何度も転生する主人公が、死ぬたびに周りを曇らせていく話。 作:ルヴレ
フリーナの新しい専属道化師のセルヴァーティカは、噂では無表情でロボットのような少女らしい。
その噂に違えず、フリーナと初めて会った彼女は少しも表情を変えず、人形のようにちょこんと両親の横に座っていた。
白い雪のような肌、ラベンダー色のふわりとした、しかしどこか特徴のない髪。目は人形のように焦点が合わないし、さほど大きくはなく、目鼻立ちがそこまで整っているわけではない。
特に面白みもない少女だと、フリーナは一瞬感じた。これがあの道化師の娘かと思うと、違和感があった。
けれど、その考えは次の瞬間に覆された。
「え、グロシ?」
彼女が意味のわからないことを呟いた途端、雰囲気がガラリと変わったのだ。
無表情な表情は、瞬く間に人間らしくなり、どこを見ているのかわからなかった瞳はきらきらと輝き、フリーナのことを好奇の目で見つめる。
フリーナはその瞬間から、彼女に興味を示したのである。
一日の業務を終え、フリーナはベッドに座った。座った途端に安心したのか、ティカとの出会いが脳裏をよぎった。そして、そのせいで勝手に溢れ出してくる涙を拭った。
「いつになったら、ティカに会えるんだろう。うぅ……弱気になっちゃだめだ。僕の正体がバレたら、みんなを救うことができない。僕が、フォンテーヌの予言を変えないとだめなのに……!」
専属道化師のセルヴァーティカと別れてから数ヶ月。フリーナはティカに執着していたことを思い知らされた。ティカに相談できないだけで、毎日涙が溢れ出してくる。
ティカは最高の友達だった。相談も聞いてくれるし、ティカといると楽しい。彼女が信頼して体調のことを相談してくれると、信頼の気持ちがありありと感じ取れて、嬉しくて仕方がなかった。
何よりティカの前で、フリーナは素の姿でいることができた。水神フリーナではなく、人間のフリーナとして。彼女に人間だと打ち明けることはなかったけど、二人の友情において、そんなことはさほど変わらなかったことだろう。
「そもそも、ティカが居なくなったのも、全部僕が悪いんだ。僕は、他の人に近づきすぎちゃだめだったんだよ。……ごめん。ティカ」
フリーナは、ベッドの中で丸くなり、声を押し殺しながら泣いた。
たとえ自分の親友が追放されようと、フリーナがフォンテーヌの人々を憎むことはない。フリーナは優しい人間だからだ。
だからこそ、フリーナは自分を責める。けれど、それがバレないように、毎日毎日取り繕う。
そして、こころはどんどんとすり減っていく。
「次ティカに会ったら、何をしよう……」
そして、そのすり減った心はティカに会えるかもしれない、と言う事実にかろうじて救われていた。
そんな聞こえない大きさなはずのフリーナの独り言を、ヌヴィレットは聞いていた。
勿論、あの発言だけでフリーナが水神ではない、ということが分かったわけではない。
しかし、フリーナのこころが見た目以上にすり減っていることに今更気づくことができた。
ヌヴィレットは感情に疎い。だって、人間ではないから。
しかし、この事実を知ったらフリーナが立ち直れなくなるだろうということは、なんとなく分かっていた。
「この件は、内密にしなくては────」
ヌヴィレットは、一つの璃月から送られてきた箱を抱えて部屋に戻った。
そして、部屋に戻ってすぐ、その箱を大切に机の上に置いた。
箱の蓋を開ける。途端に目に飛び込んでくるのは、一面の白だった。
骨。それも、人骨。
フリーナの専属道化師だった、セルヴァーティカの骨だ。
この骨が送られてきたのは、ほんの数ヵ月前のことだった。
その時、魈は偶然強敵と戦って、怪我を負っていた。だから、一度休もうと休めそうな場所を探していたとき、ティカに出会った。
ただし、すでに生き絶えた状態のティカに会った、が正しいのかもしれない。
魈は、ティカ──いや、蓮花の死体を見て、驚いて立ち尽くした。
この髪色、顔立ち────フォンテーヌの服を着ているが、蓮花に間違いはなかった。
数十年前、蓮花が稲妻に旅立ち、それから毎週のように甘雨や帝君に促され、手紙を書いていたが、とある日から返事が絶えた。
最初は体調を崩したのかと思い、待っていたのだが、流石に半年も返事が来ないと不安になる。
帝君も心配して、蓮花のことを調べたが、たたら砂を去った、という事実が明らかになっただけ。蓮花が引っ越ししただけで手紙を書かないはずがない。彼女は手紙を書くのが好きだし、ああ見えて根は真面目だ。一度約束したことは守る性格だ。
……つまり、何者かに殺されたのだ、と帝君は結論を出した。
彼女が転生するか不安に思っていたが、また転生したようだ。そのことに安堵するが、残念ながら、恐らく今世の蓮花はもう死んでいるだろう。
この出血量ではとても生きられるとは思えない。
諦めきれず、魈は生死を確かめるために、彼女の手に触れた。
……冷たい。
脈に触れて確かめるが、脈はもちろん動かない。
蓮花はもう、死んでいる。
魈は気持ちを落ち着かせるために、ほんの少しため息をついた。
たくさんの仲間の死を見送っている。だから、そんなに動じることはない、と自身に言い聞かせて、冷たくなった蓮花を背負おうと、立ち上がったそのとき。
蓮花がパチリと目を開いた。
美しい緑色の目と、目が合った。魈は幻覚を見ているのだと思った。
しかし、蓮花は口を開いて、呟いた。
「死ね」
咄嗟に体が動いた。
魈は大きく後退り、蓮花の攻撃を避けた。蓮花はいつのまにか、草元素の神の目を握っていて、元素で作った大剣を魈に向けていた。
「蓮花……いや、違う。お前は誰だ」
「あぁ……永かった……!」
蓮花は蓮花らしくない、恐ろしい笑みを浮かべた。そして、魈に飛びかかってくる。しかし、魈にそんな隙だらけの攻撃は効かない。持っていた槍で簡単に受け流した。
「この頭のおかしい小娘は、我らの業を取り込んだにも関わらず、発狂すらしない。憎しみを与えてみても、悦ぶばかり。痛みまでも欲望の糧にして愉しむ始末。
それどころか、我らを操り小娘の醜い欲望のために利用してくる……。このような頭のおかしい夜叉に取り込まれた時は絶望したが、ようやく転機が現れたのだ」
「……お前、は」
業障なのか、とは口に出さなかったが、その可能性は高い。業、という言葉から予想するに、恐らく蓮花は業障に乗っ取られている。
蓮花は夜叉だった。だから、残滓を取り込んだこともあった。……その時の業障が転生してもついてきたのだと考えると、辻褄が合う。
しかし、業障がこのように話すなど、前代未聞だ。業障の憎しみや痛みに屈し、発狂するのが普通なのだから。
「モラクスを殺すために、お前を殺す必要がある」
蓮花に乗っ取った業障は、魈に切先を向けてきた。
魈は帝君の名を聞いた途端、迷わずに蓮花に切先を向けた。
「蓮花の体だとしても……我はお前に容赦はしない」
「……この小娘が可哀想だ」
蓮花はわざとらしくため息をついた。
「この小娘はお前に惚れているというのに。惚れた相手に殺されるなど、恐ろしいことだろう。
……もう二度とお前と話さないかもしれないな?」
「……お前は、何を言っている」
惚れて、いる?
魈は一瞬理解できなかった。そして数秒経ってからようやく言葉の意味を理解する。
蓮花は魈のことが好きだと、この業障は言ったのだ。
それを知ってからは、明らかに魈の目に動揺が浮かんだ。業障はその隙をついて、攻撃を仕掛けてくる。
魈は驚いた拍子に、全力で蓮花を吹き飛ばしてしまった。
魈は地面に倒れた蓮花の首筋に、槍の切先を向けた。
「手が震えているな。降魔大聖?」
「黙れ」
槍の先は微かに震えている。蓮花は面白そうにくすくすと笑った。
しかし、急に蓮花が目を大きくさせて、自分の首を締め始めた。
細い首を、小さな細い指の全力の力で締め付けているのが見て取れる。
「こ……の! あ……の小娘……!」
「蓮花……!?」
その様子を見て、魈はすぐに蓮花が正気を取り戻しかけていると気付いた。
蓮花は憎しみのこもった瞳で魈を睨みつけ、それから急に元の呑気な瞳に戻った。
「ごめんっす。……今、抑えてるんすけど、長くは無理かもしれないから……」
蓮花は首筋に突きつけられている槍を、更に自分の首筋に近づけた。死のうとしているのだ。
魈は驚いて、槍を遠ざけた。
「……今のは、業障か?」
「そうっす。夜叉の時からずっと付き纏われてて、最近は悪化してるんすよねー……。だから、乗っ取られないために、早く死んだほうが……」
「何を馬鹿なことを言っている」
魈は冷たく突き放すように、そう言った。そして帝君を呼ぶために蓮花に背を向けた。しかし、蓮花は諦めていないのか、よろよろと立ち上がって、魈の腕を掴んだ。
「我に触るな。……どうなっても知らないぞ」
「何言ってるんすか。どっちにしろ私も業障に取り憑かれてるし、同じようなものでしょ」
蓮花は自虐するように笑った。魈は珍しく呑気さのかけらもない蓮花に驚き、足を止めた。
笑っている蓮花の目が一瞬憎しみのこもった瞳に変わっていた。しかし、それも一瞬のこと。瞬きの間に元の蓮花の目に戻った。それが点滅する信号のように繰り返され、その様子は蓮花に余裕がないことを明らかにしていた。
恐らく、もう一刻の猶予もない。すぐにまた業障に乗っ取られることだろう。
「槍を早く、渡してくれないっすかー? 多分、次はもう……正気に戻れないから」
蓮花はそう言いながら魈に向かって手を出した。その手は微かにぶるぶると震えている。
乗り移られかけているから震えているわけではない。ただ、死に怯えている。自死をするのは、それほど恐ろしいことなのだ。けれど、死の恐怖よりも暴走して嫌われる恐怖の方が勝る。彼女のそんな性格を、魈は理解していた。
「……暴走して意識を失って迷惑をかけて死ぬなら、好きな人の横で死んだ方が、よっぽどいいっす」
「……我のことが、好きだと言うのか」
「…………えへへ」
蓮花は誤魔化すように笑った。しかし、その笑みにも時折憎しみの色が見えた。魈は槍をぎゅっと強く握りしめ、蓮花に向かって構えた。
蓮花のためだった。彼女の手を汚させるくらいなら、自分がやるべきだと、魈はそう判断したのだ。
「うん。そんな判断をさせちゃって、ごめんね。
……私を殺してほしい」
「……二度とお前を殺せとは言わないと……そう言ったぞ。お前は、約束を違えるつもりか」
「嘘……ついちゃったっすねー」
蓮花は手を広げてニコリと笑った。まるでいつでも殺していいとばかりに。蓮花と目が合った。蓮花はこくりと頷いて目を閉じた。
魈は覚悟を決めて、蓮花の心臓を目掛けて槍を突き刺した。
「……う……」
蓮花は小さく呻き声をあげたが、それ以外何も言わなかった。昔は少しの怪我だけで大騒ぎだったのに、蓮花は痛みを我慢して魈を抱きしめた。
魈も何も言わずにそれを受け止めた。
「……前は、言えなかった……けど。……私、魈のこと、好きだよ」
「……もっと、早く言え」
蓮花は魈のそんな返事を聞いて、更に強く抱きしめた。そして、そのまま力尽き、事切れた。
あっさりと、昔に死んだ時と同じように蓮花は死んだ。
魈を抱きしめたまま死んだ蓮花を、魈は背負った。
帝君に報告するため、長い道のりを止まらず歩き続けた。
けれど、何時間も歩いても、蓮花を刺した時の生々しい感触が消えることはなかった。
「往生堂に、蓮花の葬儀を頼むことにした。蓮花の骨は、今世の蓮花の出身であるフォンテーヌに預ける」
帝君がそう言ったので、蓮花の骨はフォンテーヌに預けることにした。調べてみたら、蓮花はフォンテーヌで冤罪をかけられ、追放されたと言う。それなのに、帝君はフォンテーヌに預けると決めた。
帝君とて、蓮花の死体を見たとき一瞬辛そうな顔をしたし、甘雨が泣きながら蓮花の手を握りしめていたのも知っている。けれど、これも蓮花のためを思っての行動だった。
蓮花の家族を名乗る道化師が帝君に強く懇願してきたのである。せめて骨だけでも渡して欲しいと。何度も何度も、神である帝君を恐れずに断ってもお願いをしてきた。帝君は仕方がなく、道化師に蓮花の骨を預けることにした。
けれど、蓮花の家族は道化師。お金に余裕はなく、墓さえも作れない状況だった。そこで、墓を作ると言う条件で、ヌヴィレットが一度引き取ったのだ。
「……ティカ殿、すまなかった」
ヌヴィレットは罪悪感を感じていた。ティカを殺したのは自分も同然ではないか、と自覚していた。
ヌヴィレットはティカと仲が良かったわけではない。けれど、ヌヴィレットはティカのせいで無駄にフリーナやティカと共にトランプやすごろくをさせられた。
なぜそんなことをさせているのか不思議に思い聞いてみたが、ティカは謎めいた一言を残しただけだった。
「なんで無理矢理トランプをさせてるのかって? ……んー、フリーナのため、かな? 普通、人間ってすぐ死んじゃうでしょ? 私も例外ではないからねー。え? よくわからない?
ま、ヌヴィレットもいずれはわかるっすよ」
ヌヴィレットは未だにその言葉の意味が理解できない。
けれどそれが大切なことであることは、分かっていた。
「ヌヴィレット様、言われていたお墓ができましたよ」
思考の海を漂っていたヌヴィレットは、メリュジーヌのその一声ですぐさま考えるのをやめた。
ヌヴィレットは蓮花の骨を完成した墓に埋めるため、そっと部屋を出た。
フリーナは知っている。
ヌヴィレットが毎月同じ日にこっそりと夜中に部屋を出て、同じ場所へ向かっていることに。
ヌヴィレットの様子が、ある時からおかしくなったことに。
ある日からメリュジーヌが忙しなく夜中に働いて、何かを作っていたことに。
「もしかして、もうティカは………………。
いや。違う。生きてるに決まってるじゃないか! ははは……僕としたことが、ついネガティブになってしまったよ」
ははは、と一人乾いた笑いを浮かべ、紅茶を勢いよく飲み干した。
フリーナだって、心の奥底で、本当は気づいている。
ティカは死んだのだと。けれど、それを認めたら本当に壊れてしまう。だから、フリーナは絶対に認めなかった。
ティカは、生きている。フリーナはその考えを曲げない。
だから、今も尚フリーナの専属道化師はいない。
だって、水神専属道化師は「生きている」のだから。
正直、ちょっと書くのに飽きてました…。クオリティは下がってしまうかもしれませんが、投稿は完結まで続ける予定なのでよろしくお願いします!
どんなエンドがいい?(イフエンドも書く予定)
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バッド(主人公にとってハッピー)
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ハッピーエンド
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その中間くらい