人間が常に赤ちゃん扱いされるような上位種に生まれたら自分だけおいてけぼり 作:苺のタルトですが
山田(仮名)の始まりは起床から始まる。
目を開けると溢れんばかりの眼に見守られていることを知る。
喉がヒュッとなった。
「ヤマダッ。起きたのぉ?」
美男美女しかいないと思われる、エルフ達の朝の挨拶がこれ。
山田はかつて、地球で営業マンとして働いていた、うだつの上がらない男だった。
しかし、上司や睡眠に精神も肉体もボロボロにされた末にビルの上にいつのまにか立っていた。
何かしようとおもっていたわけじゃない。
ただ、気がついたら屋上に。
だが、地面が体を受け止めたかと思えば異世界にいただけ。
何が起こったのかわからない山田はメガネを癖になっているかけ直す仕草をしていたら初めて対面したエルフと目が合う。
「あの、ここはどこで」
「おーい、人間入荷したから取りに来てー」
聞き終わる前にワサっとエルフ耳の謎の人種に囲まれてきた。
エルフと勝手に知識が判断していたが、好きに呼べと言われたので多分エルフ。
皆曰く、リリシヤも自分達をエルフと纏めて呼ぶのでエルフでいいと言っている。
リリシヤとは誰かと聞けば第一村人ならぬ、第一エルフのあの人だと判明。
やけに手慣れていたな。
と、思ったが同じように人間がいた。
またあの憂鬱な日々がと暗く思ったが、人間の前にエルフの人口密度の多さによりニアミスギリギリが関の山。
話す暇もなく、毎日エルフに話しかけられて寝るまでエルフにべったり。
とてもではないが、人間と話す時間もない。
話したくないので、話さなくてもいい。
エルフ達はとにかく、存在していることが奇跡のように山田を甘やかす。
「ヤマダ。甘いお菓子を作ったの。食べて」
「ヤマダ。お前は可愛いな。どうしてそんなに可愛いんだ。なんで生きているのだ?そんなにかわいくて生き残られたなど、奇跡ではないか」
「ヤマダ、可愛い」
「こっち向いて!私を見て!」
「あ、私を見ているのだから割り込みは無しよ!」
「ヤマダ〜、ギュッてしたい」
「ヤマダ、うちの子にならない?」
「ヤマダ、惑わされないで。絶対その子よりも私の方がヤマダを幸せにできるの」
「なによ、どっこいどっこいのくせに」
「どっこいなら、我の方が一ミリ多い」
「なら、僕の方がさらに一ミリ」
一ミリを競い始めてやっと、山田は少し考えられた。
誉め殺し天国なのか?
山田は今もここが天国なのではと思っている。
自分はあの時、あの瞬間死んだと思っていた。
思い込んでも仕方ないシチュエーション。
「あら、この子、ここを死後の世界と思ってるのねぇ。うふふ、お茶目だわ」
「違うわよ。ここは異世界。リリシヤがうまいこと、ヤマダみたいな幸せになるべき肉体と魂を私たちと合わせる為に今日も血眼になって、探し回ってるのよ。あの子、素直じゃないのよね」
「リリシヤって、真面目よね?」
「ああ。おれ達に人間という最高の存在と出会わせてくれた先駆者さ」
リリシヤがあとで、ログでこの会話を発見したら、クレーターができる暴れ方をする会話をし合う面々。
地獄みたいな会話しやがってと、罵られるに違いない。
「あの」
「なに?なになになに?」
「話さないけど、心の中は話しまくる子だから、知っていたけど声が聞こえて嬉しいわ」
「あ、いや、その」
「好感度MAXなのかしら?」
声をちょっと出したらエライ騒動になった。
山田は錯覚しかける。
自分は超大物芸能人になったのか、と。
それは、固定概念がガッチリ固められつつある証。
地球曰く、洗脳だ。
そんな専門用語など、ぶっちぎることをするエルフには縁遠い単語。
「私は、いつか転生してまた地球に戻るのでしょうか」
暗くなる顔。
しかし、だ。
エルフらはわはは、と笑い飛ばす。
「いや、戻すわけないじゃろ」
「当たり前よ。なんで戻さないといけないの?」
「戻るというのは存在概念があってこそよ。私たちにもヤマダにもないのだから、戻るなんて言葉はどこにも存在してないのよ?」
「ああ。我らはどこにもやらん。ヤマダはここで我らと永遠に暮らす」
「地球にいたのは単にそこで生まれたってだけ。ヤマダ達は地元で生まれたとしても引っ越すこともあれば、移動することもあるわよね?それが異世界というだけなの」
「え、ええ」
ちょろっと言っただけで十以上帰ってきて、顔が下がる。
「ヤマダが帰るのはここだ」
「そーよ。ヤマダは私達と暮らすのよ?ずっとね!ヤマダが望んでいれば私達は好きにいろんなところへ連れて行ってあげる!他の異世界でもいいわ!生まれた場所なんてあくまで確率の問題」
ヤマダはふと、それもそうかもとなる。
地球で生まれたからと地球へとんぼ返りする理由なんてない、と。
帰りたいというのは、そこに愛着や故郷への想いがあるから。
ならば、それがないならば帰る理由なんてないなと。
それを人間はセンノウという。
けれど、エルフ達はそのようなことをしているつもりは一切ない。
自分達が最高に幸せにできるのに、ヤマダは面白いことを言うわね、とユーモアだと笑い飛ばす。
「ヤマダったら、今は色々考えてしまうけれど、あと二ヶ月もしない間に気にならなくなるわ。他の子も帰った方がいいのかと悩むけれど、なぜ悩んだのかと、笑ってたくらいよ」
エルフ達は、他の人間達が最初は地球に謎の帰還しなければという思い込みで、悩んでいたことを知っている。
だが、帰りたい理由がないことを思い出してエルフに笑いかけるのだ。
「そうなのですね。もう怒られる必要はないのですね」
ヤマダは上司や会社を思い出したが、それも一ヶ月で思い出さなくなった。
エルフも十分かまってくるが、人間側ともそろそろ交流をと思っていたら、赤ん坊を手渡されたせい。
この赤ん坊は、地球の船に詰め込まれていた、帰る場所がない子なのだという。
その一人らしい。
当然、山田に赤ん坊の飼育経験はほぼない。
強いて言うなら、いとこを昔々に世話したくらいで、あれはほんのわずかな時間。
とてもではないが、そんなレベルはないようなもの。
「きゃー!ヤマダと赤ん坊のコラボ!きゃー!可愛すぎる〜!」
「愛し子と愛し子の触れ合い、至高」
人間の赤ん坊と、猫の赤ん坊の動画を見た視聴者の反応。
ヤマダは混乱して手をグルグルさせる。
その時、ふ、と空間がたわむ。
「落ち着いて。赤ん坊は死なないように魔法で飢えないように、汚れないようにしてある。お世話はなくても勝手に育つようになっているから。取り敢えず、このミルク瓶を手に持って、口に近づけて」
山田がこの世界に来て初めて見たほどの、冷静なエルフ。
「あ、はい。もしかして、リリシヤさん?」
「二度目まして」
「は、はい!山田と申します」
「はい。この世界で好きに生きて、好きに改名してください」
ヤマダは目を丸くした。
山田が地球で付けられた名は山田ではない。
ヤマダは山田。
過去の名は学生までは人らしくあったが、働き出したら苗字も名前も会社に紐付けされた記号になってしまったのだ。
もう、親に呼ばれてもそれが人間につけられた極めて生命体に近い名付けに思わなくなっていた。
だから、その名は捨てたのだ。
初めて聞かれた時にエルフ達へは自分の名を名乗った。
無意識に。
だが、ヤマダは偽名でもなくなり。
すっかり、ヤマダをヤマダたらしめる、愛を流し込まれてパンパンになるくらいの名前になった。
エルフらに山田と言われるたびに偽名なのにいいのだろうかと、最近は思っていたのに。
「名は体を表す。あなたは違和感を感じていようと、エルフ達があなたをなんと呼ぼうと。あなたが山田ではなくとも、彼らにとって、あなたは唯一無二の変えの効かない人間」
リリシヤが言い終わる前に山田の顔は涙で溢れて、赤ん坊を抱き込んでいた。
「エルフにとって、その赤ん坊はあなたなのです。無意識に腕に抱き抱えて、落とさないようにしている」
「はい。わかってます。彼らは毎日私達を、私を愛してくれている」
「ヤマダ。あなたは今は違和感を感じるかもしれないけれど、いずれ山田が本当になる。それは名を呼ばれるからじゃない。ヤマダは名前じゃなくて、大好きと同じ意味で皆が言っているからです」
ミルク瓶を赤ん坊に飲ませ、顔を上げるともう、彼女はいなくなっていた。
その瞬間、エルフにドワっと囲まれる。
「駆け寄りたいのにリリシヤが規制してきて近寄れなかったの。本当よ。いの一番に、駆け寄りたかったの」
彼らはどんどん話しかけてくる。
嫌われては堪らないと、言わんばかり。
「み、皆さん、ありがとうございます。全然話さないこちらを。反応もないのに、毎日」
ぐすぐすと泣きながら、謝っていく。
「え?無口だったかしら?」
「いや、口では言ってないが内心とても話していたから無口じゃないよな」
ヤマダは目を点にして、そういえばこの人達はなんでもできていたなと思い出す。
毎日話しかけられるので、じっくり観察する暇などなかった。
改めてじっくり観察して、彼らのことも知っていきたい。
「な、なんですって?」
エルフ達がショックを受けた顔をする。
しまった、そういえば心が読めると今言っていたと、不味かったかと慌てた。
「ぼ、僕らを観察?」
誰だってじっと見ていたりしたら、気分も悪くなるのではないか。
ああ、またやらかしたというのか。
「おい、聞いたか?ヤマダが見ると言うておる」
「大変なことになったわね」
「こうなったら誰が見られているのか大会を開いて、トロフィーも用意しないと」
「ま、勝つのはわたしよね。ヤマダは、わたしが好きなのだもの。見たくなるくらい、ね!!」
「いいえ!わたしが一番ヤマダに見られるのよ。なんなら今も見たくてたまらないのよ!ね、ヤマダぁ!」
「嘘よね。わたしがちょっと一ミリこの子より背が低いから見てないだけで、五ミリならチャンピオンよ」
エルフ達がヤマダに見つめられた過ぎて、一ミリずつ前に進んでは競う。
男は、見られたら不快という常識を壊される。
むしろ、見られたいと殺到するエルフ達に苦笑いしつつも、共に赤ん坊を愛でながらメガネをかちゃりと掛け直した。