英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~   作:魔ギア

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第十五話 再会

 実習を開始するアルフィンたちは与えられた課題を確認して、分断せずに五人で順番に取り組むことを選んだ。

 まず、最初に選んだのは手配魔獣の討伐だった。

 トリスタ街道を塞ぐように現れた魔獣に彼女たちは戦いを挑んだ。

 結果は快勝。アルフィンたち女性陣は旧校舎での経験を活かして見事に善戦していた。一方で男性陣はロドルフォがウィリアムをフォローするような形で戦い、彼女たちの援護に徹していた。

 次に手を付けたのは荷物運搬の手伝いだった。

 教会の薬を作るために西ケルディック街道にある農家から皇帝人参を大量に持ってきてほしいという依頼だった。

 手配魔獣を倒したアルフィンたちはそのまま農家へと向かい、皇帝人参を乗せえ荷台をロドルフォが運び、町へと戻って行った。

 そして、最後に彼女たちは市場を見回るために、大市へと足を踏み入れた。

 

「今日も賑わっているな」

 

 数年前に訪れた大市と何も変わらない様子に感心の声を漏らすロドルフォ。

 活気ある光景と、けたたましく鳴り止まない人々の声。

 大市で買い物をしている客も、商品を売っている商人も、溢れんばかりの笑顔を浮かべていた。

 

「……」

「姫様、どうしたのですか?」

 

 そんな大市の様子を微笑ましく眺めていたアルフィン。その様子にエリゼは首を傾げていた。

 

「いえ、元に戻ってよかったなと思いまして」

「あぁ……、そういうことですか」

「? 元に戻ったというのは?」

 

 横で聞いていたオランピアは話の内容がわからず聞き返す。それを隣で聞いていたウィリアムが答える。

 

「そういえば、オランピアさんは色々と旅をしていたんだったね。ケルディックは内戦の時に焼き討ちにあったんだ」

「や、焼き討ちですか?!」

「えぇ。多くのものが失いました。物だけでなく、人の命も……」

 

 アルフィンは寂しそうに目を伏せて黙ってしまう。その空気に当てられて、エリゼたちも黙ってしまうが、オランピアは口を開いた。

 

「ですが、そういった悲しみを乗り越えて、今の光景があります」

「オランピアさん……」

「悲しみに浸るのは悪いことではありません。それだけとても大切な存在だったという何よりの証拠なんですから。でも、ずっと後ろを見続けては前に進むことはできません」

 

 オランピアの主張をアルフィンだけでなく、エリゼたちも耳に傾ける。

 

「前を向いて、今の自分に何ができるのかを必死に考えて行動するのが大事なんです。その結果がどういうものになるかはわかりませんが、少なくともこの町は良い方に傾いたと思います」

「そうだね。壊滅状態だったって聞いたけど、町がここまで復興したのは、この町の人たち全員が前に進むことを選んだからだと思うよ」

 

 オランピアの話にウィリアムがフォローする。アルフィンは話を聞いて少しずつ顔色を良くする。

 

「……そうですね。いつまでも後ろを見るわけにはいけませんね」

「振り向く時は、自分を見つめ直す時でいいと思います。それが大切だったということは変わりませんから」

「えぇ。ありがとうございます、オランピアさん」

 

 重かった空気は消えて、アルフィンたちは再び巡回に戻る。その時、前を向いたウィリアムが何かに気づいた。

 

「あれってトラブルかな?」

「え?」

 

 ウィリアムに促されて前を向くアルフィンたち。そこにいたのは――

 

「なぁ、なぁ、メイドさん。買い出しなんて放っといて、俺たちと遊ばない?」

「この近くにいい店があるんだよ。そこで楽しくお話ししようぜ」

 

 おぼつかない足取りの二人の男。明らかに酔っぱらっている彼らに取り囲まれているのは、褐色髪の少女。

 

(……あれ? 彼女は……)

 

 少女の姿にエリゼは思わず凝視する。

 アルフィンたちと同い年くらいに見えるメイド服を着た少女。手には食材を詰めた手提げバッグを持っており、目を細めて男たちを見上げていた。

 

「なぁ、メイドさん、いいだろう? 俺たちと――」

「お断りします」

「……んあ?」

 

 メイドはきっぱりと断った。男の顔色が変わるのを気にせずにメイドは話を続ける。

 

「私は貴族様の付き人としてここに来ました。主人を蔑ろにして、あなた方と行動するつもりはありません。どうかお引き取りください」

 

 冷めた目つきで、丁寧な口調で男たちから離れようとするメイド。

 しかし、男の一人がメイドの腕を力強く掴んだ。

 

「おい、調子に乗ってんじゃねぇぞ。貴族の飼い犬が」

 

 先程までの軽口は消えて、苛立ちを隠そうとしない荒い口調でメイドを詰める。

 

「お前ら、貴族がこの町に何したか忘れたのか? お前に俺たちの言う事を拒否する権利があると思ってんのかよ?」

「っ……、離してください」

 

 腕を強く掴まれて、顔を少し歪ませるメイド。その様子を見ていたアルフィンたちはようやく事態の急変に気づく。

 

「まずいよ。このままじゃ、彼女が!」

「すぐに助けに行きましょう!」

 

 ウィリアムとアルフィンがすぐにメイドの下へと向かおうとする。

 

「なぁ、いい加減に俺たちと……」

「おい」

 

 しかし、アルフィンたちよりも先に、一人の男が先に駆け寄っていた。

 

「ロドルフォさん?」

 

 メイドの腕を掴んでいる男の肩にロドルフォの手がそっと置かれた。

 

「あぁ? なんだお前?」

「そいつから離れろ」

 

 ロドルフォは手に力を込める。男の肩からミシミシと骨が軋む音が鳴る。

 

「痛てててててて!!」

「おい! な、何やってんだ、お前!?」

 

 メイドに絡んでいたもう一人の男がロドルフォに拳を振り上げる。

 

「アガッ!」

 

 だが、ロドルフォは男の腕を即座に掴んで捻る。抵抗しようと足掻くが、ロドルフォの握力に身動きができず、その場で蹲ってしまう。

 

「ロドルフォさん! 手荒な真似はそのくらいに!」

「……ふん」

 

 アルフィンの呼びかけにロドルフォは男たちを離す。拘束から解放された男たちはロドルフォに突っかかろうとするが、隣に立つアルフィンの姿を見て、睨んでいた目が点になってしまう。

 

「ア、アルフィン殿下?!」

「ど、ど、ど、どうしたこちらに??」

「本年度からトールズに入学しまして、実習の一環でこちらに参りました。……それよりも、先程の発言はどのような意図で?」

「そ、それは……」

「手荒な真似をしたことはお詫びしますが、その前にそちらのメイドの方に横暴な事をした理由をお聞かせいただけますか?」

 

 見惚れんばかりの笑顔を男たちに見せるアルフィン。本来なら、頬を赤く染めるだろうが、男たちの顔は青くなっていた。

 

「す、す、すみませんでした!」

「二度としませんので、失礼します!」

 

 男たちは回れ右をした後、脱兎のごとく大市の入り口まで走り出した。

 

「あ! お待ちに……」

「放っておけ。あの様子なら、この町でくだらないことはしねぇだろう」

 

 ロドルフォは興味が失せたのか、男たちから視線を外してメイドの方に目を向けていた。怪我がないか確認するため、オランピアがメイドの傍に寄り添う。

 

「お怪我はありませんか?」

「はい。助けていただきありがとうございました」

「やっぱり……!」

 

 メイドの顔を間近で見て、エリゼは目を丸くする。

 

「久しぶりね。エリゼ」

「え、えぇ。でも、どうしてあなたが?」

「エリゼ?」

 

 エリゼの態度にロドルフォを除いた三人が首を傾げていた。

 

「何の騒ぎだ?」

 

 その時、大市の入り口から別の男の声が入ってきた。アルフィンたちは入り口の方に顔を向ける。

 整ったブロンドヘアに翡翠色を基調にした服装を纏った男。見るだけでわかる高貴な風貌。貴族であることは一目でわかった。

 青年の姿にアルフィンは声を上げる。

 

「ユーシスさん!」

 

 声をかけられた青年――ユーシスはアルフィンの姿に驚くが、すぐに表情を戻して深々とお辞儀をする。

 

「お久しぶりです、アルフィン殿下。エリゼ嬢も先月ぶりか」

「はい。ユーシスさんもお元気そうで何よりです」

 

 アルフィンとエリゼはそのままユーシスと言葉を交える。その様子をウィリアムたちは離れたところから窺っていた。

 

「お知り合いなのでしょうか?」

「見たところ、どこかの貴族のようだが……」

「もしかして、彼は……」

 

 すると、アルフィンたちと話をしていたユーシスは初対面であるウィリアム、オランピア、ロドルフォの三人の姿を捉えて、話を中断して彼らの下に歩み寄る。

 

「お初にお目にかかる。アルバレア公爵名代のユーシス・アルバレアだ。去年まではリィンと同じⅦ組に所属していた。見知りおき願おう、新たなⅦ組の後輩たち」

 

 驚愕するオランピア。観察するロドルフォ。納得するウィリアム。三人が別々の反応をする中、男に絡まれていたメイドがユーシスに近づく。

 

「ユーシス様」

「ルカ。怪我はないか?」

「はい。皆様に助けていただきました」

「そうか。改めて礼を言わせてもらうぞ、お前たち」

「い、いいえ! お気になさらず」

「結局、ロドルフォだけで制圧しちゃいましたし」

 

 オランピアとウィリアムが返答するが、ロドルフォはその場でユーシスを睨んでいた。それに気づいたユーシスはじっとロドルフォを見つめ返す。

 

「……何だ?」

「ルカを置いて、どこに行っていた?」

「ちょっと、ロドルフォ!」

 

 先輩相手に横柄な態度を見せるロドルフォにウィリアムは注意するが、それを無視してロドルフォはユーシスに詰め寄る。

 

「お前が最初からずっと一緒にいれば、こんなことにはならなかったはずだ。ルカが怪我でもしたらどう責任を……」

「兄さん。そこまでです」

 

 ロドルフォの前にメイド――ルカが割って入る。彼女の行動にオランピアたちは驚くが、それよりも驚愕することがあった。

 

「……兄さん?」

「今、ロドルフォのことを兄さんって……」

 

 混乱するアルフィンたち。それを見かねたエリゼは、

 

「はい。彼女はロドルフォさんの妹です」

 

 改めて聞かされて、言葉を失うアルフィンたち三人。ルカはロドルフォを一瞥した後、アルフィンたちの前に立った。

 

「初めまして。ルカ・ソレイユと申します。いつも兄さんがお世話になっております」

 

 

 ~~~~~

 

 

 景色が赤くなり夕日が少しずつ落ちていく時間。大市にいる人の数は昼に比べると減っていたが、まだ繁盛していた。大市に設置された導力灯に光が灯り、薄暗くなっていた大市は活気と共に明るくなった。

 

「まさか、こんな形でロドルフォさんの妹さんにお会いするとは思いませんでした」

 

 ケルディックに建てられている一軒家にアルフィンたちⅦ組A班が集まっていた。アルフィンは用意されていたソファーに腰を掛けて、紅茶の用意をするルカに声をかける。

 

「私も兄さんたちのご学友の方々と会えるとは思いませんでした。しかも、そのうちの一人がアルフィン殿下だったとは」

 

 柔らかな笑みを浮かべた後、ルカは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「兄さんは少し、いえ、かなり我が強い性格ですから、なかなか他の人と馴染めないんです。何か兄が迷惑をかけていないでしょうか?」

「迷惑だなんて。ロドルフォさんは毎日、私たちに料理を用意してくださって、むしろとても感謝しています」

「そうだね。川で釣ってきた魚とかであれだけの料理ができるなんて思わなかったよ」

「彩りも良くて、毎日、おいしくいただいています」

 

 アルフィンに続いて、ウィリアムとオランピアが絶賛する。一方で、ロドルフォ本人はルカが用意してくれた紅茶を一口飲み、満足そうに頷いていた。

 

「やはり、ルカの紅茶はうまいな。こればかりは俺でも勝てない」

「兄さん、少しは話に入ったらどうですか? 友人とのコミュニケーションは大事ですよ?」

「そんなことよりもお前の紅茶だ。一ヶ月も飲めなかったんだ。この味をゆっくり堪能したい」

 

 エリゼ以外の三人は今まで見たことがない彼の幸福に満ちた顔に苦笑いを浮かべる。一方でルカは平常運転の兄にため息を吐くしかなかった。

 

「まったく……。ごめんなさいね、エリゼ。私の代わりに兄を見てくれて」

「気にしていないわ。こうして、また会えて嬉しいわ、ルカ」

「それはこっちも同じよ。女学院って規則が厳しいイメージがあったから、てっきり帝都に行かない限り会えないって思っていたから。でも、まさかトールズに入っているなんて、ちょっと、びっくりしたわ」

「私もよ。メイドとして働いているって聞いていたけど、勤め先がユーシスさんのところだなんて……」

 

 二人とも丁寧な口調が崩れていた。お淑やかな表情も崩れており、久しぶりの友人との再会に喜びを隠せずにいた。

 

「シュバルツァー男爵閣下に強く薦められてな。ちょうど人手不足もあって、彼女を雇ったのだ」

 

 アルフィンたちが談笑する中、ユーシスが家の奥から出てきた。

 

「ユーシス様、ペルム夫人とのお話はお済みになりましたか?」

「あぁ。ルカも殿下たちの接待、ご苦労だったな」

 

 ルカはすぐ立ち上がって紅茶の用意に取り掛かる。ユーシスは席に腰を座って、アルフィンたちと向き合った。

 

「ルカさんのことも驚きましたが、ユーシスさんとも出会えるとは思っていませんでした。……もしかして、リィン先輩から?」

「えぇ。三日前にあいつから手紙が届きましてね。ケルディックを視察するついでに、殿下とエリゼ嬢を気にかけてくれと書かれていたのですよ」

「兄様ったら……」

 

 兄の過保護ぶりに言葉も出ないエリゼ。これにはオランピアたちも苦笑いするしかなかった。

 

「だが、こうして後輩たちに出会えたことは嬉しく思う。俺たちの時とは別の意味でなかなか濃いメンバーが集まったようだな」

 

 ユーシスはまず、オランピアを見る。

 

「世界各国を放浪していたと聞いている。その経験をぜひ、実習で活かすがいい」

「あ、ありがとうございます」

 

 次にウィリアムを見る。

 

「リィンからエマの弟だと聞いている。彼女は息災か?」

「はい。セリーヌ共々、元気にやっています」

「それは重畳。学院時代、彼女には世話になったからな。何かあれば、遠慮なく言うがいい」

「ありがとうございます」

「そして……」

 

 最後にロドルフォを見る。

 

「妹が世話になっているな」

「気にする必要はない。彼女の働きにはいろいろと助かっている」

「今回の視察に同行するほどか?」

「彼女はこの町に何度も足を運んでいると聞いてな。同行人としては丁度いいと思ってな」

「それだけじゃないだろう。ルカを連れてきた理由は」

 

 ロドルフォの鋭い視線がユーシスを貫く。

 

「名代とはいえ、今、このクロイツェン州を統治しているのはお前だ。そんなお前が護衛もつけずに、雇ったばかりの侍女を連れている理由。()()()()()()()()()()()ことと関係があるんじゃないのか?」

 

 ロドルフォの指摘にユーシスの眉がわずかに曲がった。アルフィンとエリゼがその言葉に耳を疑う中、オランピアがエリゼに問いかける。

 

「エリゼさん、領邦軍というのは?」

「平たく言えば、《四大名門》が所有している私設軍ですね。主に州内の治安維持を担っている組織です」

「なるほど。ですが、その領邦軍がいないというのは?」

「えぇ。ロドルフォさん、どういうことですか?」

 

 全員の視線がロドルフォに集まる中、彼は紅茶を一口飲む。

 

「今日、俺たちが取り組んだ実習課題。荷物の運搬、魔獣退治、そして、大市の巡回。これは本来、領邦軍が行う任務だ。だが、町を回っても領邦軍の姿は一人もいなかった」

「言われてみれば……」

 

 アルフィンは今日一日を振り返る。

 クロイツェン州の領邦軍は身なりがいい青い軍服を着ており、団体で行動している。町に出れば、一目でわかる装いだが、その姿は影も一つもなかった。

 

「俺はこの町で領邦軍の姿を何度も見てきた。だが、今日に至ってはその姿はどこにもなかった。ルカに絡んでいた酔っ払いどもの騒動にも現れなかったしな」

「そこまで見抜かれるとはな」

 

 観念したかのようにユーシスは深く息を吐く。アルフィンはおそるおそると問いかける。

 

「事実なのですか? この町に領邦軍が配置されていないというのは」

「はい。彼の言う通り、領邦軍は配置されておりません。領邦軍は現在、その規模を縮小されているのです」

「っ、ど、どうして……」

「やはり、去年の内戦が原因ですか?」

 

 エリゼの指摘にユーシスは頷いた。

 

「内戦を始めた《貴族連合》は各州の領邦軍が集まった集団です。第二の《貴族連合》が生まれないように帝国政府が我々《四大名門》に命じたのです」

「第二の《貴族連合》……」

 

 その言葉にアルフィンはとある貴族生徒の顔を思い浮かべる。

 

「ただ、ケルディックに領邦軍がいないのはそれだけではありません」

「焼き討ちの件だな」

 

 ロドルフォの一言にアルフィンは目を伏せる。オランピアは辛そうな彼女の様子に気づく。

 

「内戦の時にあったという焼き討ちのことですか? それが領邦軍と何の関係が?」

「……この村を焼き討ちしたのは、先代アルバレア公が雇った《北の猟兵》という猟兵団です。そして、クロイツェン領邦軍もそれに手を貸していたのです」

「え……、自分たちが守る領地を、ですか?」

 

 信じられないと目を開くオランピアにアルフィンとユーシスは沈黙する。一方でエリゼはロドルフォを見る。

 

「ロドルフォさんは去年まで外国にいましたよね。いつ、知ったんですか?」

「帰国してからすぐだ。内戦が終わった直後だからな。帝国に戻ったら働くとルカが言うから、安全のために一日で調べた」

「そ、そういう理由ですか」

 

 ブレないロドルフォにエリゼはため息を吐くのだった。その間にもユーシスは話を進める。

 

「ケルディックの民は領邦軍をこの地に置くことを拒絶しています。再び、焼き討ちされるのではないのかと強く恐れているのです。……ここの家主であったオットー殿の死がそれを助長していると言っていいでしょう」

 

 去年、ユーシスやリィンたち初代Ⅶ組も世話になったケルディックのオットー元締め。しかし、彼は焼き討ちで逃げ回る住民たちを避難誘導していた際に命を落としてしまったのだ。

 

「ここだけではありません。他の州でも貴族と平民の間で大なり小なりの問題が起きています。内戦前からあった両者の軋轢があの戦いをきっかけに膨れ上がったのです」

「下手したら、また内戦が起きるかもしれないということか?」

 

 ロドルフォの口から出てきた最悪の事態に、ユーシスは顔を顰める。その態度が答えを示していた。

 

「帝国内でそんなことが起きていたなんて……」

 

 一方でユーシスの話にアルフィンは上手く言葉を出せずにいた。内戦を乗り越えて平和を掴み取った帝国が、いつ爆発してもおかしくない危険な状態になっているなど、まったく知らなかったようだ。

 空気が重くなる中、ウィリアムはユーシスに声をかける。

 

「帝国政府はどうしているんですか? 今の問題を知っているのですか?」

「当然、知っている。帝国政府は各地に諜報部員を派遣しているからな。そして、問題が発生したら、すぐに事態の収拾に取り掛かる。……この国の英雄を使ってな」

「そ、それって、まさか……」

 

 エリゼの声が震えていた。

 帝国の英雄。今、この国でそう呼ばれている人物は一人だけだ。

 

「おそらく、あいつは今回のような問題を何度も見ているだろう。それに心を痛んでも、俺たちには決して悟られないように、何でもないと言わんばかりに振舞う。あいつはそういう奴だ」

「では、ユーシス先輩がケルディックに来ているのは、リィン先輩に負担をかけさせないために?」

 

 オランピアはユーシスがケルディックに訪れた理由を口にすると、彼は鼻を鳴らすのだった。

 

「あいつが自分で決めたことを俺がどうこういう立場にはない。だが、ケルディックは我らアルバレア公爵家が管理している土地だ。この土地を任された者として、この町の問題は俺自身の手で解決する。アルバレアの人間として、俺は俺自身に課せられた責務を果たすだけだ」

「ユーシスさん……」

 

 与えられた責務を放棄して、他人に全てを投げ捨てるようなことは決して許されない。高貴なる者はその身に課せられた義務を果たさなければならない。

 ノブレス・オブリージュ。

 正にそれを体現しようとしているユーシスの姿にアルフィンたちは尊敬の眼差しを向けていた。

 

「もしかして、ルカさんがケルディックに来たのは……」

「リィンとは知らない仲でもないわ。彼が倒れるようなことが起きたら、誰かさんが夜も眠れなくなると思ったから手伝っているだけよ」

 

 そっぽ向くルカにエリゼは微笑むのだった。素直じゃない主従二人にアルフィンたちも笑みを浮かべるのであった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 元締め宅で食事を済ませたアルフィンたち。時間はすでに夜を迎えており、空には月が浮かんでいた。

 

「まさか、ルカたちも同じ宿屋を予約しているとは思わなかったわ」

「まぁ、この町の宿はあそこしかないから、当然と言えば当然だけど……」

 

 エリゼとルカは先頭を歩いて、楽しく話をしていた。そこにアルフィンたちも混じる中、後ろで見守っていたユーシスとロドルフォは肩を並んで歩いていた。

 

「お前は混ざらないのか?」

「今はいい。友人と談笑している妹の邪魔をするわけにはいかない」

「やれやれ。リィンにも負けない妹思いなことだ」

 

 呆れた視線を向けるユーシス。そんな彼にロドルフォは真剣な眼差しを向ける。

 

「……ユーシス・アルバレア、感謝する」

「? なんだいきなり」

「妹のことだ。男爵閣下経由とはいえ、あいつを雇ってくれて、改めてお礼を言いたい」

「……フッ、礼には及ばない。こちらもルカの働きには感謝している。あの年であそこまで有能だとは俺も思っていなかった。良き妹ができたな」

「あぁ。俺の自慢の妹だ」

 

 堂々と言い張るロドルフォは、エリゼたちと話しているルカを慈しむように見つめる。

 

「あいつには小さい頃、いろいろと苦しい思いをさせてしまってな。だから、その分、あいつには幸せな生活を送ってやりたいんだ。安定した職に就いて、多くの友人に囲まれて、暖かな家庭を作ってほしいんだ」

「……そうか」

「まぁ、『妹をください』とほざくような奴が現れたら、一度、話はしないといけないがな。生半可な奴にルカを任せることはできんからな」

「……そういうところは、ますます、あいつに似ているな」

 

 お決まりのセリフをいただき、ユーシスは乾いた笑みを浮かべる。すると、エリゼたちが立ち止まり、駅前に視線を向けていたことに気づいた。

 

「エリゼ、どうした?」

「あ、いえ、駅から出てきた人がおりまして」

「こんな時間にか?」

 

 すでに大市は終わっており、宿は満員になっている。観光目的だとしても遅すぎる。

 

「いったい、どこのどいつ……」

 

 ロドルフォは駅から出てきた集団を見て言葉を止める。

 そこにいたのは四人組の男女。

 年齢がバラバラで家族、友人同士にはとても見えない異色の組み合わせ。その四人組は視線に気づいたのか、アルフィンたちの方に視線を向ける。

 

「あれはどこかの学生でしょうか?」

「ん~~、赤色のは見たことないけど、あのデザイン、《トールズ士官学院》のじゃないかしら」

「士官学院! まさか、自分たちを追って……」

「シィーー! 声が大きいって!」

 

 肩出しのジャケットを着た筋肉質の青年に、ノリが軽そうな金髪女性が口を押さえる。

 

「おいおい、まさか、こんなところで会っちまうとはな……」

 

 無精ひげを生やした年長の男性が、アルフィンたち、特にロドルフォの顔を見て、苦い顔を浮かべていた。

 

「……うそ」

 

 そして、帽子に猫耳とゴーグルを付けた金髪の少女もロドルフォとルカの姿に目を丸くする。

 少女が二人を見つめているのに気づいたアルフィンたちは二人に振り返る。

 

「ロドルフォさん、お知り合いなのですか?」

「……まぁな」

 

 ロドルフォは四人組の方へと歩く。筋肉質の青年が構える中、無精ひげの男が止めて、前に出る。

 

「よぉ、元気にしてたか、ロドルフォ」

「見ての通りだ」

「つれねぇな。俺とお前さんの仲だろう? ちょっとは愛想よくしたらどうだ?」

「面白い冗談だな。俺がお前らにそんなことをすると思ってるのか?」

「……まぁ、そうだな」

 

 罰悪そうに髪をかく無精ひげの男に、ロドルフォは冷めた目つきで睨んでいた。

 二人のやり取りに一同が困惑する中、そこに一人の少女が割り込む。

 

「ロドルフォ!」

 

 四人組の少女がロドルフォの前に立つ。少女の姿を見たロドルフォは険しそうに眉を潜める。

 

「……ラヴィ」

「ロドルフォ……、ロドルフォなんだな。それに、そこにいるメイドは……」

「えぇ、その通りよ、ラヴィ」

 

 ルカがロドルフォの隣に立ち、ラヴィと呼ばれた少女を見つめる。

 

「久しぶりね。元気にしていた?」

「……あぁ、元気だった。二人の方は?」

「元気にやってるわ。兄は学院に、私はメイドとして働いているわ」

「そうだったのか……。二人とも、どうして……」

「それはこちらのセリフだ、ラヴィ。なぜ、そいつと一緒にいる」

 

 ロドルフォは無精ひげの男を睨みつける。それに男は苦い顔を浮かべるだけだった。

 

「ラヴィ。お前、まさか……」

 

 ロドルフォは口を開こうとした、その時、

 

「おやおや、何かギスギスしてんな」

 

 大市の方から一人の男が現れた。赤い髪と身なりがいいスーツを着た軽薄そうな男。

 

「アランドール大尉?」

「レクターさん?」

 

 アルフィンとオランピアは男――レクターの登場に驚く。それに気づいたレクターは二人に顔を向ける。

 

「お久しぶりです、アルフィン殿下。嬢ちゃんも久しぶりだな」

「オランピアさん、お知り合いだったのですか?」

「は、はい。昔、リベールに訪れた時に。レクターさんはどうしてここに?」

「まぁ……、ちょっと仕事でな」

「鉄血の懐刀がこのケルディックに何の用だ?」

 

 ユーシスは顔を険しくしてレクターを睨む。それに彼は苦笑いを浮かべた後、ラヴィたち四人組を見る。

 

「俺は帝国軍情報局のレクター・アランドールだ。今日はお前さんら()人を帝都に案内するために来たんだ」

「うっそ! ヘイムダルにまた行けんの! レートンのクレープを食べ損ねたから超ラッキー♪」

「自分たち、ただ観光で回っているだけで。そんな偉い人に誘われる立場じゃ……」

 

 金髪女性がレクターの招待に喜ぶ中、筋肉質の男は愛想笑いを浮かべていた。

 

「そりゃ、またご謙遜。《北の猟兵》の名はこの国で嫌って言うほど轟いてるぜ。もちろん、百パー、悪名だけどな」

「え、《北の猟兵》?」

 

 アルフィンたちはラヴィたちに振り返る。ラヴィたちの顔つきが変わる中、レクターは話を続ける。

 

「イセリア・フロスト、タリオン・ドレイク。あんたらが帝国に入りこんで諜報活動を行っていた頃もよく知ってるぜ」

 

 金髪女性――イセリアと筋肉質の男――タリオンは冷や汗をかく。

 

「マーティン・S・ロビンソン。少年猟兵部隊の管理官か。ケルディック焼き討ちのメンバーのわりには随分、のんびりした職に就いたもんだな」

「何だとっ!」

 

 レクターの言葉にユーシスが真っ先に反応する。彼だけでなく、アルフィンたち、そしてタリオンたちも無精ひげの男――マーティンに目を向ける。

 

「おたくら、知らないのか? 領民の制裁を目的とした、先代アルバレア公が《北の猟兵》を雇い、町を焼き討ち。何の罪もない一般市民を巻き沿いにして、大勢の負傷者と死人まで出した」

「その中の一人がその男だと」

 

 ユーシスはマーティンから視線を外さない。一方でマーティンは先程までとは打って変わり、無機質な目へと変わっていた。

 

「そして、バレスタイン大佐と共に《北の猟兵》を立ち上げ、ノーザンブリアを救った英雄の一人、ヴラド・ウィンスレットの孫、ラヴィアン・ウィンスレット」

「っ!」

 

 ラヴィの顔に動揺が走る。隣にいたイセリアとタリオンは驚いた表情でラヴィを見ていた。

 

「何それ……」

「笑えない冗談だ」

「わたしはお爺ちゃ……、ヴラドのことなど……」

 

 一方で別の意味で反応した者もいた。

 

「バレスタインって……」

「サラ教官と同じ姓……」

 

 エリゼとアルフィンはレクターの口から出た姓名に一人の女性を思い浮かべていた。

 

「ま、ここまでは情報通りだったが……、まさか、それ以上の大物と出くわすとはな」

 

 レクターはラヴィたちから視線を外して、ロドルフォに注目する。

 

「お前さんがここにいるのは偶然なのか、《北の英雄》? いや、《狼帝(ろうてい)》とでも言うべきか?」

「北の……英雄?」

 

 ウィリアムの反応にロドルフォは口を噤む。隣にいたルカは顔を俯かせる。

 

「うそ……《北の英雄》って……」

「あの、伝説の……」

 

 イセリアとタリオンは今までに一番の驚きを見せていた。マーティンは目を瞑り、ラヴィは顔色を曇らせる。誰もがロドルフォに注目する中、レクターはうっすらと笑みを浮かべるのだった。

 

「突如、《北の猟兵》に現れた猟兵。《猟兵王》、そして《闘神》をも超える実力を持ったノーザンブリアの英雄の一人。帝王のごとく君臨して、たった一人で敵を殲滅する一匹狼。彼の存在を恐れたものは畏怖を込めてこう呼んだそうだ。……《狼帝》とな」

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