ご主人様からは毎日食費として銅貨30枚…30ナールを頂いている。
丸いパン、お昼用の四角いパンは8ナールだから一日6ナール余る。
この6ナールでパン以外の食べ物が手に入れる為、食堂の裏口を訪ねるのは最早日課だ。
(ちなみに、この裏口で残り物が買えるのはファティエに教えてもらった。)
同じような奴隷は他にも居るので何時も何かを買えるわけではないし、二日分の余り金を使うこともある。
何時ものようにファティエと共に食堂の裏口で待っていると
「アナンタか?」
猫人族の男に急に声をかけられた。
「どちら様でしょうか?」
「アージュンだよ。忘れたのか。あの時は悪かった。」
言われて思い出した。と言うか思い出したくはなかった。
「あの時の事は気にしていませんので、これで失礼いたします。」
アージュンも売られていたのか。としたら、同じトラッサの商館に売られたのだろう。
であれば、ここで会うのもおかしくはない。
「知り合いか?」
「同じ農園で生まれた知り合いです。」
「そいつは奴隷だよな?」
「あなたには関係ないことです。」
「用がないのに主人が違う奴隷と話すのは良い事ではないぞ。何があったかは知らないがアナンタは気にしないと言っている。用がないならここまでにしておけ。」
「わかったよ」
この日はここまでで終わった。
次の日から、町でアージュンの存在を感じるようになった。
多分なのだけれども雑役奴隷なのだろう。
私達が食堂の裏口巡りをしている頃に裏路地で食事を食べているようだった。
そんなある日の事、ファティエと二人歩いているとアージュンが私たちに話しかけてきた。
「アナンタ、お願いがあるのだけれども」
「何でしょうか?」
奴隷の私に何ができると言うのか?
「昔のなじみのよしみで、アナンタの主人に俺を身請けしてもらえないか聞いてもらえないか?二人も奴隷がいるようだしもう一人くらい何とかならないか?」
まずできないけれども、それ以前にお断りしたい。
思わず、ファティエの方を見てしまった。
「一応、理由を聞いても良いか。」
ファティエがアージュンに聞いた。
「昔からアナンタの事が気になっていて、アナンタと番になりたいんだ。」
「それは、農園にいた時に当時のご主人様か上役の奴隷に言うべきでしたね。」
「聞いてみるがまず無理だぞ。」
ファティエも答えた。
「聞いてもらえるだけでありがたい」
その日、帰った時にはご主人様達は寝ていたので、次の日の朝、迷宮に向かう道でこの事を御報告した。
「馬鹿か、買う訳ないだろう。金があったとしてもだ。
なんでそんな理由で買わなくてはいけないんだ?」
「いえ、御報告しただけです。他の奴隷と話してご主人様に御報告せずにいてお耳に入った時にお気を悪くされるといけませんので。」
なるほど、ファティエがご主人様達に話した理由は解った。確かにそうだ。
私は…話す事もないと思っていた
そしてアージュンに対しても嘘はついていない。
この辺りは生粋の奴隷である私と平民だったファティエの差なのだろう。
「そうか。ならいい。」
ご主人様は気にかけることも無かったのだろう。いつも通りの迷宮探索だった。
数日後、アージュンが話しかけてきた。
「どうだった」
「全くその気になられませんでした。」
「そうか、わかった。なら俺と一緒に逃げてくれないか?」
何を言っているのか一瞬理解できなかった。
「逃げてどうする。盗賊になるだけだぞ。アナンタと番になりたいのなら自分のご主人様に自分の価値を認めて頂いて相談するのが筋だろう。」
ファティエが答えた。
「そもそも私は盗賊になりたくはありません。今日の話は聞かなかったことにします。」
前の件と言いあまりにも考えなしすぎないか。
私達はアージュンを無視して宿に戻った。
戻る途中でファティエに
「逃げて盗賊になってどうするつもりなのでしょう?」
と尋ねたところ
「多分、盗賊から誘われているのだろう。盗賊になっても良い待遇にはなれないだろうに。」
そういう事もあるのか。
暫くしてアージュンの気配が消えた。
主人にばれたのか盗賊になったのかはわからない。
私にとって、どうでもよいことだ。