『オルクセン王国史/二次創作』ラッカーズ・ボランティア 作:karkaroff
エルフィンドとオルクセンの戦争が年をまたぎそうになって来た頃の話だ。アルトリアからハードタックについての苦情が上がるようになって来た。粥にしても茶でふやかしても食えたものじゃない、もっと食える食べ物を送ってほしいっていう随分と贅沢なクレームだ。
年末にもなると目ざとい商人連中が儲けさせろとばかりに南北センチュリースターで在庫として積まれていたあれこれ、面倒な不良在庫がいくつも送られて来た頃でゴールドラッシュに乗りそこなった商売人が損切りとばかりにハードタックや品質もまちまちな保存食を持ち込もうとスポンサーたちに押しかけており、最低限行けそうな品が港にも溜まっていた。
特にホイットフィールドの安酒とハードタック、サトウカエデのメープルシロップと安酒用のスパイスの4品目は送っても送っても積まれていく地獄のような状況だった。現地民を雇ってアルトリアに送り続けてもなお在庫が余る状況だったことを考えればやりすぎというのが正直なところだ。
そんなときのクレームだ、部隊やオルクセン軍の補給将校と打ち合わせて何時間も解決策を相談する羽目になった。結果的に出たのはこれらの品目を使った戦時レシピの普及であった。
ハードタックをハンマーやストックなど硬いもので粉々に砕いた後、それを水と混ぜ合わせてどろどろの粥にする。これにサトウカエデのシロップと安酒を加えてオーブンに暫くぶち込むっていう代物だ。
密造酒みたいな安酒で作るプティングだからとムーンシャイン・プティングなんてしゃれた名前で宣伝してみたが、その料理手順があまりに雑だったからとダーティ・プティングなんて呼ばれたがそれでもマシな食い物だったので一旦の鎮静化には成功した。
ラム酒とメープルシロップのせいで異様に甘いパン菓子のような食い物ではあったがそれでも料理の体裁をしているだけあって、ウルクハイのレンバスなんて陰口を叩かれつつも、センチュリースターの菓子としてオルクセンで今も普及している。
甘味といえば、戦時中持ち込まれたもう一つの甘味としてコークがある。当時、ジョナサン・デイビス・ブラックバーンという薬剤師が作ったシロップベースの飲料だ。
当時の北部センチュリースターの薬局などで普及していたファウンテン、いわゆる薬剤師が調合するシロップ飲料の一つでレモンやオレンジ、ナツメグにコリアンダー、ネロリにシナモンなどを調合してアルコールで抽出したやたら濃いシロップをコーンシロップで薄め、炭酸水で割った飲料だった。
特に5ガロンのコーラに対して3オンスのクエン酸とライムジュースを1クウォート加えたアレンジレシピが流行っており、ブランドの拡大を狙ったブラックバーンはこの調合レシピの原液をオルクセンに大型タンクで運び込んだ。
現地でシロップをそれぞれのさじ加減で調合し甘ったるい液体をきりっとしたエルフィンドの炭酸水で流し込むのは何物にも耐えがたい快感であり、特に戦地で走り汗をかいた兵士にとってはそれこそ命の水と表現する者もいた。
一方でコボルトの一部と相性が悪く飲めるものが限られた為にこの戦争中はそこまで広く普及することはなかったが、それでもファルマリア港を中心に観戦武官や後備のオークたちには好評で酒の代用品として一定の認知を得た。
一方で、現在では禁止成分とされたために含まれていないが、当時のコークには薬剤師の判断でコカの葉をスパイスに漬け込むものが存在しておりこれについてはオルクセン王の名において麻薬中毒の防止を大義名分にきつく取り締まられ、調合レシピについては明確に配分量が定められブラックバーン側でもシロップのレシピを提出、医薬品に関する秘密文書の中に紛れその後80年の間資料倉庫に封印されることになった。
これがのちの世で伝説のコーラレシピとして発掘され、後日大きな話題となるのはまた別の話である。
何はともあれ年明けにもなればポストマンたちは配達にかこつけて各地で震えるオークたちに郵便物と共にウルクハイのレンバスにホイットフィールドの安酒、もしくはコークを差し入れ、これによってラッカーの義勇兵団は戦果よりも甘味でオークたちの公表を得る結果となった。
結局のところ、辛い時に口にした些細なぜいたく程記憶に残るものはないという事らしい。
今回のコーラのレシピは当時薬局で調合された5ガロンの業務用レシピを調合して試しに飲んでみたのですが現代のレシピと比べてシロップを炭酸水で割る割合によって非常に味の浮き沈みの激しいとても楽しい飲み物でした。
問題は現役で5ガロン分用意してしまったもので消費をどうするかというところに頭を抱えているところです。