「──きなさい」
雨が俺の頬を濡らした。いや、そんなことはあり得ない。俺の記憶が正しければ、今日は真夏日のはずだ。なら、この雫はなんなのだろうか。
「起きなさい。私にそんな嘘が通用すると思っているのですか。酒呑童子。だから、早く起きなさい」
酒呑童子。たしか、大江山に住む鬼の名前だったはずだ。
いや、そんなことよりも。一体、この声の主は一体なにを言っているのか。
「お願い、ですから。起き、てください」
うるさい。分かったよ。そんなに起きて欲しいなら、今起きてやる。だから、この雫をなんとかしてくれ。冷たくて仕方がない。
「───く、かはぁっ」
腹に痛みが走る。あれ、おかしい。俺はたしか、家でスイッチのマ◯オの最新作をプレイしていたはずだ。もしかして、プレイ中に変な寝方をし、腹を冷やしてしまったのだろうか。
「元気で、よろしおすなぁ」
目を開ける。すると、そこには今開けた目玉が飛び出るぐらいの美女が泣いていた。どうやら、俺が雫と感じていたものは美女の涙だった。
「なんや、どないしたんや。頼光」
頼光。うーん、目の前の美女の名前なのだろうか。っていうか、なんで俺は知っているんだ。こんな人、一度たりともあったことがないはずなのに。
「あ、あぁ。よかった」
頼光さんは微笑むと、俺をやさしく抱き締める。
「大丈夫です。貴女は鬼、すぐに治るはずですから」
うーん。さっきから話が繋がらない。治る、ってのは一体なんの話だ。俺の腹が痛いのとなにか関係があるのか。
「治る、治るんです。貴女は治さないといけないんです」
抱き締めている腕の隙間から腹を見る。たしか、長年引きこもっていたせいで俺の腹は見るに耐えないほど出ていた。体重計をこれまで5回も壊して、そのくせに俺が痩せようとしても一向に萎まなかった腹だ。どうせ、今回もプルプル揺れているに違いない。
「────っぁ」
無かった。肉だけじゃなく、腹が無かった。性格に言えば、まさしく風穴が空いていた。もっと正確に言えば、出てはいけないものが腹から飛び出していた。あれ、腎臓ってこんな色なんだ。
「駄目です。見てはいけません」
美女が目を覆い隠す。だけど、俺はもう見てしまった。
これは、死ぬ。例え、いくら俺が鬼であろうと、これは死ぬ───鬼?なんで俺は自分を鬼だ、なんて思ったんだ?
「大丈夫です。治りますから。だって、貴女は言ったじゃないですか。【ほなまた今度、ウチと一緒に旅でもしよか】って。私、その約束案外楽しみだったんですよ」
あぁ、そういえばそんな事を言った気がする。あれはたしか、まだ頼光が丑御前、なんて名乗ってた時だったか。あの時の頼光は、今では考えられないほどグレてたなぁ。一緒に酒飲んで、歌って、踊り回ったのは良い思い出だ。酒に酔った丑御前が調子乗ってそこらの女を拐ってきた時には、さすがに謝り倒したけど。でも、俺は案外丑御前の頃の頼光も好きだ。なんというか、今の頼光よりも自由で、一緒にいて楽しかった。もちろん今の頼光も好きだけどね。
「─────なぁ、頼光」
「なんですか、酒呑」
あぁ、その呼び方。大人になったお前と離れ離れになって、もう聞けないかと思っていたけど、まさか聞けるなんて。
「ウチな」
「はい」
「頼光のこと」
「……はい」
「案外、好きやったみたいやわ」
丑御前と一緒に、人を驚かせたこと。同じ風呂に入ったこと。同じものを見たこと。同じものを食べたこと。旅をしたこと。
頼光と文をおくりあったこと。時々、人目を盗んで一緒に酒を飲んだこと。本気で殺しあったこと。その後、なんでか笑いあったこと。また同じものを食べたこと。
そのどれもが、俺にとって、最高の思い出だ。
「───そうですか」
血が止まらない。視界がぼやけ、どんどん寒くなっていく。どうやら、俺はここまでのようだ。
「ほれ、頼光。土産や。持っていき」
力を振り絞って、頼光の唇にキスをする。鬼と人、許されない関係だけど、今ぐらいは神様だって許してくれる。うーん、初めてのキスはレモン味なんていうけど、鉄の味しかしねぇや。
「私も」
もう、駄目みたいだ。まだまだ頼光と一緒にいたかったけれど、こればっかりはしょうがない。それにしても、うん、いい鬼生だった!
─────また、頼光/丑御前と茨木の三人?で、旅をしたいな。
☆☆☆
「大好きですよ。酒呑」
腕の中で眠りについた、鬼に向けて放ったその言葉は聞こえていたのだろうか。鬼は安らかな、子供のような表情で死んでいる。
「あぁ」
酒呑、酒呑。
「あぁぁぁぁぁ」
酒呑、酒呑、酒呑童子。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
酒呑童子。私の全てを受け入れてくれた、私の愛しき鬼よ。私は、貴女に会えて、幸せでした。