何度も転生する主人公が、死ぬたびに周りを曇らせていく話。 作:ルヴレ
蓮花という夜叉は、魈の人生の中で一番の変わり者だった。
最初、蓮花に会った時、彼女は一人で魔神戦争中の世界を生き抜いていた。魈のように、他の魔神に道具のように扱われるわけでもなく、一人で放浪していた。
「俺の陣営に入る契約を結んでくれないか」
そう帝君が彼女に尋ねたときも、彼女はいつも通りの変な喋り方と軽い調子で、「いいっすよー」と答えるだけだった。
彼女は夜叉な癖に、あまり強くはなかった。それに、よく柱の角に足をぶつけて痛がっているような、情けない奴でもあった。極めつけに、帝君を敬うことはしない。魈は彼女のそんな性格を苦手としていた。
けれど帝君は咎めることはなく、彼女をまるで妹や娘のように扱った。実際、そう思ってもいたのだろう。
「あ、魈。杏仁豆腐いるー?」
なんと言ったって、彼女のおかしいところを語る上で重要なのは、杏仁豆腐だろう。
蓮花は事あるごとに魈に杏仁豆腐を渡してくる。それはもう、戦闘が終わってすぐにでも渡してくる。
どこで我が杏仁豆腐は食べられることを知ったのだろうか、と魈は不思議だった。
しかし、魈は彼女の杏仁豆腐を食べたことがない。だって、月に一度、とびきり美味しい杏仁豆腐が、魈の部屋の前に置いてあるから。
始まりは……いつだったか。
確か、魈が業障により、部屋で苦しんでいた日だった。
部屋の隅で苦しんでいたら、いつの間にか杏仁豆腐と一枚の絵葉書が置いてあったのだ。
「自分を犠牲にする、優しいあなたのために、これを作りました。もしよければ召し上がってください」
それは、毒の入っていないことを証明するために、わざわざ銀の皿に盛り付けてあった。
魈は最初、怪しんで口をつけることはなかった。
「帝君。我の部屋にこのようなものが置いてあったのですが、誰が置いたか分かりますか」
「ふむ……」
帝君は、魈の渡した葉書の文字を見て、納得したように頷き、杏仁豆腐をひとつ食べた。
そして、口角を上げた。
「帝君! ダメです。毒でも入っているかもしれな……」
「安心するといい。この杏仁豆腐を作ったのは、俺の知り合いだ。食べたことのある味だから、間違いはない」
帝君にそう言われて仕舞えば、魈が反論することはできない。
魈は、杏仁豆腐を部屋に持って帰り、食べることにした。帝君の知り合いの差し入れとなれば、残すことは失礼に当たるだろう。
一口、口に運ぶ。
「優しい味だ」
それはあまりにも優しい味だった。しつこさのない、あっさりとした味わい。疲れていた魈のために、優しい味付けにしたのだろう。
差し入れてくれた人の優しさが、手に取るように分かった。
「……。帝君のお知り合いとは、一体誰が……」
葉書を取り出してもう一度見直した。
よく見たら、背景の花の絵には絵の具の跡がある。もしかして、魈のためだけに書いてくれたのだろうか。
魈は、その葉書をそっと大切に引き出しにしまった。
それからは、毎月杏仁豆腐と一枚の絵葉書が届くようになった。魈はいつの間にか、それを心待ちにするようになった。
家族のように思っていた、仲間の夜叉が業障により死んだとき。毎日殺し続け、疲れたとき。
そんなとき、葉書はいつも魈に寄り添った言葉をくれた。
「大切な人が亡くなるのは、辛いことだと思います。あなたならきっと、その辛さも乗り越えてしまう。けれど、泣きたい時は、泣いていいと思うのです。そうじゃないと、きっと後悔するから」
その日、魈は部屋の隅で密かに泣いた。
それだけではない。葉書は日常で起きたことや、朝に見た花々など、ちょっとしたことも書いてあった。
魈は、その葉書の絵を見て、字を読み、そうしながら杏仁豆腐を食べて一息つくのが好きだった。
そして、その葉書がくるたびに思うのである。
この葉書は一体誰が書いたのだろう、と。そして魈は、この葉書を渡してくれている帝君の知り合いに、返事を渡したいと思った。
しかし、帝君は明確に答えてくれない。いつも、
「この手紙の主は、きっと魈に正体を分からせたくない。だから、あえて彼女は特定できないように書いている」
と、答えるだけだった。
蓮花が死んだ。それはもう、腹をこれ以上とないくらいに抉られて、あっさりと死んだ。
蓮花は、魈の仲間の最後の夜叉だった。
蓮花はうるさい奴だった。甘雨や魈にうざ絡みをして、心優しい甘雨でさえ少し腹を立てていた。
けれど、みんなにとって、蓮花は末っ子のような存在だった。蓮花のいない夕食は、やけに静かに感じた。
魈は、しばらく表には出さないが落ち込み、次の葉書がくる日を今か今かと待っていた。
そして、ようやくその日が来た。
「……おかしい」
しかし、その日の差し入れはどこかおかしかった。
絵と文字は、確かにいつも通り。けれど、仲間が一人亡くなるたび寄り添ってくれた彼女は、今回に限って、月のことを書いている。
杏仁豆腐は、いつも通りの優しい味ではなかった。一言で言えば、完璧な味。まるで、料理人が作ったかのような、そんな味。
どちらも、魈の知るものではなく感じて、杏仁豆腐を食べることも、葉書を眺めるのも途中からやめてしまった。
「もしかして、帝君のお知り合いとは……、蓮花のこと、なのか?」
賢い魈は、すぐにその考えに辿り着いた。
蓮花はいつも、杏仁豆腐を作っていた。そして、それを魈は食べたことがない。けれど、今思えば彼女のつくっていた日と、葉書がくる日はいつも同じだった。
死んだタイミングで、いきなり味と文脈が変わったのも頷ける。
きっと、この葉書は魈のために書き残したものだったのだ。
そう気づいた魈は、すぐに立ち上がって帝君の部屋まで歩いた。いつもなら夜中に行くのは失礼だと考えるだろうに、そんな余裕はなかった。
「帝君。この葉書のことで、話が……」
「蓮花のこと、だろう」
帝君は全てを見通していたのか、そう言って、たくさんの葉書を魈に渡した。
月が綺麗ですね、今日の朝に見た花がとっても綺麗でした、いつか帰終様にからくりの術を学びたいです……。
何日もかけて書いたのだろうという、内容だった。
「蓮花は、魈のために毎月葉書を書き、杏仁豆腐を作り、部屋まで差し入れをしていた。
そして蓮花は見つかってしまうと思うと、恥ずかしかったのだろう。たとえ生きていたとしても、魈に本当のことを言うことはしなかったと、俺は思う」
「……」
たくさんの葉書を見て、心が締め付けられるように痛んだ。そんな魈の様子を見て、帝君は部屋に戻るように言った。
魈の部屋の二番目の引き出しには、たくさんの葉書がしまってある。けれど、その葉書が増えることは、二度とないだろう。
だって、二度とその葉書が届くことは、ないのだから。
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どんなエンドがいい?(イフエンドも書く予定)
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バッド(主人公にとってハッピー)
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ハッピーエンド
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その中間くらい