〜魔剣道〜転生者が女性社会のメジャースポーツの頂点を目指す話 作:四足歩行戦車団
「で、この人は何者なの?有名人だったりするの?」
大野にそう尋ねると、彼は興奮した口調で言った。
「すごい。初めて見た。この人は“草の者”だ」
草の者、戦国時代の諜報員、忍者の類だろうか?僕は説明を求めるように大野の顔を見た。すると彼女はすぐに意図を理解してか言った。
「真理谷は知らないのか?ってまぁ魔剣道を知らなかったんだから当然か。草の者というのは元プロ剣士の田中忍が創設した忍会のメンバーのことを言うんだ」
「話が見えないんだが」
「忍会は将来有望なアマチュア剣士の発掘と支援をする組織で、魔剣道道具の贈与や経済援助、雑誌や動画サイトで宣伝や評価をしているんだ。それに目をつけられたというのは魔剣道のプロの素質があるってことなんだよ!」
大野は興奮気味に説明してくれた。まぁ要するに最大手のスポーツメディアの関係者ということだろう。
「その通りだ。私は刈谷凛子。表の姿は公立高校の設備点検をする用務員、だが真の姿は魔剣道部の若人達の活躍を陰ながら見守る草の者だ」
彼女はそう良いなが作業服を脱ぎ捨てた。大野は顔を真っ赤にして手で覆っていたが、その下は全裸ではなく指導者っぽいジャージ姿であった。さらには何故か決めポーズをしていた。キャラが濃い人だなと思いながらも、こうも恥じらいもなく清々しいと好感を覚える。うむ、嫌いじゃない。そう感嘆していると刈谷は僕の顔をじっと見つめて問いかけてきた。
「我々の理念は環境的要因で活躍できない若き剣士を救うことにある。もし君が魔剣道の高みを目指すのなら助力をするが、君の気持ちを聞かせてくれないか?」
高みを目指すか。目標は高い方が良い。ただとにかく上を目指すだけではダメだ。きちんとゴールを決めなければな。というわけで僕は大野に尋ねてみた。
「魔剣道の高校生で一番上の大会ってなんになるの?インターハイ?」
「大和館だ。広島県呉市にある大和館で行われる魔剣道の全国大会。ここで優勝した者のみが高校最強の剣士を名乗ることができる」
「いいね。それじゃあ目指すよ大和館。やるならば1番だ」
そして力強く刈谷を見た。大人達は忘れがちだが、大人が子供の能力を見定めているように、子供もまた大人を見ているのだ。教わるに相応しい指導者であるのか見定めている。もし彼が僕の志を笑おう者ならば、ありったけの罵詈雑言を投げかけて自力で魔剣道の道を切り開くことを選ぶだろう。ただ彼女は満足そうな笑みを浮かべると言った。
「良いだろう。なら付いてこい。魔剣道を基礎から叩き込んでやる」
「お世話になります!」
そう言いながら刈谷の後に続こうとした時だった。大野は動揺した様子で言った。
「え、今から!もうこんな時間だぞ。男の子が一人夜遅く外出してたら親が心配するんじゃ」
「大丈夫大丈夫、今は一人暮らしだし、何より時間は有限だ。だからお姉さんも俺をガッカリさせないでね」
挑戦的な笑みを浮かべてそう言うと刈谷の表情が凍りついた。そして鼻息を荒くして顔を近づけると言った。
「当たり前だ。ガッカリさせるものか。それよりも、もう一回お姉さんと言ってくれないか?」
「お姉さん!」
「おおぉ、これが現役男子高校生の愛嬌!もう一回頼む!」
「お姉さん‼︎」
「おおおぉ、現役男子高校生最高ぉ‼︎」
ハイテンションに猛り叫ぶ刈谷。僕としては無償で教えを乞うわけだから、これくらいのサービスはして当然と思っていたが、大野は呆れた様子で言った。
「はぁ…こんなの危なくて放置できるか。俺も付いて行くぞ!」
それから、学校から最寄りのスポーツセンターに向かった。魔剣道の競技場はスポーツセンターにもあるらしい。スポーツセンターに入ると刈谷はまっすぐ受付に向かった。そして無言のまま受付の女性にネックレスを見せつけると、その女性も首元からネックレスを出して見せつけた。
お前も持ってるのかよ、と内心で突っ込んだ。
そして二人は言葉を交わすことなくアイコンタクトだけをすると、受付の女性はNo.1と書かれたプレート付きも鍵を差し出した。刈谷はそれを受け取ると、僕たちに言った。
「特別申請を出した。一番ホールを使えるぞ」
刈谷は慣れているのか、迷うことなく通路を歩き、僕たちを引率した。そして1号競技場と記された看板のある扉に到着した。扉を開けると、学校の体育館の半分程度の広さの部屋が広がっており、その中心に高校の魔剣道部のものと似たリングが設置されていた。
「このリング、色んなところにあるんだね。実家にも検査用に小さい蘇生装置はあるけど、結構高かった覚えがあるよ」
「それが魔剣道のネックなんだよな。人気だけど遊ぶには施設と道具が必要。ただ、こうやって民間や行政が至る所に施設を作ってくれてるのがメジャースポーツの由縁なんだろうぜ」
大野は自慢げに言った。彼はよっぽど魔剣道が好きなのだろう。一方の刈谷は手を大きく叩いたのち僕達に言った。
「さぁ、与太話をしている暇はないぞ。真理谷、お前魔剣道のルールを知っているか?」
「武器で相手を斬り殺せば良いんでしょ」
「そうだが、厳密に言うと違う。魔剣道の勝利条件は相手の武器をトータルで10秒以上、闘技場の外に出すことだ。その手段として殺傷があるのだ」
「つまり殺さなくても、剣を場外にしてリング持ち込ませなければ勝利になるってこと?」
「そうだ」
ただ、そうなると疑問が出てくる。場外に武器を取りに行こうとする者を斬り殺した場合、蘇生装置は機能するのだろうか。聞いてみた。
「でも、それだと蘇生台から出ているよね。復帰阻止はしていいの?」
「問題はない。地中で隠れているだけでリング外も蘇生装置の一部分だからな。リング外でも遠慮なく攻撃して構わん。では、基本のルール説明を終えたことだし、まずは使用する武器を選んでもらおうか」
ホールの壁際にあった台車には武器が立てかけられていた。公共設備ということもあり高校の物より手入れはされてなかった。ただ武器の種類は10種を超えていた。その中で僕は日本刀を手に取った。
「やっぱり日本男児たるもの日本刀だな!」
しかし、すぐ刈谷に取り上げられた。
「日本刀はやめとけ。初心者には難しい武器だ」
「なら薙刀とか良いんじゃない。リーチはあるし使い易いと聞いたことがある」
和風武器シリーズである薙刀を取った瞬間、大野と刈谷、二人の顔色が変わった。まるで忌物でも見たかのように青ざめていた。そして刈谷は震えた声で言った。
「薙刀はダメだ」
「なんでダメなの?」
「とにかくダメなんだ!!」
意味がわからない。説明を戻るため大野の方を見た。彼も難しそうな顔をしていた。
「男が薙刀を使うのは縁起が悪いというか、魔剣道にとっては良いことじゃないんだ。
だから薙刀以外で扱い易い武器を選ぼうぜ」
なんか訳ありだった。まぁ、ただでさて男がやるという理由で反感を買っているのだ。余計なマイナスポイントを避けることを選んだ。
「じゃあ、これにしような」
そう言って手に取ったのはサーベルだ。日本刀と似た曲刀だ。刈谷は少し渋い顔をしていたが、納得してくれた。そして武器を選んだところで刈谷が聞いてきた。
「利き手はどっちだ?」
「右だけど」
そう答えると黒いグローブを渡された。匂ってみると、ゴムの匂いがした。
「これは?」
「硬質グローブだ。魔剣道に小手はない。剣先で手を狙う勝負など盛り上がりの欠片もないからな。このグローブは刃を通さず、人力の魔法にも耐えられる。魔剣道ではこれを武器を持つ手にはめるんだ」
聞いたことがある。実際の剣戟では剣と剣が何度も衝突することはないらしい。静かに読み合いをして、一瞬で終えることになる。その絵面は地味すぎて、きっと興行にはなり得ないだろう。
それから僕は硬質グローブを装着するとサーベルを握った。硬質グローブは思った以上に厚みはなく、剣のグリップを掴んでいても感触や滑りやすさに違和感はない。
そして、その場でサーベルを振るってみた。サーベルも鍬や魔法猟銃に比べたら、軽いので重さに振り回されることはなさそうに思えた。
楽しみだ。今の僕の身体に何の不足はない。あるのは未知の競技に飛び込む冒険心。年甲斐もなく心を昂らせながらリングの上に立った。目の前にはロングソードを構えた刈谷がいる。
「では、さっそくだが、私の剣をどうにかして10秒以上リングの外に出してみろ」
「剣術の基礎とか教えないの?」
「猶予があるなら良いがどっかの馬鹿が一週間なんて啖呵を切ったんだ。なら一から作り上げるより、原石を削って形にした方が手っ取り早いだろ」
「わかった。そうしよう」
「全力で来い!」
そう言うと刈谷は剣を構えた。ただここで僕は大事なことを思い出した。
「タンマ、柔軟体操を忘れてた」
そう言うと刈谷は微妙な顔をした。肩透かしを食らわせて申し訳なく思う。ただ、柔軟体操は僕にとっては大切なルーティンだ。妥協の意思がないことを視線で訴えると刈谷はため息混じりに言った。
「……時間は有限だ。手短に済ませろ。あと蘇生装置内で柔軟体操をしても死んだら、その効果もリセットされるからな。やるなら、ホールの外に出てやれよ」
そう言われたので僕は一旦ホールから出て準備体操を始めた。何故だか大野も付いてきて、まじまじと準備体操を見ていたのだが、彼は感心したように言った。
「えらく凝ってやるんだな。その両腕を回すのは独特だし、なんか異常に柔らかいな」
今世では健在な僕の柔軟な身体。前世では新体操をしていたが原付で事故ったせいで永久に失われてしまった。それだけに今、自由に身体を動かせることに有り難みを感じていた。そして柔軟体操を終えると再びリングの上に立った。
「ようやくか。時間は有限なんだぞ」
「あぁ、わかってる。それじゃあやろうか」
「…っ!そうだな」
刈谷は待たされたことに少し不満げであったが、僕の顔を見ると気持ちを切り替えてくれたようだった。それから僕は全身に魔力を纏った。無論、右手に握りしめているサーベルも身体の一部と認識して、魔力を纏わせた。
「ほう、身体に魔力を纏って身体強化をしたか。剣にも魔力を纏えている。悪くないセンスだ」
「それじゃあ、いつでもかかってこい!」
僕は己の感覚のままに剣を振るった。 ただ相手は経験者である。容易くいなされたあと、蹴飛ばされた。流石に剣戟だけで崩すのは難しいか。
なので僕は斬撃にも魔力を乗せて飛ばした。捌ききれないよう僅かな時間差をつけて斬撃を放つ。ただ、それも容易くいなされる。まぁそれも想定済み。僕の小細工など魔剣道の競技者が既にやってきたものばかりであろう。だがそれで問題はない。今の僕は歴史の最先端を目指して、これまで築きあげられた魔剣道の道を全力ダッシュで走っているのだから。
なので次は魔力の飛ぶ斬撃と近接攻撃を織り交ぜて攻撃を仕掛ける。ただ、それでも対応される。相手を崩しには手数が足りない。速度が足りない。なのですぐに剣の持ち方を変えた。薙ぎ払うより突き攻撃の余波に魔力を乗せた。その斬撃は弾丸のように刈谷に迫り、刈谷の動きに焦燥を匂わせた。
「やはり男にして魔力がなかなか多いな。思い切りも良いし、学習能力も高い」
そう言いながらも刈谷の口調に焦りを感じる。そして耐えきれなくなったのか。刈谷は大振りの衝撃波を放ち、細かく飛ぶ斬撃を一掃すると急接近してきた。
刈谷のロングソードが迫る。ガードはダメなだな。サーベルでは勢いを殺せずに体勢を崩される。ならばと思い、サーベルを握りしめたまま、左手だけでバク転して後方に下がると、すぐに一歩を踏み出して刈谷を斬りつけた。
「なにっ!?」
予想外のカウンター。刈谷は剣で受け止めることはできなかった。たた完全に不意を付くには至らず、身体の重心を斜め後ろに傾けて紙一重で回避した。
だが今まで一番手応えのある攻撃。体勢は崩せた。刈谷のロングソードを握る腕を払いのけ、トドメの追撃をしようとしたのだが、
「熱っ…!」
その瞬間、刈谷から熱を帯びた魔力が噴き出した。
僕は反射的にその熱さに耐えかねて刈谷から距離を取った。
「君は初心者の割には天才だ。だが、高校魔剣道では通用しない」
「初心者相手にそれは狡くない?」
「片手のバク転回避からのカウンター攻撃をかます初心者に言われなくはないな」
刈谷は炎を纏っていた。しかも全身だけにと止まらずロングソードにも纏い、それを安定して維持していた。属性魔法の制御。それは野球なら変化球、水泳なら特殊な泳法、経験と技術がなければ使えない技だ。一朝一夕ではできるものではない。とくにあそこまで安定して炎を纏うなど曲芸の領域だ。
「私は大和館のベスト2だ。大学、社会人と魔剣道を続けたが、プロには届かず引退した。それから六年、魔力も肉体もかなり衰えたが、それでも今の高校生の平均以上程度の魔法は使うことができる」
「つまりは今の貴女を倒せないと先輩達には勝てないわけね」
「そうだ。属性魔法は小学校卒業と同時に解禁される。魔法道歴20分としては優秀だが、属性魔法が使えなければ中学一年生レベル、もしくはそれ以下だ」
そう言いながら刈谷は魔力を高ぶらせた。炎に焼かれた空気が喉を乾かし、チカチカと突き刺すような焔光が瞳を細くさせた。
「冥土の土産に見せてやる。これが私の持ち得る最強の属性魔法だ」
刈谷の掲げたロングソードには蟠を巻いた龍を彷彿させる炎が渦巻いていた。それを薙ぎ払った瞬間に業火の濁流がリング全域を埋め尽くし、僕を飲み込んだのであった