ってくる。

 

 先頭3人が揃ったように黒服とサングラス姿。それに付き従うように全身武装した者がぞろぞろと5人続いている。明らかにただの参列者ではない雰囲気の者達は、葬儀場には見向きもしないで影似のもとまで一直線にやってきた。

 

 

「なんだね君達は?」

 

「失礼致しました」

 

 

 いくらか険の篭った影似の問いに答えたのは3人の黒服の内、一番先頭に立っていた金髪の男。男は懐から手帳サイズのケースを見せた。

 

 

「IISO……」

 

 

 それだけで、影似は彼等の要件を察した。

 

 国際イニシエーター監督機構。

 

 彼等は登録されたイニシエーターを管理する特殊機関。プロモーターのパートナーとなるイニシエーターの選別や民警にとって指標となるIP序列の選定など、民警……主にイニシエーターに関わるあらゆる事柄に関わる。

 聖天子も、この機関で重要な立場にあるとレンは以前本人から聞いたことがある。

 

 そんな機関の職員が何をしにきたのか。すぐにそれぐらいはわかった。

 

 

「では、今までお世話になりました」

 

 

 夏世が、影似の側から離れる。影似へとペコリと頭を下げると自主的に職員達の方へ歩み出した。

 

 夏世は今回の一件でパートナーである将監を失った。プロモーターを失いフリーとなった彼女が今後自由に外を歩けるわけがない。そもそもイニシエーターとは、危険であるが戦力としての価値を見出された者達。プロモーターはその監視役が主な役割である。彼等――――否、世間からしても未だ彼女達イニシエーターは都合の良い兵器に過ぎない。制御を失った兵器は即時回収。それが彼等の仕事のひとつだ。

 

 この先夏世がどうなるかはわからない。IISOに引き取られ新たなパートナーが見つかればマッチアップされ、見つからなければ実験動物同様飼い殺しで一生を終えるかもしれない。現状の雇い主である影似には彼女との契約続行の優先権があるが、そうしないのは今彼の会社には空きのプロモーターがいないのだろう。

 

 何も無い部屋で一生を終えるか。はたまた新しいプロモーターと出会うか。たとえ出会えてもそれがイニシエーターに優しい人間だとは限らない。何にしても、

 

 

(私には、選ぶ権利は無い……)

 

 

 諦観めいた夏世の脳裏に、将監の最期が浮かんだ。そのとき、

 

 

「夏世」

 

 

 声が響いた。平坦な、それなのにどうしようもなく足を止めてしまう引力を持った声が。

 

 

「お前に選ぶチャンスをやる」

 

「レンさん?」

 

「勝手な事をされては困ります」

 

 

 足を止めて振り返った夏世。そんな夏世とレンを遮るように職員の男が立ちはだかった。

 

 

「明星 レンさん、貴方にはこれ(・・)に対するあらゆる権利が認められていません。これ以上の会話も謹んで下さい」

 

 

 レンについての情報もすでに集めているようだった。しかしレンも引き下がらない。それは引き下がる理由にならない。

 

 

「そうでもない」

 

「は?」

 

 

 レンの発言に訝しむ男に対して、レンは一枚の書状を見せた。

 それを見た男の顔色が見る見るうちに変わる。

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

 ずっと冷静だった男の突然の豹変に他の職員達だけでなく、影似や夏世まで不審がる。唯一、その内容を知るウルはどこか不機嫌そうにしていた。

 

 

「千寿 夏世は俺のパートナーだ」

 

「え?」

 

 

 書状の内容は以下であった。

 

 ――――明星 レン。彼の者を聖天子側付き騎士――――『聖騎士』に任ずる。並びに、彼の者の剣となり盾としてイニシエーターをIISOより派遣するものとする。

 

 概略とすればこうだった。それら云々の最後に聖天子の名が綴られていた。

 

 『聖騎士』とは、遡って一代目となる聖天子を側で支えたひとりの人物に与えられた称号である。彼の存在が単なる護衛や側付きと一線を画していたことから形式上作られた、謂わば名誉職。その証拠に先代にその称号を与る者はいなかった。

 

 誰も言葉を発せずにいる中で、レンが言う。

 

 

「ほらな?」

 

「あり得ない! 一民警に過ぎない貴様が『聖騎士』だなどと……!」

 

 

 平静を欠いて地が出てきたのか、男の目にレンに対する確かな嫌悪が映った。

 

 

「いや待て、貴様はすでにイニシエーターと契約しているはずだ!」

 

「ウルは木更のところのパートナーだ。夏世はこれとは別」

 

「詭弁だ! ひとりのプロモーターにイニシエーターを2人など……」

 

 

 ――――が、現状それに異を唱える権限こそ男には無い。それほどまでに書状の最後に記された聖天子の名が重い。

 

 

「仮に……仮にその理屈を認めたとしても、プロモーターがイニシエーターを選ぶ権利は認められていない! それは我々の権限だ!」

 

 

 往生際悪く男は喚く。元よりプライドが滅法強い上に、今代聖天子の狂信者である彼はどうしてもレンが気に入らない。何としてでもこの場だけでもレンの思惑を外したい。最早子どもじみた我儘。

 

 

「ならば、私がそれを認めましょう」

 

 

 しかし、それすらも通らない。

 

 影似はレンの横へ、男の前へ立った。

 

 

「千寿 夏世との契約優先権はまだ我が社にある。三ヶ島ロイヤルガーター、代表取締役の権限で以って今この場で、彼女の騎士明星 レンのパートナー任命に同意する。必要ならば騎士としての彼を我が社で雇っても構わない」

 

「な、にぃぃっ……!!」

 

 

 『いいだろう?』という影似のウインク混じりの確認に頷いて同意する。これで前代未聞ながら民警ペアの二重契約が成立したこととなる。

 

 

「そんな……だが前例が……」

 

「前例は確かに無い。しかし回収人に過ぎない貴方にそれを決める権限はありますか? なにより――――」影似の目が細まり「聖天子様のご意向に逆らうと?」

 

「いや、そんなことは……」

 

 

 舌戦は呆気無く決着が着いた。元よりこの東京エリアトップクラスの民警会社を束ねる歴戦の経営者たる影似に対して、回収人では荷が勝ちすぎる。

 

 他の職員にも諭され、男達は会場より出て行く。

 

 

「――――夏世」

 

 

 ポツンと残された夏世に、レンは伝える。

 

 

「お前は自由だ」

 

「え?」

 

「さっきはああ言ったけど、別に俺のパートナーとしてこれから先戦う必要はない。俺にはウルがいる。蓮太郎や延珠、木更だっている。これ以上お前が無理して戦う必要なんて無い」

 

 

 レンがしてやりたかったのは将監の最後の願いだった。彼はずっと己の生き方を選べなかったと言っていた。疎まれ、恐れられ、やがて孤独となった。そんな彼は民警として生きる希望を見出した。自分が生きる意味を、価値を、初めて知ったと。

 だから、彼は同じ生き方しか許されなかった夏世に選ばせたかった。自分の生きる意味を、価値を、彼女自身で見つけてもらいたいと思った。

 

 結局将監に出来たのは彼女に課した役割を、己の死をもって解くこと。レンはその続きを夏世に与えてやりたかった。

 

 

「………………」

 

 

 押し黙った夏世の頭はぐるぐると回っていた。立て続けの出来事にさすがの彼女も心乱さずにはいられなかった。突然与えられた自由の権利。今まで井戸の広さしか知らなかった蛙が突然大海に放り出されたってどうしていいかわからないだろう。

 

 

(――――いいえ)

 

 

 違うか、と夏世は思い直す。彼女にはいつだって願いがあった。誰にだって当たり前のようにある、しかし夏世や将監にはなかったもの。でもそれを叶えるのはとても難しくて、叶うはずは無いのだと諦めていたものでもある。

 

 夏世は『人間』になりたかった。

 

 彼女はただ普通に、人間らしく生きたかった。だが生まれた頃から化け物と忌み嫌われてきた彼女にはそれが一体どういうものかわからない。あんなに願って止まなかったのに実際その機会を目の前にしたらどうしたらいいのか驚くほどわからなかった。

 

 ふと夏世は背中の重みに気付く。彼を失ったあの戦場から持ち帰って、結局手放すことの出来なかった大剣。

 

 その重さを思い出すと、いつの間にか混乱していた頭は落ち着いていた。

 

 多分、答えはもうとっくのとうに出ていた。

 

 

(きっとこれは、イニシエーター(私達みたいな存在)には世界一贅沢な悩み)

 

 

 『レンさん』と夏世は呼ぶ。

 

 

「なら、私の……私達(・・)の家族になってください」

 

 

 生まれて初めて出来た家族を守りたい。嫌われ続けたこの力で。それが千寿 夏世の選んだ生き方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影似に誘われてレンは2人で会場の外へ出た。

 

 正式にレンのパートナーとなった夏世だが、しばらくは天童民間警備会社で一緒に働くことになる。登録上の所属は三ヶ島ロイヤルガーターだが、まあ派遣、或いは共同歩調といった具合になるのだろうか。それも全て影似の取り計らいによるもの。

 

 

「ありがとう」

 

「なに。こちらとしても聖天子様とのパイプが出来た。見返りは充分過ぎる」

 

 

 影似は懐から取り出した煙草に火をつけて、咥えたそれを大きく吸って紫煙を吐き出す。

 

 

「だが、恩を感じたならひとつだけ教えて欲しいことがある」

 

「なんだ?」

 

「将監の最期について、だ」

 

 

 伊熊 将監の最期。

 

 将監は自分を道具だと言った。戦い、敵を殺すためだけの道具。彼はそれで満足だと言っていた。何処にも行き場のなかった彼を唯一平等に扱ってくれたのが戦場だった。だからここは居心地が良いのだと。

 悲しい生き方だと、きっと他人は言うのだろう。少なくとも将監だって最初からそう感じていたとは思わない。平穏な日常が、当たり前の日常が欲しかったはずだ。

 

 だけど、レンは将監が『居心地が良い』と言ったのはなにも自棄になったからだとも思わない。そんな人間に夏世(他人)を思いやることなど出来はしない。

 なら、あの言葉もまた将監の本心だと思う。彼はずっと投げやりな言い方をしていたが、きっとそれだって。

 

 

「あいつは、自分をあんたの道具だと。自分には戦場しかないと言ってた」

 

「そうか」

 

「――――でもこうも言ってた」

 

 

 そうだ。将監は言っていた。

 

 

「あんたに感謝していると」

 

 

 影似の目が僅かに見開かれる。しかしすぐにそれは普段の涼しい顔つきに戻る。

 

 

「そうか。――――ありがとう」

 

 

 影似は一言そう言った。それきり彼は空を見上げる。指先に挟んだ煙草の灰が落ちても、彼はそれに構うことはなかった。




閲覧、感想ありがとうございます。

>これで1巻結。――――で、唐突ですがこの作品はここで一旦の完結として終わります。本当ならオリジナル含めて6巻終了までのシナリオがあったり、聖天子様とのイチャイチャがあったりの構想はあったのですが、なんにしてもちょっと見切り発車過ぎました(汗
一番の失敗としては主人公のレンとヒロイン兼パートナーウルちゃんの設定があまりにも固まらなかった。
とまあ失敗談をここでつらつら書いても皆様への言い訳にもならんのでここらでやめます。

>改めまして申し訳ありません。こんな作品にも感想いただいたり、お気に入り、しおりしてくれた読者様もいまして、先を楽しみにしてくれていた方もいらっしゃったかもしれません。それを1巻区切って半端な感じで終わらしてしまいすみませんでした。

>でもまあ、原作は好きですし、執筆活動も今のところやめる予定はありませんので、先述した通り簡単なシナリオの骨子は出来ていますのでもしかしたらこれから先、改めて練ったやつを書いたりもするかもです。
もしそんな機会がありましたら、また宜しくお願い致します。

ここまで閲覧ありがとうございました。

※もし先のストーリーやら設定やら、ネタバレでも構わないので知りたいという方がいましたらメッセージでお教え致しますので遠慮なく言ってください。

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