英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
夕日が沈み、クラブ活動などをして学院に留まっていた学生たちが学生寮へと帰る中、
「以上が旧校舎での調査結果になります」
「うむ。ご苦労であったな、二代目Ⅶ組諸君」
学院長室でヴァンダイクは席に座り、旧校舎から帰ってきたアルフィンたちの報告を聞いていた。彼女たちの他に、生徒会長のパトリックとⅦ組教官のグランも集まっていた。
「しかし、色々と大変だったそうだな」
にこやかに笑うヴァンダイクに対して、アルフィンたちⅦ組一同の反応はそれぞれだった。
「そうだな。どこぞのバカがやらかしてくれたおかげでな」
「う……、申し訳ありません」
淡々とした口調でロドルフォは隣にいるアルフィンを睨みつける。当の本人は彼の顔を見ることができずに俯いてしまった。
「し、死ぬかと思いました」
「はい……」
彼女たちの隣にいるエリゼとオランピアは憔悴した顔でアルフィンと同じく俯いていた。
「ロドルフォ、殿下も反省してるんだ。そのへんに……」
「甘やかすな。一歩間違えれば、大惨事どころじゃなかったんだぞ。これでも、まだ足りないくらいだ」
リィンがアルフィンを庇おうとするが、ロドルフォの一声がそれを切り捨てる。
旧校舎を調査していたアルフィンたちはボロボロの姿で帰って来た。
赤い制服には黒いシミや汚れで色褪せており、髪も少しチリチリになっていた。
その姿で学院長室まで移動していたアルフィンたちは多くの生徒たちに見られてしまい、汚れている姿を見られてしまった女性陣は、恥ずかしくて口数が少なくなっていた。
「透明になった幻獣の位置を把握するために粉をぶつけたのはいい。それが小麦粉だったのも、それしかなかったから仕方がない。だが、そこに火を放ったのが問題だ」
アルフィンが幻獣にとどめを刺そうと放った火のアーツ。あれが最悪の引き金だった。
「小麦粉が空気中に散らばっている密閉された空間では、炎の燃焼速度が爆発的に上がるんだ。ちょっとした火でも大爆発を引き起こす」
アルフィンが放ったアーツが幻獣に当たる直前、小麦粉に触れた火は一気に燃え上がり、ドーム内で強烈な大爆発を起こしたのだ。
ロドルフォはリィンたちに指示を送った後、アーツを放ったアルフィンの首根っこを引っ張ってドームからギリギリ脱出できた。しかし、爆風を避けることはできず、飛び散った粉塵で一同はボロボロの姿になってしまったのだ。
「事前に止めたにも関わらず、お前はそれを無視してアーツを放った。違うか?」
「も、申し訳ありません。その……聞き取れなかったもので……」
「そんな言い訳が戦場で通用すると思うな。本当なら見捨てられてもおかしくない状況だったんだぞ。わかっているのか?」
「うぅ……」
ロドルフォの容赦ない言及にアルフィンはもう涙目だった。皇女に対しての不敬な態度にパトリックは彼を注意しようとするが、グランに止められてしまい介入できずにいた。
「まぁ、お説教はそのへんでよいだろう」
ロドルフォの説教が続くと思いきや、静聴していたヴァンダイクが止める。
「ロドルフォ君。君の指摘はもっとも。戦場ではいかなる言い訳も通用しない。圧倒的な力によって押しつぶされてしまうからの。そして、殿下たちはそこまで強くはなく、まだまだ未熟な所が多々ある」
アルフィンたちは黙って彼の話に耳を傾ける。
「だが、殿下たちもそのままでいようとは考えてない。今回の調査で彼女たちは、彼女たちなりに成長していると思っておる。まぁ、さすがに爆発については儂も予想外だったがな」
笑っているヴァンダイクの姿にアルフィンは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「時にぶつかることもあるだろう。だが、時に支え合う時もある。それを何度も繰り返していき、互いに高め合って共に成長する。少なくとも、君たちの先輩たちはそうやって成長していった」
ヴァンダイクに彼らの横に立つリィンを見る。それに気づいた彼は照れくさそうに頬を指でかく。
「それが仲間というものではないかね?」
「仲間……」
ロドルフォは目線を下に向けて小さく呟く。
「ロドルフォ君、君の実力ならば、おそらく今回の調査は一人で解決できていただろう。だが、君は殿下たちのサポートに徹し、自分から攻めようとはしなかった。厳しくしながらも、君は彼女たちに助言を送って、成長させようとしていた。どうしてそんなことをした?……君は彼女たちに何を求めておるのだ?」
心の内を覗き込もうとするヴァンダイクに、じっと見つめられていたロドルフォはその場で踵を返した。
「おい、ロドルフォ!」
「先に帰らせてもらう。夕飯の支度があるからな」
リィンの静止を無視して、ロドルフォは学院長室から出て行ってしまった。
「やれやれ、少し深入りしすぎたかの」
「あの、学院長は今のは一体?」
アルフィンの問いにヴァンダイクはただ笑みを浮かべるだけだった。
「さて、Ⅶ組諸君。改めて、本日はご苦労だった。アルフィン殿下、今日一日を振り返り、何か得られるものはありましたかな?」
「それは……」
アルフィンは今日一日のことを振り返る。
トリスタの町を走った。ロドルフォとオランピアと交流を深めた。そして、旧校舎での探索。
大変な一日だったが、女学院にいた時にはなかった刺激的な出来事にアルフィンは自然と笑みを浮かべる。
「はい。色々と勉強になりました」
「ならば、結構。今後とも殿下たちの成長を見守らせていただきましょう。では、そろそろ解散するとするかの。いつまでも、そのままというのは、女性陣には酷であろう」
「お気遣いありがとうございます」
ボロボロの彼女たちを気遣うヴァンダイクにお礼を言うエリゼ。
だが、ここで一つ問題が出る。
「学生寮まで、このままですか……」
ボロボロになった学生服をオランピアは苦い顔をしながら見下ろす。それを耳にして、エリゼは頬を赤くする。
「町の人に見られてしまいますね……」
「今から洗濯して間に合うのかしら……」
最後のアルフィンの言葉に女性人たちは頭を悩ませる。さすがに明日もこのままというのは堪える。見られることを諦めた彼女たちは重い足取り学院長室を出ようとする。
「あぁ、君たち。一つ提案があるのだが……」
そこにパトリックが彼女たちに声をかけるのであった。
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《トールズ士官学院》の第一学生寮。そこには学院に在学している貴族生徒が泊まっており、彼らの世話をする執事やメイドといった使用人たちが滞在していた。
貴族出の令息、令嬢である彼らが十分な学院生活を過ごせるように、学生寮は彼らに合わせた生活レベルが使用人たちによって整えられていた。
例えば、第一学生寮にしかない大浴場。
広々とした空間。シャワーが壁際にずらっと並んでおり、奥には軽く十人は余裕で入りそうな大浴槽があった。
「ふぅ……、温まりますね」
湯着を纏い、湯船に肩まで浸かるエリゼは脱力して、浴槽の縁に背中を預けていた。
そこに、彼女と同じく湯に浸かっていたオランピアが顔を緩ませながら近づいてきた。
「まさか、浴場を貸してくれるとは思いませんでしたね」
「そうですね。パトリック会長にはお礼を言わなければなりませんね」
学院長室で解散する前、パトリックはエリゼたちを第一学生寮へ招待したのだ。
「汚れたレディたちを町に送るわけにはいかない。第一学生寮にある大浴場でまずは身体を洗っていくといい」
パトリックの提案にエリゼたちは速攻で同意。彼に案内された後、ボロボロになってしまった学生服を使用人たちに預けて、戦いの疲れを癒していた。
「アルフィンさん、これでいいですか?」
「はい。ありがとうございます、カグヤさん」
そして、そこにいるのはアルフィンたち三人だけではなかった。アルフィンの頭にシャワーをかけて、彼女の髪を丁寧に洗っているカグヤの姿があった。
「いや~、シャーリィたちまで誘ってくれてありがとね、アルフィン」
そして、エリゼたちと一緒に湯に浸かっていたシャーリィの姿もあった。
彼女たちは学生寮に帰ろうとした道中、校門前でアルフィンたちと出会った。アルフィンはその場で彼女たちを誘い、一緒に第一学生寮へと向かうことになったのだ。
「いえいえ、あの場で出会ったのも女神の巡り合わせなのでしょう。パトリック会長のご厚意で少しの間だけ、ここにいられますし、Ⅶ組女子メンバーでたくさんお話ししましょう」
カグヤと共に浴槽に入ったアルフィンは嬉しそうに話を持ちかける。
士官学院のハードなスケジュールに付いていくのに必死だったアルフィンは、エリゼ以外のメンバーと話す機会が見つからず、なかなか交流することができなかった。
しかし、今回、パトリックがⅦ組メンバーの交友も兼ねて、少しの間だけアルフィンたちに大浴場を貸し切ってあげたのだ。
「それにしても、幻獣を倒すなんてやるね。しかも大爆発を引き起こすなんて、シャーリィもビックリしちゃったよ」
「うぅ……、それを言わないでください」
ためらわずに大笑いするシャーリィにアルフィンは恥ずかしそうに口元まで湯船に浸かる。第一学生寮に向かう道中で、シャーリィたちは旧校舎での経緯を聞いていたのだ。
「ですが、皆さんが無事、戻って来てくださってよかったです。ロドルフォさんの迅速な指示のおかげですね」
「そうですね。彼が呼びかけなかったら、私たちも爆発に巻き込まれていたでしょうね」
カグヤの指摘にエリゼも深く同意するのだった。実際、あの大爆発が起こるとあの場で察したのはロドルフォだけだった。彼がいなければ、エリゼたちは大怪我だけではすまされなかっただろう。
「ま、それでボロボロになったから、こうして大浴場に入れるんだけどね。う~ん、シャーリィたちがいる学生寮にも大浴場を設備してくれないかな? アルフィン、皇族の力で何とかならない?」
「あ、あはは……、さすがにそれは無理です。お金もかかりますし、それなりの人員も必要だと思いますから……」
実際にできるかと言われれば、おそらくできるだろう。だが、皇族の権威を振りかざず趣味はないアルフィンはそういった行為はあまりしたくないのだ。
「そうか~。残念だな。浴場ができれば、こうやって直で見られるのに」
シャーリィの視線が少し下に動く。その視線にアルフィンは思わず身を隠す。
「ま、また胸を揉むおつもりですか?」
「うん。シャーリィも一応、女の子だからね。自分にないものには憧れるものだよ」
そう言って胸を張るシャーリィ。湯着越しに突きつけてくる彼女の胸はまだ成長途中なのか、十七歳にしてはまだまだ小さい方だった。
「アルフィンもエリゼも、シャーリィより全然ある方じゃん。ねぇ、ねぇエリゼ。何か秘訣でもあるの?」
「い、いえ、特にそういったものは……」
「そういえば、昔、好きな人に揉まれると大きくなるってランディ兄が言ってたっけ? もしかして、リィン先輩に揉ませてるの?」
「! そ、そ、そのようなことはしていません!!」
顔を真っ赤に染めて全力で否定するエリゼ。その反応が面白いのか、シャーリィはエリゼをいじくり始める。
「ふぅ……、シャーリィさんにも困ったものですね」
「えっと、もしかしてカグヤさんも?」
恐る恐る尋ねるアルフィンにカグヤは苦笑いする。
「えぇ、一度だけやられました。彼女、すごく速くて防げませんでした」
「現役の猟兵ですからね。私たちでは捉えられないでしょう」
オランピアはそう呟いた後、顔を下に向ける。それに気づいたアルフィンは声をかける。
「どうしましたか、オランピアさん?」
「ロドルフォさんのことが少し気になりまして……」
「ロドルフォさんですか?」
「はい。学院長が彼に向けた言葉。あれがどういう意味なのかと考えていまして……」
オランピアが上げた議題にアルフィンだけでなく、カグヤも考え込む。
「二人から聞いた話ですと、彼はアルフィンさんたちに何かを求めているという話ですよね?」
「はい。正直、怒られた身としてはまったく見当がつきません」
旧校舎での失態を思い出して、声を小さくするアルフィン。それをカグヤが慰めると、オランピアは意見を述べる。
「学院長はロドルフォさん一人でも解決できると言っていました」
「私は入学式の時しか見ていませんが、ロドルフォさんはそれほどの実力があるということでしょうか?」
「たぶん、そうだと思うよ」
「シャーリィさん!」
オランピアとカグヤが話し込んでいると、そこに先程までエリゼに絡んでいたシャーリィが割り込んできた。後ろからは疲労していたエリゼがゆっくりと近づいてきた。
「え、エリゼ、大丈夫?」
「大丈夫……ではないです」
「そ、そうよね」
どうやら彼女もやられたのだろう。同じ被害を受けたことがあるアルフィンはエリゼに同情の眼差しを向けるのだった。
そんな中、オランピアがシャーリィに話し込む。
「シャーリィさんもカグヤさんと同じ意見なのですか?」
「うん。だいぶセーブしているから何とも言えないけど、たぶんシャーリィやリィン先輩より強いと思うよ」
「に、兄様よりもですか?!」
さすがにこれにはエリゼも驚きを隠せない様子だった。
リィンの実力は同世代の中では上位にあたり、さらに奥の手を使えば、達人クラスの相手にも引けを取らない。
そんな彼よりも強いというのか。ロドルフォ・ソレイユの実力というのは。
「現役の猟兵であるシャーリィさんでもロドルフォさんには勝てないと?」
「うん。実際、頭の中で何度も考えたんだよ。強襲、奇襲、トラップ、暗殺。色んな手を使って、ロドルフォを殺そうと考えていたんだけど……」
「こ、殺すって……」
物騒な発言に、アルフィンは少し引いてしまう。
「でも全部、ダメだった。失敗してやり返されるイメージしかでなかったね」
「そ、そこまでですか?」
「まぁ、あくまで勘だから、断言はできないけどね。にしても、そんな彼が求めているものね……」
シャーリィは考え込む仕草を見せるが、すぐにやめて、足を伸ばしてお湯にくつろぎだす。その姿にエリゼは思わず、突っかかる。
「ちょっと、シャーリィさん?!」
「ここでシャーリィたちが考えたところでわかんないでしょ? だったら、本人が口に出すまで待つしかないんじゃない?」
「は、話してくれるのでしょうか?」
「さあ? そこは信じるしかないんじゃない?」
ほとんど投げやりな態度にエリゼはどう言葉をかければいいかわからない様子だった。
一方、アルフィンはシャーリィの言葉を聞き、下を向いて湯船に映る自分の顔を覗き込む。
「私は信じて待とうと思います」
「アルフィンさん?」
突然の発言にオランピアは首を傾げ、全員が彼女に注目する。
「私たちは入学式で知り合ったばかりで、まだ、皆さんのことをほとんど知りません。ですが、一つだけ確かなことが言えます。……私たちは同じ学院を通い、同じクラスになったⅦ組の仲間だということです」
強い眼差しを向けて、彼女は話を続ける。
「私は仲間として、ロドルフォさんがいつか自分から話してくれると信じて待ちます。そして、彼がもしも、ピンチに陥ったその時は必ず助けます」
「彼がそうそうピンチに陥るとは思えないけどね~」
呆れた視線を向けるシャーリィにアルフィンは苦笑いする。
「ま、まぁ、今の私では正直、逆に助けられてしまうと思いますが、それでも、その意気でこれからも頑張っていこうと思います」
「そうですね。私も姫様と同じく、これからも精進していきます」
エリゼだけでなく、オランピアとカグヤも頷く。シャーリィは頷かなかったが、満面の笑みを見せるのだった。
その後、アルフィンたちはパトリックにお礼を言い、自分たちの寮へと帰って行った。
そこではロドルフォが作った料理がすでに並べられており、アルフィンたちは一堂に集まって夕食を取るのであった。
そして、数日後。
トールズ初の《機甲兵教練》が始まるのであった。