〜魔剣道〜転生者が女性社会のメジャースポーツの頂点を目指す話   作:四足歩行戦車団

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一話 転生者と女性社会

 

20代のうちは多少の無茶をしても死なないと本気でそう考えていた。

過労死するまでは。

 

(明日の顧客で目標は達成できそうだ。よしよし今月は幸先がいいぞ。このまま休日を返上して契約を取り続ければ、今月も売上一位を維持できそうだ)

 

会社帰りの駅のホームにて、その男はスマホの画面を見ながら明日の予定を確認していた。もうすぐ電車が到着することもあり、列の後続には塾帰りの学生やサラリーマンなどが並び始めていた。この駅は始発にやや近いこともあり、退勤ラッシュを少し過ぎたこの時間帯なら、努力次第で電車の席に座ることができま。男はいつも席に座るため、電車の時刻と移動時間を計算して退社するのを日課にしていた。

 

これは男がいつも繰り返している光景だ。その男は30代のうちに脱サラするため証券会社で社畜をやっていた。満員電車の時間よりも数時間遅くまで働いて退社し、休日は入社して以来全て返上し、出勤も誰よりも早く来て働いている。ただ今日は違った。電車の夜行ライトが男の頬を照らす。

 

「あれ?」

 

その男が横を向いたとき電車の顔が逆さに見えた。前を向けば線路が眼前に落ちてくる。

 

(待て。なんで俺は線路にキスをしているんだ!?違う、ホームに落ちてるだとっ…!電車がもう来ていると言うのに。待て待て待て。このままだと轢かれてしまうっ‼︎)

 

その時、世界がゆっくりと動いているように感じた。電車の顔がスローモーションのように迫っているなか、思考だけが頭の中を駆け抜けていた。

 

(脱サラ資金として8000万の総資産があるというのに…それをまだ一円も使っていないというのに…。旅行も、遊びも、ぜんぶ我慢して働いてきたと言うのに俺はまだーーー死にたくない!)

 

 

 

 

 

空が青い。蝉が夏のメロディを奏でている。四国山地の間を流れる川の水面に浮かびながら、前世が終わる瞬間をふと思い出した。未練、恐怖、後悔、孤独、それらを濃縮したあの記憶が、川の冷たさとは別の寒気となって背筋を通り過ぎた。

 

『真理谷斎 』

 

それが今世の僕の名だ。僕は前世の記憶を持ったまま別世界の日本に生まれ変わったらしい。今は都会の喧騒なんて縁のない高知県の山奥の田舎に住む青年だ。駅のホームに落っこちて死んだ社畜というのは昔の話。そして今は前世では成し遂げられなかった脱サラスローライフを満喫していた。

 

その日の夜

 

「斎は来年から高校生か。わたしゃ心配だよ。こんな街から離れた山奥で生きてきた子が、人の多い街に馴染めるのか。高校なんて行かないでわしらの手伝いをしてくれても良いんだよ」

 

「何を言っているんだ婆さんは。可愛い孫をこんな先のない田舎で先の短いワシらと心中させる気か。斎は立派なお婿さんになるためにも、街に出さなきゃ行かんだろ」

 

昭和を彷彿させるちゃぶ台の上には、ご飯と鮎の塩焼き、味噌汁と自家製の漬物が並んでいた。僕は祖母と祖父の話を聞き流しながら、その味を噛み締めていた。

 

やはり手作りの味は良い。前世で社畜をしていた時の主食はレーションだった。通販で世界各国の軍隊のレーションを取り寄せては、それを空いた時間に食べていた。その中でも軽量かつ栄養バランスに優れたイギリスのレーションはお気に入りだった。味に拘らなければ栄養バランスが良く携帯性に優れていてとても愛用していたものだ。まぁ、今思えばあの時の食事はどうかしてたと思う。

 

「斎や。おかわりはいるか?」

「いるいる。超欲しい」

 

祖父は僕の茶碗が空になったことを気づくとおかわりを促した。食べ盛りであったので遠慮なくお願いした。

 

祖父母は百姓の名に相応しい兼業農家を営んでいた。時には野獣を狩る猟師であり、時には鮎の養殖をする漁師であり、時には稲や野菜を作る農家であり、時には養鶏をする畜産家の顔を持ち合わせていた。無論、前世の人力を考えれば無茶な労働量だと思う。ただ今世の人類は特別な力を持っていた。

 

 

 

ある日の昼下がり。大根を詰め込んだ段ボールを30個ほど浮かせ、さらには両手に二つの段ボールを重ねて持ち、トラックの荷台まで運んでいると、祖父が感心したように言った。

 

「斎は男の子なのに魔力持ちだのぉ」

「いつも手伝っているからね。魔力も筋肉もよくついたみたい」

「それは良いことよ」

 

この世界には魔法が存在する。人力の魔法は天地をひっくり返すような奇跡は起こせないが、人類の第二の労働力として使われていた。

 

「何が良いことよだ。はぁ、そんなに魔力を付けてしまって、婿の貰い手がいなくなったらどうするのよ。孫が魔力ゴリラになっちまう前に爺さんも少しは働きな」

 

ただ祖母は僕が力作業をすることを有難く思う反面、あまり快くは思っていなかった。

 

「ばあちゃんは僕が魔法を使うのは嫌なの?」

「嫌ではないけど、魔力持ちの男というのはどうにも慣れなくてね。そりゃあ男より魔力のない女の方がみっともない話だけど、やっぱり女にとっては魔力が少ない男の方が可愛げあるもんさ」

 

この世界の成り立ちは僕の前世と似ているようで根本的に違う。前世では歴史が男によって紡がれてきた。

 

反して、この世界では歴史は女によって紡がれ、社会は女によって作られてきた。その要因は女と男の魔力量の差に起因していた。

 

 

 

翌年の春、2016年の四月1日。駅の吊り下げ広告にはセクシーなポーズをした下着姿の男の写真が掲載されていた。通勤ラッシュだからであろう。学校に近づくほどに、乗車する人は増えてきて、その多くはスーツを着た女性ばかりであった。

 

「あの…何が付いてます?」

 

本格的に春の気候が到来したこともあり、少し暑かったので制服の第一ボタンを外して座っていた。そのせいであろうか。吊り革を握る中年の女性サラリーマン達は揃って、制服と胸の間の深淵を覗き込もうとしていた。ただ、そう尋ねるとサラリーマン達は並んだ顔を揃って視線を逸らした。

 

『ーーまもなく青海高校前、青海高校前ーー』

 

駅の放送が下車予定の駅名を告げる。

 

「すみません。降りますのでちょっと退いてください」

 

そう断りを入れて人の群れを押し退けるなか、お尻を触られた感触がした。悪質だなぁと思いながらも、とくに怒るほどではないと思ったので、そのまま駅のホームに降りたときだった。

 

「ちょっと待ちなさい!貴方、痴漢されていたでしょ!」

 

声をかけられた方向を振り返ると同じ高校の制服を着た女子が仁王立ちをしていた。その女子は側には中年の女サラリーマンが拘束魔法で捕まっていた。彼女は女サラリーマンを駅のホームに引きずりながら降りてきた。

 

「そうだけど、もうすぐ入学式だよ。早く行かないと遅刻するよ」

「遅刻って、貴方馬鹿じゃないの。痴漢されたなら早く駅員室に行くわよ。こんな変態、女の風上にも置けないから」

 

駅のホームの掲示板には地元の中学生が書いたであろう痴漢を警告のポスターが貼られていた。そこには中年の悪そうな顔の女性が若い美男子の尻を触ろうとするイラストが書かれていた。この世界でも痴漢は犯罪だ。起訴されれば、当然社会的地位を失うことになる。ただ、その被害者と加害者の性別は逆転していた。

 

「待って。冤罪だ。私は違う!証拠でもあるというのか!」

 

その後、駅員室でも中年の女性は騒いで抵抗をしていた。一方の女子高生は中年女性に侮蔑の視線を向けながら、スマホの画面を見せつけた。

 

「あるわよ。もしかしてと思ってスマホで撮影してたから。きちんと映っているでしよ」

「なんで撮ってるのよ!」

「そんなの当たり前じゃない。こんな無防備な格好をしてる男子生徒がいたら普通危ないと思うでしょう」

 

女子高生は力強く言った。そして、その場にいた駅員、女子高生、サラリーマン、全員が俺の格好に注目した。そして全員の意見を代弁するように駅員は言った。

 

「あのね。痴漢をするのが1番悪いと思う。だけど事件を未然に防ぐためにも。腕まくりとか第一ボタンを外すのは良くないと思うんだよね」

 

言葉を選んでいるような慎重かつ丁寧な注意だった。まぁ、そう言われるのも仕方がない。

入学初日ではあるが制服を着崩していた。それも前世の感覚で。何気ない無意識の振る舞いであったが、この世界の社会で生きるには多少の危機感を覚えたほうがいいのだろう。

 

 

 

 

 

それから入学式を終えたのち振り分けられたクラスにて再びあの女子高生と再会した。まだ緊張した雰囲気が漂う空気のなか、前の席に座る彼女は振り向いて言った。

 

「やぁまた会ったね。私、北条果林って言うの。よろしくね。確か名前は真理谷斎君で良かったかな?」

「そうだよ。北条さん、一年間よろしくね」

「うん、よろしく。それと呼び方なんだけど中学の頃からカリリンと呼ばれてるの。だから斎にもそう呼んでほしいな」

 

あだ名の催促に加えて、いきなり呼び捨て。さらには躊躇いを黙らせる満面な笑顔。強かな距離の詰めかたをするなと思った。とは言え相手はクラスメイト、交友関係は良好に越したことはない。

 

「分かった。それじゃあ北条さんと呼ばしてもらうね」

「カリリンが無かったことにされた!」

「なんかいきなりカリリン呼びしたら負けたような気がするから、北条さんのことをいっぱい知ってカリリンっぽいと思ったらそう呼ばせてもらうよ」

「ははは、そうだね。ならじっくりと仲良くなろう」

 

 

そんなこんなで入学して三日が経った頃、部活動入部についてのプリントが配られた。僕は身体を動かすことが好きなので、何がスポーツ系の部活動をしようと考えていた。ただ運動部は女子限定が大半であり、男子の運動部で興味のそそるものはあまり無かった。そんな中、見慣れない競技の名があった。

 

「ねぇ北条さん、『魔剣道』ってなに?」

「え、『魔剣道』を知らないって冗談でしょ⁉︎」

「本当に知らない。有名なの?」

 

剣道ならば分かる。そのスポーツは前世にあった。だが、この世界に剣道は存在しない。ついでに言えば前世でメジャースポーツであった野球は存在しなかったりする。ただ僕はかなり非常識なことを言ったらしい。クラスメイドから思った以上に注目されていた。北条は困惑しながらも言葉を続けた。

 

「確か田舎育ちとか言ってたけどテレビとか見ないの?」

「政治経済関係のニュースと天気くらいしか興味なかったなぁ…」

 

あとは実家の手伝いか、山とか川で遊んでいた気がする。

 

「なんか未開のジャングルで希少種を発見した気分ね。まぁ良いや。魔剣道について教えてあげる」

 

そう言って北条は魔剣道の説明を始めた。その内容を要約するとこうだ。

 

魔剣道、それは日本では最も盛んなメジャースポーツである。競技者は剣士と呼ばれていて、剣術と魔法を駆使して殺し合いをするらしい。無論、殺し合いといっても命の保障はされており、安全な環境で命のやり取りを楽しめるエキサイティングなスポーツとされていた。

 

「面白そうだね。ならこの部活動に入ろうかな」

「入るって、女のスポーツだよ」

「でも、ここに性別問わず競技可能と書いてあるよ」

 

そう言って入部要項の隅に記載された文章を見せつけた。北条は微妙な顔をしていたが、水をさすのは不粋と思ったらしい。生暖かい目をして言った。

 

「それは…まぁ、良いかな。入部してみたら、その気は変わると思うよ」

 

意味深の反応。ただ、それだけでは僕の好奇心を止める事はできない。僕は放課後、魔剣道部の部活見学に出向くことにした。 

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