「……そうして二人は新しい場所へと歩き始めましたとさ、つづく」
パチュリーは瓦礫の上に座り、手にした本をパタリと閉じて言った。同時に小悪魔が操っていた人形たちを整列させてペコリとお辞儀をさせる。
それを見ていた子供たちから拍手が起きる。
「ねえパチュリー様。つづきはいつ聞かせてくれるの?」
観客の男の子が言った。パチュリーは男の子の頭を撫でながら言う。
「また一月後よ。だからそれまで生きるのよ」
男の子はややうつむいたあと、顔を上げて「うん!」と言った。
「よろしい、強い子ね。ちゃんと会いに来てね」
そう言うとパチュリーは男の子の額にキスをする。男の子は顔を真っ赤にすると足早に走っていった。
「それじゃあ解散、みんなに次の会でも会えることを楽しみにしているわ」
そうパチュリーが言うと子供たちは散り散りに去っていき、あとにはパチュリーと小悪魔、それに小悪魔が操る人形たちだけが残された。
「さて、私たちも帰るわよ」
「はい、パチュリー様」
小悪魔は魔法空間からトランクを取り出すと、その中に人形たちをしまっていく。パチュリーもまた、魔法空間に持っていた本をしまい瓦礫から立ち上がって大きく伸びをする。
「今回も好評でしたね」
人形たちを収めたトランクを魔法空間に戻しながら嬉しそうに小悪魔が言った。
「ええ、そうね」
小悪魔と対照的に静かな口調で、一月前と比べ瓦礫の多くなった街を見ながらパチュリーは答えた。
「この会が、あの子たちにとって少しでも生きる事への光になればいいのだけれど……」
物憂げにパチュリーは言う。それをただどうしようもない表情を浮かべながら小悪魔は聞いていた。
パチュリーと小悪魔。この二人の遍歴については詳細をあえて欠くが、簡単にいえば幻想郷を離れ、異世界線に来てそこの被災児を相手に劇を見せている、といったところだろうか。
パチュリーは悲痛な表情を浮かべながら呟いた。
「戦争なんて、どこの世界線でも同じだったのね。幻想郷にいたころが懐かしいわ。あそこでは、大きないさかいなんて無かったのに……」
「今さら悔いても仕方がありませんよ。私たちに出来ることをやる、それだけです」
小悪魔の言葉に、パチュリーはただ頷く。そして帰路へとついた。
***
「……で、ありますゆえ、我々の行動はアヴァランチへの応戦として必然であったわけであります」
そう平然として答える自らの部下に、アリスは心底うんざりした。しかし、それを表に出すわけにはいかず、極力表情を殺して応対する。
「そう、分かったわ。上部への報告は私がやっておく。下がりなさい」
「はっ」
年若い兵士が敬礼をして部屋をあとにする。
一人になったアリスは大きくため息をつくと、被っていた軍帽を拳と共に机に叩きつけた。
「冗っ談じゃないわ! なにが必然よっ!」
さほど広くない執務室にアリスの怒号が反響する。
アリス・マーガトロイド。パチュリーたちと同じく異世界線へと渡った彼女は今、ある軍隊の技術士官を務めていた。
そんな彼女がこうして激怒しているのにはわけがある。
彼女は技術士官、つまりは裏方の仕事をするのが本来の役目である。だが、この頃は人手不足で前線へと出て直接指揮をしなくてはいけなくなっていた。
何故か。それは簡単なことで、人が前線で死んでいるからだ。アリスの所属するヤルタ連邦国防軍が、反政府勢力アヴァランチと戦争状態にあったためだ。
本格的な戦争などと無縁だったアリスに、前線での部隊指揮は荷が重かった。しかし、アリスは身をすり減らしながらもそれをこなしていた。
そんなある日、事件は起きる。
アリスの指揮下にある部隊が戦闘中に市街地へと進入し、民間人に被害が出たのだ。部隊がアリスの指示に従わず、市街地へと敗走したアヴァランチの追撃を独断したためであった。
「国を守る国防軍が、笑わせるわね」
アリスは皮肉そうに呟いた。国、ひいては民を守るための軍隊が自国民に被害を出したなど、あってはならないことである。
更にはその後の行動もアリスの神経を逆撫でた。独断を咎めたアリスに対し、部隊の小隊長は「我々はアヴァランチの殲滅が最優先だ。だというのに、市民はそのために協力せず、市街に奴らを入れた。被害が出たとしてもそれは当然の報いである」そう言い放ったのだ。
「市民感情がアヴァランチに寄るのも仕方がないわ。こんな高慢な軍隊、誰が協力しようと思うのよ」
もとをたどれば、アヴァランチの発生自体もこうした国の高慢、怠慢が生み出した結果だ。それを武力で抑えつけ続けた結果がこの戦争。
アリスは椅子の背にもたれ掛かりうなだれた。
「……戦争開始から十年。おかしい、絶対におかしい。戦争を知らなかった私でも分かる。この戦争には、必ず何か裏がある」
だが、そう感じたとしても、アリス個人に出来ることなど皆無だった。人の意思の濁流が生み出す流れには逆らうことが出来ない。
憂鬱そうに机の上を滑っていくアリスの視線が、あるところで止まった。
写真立てだ。デジタル一辺倒の今時には珍しいアナログの写真立てだ。フレームの中にはアリス、パチュリー、にとり、それに年若い青年が一人の計四人がこちらに笑顔を向けていた。
「懐かしいわね…… この頃はこんなことになるなんて思ってもなかったっけ? 分かってたら、軍になんて入ってなかったのに」
今さら悔やんだところでどうしようもない。その事を頭で理解しつつも、アリスはそれを言葉にせずにはいられなかった。
「あの子は一人で帰ってしまった、にとりも音信不通、残ったのは……」
そうだ。パチュリーたちだ。今頃何をしているだろうか。小悪魔に教えた人形操術はどれくらい上達しただろうか。
「……久々に、話してみたくなったわね」
アリスは机に備え付けの電話機に手を伸ばすと、ボタンを手慣れた動作で押していった。
***
「パチュリー様、アリス様からの電話です」
書斎でまどろんでいたパチュリーは小悪魔の呼ぶ声で目を覚ました。
「アリス? 久しいわね。変わってちょうだい」
パチュリーは小悪魔から固定電話の子機を受け取ると、応答ボタンを押して耳にあてた。
『もしもし、私、アリスだけど』
「もしもし、久しぶりね。急にどうしたの?」
『なんだか声を聞きたくなってね。最近どう? 何をやっているんだっけ?』
「この頃は各地を回って子供たちに本の読み聞かせをしてるわ。貴女が小悪魔に人形の使い方を教えてくれたお陰で、表現の幅が広がったわ。ありがとね」
『そうなの、それは良かったわ』
「ただ、状況は芳しくないわね…… ここしばらく戦火が再び勢いを取り戻している。この前行ったコロニーなんて、市街戦があったそうよ。……ひどい有り様だった。子供たちも憔悴しきっていたわ」
『え? そのコロニーってもしかしてナタリーの18バンチ?』
「ええ、よくわかったわね」
『……ごめんなさい。そこで戦闘を行った国防軍の部隊は、私の指揮下のものよ。でも指示を無視されて……』
「え、あ、いや。貴女を責めるつもりはないわ。仕方がなかったのでしょう? 貴女も大変なのね」
『こんなこと、本当は止めなくちゃいけないのに。でも止められない。どうすればいいの、私』
「気負い過ぎちゃダメよ。こういう言い方も良くないけど、私たちになんて出来ることはほとんどないんだから。その場その場で最善と思うことをする。それしかないわ」
『そうよね、ありがとう。ところで、話が変わるけどにとりの消息について知ってることはある?』
「何も。一体どこにいるのかしら」
『そう…… あまり考えたくないけど、アヴァランチ側に付いているって可能性も……』
「有り得なくはないわね。この前、戦場となったコロニーに行った時に見かけた兵器の残骸。それから微かに魔力的な痕跡を見つけたわ。にとりが技術協力している可能性がある」
『そんな、幻想の力が戦争に転用されるなんて。ますます世界は良くない方向に進んでいる。もうどうしようもない……』
「それはどうかしら。私はそろそろ何か転換点が来ると思っているわ」
『その根拠は?』
「理屈っぽい思考ね。こっちに染まってきたってこと? 特にないけど、強いて言えばこの前の占いの結果?」
『占いって……』
「物事は良い方向に考えましょう。きっと戦争は終わる。そしたら、もう一度集まってお茶でも飲みながら話をしましょう」
『そうね、もう少しだけ前を向いて見ることにするわ』
「良いわ、その調子よ。それじゃまた遠くないうちに、ね」
『ええ、それじゃ』
プツリと通話が途絶え、子機から無機質な話中音が流れる。パチュリーは通話終了ボタンを押して小悪魔に子機を手渡した。
「アリス様、どうでしたか?」
「そうね、あまり変わった様子はなかったわ。でもちょっとばかり疲れてるみたい」
「そうですか」
小悪魔はややしょんぼりとした声でいう。小悪魔にとってアリスとは、主人の友人であると共に人形操術の師匠でもある。教わって以降、子供たちへの劇の実演を通じて我流ながら研いた術。出来ることなら直接会ってそれを見せたい、というのが本音であった。
「大丈夫よ、そう遠くないうちに会えるわよ。多分」
「ですよね、それまでにもっと上達しなくっちゃ」
息巻く小悪魔を見てパチュリーは微笑む。
「さて、今日はもう横になろうかしら。次の読み聞かせに備えなくっちゃね。……場所はどこだったかしら?」
「次の読み聞かせは…… カナードの22バンチ、です」
「そう、じゃあちょっと遠出なのね。準備をしっかりとしないと」
パチュリーは書斎の窓から夜の空を見上げた。
夜空には雲一つないのに、星もまた一つもなかった。あるのはただ一つ、不規則に点滅する巨大な人工光の集合体。
「ここは本当に幻想郷。いえ、地球じゃないのね」
パチュリーはその光へと手を伸ばす。かつて地球の人々が本物の月にしたように。
光の名はセカンドムーン。月を恋しむ人の叡智が生み出した、偽りの月であった。