「あの暗黒メガコーポならこんなんやっててもおかしくないよね」ぐらいの雰囲気で読んで頂ければ幸いです。
書類棚がいくつも並ぶオフィスの一角。昼下がりの穏やかな陽光が差す中で、一心不乱にデスクのパソコンと睨めっこしている黒髪の青年がいた。
彼は
元々捜査二課に所属していたが、彼自身の『凶運』により行く先々で魔物事件が発生。死霊課に左遷されたという経歴の自称『ただのノウンマン』だ。
そんな彼は今、死霊課刑事なら知っておかなくてはならない巨大企業のレポートをまとめている。
「うわぁ……家のタブレット、ここの製品なんだけどなぁ」
メルキセデク・グループ。
ボールペンのような日用品からコンピュータソフトまで、昼の側においてその名を知らぬ者はいない巨大企業だ。
勿論、夜の側にとっても。しかしその意味合いは昼の側と違う。夜の側の住人からすればメルキセデクは、目をつけられれば「地獄の果てまで魔の手が忍び寄る」とまで言わしめる恐ろしい存在である。
その最たる理由は、かのMMMにある。
Melchizedek Monster Minor ……メルキセデク怪物利用機関。
メルキセデクが有する対魔物部隊である。その正確な戦力は把握しきれないが、少なくともJABFや米軍のサイボーグ部隊にも匹敵すると言われている。その真骨頂は捕獲した魔物を実験・強化することによる戦力強化だ。しかも、そういった魔物に関する研究はMMMのみならず、グループ傘下の企業など様々な機関で行われている。
「多いなぁ。これなんか昨日綿貫先輩が解決してきた事件絡みじゃん」
秋山がひたすら打ち込んでいるのは、メルキセデク・グループのそれら恐るべき研究・兵備計画に関してのレポートだ。特に、ここ数年内で報告されたものは更新幅が大きい。
唸っていると、デスクの上にコトリとコーヒーカップが置かれる。
「精が出ますね。しかし時には休憩も必要ですよ」
「あ、
秋山の隣に立っていたのは、白く流麗な髪を赤いリボンで一つくくりにした若い女性。
年こそ秋山と二、三歳ほどしか変わらないが、すでにいくつもの現場へ出ている先輩刑事だ。
魔物との戦闘も少なからず発生する死霊課でここまで躍進しているのは、陣海自身が半魔……それも強力な防壁魔法の使い手だからである。
彼女は海底の精霊種族。いわば半魚人の一種なのだ。彼女の集落は
「先輩〜。全然進んでる気がしないっす〜……」
「泣き言を言わないでください。それではいつまでも捜査に出れませんよ」
陣海は生真面目だ。逆に不真面目な者には手厳しくもなる*1。
「あ、陣海先輩が精査してくれたらいいじゃないすか! 課長のサポートで報告書を見てたりしてますし。それに僕のミスも手早く見つかって一石二鳥っすよ!」
「むぅ……。はぁ、それぐらいならいいですよ。どの箇所ですか」
「ええとですね……」
着装機攻システム“チェスシリーズ”
メルキセデク社が開発した戦闘システム・着装機攻。その開発者の一人であるエリザベス・S・キリシマ博士が製作した同系列の着装機攻シリーズ、それがチェスシリーズである。
それぞれのベルトがチェスの駒のようにランク付けされている(ポーン、ルーク、ビショップ、ナイト、クイーン、キング)。中でも『キング』ベルトは最強であり、その装着者によって各ベルトが統率され、一糸乱れぬ恐るべき部隊となる……はずだった。なんと、メルキセデク社は研究方針の違いからエリザベス博士の逆鱗に触れてしまい、研究所は爆破。計画は完全なものとならなかった。
しかし、それまでに生み出されたベルトや適合者たちは東京の闇に放たれている。すでに死霊課内でも彼ら“チェスシリーズ”着装者との遭遇報告が何件か上がっている。聞けた話によると、泳がされていると見せかけ逆に鼻を明かしてやろうと考えている者や、様々な事件に巻き込まれる中で
↑死霊課が遭遇した着装者の一例。彼は元々、邪神の眷属に類する魔物らしい。
「この着装機攻のシリーズ、報告にでてくるこの適合者の幅が広すぎるんすよね……」
「確かに私が聞いた限りでも、デザイナーズチルドレンやサイボーグがいましたね」
計画の変遷
計画初期はクローン兵士による戦力の安定供給が期待されていたが、クローンとして生み出された適性素体同士による殺し合いや適性喪失など様々な問題が発生。それぞれのベルトに合わせたデザイナーズチルドレンを生み出す方針へとシフトしていった。
また、魔獣化していないときの脆弱性を鑑みて、人間ではなく人型の魔物を捕獲・洗脳し適性者としたこともある(もっとも、この試みは研究員の犠牲とベルトの喪失という結果になったが)。
「これは適合者になるはずだった魔物が暴走したってことなんでしょうか?」
「報告ではそうなっていますね。人間が魔物になるのとは違って、元々が人外の魔物である場合は人の常識や倫理は一切通用しませんので」
「でも先輩は他の先輩方と比べても
「彼らが不真面目なだけです。次、いきますよ」
補足
『ルーク』ベルトには斥力操作、支援型である『ビショップ』ベルトには魔術干渉への対策が取られているなど、ベルトごとにその能力は様々。今後も多くの適合者との邂逅が予想される。場合によっては協力者として上手く引き込むべし。
MADF
Melchizedek Assault Dinosour Force、すなわちメルキセデク強襲恐竜部隊の略称。部隊の通称は“疾風”だったらしい。
バイオテクノロジー部門が主導していた計画で、恐竜の遺伝子をベースに様々な生物の遺伝子も融合させた戦闘用恐竜を生み出すという内容だ。驚くべきことに、生み出された恐竜たちは人語への理解能力を持ち意思疎通も可能だという。彼らに遭遇したアウクシリアの傭兵曰く、人間の大脳を混ぜているといった疑わしい証言も。
「これ、遺伝子を混ぜまくったらもう恐竜じゃないと思うんですよ」
「どこまでを恐竜と定義するかは私に分かりませんが、少なくとも人間も使われている時点で碌なものではありませんね」
「これ現地の半魔が
この情報が死霊課に入ったのは、匿名の半魔(おそらくメディアに類する者と思われる)からだ。様々な魔物事件が発生する池袋では珍しくないことだが、この報告にあった研究所はなんと南米。海外からのこういった情報提供は珍しい。
「あ、写真が残ってる。へぇ〜、現地の研究所を襲ってデータをいろいろかっぱらってきたんすね……これ別件逮捕になりませんか?」
「残念ながらできないですね。長沢さんが言っているように、我々の仕事はあくまで事件の収拾なので」
後輩に釘を刺しながら同封されていた写真を眺める陣海。そこには三匹の生物が写っていた。それがMADFの隊員たちだ。計画のプロトタイプとして生育された三体でもある。
支援を目的とした司令塔タイプの小型ラプトル型:Gale。
範囲殲滅力を高めた大型肉食恐竜型:Blast。
攻撃・防御・支援を満遍なくこなす中型肉食恐竜型:Storm。
いずれも銃火器などの現代兵器を搭載し、恐竜としての人を優に超える戦闘能力を持つ。
南米にて、後述のBHMシリーズの新型と競い合わせるテストが行われる予定だったが、育ての親である研究員を殺された“疾風”たちが反逆。居合わせた半魔と協力し現地の他部隊を壊滅する凶行に及んだ。そして計画は頓挫。南米で消息を絶ったMADFの行方は、未だ不明である。
「飼い犬に手を噛まれた……ってやつでしょーか。少なくとももう南米には行きたくないでっす」
「そう怖がらなくても、池袋の方がもっと恐ろしいですよ」
「真顔でなんてこと言うんですか先輩!」
「気を取り直して次を見ますよ」
人造メタモーファー・BHMシリーズ
地球に飛来したフルメタル・メタモーファー。普段は乗り物や日用品などに偽装可能であるその特異性を、メルキセデクはそのまま潜伏兵器として利用しようとした。
この計画は、メルキセデクがメタモーファー(戦闘機型)の死体を入手したことを発端としている。エトランゼのバイヤーから非合法に入手したそれだが、当然死んでいるのでは兵器として何の役にも立たない。ブルカ電子工業のように
そこで、メルキセデクは自分たちが最も得意とする分野……サイボーグ技術を組み込んだ。具体的には、死んでいる頭脳回路の代わりに人間の脳髄を神経接続させたのだ。
「……先輩。これ書いてるときに思ったんですけど、これらの情報ってどっから入ってくるんですか。ウチが介入しないような魔物同士のいざこざも時々ファイルに保存されてますし」
「ここに長く勤めていると、多くの半魔の知り合いができるそうですよ。そしてそういった方々から様々な情報が入ってくるみたいです」
「あー、課長*2がよく胃を痛める変な知り合いたちのことっすね!」
「……まぁ、そういう方々もいますね」
白は死霊課の刑事たちもその枠に含まれていることをあえて言わなかった。
計画の変遷
プロトタイプとして作られたBattle Highspeed Machine - Sky Changer(略称:BHM-SC)は、戦闘機形態とロボット形態を切り替えながら高速機動を可能とする。従来の人型サイボーグと比較して、JABFの軍事ヘリや特機二課のアクティブギアなどの中〜大型対象への有効性が期待されていた。
しかしプロトタイプは試験任務中に中破し、行方不明となる。ベースとなる脳髄への記憶消去の甘さ、耐Gを考慮した無意識の速度低下など、人間の生身を使う弊害が出てしまったのだ。
そこで、同時期に進行していた“チェスシリーズ”の「人型の魔物を使う」案に視点が向けられる。
真っ先に挙げられたのは人間の姿からメタモーファーの姿へ変形する案だ。とはいえ、体躯の変化による潜伏性を利点とするなら亜人の魔物でも代用できる話である。
次に、捕らえたイレギュラーとメタモーファーを試験的に融合させた魔物が出来上がるも、他の半魔により奪取される事態に。また、素体となる魔物を捕らえてくることのコストから廃案となった。
だが研究グループは後ろ盾である天界ドミニオンの技術に目を向けた。そう、天使である。
プロトタイプの問題点でもあった脳髄部の脆弱性を天使に置き換え、さらに着装機攻に用いられる擬似光粒子を利用した機動飛行へ昇華させた*3
新たに完成したBHM-SCは白兵戦仕様機と射撃戦仕様機の二機が用意された。戦闘機故、常に街中で活動することは難しいものの、その移動速度から様々な場所へ増援として作戦参加することが可能となった。
上述の“疾風”を相手にした実戦テストが組まれたが、居合わせた半魔により撃破された。しかし、“疾風”の反乱から僅か数時間で数百キロ離れた現場へ到着する性能が評価され、量産体制が整えられているという。
「これ怖くないですか? まだ計画が動いているって」
「考えられるとすれば、メタトロンによるサポートを受けている可能性ですね。天使を仕込む技術は一切情報が得られなかったそうです。『ニューヨークの惨劇』の次を考えている説もあり得ます」
「うわぁ〜……(頭を抱える)」
メルキセデク・グループ傘下の企業・レイヴン製薬はバイオテクノロジー部門を担当している。その研究グループが進めていたのがこの計画である。
内容は「魔物の力を宿す欠片『
『
魔物の一部から精製された、黒光りする結晶。欠片ごとにどんな魔物の力が発現するかは決まっているが、どの欠片で魔物化しても「黒い鱗のような結晶装甲が体を覆う」という共通の特徴がある。
特筆すべきは、欠片が無事なら再利用可能である点。素体が死亡しても『魔の因子』さえ無事ならば、別の素体に植え直し新たな魔物として覚醒させることが可能なのだ。
計画の変遷
●●地方の山奥に設置された孤児院にて実験・経過観察が行われていた。計画名は将来的な部隊名も兼ねており、孤児院で幼少期から教育を施すことでコストカットや成長の伸び代が上がるなどの効果も見込まれていた。
とはいえ、『魔の因子』はまだ完成に至っておらず、素体を蝕む毒性もあった。
しかし、別の組織による襲撃で研究員含む全ての実験体が死亡。生存者はいないとされている。
死霊課の捜査班が現地に赴いたところ、遺体の『魔の因子』は全て植えられたままであり、襲撃者が何を目的としていたか依然不明である。回収された『魔の因子』は速やかに破壊処分されている。
「これ、書きながら思ったんすけどどこから情報が入ってきたんすか。『生存者はいない』ってあるのに……」
「いますよ」
「えっ」
「唯一の生存者はいます。ただ、レイヴンやメルキセデクに存在を知られるわけにいかない都合上、死んだことになっているわけです」
「なんか複雑っすね。生き残ったのに死んだ扱いになるって」
「……それにしても、メルキセデクが裏でこんなことしてるってのを昼の側の人たちは知らないんですよね」
「知る必要はありません。今の分かたれた状態だからこそ平穏が保たれているのですから」
「僕らの仕事もその一助になれてるんすかね」
「きっと。……少なくとも、私はそう思っています」
少ししんみりした空気。それに気まずさを感じたのか、秋山は口を動かす。
「いやー、陣海先輩は相変わらず生真面目っすねー! 僕なんてちゃらんぽらんっすから『今日も残業やだなー』しか考えてないっすよ!」
「こら。ちゃらけない」
陣海はクリップボードで『軽く』小突く。癖の強い他の先輩刑事たちならもっと勢いよく叩かれるところ。年下に対する彼女の優しさが表れていた。
「とにかく、報告書としての大まかな形はできています。あとは細かいところを修正してから提出してください」
余計なことを言わず、必要事項だけを述べた陣海は元々別室へ向かうところだったのだろう、そのままオフィスを退出していった。
他の刑事たちも外出しており自分以外には誰もいなくなった部屋。秋山はぐぐーっと伸びを行う。そして置かれたコーヒーカップを一飲み。
「さ、やるぞー!」
やる気を注入した新人刑事は再びタイピング作業に戻るのであった。