英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
翌朝。《風見亭》の二階にある一室でアルフィンたち一同が集まっていた。
「そんな……。捜索に参加できないとはどういうことですか?!」
テーブル席に座っていたアルフィンが勢いよく立ち上がる。テーブルを叩いて前のめりになる彼女はテーブルを挟んで座っているレクターを問い詰めていた。
「先程、申し上げたとおりです。殿下たちは現在、士官学院生です。今回の事態は一士官学院生が介入できる問題ではありません」
昨晩、ロドルフォにやられた腹を抑えているレクターは淡々と説明すると、顔を窓の外へと向ける。外には紫の軍服を纏った帝国正規軍の兵士たちがケルディックの町を巡回していた。
「《北の猟兵》が帝国に潜入して諜報活動をしている。これは明らかな国際問題になります。帝国政府はラヴィアン・ウィンスレット、マーティン・S・ロビンソン、イセリア・フロスト、タリオン・ドレイク、そして、ロドルフォ・ソレイユとルカ・ソレイユの六名をノーザンブリアから派遣されたスパイと見なし、発見次第、拘束することが決定されました」
「ですから、それは何かの間違いです! ロドルフォさんとルカさんがスパイ活動だなんて……」
アルフィンはロドルフォと過ごした学院生活での日々を思い出す。
感情を表には出さず、冷たい男だと思われがちなところは確かにある。
だが、普段の生活や、旧校舎での戦闘など、彼は自分たちをさり気なくフォローしていた。厳しく説教する時もあったが、それらも全て自分たちを重んじる内容ばかりのものだった。
妹のルカにしても、ほんの数時間しか話していないが、決して悪人と呼べる人ではなかった。
礼儀正しく、兄のことを常に気にかけていた。そして、友人のためにケルディックまで足を運んでくれる優しい一面もあった。
素直ではないが、根は優しい兄妹。そんな二人が自分たちを騙してスパイ活動をしているなど、アルフィンだけでなく、エリゼたちも信じることができなかった。
「ですが、ソレイユ兄妹が去年まで帝国から離れていることは、こちらでも確認しております。その間にノーザンブリアに帰還し、今回の諜報活動の任務を《北の猟兵》から命じられた可能性があります」
「そ、そんな無茶苦茶な……!」
あまりの暴論にアルフィンは納得できずに反論を続ける。だが、どれもレクターには通用せず、簡単に躱されてしまう。
すると、今まで傍観していたユーシスが話に割り込んだ。
「アランドール大尉。政府はなぜ、今になって彼らと接触した?」
「ユーシスさん?」
ユーシスの問いかけにエリゼだけでなく、全員が注目する。
「話を聞いた感じ、昨日、ケルディックに来た四人組は帝国に入国した時からずっと、監視していたみたいだが、なぜ、入国時ではなく、昨日、拘束しようと考えた? 身元など拘束した後でいくらでも調べ上げられる。……まさかと思うが、奴らとソレイユ兄妹が合流するのを狙って、接触してきたのか?」
「さて、何の事かな?」
ユーシスの指摘にレクターはとぼけて誤魔化そうとする。
「あはは……、さっすが、ユーシスだね」
「ミリアムさん、それ以上は……」
だが、ミリアムが苦笑いしながら、あっさりとバラしてしまった。それをアルティナが咎めるが、ミリアムの反応を見たユーシスはさらに追及する。
「俺の知り合いから聞いた話だと、帝国政府はノーザンブリアに多額の賠償金を請求しているそうだな。この町を焼き討ちし、帝国民に被害を与えたという名目で」
「そ、そうなのですか?」
初耳だったアルフィンは動揺してユーシスに聞き返してしまう。
「このタイミングで《北の猟兵》が帝国に来た理由の一つはそれでしょう。それで? 帝国政府はあの六人を拘束した後、どうするつもりだ? まさか、クロスベルに続いて、今度はノーザンブリアを狙っているのか?」
「くくく……、悪いが、ノーコメントだ」
怪しげな笑みを作り、レクターは席から立ち上がる。
「とにかく、殿下たち士官学院生は昨日と同じように実習を続けてください。ノーザンブリアの問題につきましては我々の方で対処いたします。くれぐれも余計のことはなさらないように」
そう言って、レクターはミリアムとアルティナを連れて、部屋から出て行こうとする。
「待ってください」
しかし、オランピアがレクターを呼び止めるのであった。
「レクターさん、あなたは本当にそれでいいのですか?」
「んあ? 何のことだ?」
とぼけた顔で振り向くレクターだったが、オランピアの顔は真剣なものだった。
「今のままで、今の生き方で、あなたは満足しているのですか?」
「満足も何も、俺は軍人だ。誰もがやりたくない汚いことをするのが仕事なんだ。そこに俺個人の私情なんか関係ない」
「本当にそうですか? あの逃げ上手の生徒会長だったあなたなら、上の命令をやり過ごすことだってできたんじゃないんですか?」
「どうだかな? やったことがねぇから、何とも言えねぇよ。もういいか? 思い出話に花を咲かせたいのはわかるが、こっちは一応、仕事中なんでな」
レクターは今度こそ部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた。
「……クローゼさんやルーシーさんが今のあなたを見たら、きっと悲しむと思いますよ」
「っ……」
一瞬、ドアノブを捻ろうとした手が止まった。
ドアの方を向いていたため、レクターの表情はオランピアたちからは見えなかった。
「……はっ、かもな」
だが、ほんの少し自嘲気味な声を漏らして、彼は部屋から出ていくのであった。
「あ! 待ってよ、レクター!」
ミリアムは慌てて彼の後を付いていき、アルティナは一度、アルフィンたちを一礼した後、部屋から退出するのだった。
「レクターさん……」
「オランピアは、彼とどういった関係なの?」
寂しげな視線でドアを見つめるオランピアにウィリアムが問いかける。
「昔、私を助けてくれた恩人の一人です。おちゃらけで、皆が注目されるほどの問題児だったようですが、いざという時には誰よりも頼りになる人だと、友達の人が言っていました」
紫髪の友人を思い出しながら話すオランピアは、それ以上、何も語ることはなかった。
「こんなことって……」
「姫様……」
一方でアルフィンは顔を伏せて、ひどく落ち込んでいた。
同じクラスの仲間が謂れのない罪を押し付けられたのに、それを払拭することができなかった。
受け入れたくない現実を前に、彼女は打ちひしがれていた。
(これでは私は、何のために……っ!)
自分を変えるために士官学院に入った。数週間経って、それなりに成長したと思っていた。
だが、自分は共に過ごした仲間を助けることができず、ただ、周りの状況に流されるだけだった。
去年の頃から何も変わっていないことを思い知らされる。
「それで、これからどうしますか?」
「オランピアさん?」
「ロドルフォさんの無実を証明するために動くべきではないのですか?」
「で、ですが、これからどうしたら……」
「とにかく動くんです。動かなければ何も変わりません」
オランピアは落ち込むアルフィンを無理矢理、立たせる。両肩を強く掴んで、正面から彼女を見据える。
「ここで私たちが動かなければ、ロドルフォさんたちは本当に捕まってしまいます。彼が無実であると証明できるのは、今、ここにいる私たちだけなんです」
「それは……」
「動きましょう。最後まで諦めなければ、きっと手掛かりが見つかります」
オランピアの目に迷いはなかった。本気で見つけられると彼女は信じているのだ。
「姫様。昔はともかく、今のロドルフォとルカさんはユミルの民です。ここで彼らを見捨てれば、父様に合わせる顔がありません」
「エリゼ……」
「僕もせっかくできた友達を失いたくない。だから、僕もできることをやるよ」
「ウィルさん……」
三人の眼差しにアルフィンはしばらく沈黙する。一度、目を瞑って静かに思考を巡らせた。
「レクター大尉もおっしゃっていましたが、ここで私たちが行動すれば、軍の行動を阻害したとみなされると思います。最悪、トールズを退学させられるかもしれません。……それでも、三人はロドルフォさんを助けたいですか?」
アルフィンの問いかけに対して、三人は頷いた。
「私も同じです」
そして、アルフィンも頷く。
「まだ、一ヶ月も経っていませんが、ロドルフォさんはもう私たちⅦ組の大切な仲間です。たとえ、命令に背くことになっても私も彼を、そしてルカさんを助けたいです。どうか、力を貸してくれますか?」
アルフィンの問いに三人は力強く頷いた。それを見たアルフィンは泣きそうになりながらも必死に抑えて笑顔を浮かべる。
そんな彼女たちの様子を見守っていたユーシスは静かに笑うのだった。
「なるほど。確かにⅦ組だな」
「ユーシスさん、私たちは動きます。ですから、どうか……」
「殿下、心配には及びません。殿下の行動については黙認いたします。何よりも、私の家で雇ったメイドを助けていただくのです。微力ながら私も協力させていただきます」
「ありがとうございます!」
お礼を言うアルフィンにユーシスは頷く。
「では、早速、一つ助言を。昨夜、ソレイユが向かったのは、西ケルディック街道です」
「それが何か?」
「あの事件の後に西ケルディック街道から来た商人たちの何人かが今、ケルディックに滞在しています」
「! そうなのですか!」
「これは貴重な手掛かりになります。もしかしたら、目撃している人がいるかもしれません」
「じゃあ、まずはその商人たちに話を聞こう」
方針は定まった。アルフィンは改めて三人を見回して、号令をかける。
「Ⅶ組A班、これよりロドルフォさんの捜索を開始します。皆さん、絶対に彼を見つけましょう」
「「「はい!!/了解!」」」
アルフィンたちは早速、街の外へと出る。ユーシスは野暮用があると言い残して、彼女たちと一旦、別れた。
アルフィンたちはユーシスからもらった情報を頼りに、商人たち一人一人に聞き込みをする。
「その時は暗かったからな〜〜。何にも見えなかったわ」
「魔獣の群れは見たけど、多すぎて覚えきれなかったわ」
「メイドを連れて行ってるって誘拐か何かか?」
しかし、時間も時間だからか、ロドルフォの姿を見たという者は見つからなかった。
「ここまで手がかりなしですね」
「数が少ないというのもありますが、やっぱり、夜ですと見つかりにくいというのもありますね」
昼前。大市の休憩所で情報交換をするアルフィンたちだったが、手応えのなさに捜査が行き詰ってしまった。
「もうすぐ昼だね。確か、帰りの列車は夕方くらいだったよね」
「はい。できれば、この話し合いで行き先を決めたかったのですが……」
迫りくるタイムリミットに焦りを隠せないアルフィンたち。
すると、くぅ~~、という気の抜けた音が響いた。
「す、すみません」
お腹を押さえて顔を赤くするアルフィンがエリゼたちに謝罪する。どうやら、先程の音はアルフィンの空腹の音だった。
「その……、朝はあまり食欲がありませんでしたので」
「ロドルフォのことが心配だったんだよね? それは仕方ないよ」
「どこかで昼食を取って、捜査を再開しましょう」
アルフィンたちは休憩所から出て、店で食糧を調達しようとするが、エリゼが急に立ち止まった。
「エリゼ、どうかしたの?」
「いえ、あれなのですが……」
「あれ?」
彼女が指を指した方にアルフィンたちは振り向くと、そこには屋台車がぽつんと立っていた。
「あのような店、昨日はありましたか?」
「いいえ、初めて見ました」
記憶を巡らせるエリゼとオランピアだが、昨日の巡回で目の前の屋台を見た記憶はなかった。
「もしかして、今日、来た店なのかな?」
「もしくは昨日の夜に来たのかもしれませんね」
「でしたら、何か知っているかもしれませんね。食事を頂くついでに聞いてみましょう」
四人は屋台車の方に近づく。屋台はかなり小さく、六人くらいしか入れない素朴なものだった。掛けられている暖簾には「刧炎拉麺」と東方の文字が書かれていたが、アルフィンたちは読むことができなかった。
「し、失礼しま~す」
少し遠慮がちな声で中を覗き込むアルフィン。彼女の声に反応して、屋台の奥から人が現れる。
「へい、らっしゃい。何人だ?」
出てきたのはやる気を感じさせない緩んだ目が特徴の二、三十代と思われる男性。髪は頭巾のように巻かれた分厚い白いタオルに包まれているため、どんな髪をしているかわからない。
「えっと、四人なのですが、ここって何を作っているのですか?」
「あ? ラーメンだよ。暖簾を見てねぇのか?」
「す、すみません。東方の字は読めないもので……」
申し訳なさそうに頭を下げるアルフィンに店主は気怠そうな態度で頭をかく。
「あ~~、そういやそうだったな。すっかり、忘れてたぜ」
「あの?」
「ま、つべこべ言わずにとっとと入りやがれ。注文はそこに書かれてある。ゼムリア語だから安心しろ」
店主は再び奥に戻って、料理の準備に取り掛かる。アルフィンたちは横に一列となって座り、メニューを見る。
だが、書かれているのはメニュー名だけで、どういうラーメンなのかわからず、アルフィンたちは決めかねていた。
「えっと、店主さん、この店のオススメってなんですか?」
「『劫炎拉麺』。この店と同じ名前だ」
「ご、ごうえん?(どこかで聞いたような……)」
聞き覚えのある単語に首を傾げるアルフィンを無視して、店主は話を続ける。
「俺の店は辛さにこだわりを持っていてな。炎のように熱くなっちまうくらい辛いラーメンだ。ま、後で辛さは調整できるが、そいつでいいのか?」
「えっと……、では、それで」
「ひ、姫様?!」
「ほ、本気なの?!」
「はいよ。『劫炎拉麺』四丁な」
エリゼとウィリアムが焦って声を上げるが、店主はすでに作業を始めてしまった。
数分後。
「はいよ。『劫炎拉麺』お待ち。じっくり味わいな」
アルフィンたちの前にそれぞれラーメンが置かれた。
鼻をツンとさせるが、食欲を注がれる匂い。白い湯気が顔に当たり、額に汗が出始める。だが、それ以上に……
((((赤い……))))
グツグツと気泡が弾いている赤い汁。中にある麺や野菜もその赤さに負けて、赤く変色していた。
「どうした、食わねぇのか?」
「え、えぇと……」
「まぁ、初めてだから、辛さの方は一番弱いもんにしてるから安心しろ。無理なら、隣にある水を飲みながら食え。……食べ残すなよ」
緩んだ店主の目が一瞬だけギラついた。残したらただじゃおかない、と言外から伝わってくる。
「い、いただきます」
アルフィンは恐る恐ると箸を取る。その様子をエリゼたちが見守る中、アルフィンは赤く染まった麺を箸で掴む。
「うっ……!」
麺を包む湯気がアルフィンの目に当たる。
痛い。目に入っただけで痛みを感じてしまうほどの辛み。
ラーメンという食べ物は皇族であるアルフィンでも聞いたことはある。よく放蕩する兄からもらったカタログの中で見たことがある。だが、これは本当にラーメンなのかと疑念を抱いてしまった。
「…………はむ!」
麺をじっと見つめるアルフィンは意を決して、口に入れる。
「っっっ!!??」
目を大きく開いて固まるアルフィン。口の中で暴れまわる強烈な辛さ。身体が炎そのものになるくらい、熱さが全身に包まれていく。
「ふぅ! ふぅ! すぅ~~~~!! ふぅ! ふぅ!」
だが、アルフィンは箸を止めずに二口目を取る。額から大量の汗を流しながらも、アルフィンは箸を動かし続ける。
(熱い! 辛い! 痛い! でも、止まらない!)
一口食べるたびに込み上げてくる食欲。意識はすでに混濁しており、もはや、ここに来ている目的すら彼女は忘れているだろう。
麺は徐々に減っていき、具材も彼女の口の中へと消えていく。だが、それだけでは終わらなかった。
「んっ!」
なんとアルフィンはどんぶりを傾かせて、赤い汁を口の中へと流し込む。
「んぐっ! んぐっ! んぐっ!!」
流れ続ける汁を休むことなく飲み続けるアルフィン。顔が汁と同じく真っ赤に染まりながらも彼女は飲み続ける。
そして――、
「ご……ごちそうさまでした!!」
ドンッ、とどんぶりを戻して、アルフィンは完食する。中は綺麗さっぱりとなくなっており、一部始終を隣で見ていたエリゼたちはただただ愕然としていた。
「へぇ〜〜、なかなかの食いっぷりじゃねぇか」
一方で店主は目を丸くしながら、完食したアルフィンを絶賛する。身体を冷やそうと水を飲むアルフィンはスッキリした笑顔を浮かべていた。
「こんな料理を食べたのは、生まれて初めてです。すごく辛かったのですが、どうしてか食べるのをやめられませんでした」
「ククク……、相当、気に入ったみてぇだな。辛さを抑えたのは余計なお世話だったか?」
そう言って、店主は奥へと戻り、どんぶりを洗い始める。置いてけぼりになっているエリゼたちに気づいたアルフィンは彼女たちを催促する。
「ほら、エリゼたちも騙されたと思って、食べてご覧なさい! 意外とイケますよ!」
「そ、そうなのですか? それでは、いただきます……」
アルフィンの強い押しに負けて、エリゼたちも箸を取る。
彼女たちが食事を終える間に、アルフィンは当初の目的を果たそうと、店主に話しかける。
「叔父様。少々にお聞きしたいことがあるのですが……」
「叔父様って……、まぁ、五十年は生きてるけどよ……」
「ご、五十?! てっきりまだ二、三十くらいだと……」
「あ~、言っちゃまずかったか? ま、いいや。で、聞きたい事ってのは?」
「あ、はい、そうでした。じつは……」
アルフィンはロドルフォたちの話を店主に持ちかける。当然、彼が軍に追われているという内容は伏せてだ。
話を最後まで聞いた店主は、
「そいつらなら知ってるぜ」
「本当ですか?!」
「あぁ、夜中、トリスタからケルディックに向かう時に見たぜ。メイド服を着た小娘を担いで、必死に走ってたな」
「メイド……ルカさんですね。その人たちはどちらに?」
「俺の方には来なかったぜ。もう一本の道の方へ進んでいったな。たしか公園があったと思うぜ」
「公園というと、ルナリア自然公園ですね」
アルフィンは席を立ちあがり、店主にお礼を告げる。
「貴重な情報をありがとうございます」
「そいつは良かったな。……ところで、そいつらは大丈夫なのか?」
「え?」
アルフィンは店主に促されて、横を見る。そこには机に倒れて、屍のように動かなくなったエリゼたちの姿があった。
人物ノート
アルフィン・ライゼ・アルノール
①『辛党』……この世のものとは思えないラーメンを食して、辛さの魅力に気づいてしまった。彼女の辛党への道はまだまだ続く。