運命の日、ソレは子供の道が標されてしまった忌まわしき日であった。少年は燃え盛る家屋の中、自分の半身が生みの母に抱かれ、実の父親に救われたのを見た。
「何故、俺は救われない」
声は出ない、ただ苦しさが溢れ血反吐を吐きながら其処にいる。
タスケテ、タスケテと声を出そうとするが誰もいない。
居るはずがない、少年は捨てられたのだ。運命という存在から。
「まさか……双子だった?いえ、そんな訳は」
「ま…ま」
まだ幼い少年はその顔を忘れはしない。
誰よりも美しく、気高く、そして愛している母親の顔を。
「リィン、此処にいましたか」
「デュバリィ、用件はなんだ」
少年は新たな母親に救われ、彼女の所属する組織の一員。
正しくは母親の私兵、騎士という立ち位置に落ち着いた。だが、母の主人は少年を何れは母親の後継者とするつもりであった。
救われた恩を返す為、そして自分を捨てた父親と半身に復讐する為である。漆黒の騎士鎧を身に纏い、刀という東洋の刀剣を身にまとう。アンバランスだが、その振る舞いは様になっている。
「おかぁ……マスターが呼んでいます」
デュバリィ、同じく母に救われた少女であり母の私兵として仕えている。違う点は母親の後継者か、真に母親の騎士かという点であった。
「リィン、来たか」「筆頭殿もご一緒ね」
「アイネス、エンネア、軽口を叩くな」
「後継者様はいつにもなく無愛想ね」
「2人共、今日は余り喋るべきでは」
少年は静かに佇む、その隣にデュバリィ。
後ろにアイネスとエンネアが立つ。
「来ましたか、リィン」
「御母様、何用でしょうか」
「リィン、今は隊士しかおりません。しかし、もうすぐ盟主様が」
その話を聞いたリィンは無表情で兜を着けた。
隣りにいたデュバリィ、後のアイネスとエンネアはつい微笑みを隠せなかった。拾われた当時、少年は5歳。
現在は9歳である、歳に似合わない態度を取るがやはり所々子供らしさが見え隠れしている。
「気を付ける様に」
「はい、アイアンロード」
「アリアンロードです」
「…………」
鎧が小刻みに震えている姿につい苦笑が出てしまうが、アリアンロードは二人の前に立つ。アリアンロードを戦闘にV字に並び立つ騎士達。そして、青髪の麗しい女性が現れた。
「……綺麗」
「リィン、ありがとう御座いますね」
「…失礼を、盟主様!」
リィンは盟主との謁見は初の出来事であり、つい素直な感想を話してしまった。
「構いません、貴方はまだ子供。心は素直でも問題ないでしょう」
「…失礼を」
余りの恥ずかしさに死すら覚悟したが、次の言葉に少年は息を呑んだ。
「…貴方がアリアンロードの子であり、何れは彼女の後を継がせよう。私はそう考えていましたが……変わりました。貴方の実力を吟味し、この任務を達成した際に執行者の位を貴方に授けます」
その言葉、一つ一つがリィンにとって心地が良かった。
まるで、細胞の一つ一つがこの女性に、盟主に仕えようとしているかの如くだ。
「…リィン、構いませんか?」
ソレは初めてだった。普段は母親に判断を仰いでいた、しかし、顔を向ければ『自分で決めるのだ』という視線を返された。
「…御心のままに」
「ありがとう御座います、ではリィン。コレを」
その任務は帝国、光の剣匠ヴィクター・S・アルゼイドの襲撃。
到底、リィンが叶う相手ではなかった。
「…失敗しても構いません。貴方は勝てないでしょう」
「はっ」
リィンは頷き、静かに盟主を見上げた。
「何故、とは聞かないのですね」
「愚問です、私は失敗などしません。そして、捕らえられることもありません。私の最良を、必ずや」
そう、盟主に言ってのけた少年はすかさず帝国、霧の街レグラムへと向かった。光の剣匠も一貴族、領地を持つ者だ。
無論、事前情報もある。屋敷に居ることに変わりないはずだ。
「……隠形は苦手か、少年」
「なに、この程度民間人に見破られる事は無いのでな」
130cmほどの黒騎士、だが光の剣匠は警戒を緩めたりはしない。
「お初にお目にかかる、私は黒騎士サンドロット。貴殿との戦闘を所望する」
ソレは騎士としての礼儀に満ちたものだった。
夜分、アポイントメント等が無いのは襲撃者とわかるものだ。
しかし、それでも目の前の黒騎士は騎士道を重んじているように感じる。
「はじめに、何故私の下に来た」
「我が主より、貴殿への襲撃を命令された。隠形がバレないのであれば、後から殺すことも厭わんところであった」
「ふっ…良いだろう。街道に出て貰おうか」
光の剣匠の言葉に黒騎士も頷く。
誰もいない夜、エベル街道で二人の騎士が剣をぶつけ合っている。数打ちのグレートソードと刀、グレートソードの太い刀身と刀の細い刀身。技量がなければ細い刀は簡単に折れてしまうだろう。
「まさか、攻めきれないとは」
「守りに入れば私を斬るのは難しいぞ?しかし、攻めに入れないとは」
守るだけでは倒せない、守るだけでは殺せない。
勝てない、手加減されている。それが苛立たしい。
何時か自分は復讐するのだ、自分を捨てた半身に。
自分を見捨てた実の父親に。その為に
―i need more power―
もっと力を
魂の奥底から何かがそう叫んでいる、止まらない力への渇望。
それが今、体の外に出ようとしている。
「……なんだ、私の……私の体が」
「コレは…一体?!」
ソレは魔だった、肉体から溢れ出る魔。しかし、ソレはまるで自分の力を表すように湧いてくる。
「…そうか、きっかけ……私が、俺が力を得る為にはきっかけが必要だった」
少年の撃鉄が放たれた。リボルバーを撃つような感覚が体の奥底から現れる。
「This is power!(これが、力か!)」
自分に眠っていた異形の力、そうソレはまさにDevil(悪魔)。
「人間ではないとは……ここで」
「Too slow!(遅い!)」
今までよりも速く動けた、そして、理解したコレこそが望んでいた力だと。少年は何度も何度も打ち合いを行う。
グレートソードとの打ち合い、しかし何方も数打ちであった。
「終わりか、光の剣匠。感謝する、私は私の知らぬ力を手にすることが出来たのだ」
「……異形の力をか、少年」
「何時か、貴方から一本取ってみたいものだ。では、夜分に失礼を」
「何時か、少年。貴殿がアルゼイドの門を叩く日を夢に見よう」
「ふっ…ありえんさ」
殺し合いではない、純粋な打ち合い。
盟主は知っていたのだろうかと少年は思案する。
敬愛する母親が仕えし存在であるのだから、可能だろうと納得し、静かに帰投した。
「……戻りましたか、リィン」
「アリアンロード様、やっとです。半身に鬼の力があるように…力があった。俺にも……コレなら殺せる」
「リィン?」
「あぁそうだ、―i need more power―」
少年は盟主に謁見する。
無垢な少年はいない、力を渇望してやまない一人の剣士が其処にいる。
「何か、得たようですね」
「……ご覧ください。この力を」
少年は自身の闇を解放する、漆黒の魔人。
悪魔としか言いようのない存在、理の中に居ながら理を外れた存在になったのだ。
「…リィン、いえ執行者No.15。〘魔王〙リィン・サンドロット。
その姿、そして貴方の生き様に相応しいと思いますが」
「…魔王」
その言葉はしっくりと来た、魔の王。
少年はこの言葉が酷く心地良い。
「はい」
「そして、貴方に相応しい剣を」
ソレは二振りの刃だった。
片方は刀、片方は髑髏の装飾が施された剣。
「魔刀『閻魔刀(ヤマト)』、魔剣『リベリオン』。貴方にコレを」
その二振りの刃は良く馴染んだ。
「……盟主様への、絶対の忠誠を」
また、執行者となるにあたり少年の立場は変わった。
鋼の聖女の配下であった存在が、一人のエージェントである。
しかし、少年は立場を変えるつもりは無かった。
「黒騎士リィンとしての愛刀はリベリオンへ。
執行者No.15〘魔王〙としての愛刀は閻魔刀。こうして使い分けができるのは良いですね」
「リィン、一体どこに閻魔刀を?!」
「いや、魔人化を覚えてから無から鎧やら何やらを出現させ……デュバリィ。貴女もソレぐらい普通にやっているだろうに」
「いえ、むぅ……」
「デュバリィは弟の成長が嬉しいのだ、わかってやれリィン」
「そうよ、それよりもその服装。盟主様から?」
純黒で統一されたフロックコート、シャツ、ネクタイ、ズボン。
そして、閻魔刀を左腰に挿している。
「……ふふっ」
「何も言わないで」
「……もう少し成長したらな」
そう、閻魔刀は約1アージュ(1メートル)にも及ぶ長刀であった。まだ幼いリィンには操れなかった。
リベリオンは背負う形で扱うため今でも使えるが、刀では瞬間居合抜刀が基本のリィンに背負う刀は実に不便であった。
「……当分は変わらず小太刀を使いなさい」
「……」
デュバリィにそう言われつつ、リィンはそっぽを向く。
アイネスとエンネアは筆頭と主君の息子のやりとりを微笑ましく見ている。
「まったく、本当に姉弟みたいね」
「…弟は素直じゃないがな」
「…………ふん」
リィンは〘魔王〙として任務につくことも多くなった。
その度に、自身の髪型を整えている。ソレはある意味自分との決別であった。自分はリィン、リィン・オズボーンではない。
リアンヌ・サンドロットの息子であり鉄騎隊筆頭の義弟。
髪型はオールバックとなり、鍛え、学び、食事をし、魔王としての任務がなければ世界を巡り法で裁けぬ悪を殺していた。
そんなある時、母親経由でとある使徒に呼び出されたのだ。
「ふむ、君が魔王」
「Shut Up(黙れ)」
少年を呼んだのは使徒、第三柱〘白面〙ゲオルグ・ワイスマンであった。白面の後ろには余り喋ることも無い執行者No.2〘剣帝〙
レオンハルトと執行者No.13〘漆黒の牙〙ヨシュア・アストレイ。そして、見覚えのある少女だった。
「貴方もレンのお友達になってくれるの?」
「…レン、覚えていないか?刀を持った黒騎士。ソレがその男だ」
「じゃあ、お兄さんもレンを助けてくれたのね!」
「…そうか、あの時の」
感慨深さよりも、白面と共に居るというのが気に食わない。
母親から言われている、白面は狂人だと。
自分達も正義とは言えない、しかし目の前にいる白面からは自分を研究対象として見ているようにすら感じる。
いや、そうなのだろう。使徒ならば、少年の力を知っていてもおかしくない。
「本体に入ろうか、君の異能とやらを見せてほしい。その為に剣帝と漆黒の牙を用意した」
「ニ対一か、構わん。…Come on」
リベリオンを抜き、2人に挑発する。
剣帝は鼻で笑うが、漆黒の牙は一切の反応を示さない。
(…来るか)
「ほう、俺と同じ魔剣か」
剣帝のが盟主から授けられた魔剣〘ケルンバイター〙
理より外れた力を有する魔剣である。
リベリオンとはまるで違う。
「流石、鋼の聖女の息子だな」
「ふん、お前も本気で来い」
剣帝を抑えながら未だに動く気配の無い漆黒の牙に言葉を繋げる。即座に気配が消えたように感じる、そう感じる程度だ。
呼吸音や鼓動、あの力を手に入れてから気を入れれば五感が冴え渡るのだ。
「なっ」
「ふん」
少年は左腕で二刀のショーテルを受け止め、剣帝をリベリオンで弾き飛ばす。鎧を砕き、血が出ているがソレは直ぐに再生された。やはり、悪魔の力を手にしてから少年の肉体は人間ではない何かになっている。
「ほぉ、だが」
「Humph, What's wrong?」
ーふん…どうした?ー
「…ほぉ、少しは本気を出すか」
「レーヴェ!」
剣帝の闘気に当てられ、少年は唇を上げる。
面白い…と感じていた。鉄騎隊のメンバーとは違う。
彼女達との訓練は訓練だ。殺したくないし、殺されたくない。
しかし此処にいる者達は違う、少年は殺す事に恐怖がない。
クラフトは一切ない、剣と剣のぶつかり合い。しかし、少年は押されてきていた。流石に数の差は苦しいか、そう思ってしまう。
だが、ふと自分の目的を思い出した。
(そうだ、2対1がなんだ。俺の目的は復讐、俺の半身と、そして俺を捨てたあの男への)
「くそ!」「ヨシュア!」
「人間にしては良くやったと褒めてやろう」
少年の意識が変わった。そうだ、コレは殺し合いなのだと。
「You will not forget this devil's power.」
ー見せてやろう、悪魔の力を
体の撃鉄が作動する。自分で名付けた記憶は無かったが、今なら良いだろう。不意に、頭に浮かんできたのだ。
身長は190を越え、その声も何処か大人びている。
そして、対峙した二人が感じるのは明確な魔の気配だ。
「名付けるなら、デビルトリガー」
「……人間ではない異形か」
「終わりだ。」
Are you ready?
ー覚悟はいいか?ー
「レーヴェはやらせない」
「まて、ヨシュア!」
漆黒の牙に向かいリベリオンが振るわれた。
一撃は重く、そのまま弾かれ飛ばされる。
「名付けるなら、ラウンドトリップか?」
リベリオンが投擲される、だが物理法則を無視し回転しヨシュアを切り刻んでいる。
「貴様」
「おい、鞘ごとやってるんだ。酷い打撃跡ができるだけだ。それよりも、お前だ」
リィンは無から普段、封印している刀、閻魔刀を呼び出した。
「Die」
ソレは一瞬だった。閻魔刀が抜かれる、剣帝ですらその速度に追い付けはしなかった。
「まって!」
だが、剣帝が斬られる事はなかった。
「何故、止めた」
「…少女の泣く姿など見たくはない」
悪魔化いや、魔人化を解除すると肉体に違和感を感じた。
視線が高く、自分の姿が何処か違うように感じる。
「わぁ!お兄さんがお兄さんになっちゃった」
「どう言う事だ」
レンを基準にすると確実に身長が伸びていた。少なくとも、自分が閻魔刀をごく自然に帯刀できている時点でおかしい。
「ふむ、色々と研究してみたいが良いものを見れた。感謝する」
「…そうか、それでこの少女はなんだ」
「おかしな人?先生が言ってたのよ。レンのお兄さんが来るって」
「……何?」
「レンは私が執行者に推薦していたのだがね、君に番号を取られてしまったのさ。そこでだ、執行者としての君の補佐にレンを付ける事にした。無論、君の御母上も、盟主様も許可を出した」
「そうなの、だからよろしくね!お兄さん!」
リィンは顔に手を当て、不満げながら優しい手つきでレンの頭を撫でた。
「わかった、此方が面倒を見る」
「なら!呼び方も変えなくちゃ!そうね……おじさん!」
「……まだ9歳だ!リィンと呼んでくれ」
「むぅ、わかったわ。リィン。レンの事はレンって呼んでね」
レンに右手を握られながら白面から離れる。
そして、鉄騎隊の待機室に赴いた。
「此処が鋼のお姉さんの……」
「誰です、ノックも無く入るなどマナーが」
「……姉さん、少し助けて」
口を開けて固まったデュバリィにリィンはつい、姉さんと呼んてしまった。白面と離れ親近者との会話になってしまっているのだ。
「リィン……成長期ですか?」
「いや、そういう訳では」
「マスター…マスター!」
「デュバリィ、何が……リィン?」
「コレは……確かに問題か」
「あらあら、服のサイズあるかしら」
アイネスとエンネアも驚く、リィンの姿は少なくとも20代。
デュバリィよりも見た目だけなら上になっている。
「…そして、隣にいるのが」
「リィンの補佐官?のレンよ、よろしくね。鉄騎隊のお姉さん達」
「…まさかこの様な少女だとは、白面め」
リアンヌも知らなかった様で白面に対しての毒を吐く。
だが、それよりも今は息子の事であった。
「何があったのです」
「剣帝と漆黒の牙との模擬戦があり、つい本気になってしまい悪魔の力、デビルトリガーと名付けたソレを使いました。すると、何故か身長が190を越えた上、解除しても戻らないのです」
「……他に異常は?」
「いえ、むしろこの体の方が強いと言うか」
「……この手の事ならカンパネルラ辺りが詳しいと思います。明日までに戻らなければカンパネルラに話を聞きに行きましょう」
結論を話せば少年の姿は戻らなかった。
元々、精神的に幼い少年ではない。所々、幼さは残っているが、
その瞳は濁り、家族、そして盟主という光に当てられた存在。
ある意味、大人なのだ。少年ではなくリィンとして大人になった。
「それで僕の所に?でも、リアンヌ。成長を戻すなんて僕できないよ?」
「…そうですか」
「君の理由もわかるよ、でもなったのはどうしようもない」
「わかりました、リィン」
「はい、マスター」
「貴方の私服を買いに行きます、皆を呼びなさい」
「はい!」
リィンは嬉しそうに駆け出す。
「いやぁ、レーヴェ達との死合を観てたけど、あの時と今の彼違いすぎるね。でも…魔王か」
「……リィンが何者であれ、私の子に違いありません」
「一応、マクバーンに見つからないでね?」
「リィンは他の執行者とは任務だけでしょう」
リィンは執行者と仲が良い訳では無い。
個人的な関係がある執行者など盟主と母親関係でカンパネルラ以外に居ない。
「それと、リィンの私服を買いに行きます。明日明後日は」
「うん、仕事は(たぶん)回さないよ」
カンパネルラはリアンヌが居なくなったのを確認すると、静かに微笑んだ。
「うんうん、リィン。君が此方側に居ることで外のリィンはどうなるのかな。僕も気になるよ」
翌日、リィン、リアンヌ、デュバリィ、アイネス、エンネアの5人は魔都クロスベルのブティックに来ていた。レンも連れて行こうとしたが、本人が拒否した為にお留守番だ。
皆、私服ながらサイズの合う物がないリィンのみ魔王としての姿できていた。
「マスター、僭越ながら動きやすさだけではなくファッションも考えたら良いかと」
「そうねぇ…少し、黒すぎるわよね」
「いっいえ、マスター!私は格好いいかと」
「そうですか」
「……俺の意見は」
リィンは女性4人に着せ替え人形にされていた。
普段は黒騎士か、純黒で整った姿で統一されている。
簡単に言えば、華がない。
「黒が似合うと感じたのですが」
「マスター、黒一色なんて何時も来ています。そうねぇ、青いコートなんてどうかしら」
黒のシャツにズボンとブーツ、上着として青いコートを着ている。その姿が何故かサマになっており、道行く乙女の頬を赤く染めている。
「うん、アイネス。どうかしら、私達の弟の晴れ着よ」
「うむ、良いのではないか?格好いいぞ」
「私もそう思いますわ、リィン!」
「……良い姿です。見違えましたね」
「…ありがとう、母さん。それに、姉さん達も。代金は俺が自分で」
「いえ、偶には私が払います。良いですね?」
「母さん、それは」
「…私の子供へのプレゼントです。親の愛を受け取りなさい」
「はい」
リィンは何処か恥ずかしそうにブティックを出る。
『魔王』の衣装は虚空へしまい、街へと繰り出す。
「ゆっくりするのも、良いものですね」
「えぇ」
「あの、母さん。アレは」「カジノ?」
「アレは貴方達にはまだ早いというか、なんというか」
「賭け事は以ての外だ、リィンは兎も角、デュバリィ、お前は知らなくて良い」
「そうねぇ、リィンだって9歳、デュバリィも12歳だもの。せめて、20になってからね」
流石に子供たる二人には賭け事の事などは話せなかったため、言葉を濁す。
「アイネス!不公平ですわ!何故、リィンが良くて私が駄目なんですの!」
「デュバリィは素直すぎる、リィンは…素直なんだが」
「そうねぇ、リィンは敵に対して容赦ないから」
「?」
リィン達はそんな話をしながらクロスベル観光を楽しんだ。
「うん、楽しそうで何よりだよ」
「カンパネルラ様、一体何用で」
「様は良いよ、リィン。カンパネルラでね。本当ならリアンヌに仕事は無しって言われてたんだけど、クロスベルに居るから丁度良くてさ。此処に居る猟兵を襲撃して欲しいんだよ。彼等の運んでる武器が必要でね」
「……それは誰からの」
「盟主様だよ。あと、顔を隠すためにコレね」
そう言って用意されたのは黒騎士の鎧とリベリオンだった。
「殺しても良いから」
「……了解」
誰もが寝静まった夜、クロスベルの闇を進む者達がいた。
隊列が整い、軍人レベルの統制が取れた一団。
「……貴殿らが、猟兵ミドガムルか」
「身喰らう蛇の追っ手か」
「此方は殺しても良いと言われている、その荷物を寄こせ。そうすれば命だけは」
「ふざけんな!此奴は誰の手にも渡っちゃいけねぇ」
「……ほぉ」
リベリオンを構えながら黒騎士は質問する。
「中身はなんだ」
「誰が言うか」
「ならば」
銃声が鳴り響く、一瞬の出来事であった。
救いのない、ただ苦しみすらなく一瞬でミドガムルのメンバーは血の海に沈む。たった一人を残して。
「何故…何故、僕を殺さない!」
「……」
手加減され、足を砕かれた若き猟兵。仲間は既に死んでいる。
情けではない、ただ殺すよりも生かすほうが楽だった。
ソレだけのことなのだ。
「まて、開けるな!」
「……コレは」
ソレは裸体の美しい女性だった。
だが、乳房等はなく、マネキンの様な物だ。
「アンタはソレの危険性を知らないんだ!ソレは自動人形
(オートマタ)!殺戮兵器なんだぞ!」
「……殺戮兵器だと?」
「そうだ、ソイツ一体の暴走で護衛部隊だった俺達は全滅だ!ソイツは悪魔だ、俺達は、俺達はソイツを封印する為に」
うるさくし過ぎたのだろうか、オートマタの目が開いた。
「ごふっ……」
心臓を手刀で貫かれるが、その程度で死ぬ肉体ではない。
「やってくれたな」
「何者です、私は心臓を貫いた筈だ」
「ほぉ、喋れるのか」
リベリオンを向けながらもリィンは淡々と話す。
「お前がコイツラを殺した理由はなんだ」
「誰しも、武装した集団に肉体を自由にされたいとは思わないのでは」
「その通りだ」
「貴方も私の体が目的でしょうか?ならば、今ここで」
喋るオートマタが動くより速くリベリオンが振るわれる。
すると、リィンの血が滴り落ちる右腕が金属音をたてながら地面に落ちる。
「Too slow.
ー遅いー」
「警戒レベル上昇」
「…所詮は紛い物の命。終わりだ」
リィンはリベリオンを腰を低くしながら牙突の姿勢になり、静かに待つ。
「目標を撃め」
オートマタは続けようとしたが、リィンが視認範囲から消失する。
「Blast off!
ー吹き飛べ!ー」
一瞬だった、黒騎士の重鎧からとは思えない加速の牙突。
オートマタは胴体の中心をリベリオンに貫かれた。
パチパチパチ
空から拍手が聞こえる、視線を向ければこの任務を持ってきた
カンパネルラが微笑み笑っている。
「さすがだね!黒騎士!…でも、僕の言った言葉覚えてる?」
「……博士に渡せばなんとかなろう」
「わかった。金輪際、この手の任務は君に回さない様にするよ」
リィンの台詞にげんなりした表情でカンパネルラは言う。
そして、指をスナップさせ綺麗な音を鳴らすとオートマタの残骸が消えた。
「ソレで、その生き残りの猟兵はどうするのさ?」
「別に問題ないだろう」
「ウ~ンまぁ、君がそう言うなら良いか。良かったね、死ななくて」
「お前!道化師!」
「うん、じゃあサヨナラだ。黒騎士君、休暇に戻ってくれて良いよ」
「…気に入らん」
リィンは不満を述べつつもホテルへと帰った。
「……血の匂い、随分と濃いわね」
「エンネア」
「来なさい、マスターがお呼びよ」
リィンはリベリオンを背負いながら、静かに罰へと向かう。
「リィン…何故仕事を?私との約束を忘れましたか?」
ソレは母として、リアンヌが課した約束。
休暇ぐらい、家族として、裏側の存在である事を忘れる。
仕事も受けず、ただ過ごす。リィンはソレを反故にし、あまつさえ人殺しに向かったのだ。
「誰からの指示ですか?」
「言えません」
「…母である私にもですか?」
「私の母は貴女のみ、しかし忠誠は違う」
「……わかりました。盟主様のお言葉なら仕方ありません」
「…すみません。母さん」
「怪我や傷がないのは良しとします。デュバリィの下へ、貴方がいなくなったと泣きながら私達を起こしに来たのですから」
その言葉に激しい後ろめたさを感じてしまう。
家族を、あの優しい姉を泣かせたというのはリィンの心を深く傷つける。
「……デュバリィ」
「…よがっだ……よがっだでずわぁぁあま」
涙を大量に流し、リィンに抱きついてくるデュバリィ。
そう、デュバリィにとってまだリィンは9歳の少年であり、自分が守らなければならない存在なのだ。
自分が目を離したから居なくなった、自分が目を離した時に死んでしまったら。
「姉さん、僕は此処に居るよ」
普段、俺というリィンではない。
それはリアンヌとデュバリィの前でしか見せない少年としてのリィン。
「かってに…かってに…いなくなるなんて、絶対に、絶対に許さない!わかっておりますの!」
「……僕は消えないよ、だって、家族だから。僕はきっと家族を守れる様になる。絶対に」
デュバリィを抱きしめ、優しく頭を撫でる。
そうだ、忠誠心も確かに大事だ。でも、リィンは思い出した。
家族の大切さ、母親リアンヌ、姉デュバリィ、姉アイネス、姉エンネア、妹レン、家族なのだ。
「守るんだ、僕が」
ーそうだ、守るんだ。俺が家族を。奴とは違う、あの男とは。
復讐心よりも、忠誠心よりもいま、家族愛が確かに目覚めた。
家族愛≫忠誠心≧復讐心