若きヒキオタニートの悩み ~VTuberガチ恋勢は2度脳破壊される~   作:ジョン・アラサーフェチ

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第6段「別離」

 

 朝の空気はひんやりと心地よく、まだ街は静まり返っている。

 だが耳を澄ますと、あちらこちらから鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 

 それに耳を傾けているだけで、朝だ、という実感が湧いてくる。

 まるでからだの奥底から活力を呼び覚ましてくれるようだ。

 

「行ってきます!」

 

 高校の制服に身を包んだ僕は、家のドアを閉め、朝の光が照らす小道へと足を踏み出した。

 

 太陽はゆっくりと昇り、マンションの白い壁がまずしく光っている。

 木々の葉に朝露が光り、風が吹くたびに小さな水滴がキラキラと輝く。

 

 僕は深呼吸をして、すがすがしい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 冷え込んだ大気が、眠気を吹き飛ばしてくれる。

 

「よし、きょうもやってやるか」

 

 朝日がさらに高く昇り、町全体を黄金色に染めていく中、僕は小さく拳を握りしめた。

 

 

 

 若きヒキオタニートの悩み/第6段

 

 

 

「今の英文を和訳できるもの、誰かいないのか!」

 

 教師の投げかけた質問に、教室は静まり返る。

 そんな中、僕はほこらしげに手を上げた。

 教師はにやりと笑いながら僕を指す。

 

「心通い合う伴侶を得た者は、歓喜の声を合わせよ。

 それができなかった者は涙しながらこの輪を去るがいい」

 

 そんな調子で僕は無双しまくり、あっという間に休憩時間。

 教室を出ると、教師に肩を叩かれ、愉快こう告げた。

 

「きょうは良かったぞ、最癌! がんばれ!」

 

 聞いて、僕は笑顔を返した。

 かつて英語だけはガチっていたのだ。

 なんせ、海外で安楽死の手続きをするためにはどうしても英語が必要だからな。

 

 

 ◆

 

 

 走る。

 走る。

 走る。

 風のように疾走する。

 

 駆ける僕の前には、水平に掲げられたバー。

 その高さは、およそ僕の身長より上。

 

 行ける、と判断。

 呼吸を整え。

 全身の力を抜き。

 完璧なタイミングで思い切り地を蹴り、勢いよく跳躍した。

 

 身体が宙に浮き、バーが肉薄する。

 僕は背中を反らせて、それ越えていく。

 

 バーをかすることすらなく飛び越え、僕はマットに背中から着地した。

 上体を起こすと、瞬間の静寂の後、僕を見守る生徒たちからどっと歓呼の声が上がった。

 

「け、県内記録じゃないの……? これ……」

 

 体育教師がそんなことをつぶやく。

 僕は昔から無駄に身体能力が高いのである。

 

 

 ◆

 

 

 そんな感じ。

 僕のいまの日常はそんな感じだ。

 これといって特に感情はない。

 絶望は無いが、希望も無い。

 

「ただいま~」

 

 自室に戻ろうとする僕に、しかめっ面をした母が立ちはだかった。

 

「……なにか?」

 

「いまのアンタ気持ち悪いわよ……」

 

「……」

 

「元に戻ったほうがいいわよ」

 

 それはニートに戻れってことだろうか。

 まあ、昔から母はあらゆる僕の言動に対して否定しかしない。

 いつものことである。

 

 ダメ、よくない、やめたほうがいい、エトセトラエトセトラ。

 

 母は本当に否定それ以外をしない。

 認知症よりも最低だ。

 

 そんなことよりも、宿題だ。

 

 

 ◆

 

 

「……!」

 

 気づくと、深夜の2時だった。

 確か、僕は帰宅して宿題を終えてから、予習をしていたはずである。

 かけた時間の割には、ページはあまり進んでいない。

 

 はあ、と僕は天井を仰ぎながらため息をつく。

 

 こんなことをしていても、彼女を作ることなんてまったく不可能なのにな、と、考えたくもない方向に思考が飛び、そしてふらんのことを思い出してしまう。

 色々なやる気を無くした。

 

 いまやっているすべてのことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 どうせ何をどれだけ頑張っても好きな人とセックスなどできないのに。

 

 ゴキブリに好かれても女性は恐怖しかない。

 どうして僕はゴキブリなのか。

 

 せっくすしたい愛されたい。

 結局、僕はこの程度の人間だ。

 くだらない。

 

 本当にくだらない。

 もう何もかもがどうでもいい。

 

「しのう……」

 

 どこか海外で安楽死がしたかったが、お金が貯まるまで行きて辿り着けない。

 僕のような貧民にはとても無理だ。

 もうなんでもいい。

 死のう。

 

 僕は制服のベルトで輪っかをつくった。

 そして、それをカーテンレールにくくりつける。

 

 イヤホンを装着し、何らかのASMRを聞くためにつべを開く。

 そして、その拍子に僕は見てしまった。

 

 説明すると、つべはアプリを開くと、まずホーム画面が表示される。

 その画面には、利用者の視聴傾向に応じておすすめの動画が列挙されるのだ。

 

 つまり────

 

 

 ────【悲報】糸繰ふらん、既婚バレ【555chまとめ】

 

 

 ……バレは配信の切り忘れがきっかけらしい。

 配信を荒らされたりしたものの、開き直ることでその逆境を乗り切り、一躍有名になったのだとか。

 

 夫との惚気やら、夫とのやりとりが切り抜かれて、十数万再生はされている。

 僕の内面の最も弱いをえぐり取るような情報しか出てこないというのに、動画をたぐる手が止まらない。

 

 若くして成功して、お互い美男美女、夢みたいなカップル。

 

 いつもいつもこの調子だ。

 何を見ても劣等感に苛まれる。

 それが僕だ。

 

「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ!! 最低だ! 最悪だ! 死ねばいいのに! うざい! うざいんだよ! 死ね! 糞! 何もかも!!」

 

 母は夜勤。

 父親は、僕がいくら騒いでもこの家の支配者たる母がいなければ何もできない負け犬だ。

 それらの事実が僕にタガを外れさせた。

 

 ………………そうこうしていたら、部屋が散らかってしまった。

 母に怒られる。

 

 苦しくて痛い。

 その日はどうしても眠れなかった。

 

 

 気づけば朝で、朝食に起きてこない僕を心配した母が、僕の部屋を尋ねた。

 きょうは休むと告げると、母はどこか安心したように学校に電話してくれた。

 

 どうしてできないときだけ優しくしてくれるのか。

 どうしてできても褒めてくれないのか。

 

 ……よそう、考えるだけ無駄なことだ。

 

「スマホ……」

 

 朝になればいつもどおり、僕はスマホを手に取る。

 そして、流れるように「よく使うアプリ」リストの中にある、掲示板ブラウザを起動した。

 

 そういえば、掲示板を巡回するのはかつての習慣だったな、と思う。

 一度アプリを消去していたのだが、奴らとの付き合いの中で再びインストールしていたのだ。

 

 掲示板リストの「うんT掲示板」が目に入った。

 消去しておくか。

 もう見たくもない。

 

 しかし。

 

「!」

 

 間違えてタップしてしまい、板を開いてしまう。

 すると、たちまちのうちにスレのリストがロードされ──僕はとあるスレを発見した。

 

 

 ──【雑談スレ】ラーメン屋にきたよぉ✌

 

 

 そう言えば、と思い出す。

 ふらんは良く雑談スレを立てるのだが、その際ピースサインを入れるようにしている。

 NGもしくはハイライトしやすくするための工夫なのだとか。

 実際、以前彼女が掲示板のウィンドウを晒してしまった際にも入れていたはずである。

 

 反射的にスレを開いてみると────僕は多くの運命を変える事実を知った。

 

「えっ……」

 

 その発端になったのは、1レス目に添付されたラーメンの画像だ。

 

 それは、間違いなく僕の最寄り駅の行きつけのラーメン屋だった。

 コップ、コースター、どんぶり、机、床、などなど。

 多くの特徴が、まさかという疑いを晴らしていった。

 

 距離は自宅から徒歩数分。

 

 

 ────奴もいる。

 

 

 根拠は無い。

 だが僕はそうと確信した。

 なぜなら奴らは、どうしようもなく────むすばれているから。

 僕は父の部屋から折りたたみナイフをかっぱらい、急いで自宅を飛び出した。

 

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