英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
銃口と共に冷たい眼差しをアルフィンたちに向けるロドルフォ。
目に光はなく、その顔は能面のように無表情だった。彼のあまりの変わりようにアルティナを除いた三人は目を疑うのだった。
「ロ、ロドルフォさん、話を……」
――バンッッ!!
鳥たちが一斉に飛び立つ。銃口には煙が立ち、そこから放たれた銃弾は彼女たちの真横を通り過ぎて、後ろに立っている木の幹に埋まった。
「近づくな」
ただの一声でアルフィンたちが固まる。足が何かに縫い付けられたみたいにまったく動けない。本能的な恐怖が彼女たちの身体を縛り付けていた。
「何しにここへ来た?」
「わ、私たちはロドルフォさんを探しに来ました」
アルフィンは震える身体を必死に抑える。
去年、《帝国解放戦線》と《貴族連合》に誘拐された時にも恐怖はあった。だが、皇女という身分が自分を守ってくれていると、アルフィンは自分が殺されることはないとどこかで感じていた。
だが、今はそんな甘い考えは通用しない。自分に向けられた銃口は本気で自分を殺すと訴えてくる。
彼女は上手く動けない口を必死に動かしながら、自分たちが来た目的を彼に伝える。
ロドルフォは彼女の話に耳を傾けた後、彼女から視線を外して、後ろで待機しているアルティナを見る。
「情報局の人間も一緒に引き連れてか。俺を捕らえるために探しに来たのか?」
「ち、違います! 私はロドルフォさんたちを助けたくて……」
「助けるだと? 随分とふざけた話が出てきたな」
アルフィンの主張に思わず失笑してしまうロドルフォ。それを見かねたエリゼが前に出る。
「ロドルフォさん。今、帝国政府はあなたとルカさんをノーザンブリアが送り込んで来たスパイだと疑っています。その無実を晴らすためにも私たちと一緒に来てくれませんか?」
「一緒に行動してどうなる? 俺がスパイではないという証拠がどこかにあるのか?」
「そ、それは……」
「ないな。去年まで俺たちは帝国に出ていた。ならば、ノーザンブリアに立ち寄って、その任務を指示されたという可能性がある」
レクターと同じ推察を口にするロドルフォ。
「それに、仮に証拠があったとしても、帝国政府はそれを無視して俺を容赦なく捕まえるだろう」
「そんなこと!」
「ないと言い切れるのか? 今みたいに変なこじつけで俺をスパイとして捕えようとしているのにか?」
それを言われてエリゼは黙ってしまう。彼の言うとおり、今の状況を考えれば、たとえ、証拠を見つけたとしても容易くもみ消されてしまうだろう。
彼をどう説得しようかと考える中、今度はラヴィアンが前に出た。
「ロドルフォ。昨日、お前はノーザンブリアに何の思い入れもないと言ったな」
「それが何だ?」
「本当にそう思っているのか? 七年前、お前はノーザンブリアを救った英雄として町の人たちから尊敬されていた。だけど、それからすぐにお前は国を出て行った」
ラヴィアンは今でも覚えている。
祖父とよく通っていた場所。村が育てた田んぼが一遍に見渡せるの丘の上。まだ、幼かった頃のラヴィアンはそこからロドルフォとルカが村から出ていく姿を見た。自分たちに一言も言わずに。
「どうして出て行ったんだ? 英雄として皆からも期待を寄せられていたお前は、どうして、ノーザンブリアを見捨てたんだ?」
揺れる眼差しを彼に向けるラヴィアン。同じ村で共に過ごし、時には兄のように慕っていた彼が突然、自分の前から姿を消してしまった。その真意を彼女は聞かずにはいられなかったのだ。
「見捨てた? 違うな」
ロドルフォはラヴィアンの言葉を切り捨てる。
「見捨てたんじゃない。俺たちは追い出されたんだよ。他ならぬ、お前の言う皆からな」
「なっ、どういうことだ?!」
予想外の返答に聞き返してしまうラヴィアン。アルフィンたちも思わず耳を疑ってしまった。
「ラヴィ。俺とルカは確かにノーザンブリアの血が引いている。だが、俺たちはノーザンブリアで生まれてはいない」
「何?」
「俺がノーザンブリアの地に足を踏み入れたのは五歳の頃。クソとしか言いようがない両親と祖父の指示で俺は妹と一緒にノーザンブリアの地を踏んだ」
ロドルフォは淡々と語る。人の皮を被った怪物の物語を。
~~~~~
「当時、ロドルフォたちを拾ったのはラヴィの祖父であり、まだ英雄として称えられていたヴラド・ウィンスレット。あの人が二人を自分の故郷であるミシュルク村へと迎え入れた」
アルフィンたちを捜索しながら、ロドルフォの過去を語るマーティンは先陣を切って森の奥へと進む。
その後ろに付いて行くオランピアたちは周りを警戒しながら、マーティンの話に耳を傾ける。
「《北の猟兵》に恨みを持って、スパイを送り込むことなんてよくあった。見覚えのないガキ二人を迎え入れることに当時、上の連中は難色を示していたが、他ならぬ英雄の説得によって、あいつらを迎え入れることを受け入れた。その後、村でラヴィと過ごしていたが、突然、あいつは《北の猟兵》に入隊した。まだ十歳という若さであいつは《赤い星座》と《西風の旅団》の連合を退けて、国を救った。それがきっかけで、あいつはノーザンブリアの新たな英雄となった」
「《北の猟兵》の中にはあの人に憧れて入ったという人もいますね。自分もそんな感じでしたし」
タリオンは恥ずかしそうに話すが、ユーシスは話を聞いて鼻を鳴らすのだった。
「英雄と称えられているわりには、あいつはお前たちのことを見捨てようとしていたな。嫌われるようなことでもしたのか?」
「きっつい言い方だな。……まぁ、間違っちゃいないぜ。確かにノーザンブリアはあいつらにひどい仕打ちをしたからな」
その時を思い出しているのか、マーティンが苦い顔を浮かべる。
「別にあいつらが何かしたというわけじゃない。ただ、俺たちがあいつらのことを拒絶したんだよ」
「英雄と尊敬していたのにですか?」
オランピアの問いにマーティンは気まずそうに頭をかいた。
「きっかけは、英雄バレスタイン大佐が亡くなった事件だ」
「《北の猟兵》を立ち上げた英雄の一人で、サラ教官の義父だった人だよね」
出てきた名前にミリアムは自分たちを導いてくれた教官の姿を思い出す。
「ある仕事で《ニーズヘッグ》との代理戦争をし、その中でバレスタイン大佐は戦死した。主犯はヴラド・ウィンスレット」
「自分の仲間を殺したのか?」
「ヴラド・ウィンスレットは黙秘。だが、ロドルフォはそれに強く反発していた。ヴラドが大佐を殺すはずがないってな」
「それで追い出されたの? 何か釈然としないわね」
イセリアの疑念には皆も言葉にはしないが同じ意見だった。確かにそれだけで追い出されるなど、やりすぎな感じがする。
「もちろん、そんなんで追い出されたりなんかしねぇよ。疑いの目はあったが、英雄としての名がそれを潰したからな。だが、その後に起きた事件が決定打になった」
「何があったんですか?」
ウィリアムがマーティンに尋ねると、彼は一瞬だけ、冷めた目つきに変わる。
「……《塩の杭》が起きた二十七年前。民たちが避難する中、真っ先に避難した奴らがいた。当時、ノーザンブリア公国を収めていたバルムント大公家だ」
「守るべき民たちを見捨てて、真っ先に逃げたことからノーザンブリアでは『悪魔の一族』と言われているらしいな」
「それだけじゃねぇよ。あいつらがやったことは、ある意味、お前さんの親父さんと同じだぜ、アルバレアの坊ちゃん」
「何だと?」
訝しげに睨むユーシスを横目にして、マーティンは大公家が起こした恐るべき愚行を語り出す。
「バレスタイン大佐の死に伴う混乱を好機と見た大公家は、当時、共に脱出した近衛兵団を引き連れて、州都を襲撃したんだよ」
「自分たちの故郷を襲ったのですか?!」
信じられないとオランピアは顔に出てしまう。
「《北の猟兵》に統治されていた自分の国を取り戻すためにな。襲撃自体は成功して一時は州都を占拠することができたが、すぐに俺たちの反撃をくらって瞬く間に包囲されちまった。そして、大公家は再度の脱出を図るために近衛兵団にある指示をしたんだ」
「ある指示?」
「…………まさか」
首を傾げるミリアムに対して、ユーシスはその指示が何なのか想像がついた。その顔を歪み、目は激しく揺れていた。
「大公家は脱出するために、見せしめとして市民の虐殺を命じたんだよ」
「っ……! バカな事を!!」
「うわ~~、確かにアルバレア公と似たり寄ったりだね」
ユーシスは怒りの声を吐き出し、ミリアムは彼女にしては珍しい侮蔑の視線を送っていた。そして、大公家の暴挙を初めて聞いたオランピアたちは、もはや言葉が出ない状態だった。
「ま、逆にその指示で近衛兵団も大公家を見限って、大公家一同は見事に捕縛。そのまま、極秘裏に処刑されちまったって話だ」
「因果応報ですね。ですが、それとロドルフォさんにどのような繋がりが?」
大公家の最後を聞いたオランピアは、今の話とロドルフォにどんな関係があるのかわからず、マーティンに質問する。
核心に触れられたマーティンは話すことを躊躇い、一度、口を閉ざしてしまう。
「…………大公が捕縛される時、奴らは必死に抵抗しながら叫び続けたんだよ。『騙したな!』、『裏切り者め!』、『育てた恩を忘れたか!』ってな。その時は何をほざいてるんだと聞く耳を持たなかったが、ある男が現れたことで流れが変わった」
「その男というのはまさか……」
マーティンは頷きながら、衝撃の真実を告白するのだった。
「ロドルフォ・ソレイユ。あいつはノーザンブリアを捨てたバルムント大公の実孫。大公の指示でノーザンブリアに送り込まれたスパイだったんだよ」
~~~~~
「ロドルフォさんたちがバルムント大公の……孫?」
一方、アルフィンたちはロドルフォの口からマーティンと同じ内容の話を聞かされていた。あまりの衝撃的な内容に開いた口が塞がらずにいた。
バルムント大公のことは当然、アルフィンも知っている。彼らが故郷と民たちを見捨てて、真っ先に逃げたことも。だが、共に学院生活を送った彼がその血を引いているなど、誰が想像できるというのだ。
「
「そこで大公家はあなたをスパイとして送り込んで、《北の猟兵》の内情を調べようとしたのですか?」
事実確認をするアルティナにロドルフォは頷く。
「ノーザンブリアに赴き、《北の猟兵》の関係者とコンタクトを取る。最終的には《北の猟兵》に潜入して、そこで手に入れた内部情報をジジィたちに流すのが、あいつらが俺に指示した命令だった」
「その関係者として選ばれたのが……」
「そうだ。ラヴィ、お前の祖父だ」
知りたくもなかった真実にラヴィアンは、思わず後ろに引いてしまう。彼らが自分たちの村に来たのは、全て仕組まれたことだったのだ。
「一つ疑問があります。その話が本当なら、なぜ、二大猟兵団が攻めた時に表に出たのですか? そのまま、彼らに任せて、《北の猟兵》が全滅した時に戻ればよかったのでは?」
アルティナの質問に対して、ロドルフォは簡潔に答える。
「大公からの要請だ。自分たちの国をどこぞのならず者どもに潰されてたまるかとほざいていたな」
「バルムント大公はノーザンブリアにいる民たちを気にかけて、そんな要請を?」
一度、見捨ててしまったとはいえ、自国の民に被害が出るのが許せなかったのか、とアルフィンは淡い期待を寄せるのだったが、それは簡単に崩された。
「そんなわけあるか。あいつらは《北の猟兵》が全滅した後に、俺一人で奴らを片付けろと命令してきたんだ。この意味が分かるか?」
その意味をアルフィンは理解してしまった。理解して、それでも信じられずにいた。
「大公は……民たちが犠牲になることを考えなかったのですか? それが人の……国を統べようとする者の考えなのですか?」
「虐殺命令の話をしただろう。そんなことを平気で命じる奴がそんなことを考えていると本気で思っているのか? お前は内戦で何を見てきたんだ?」
それにアルフィンは口を噤んでしまう。
去年の内戦、まさにアルフィンたちがいるこのケルディックで、大公にも並ぶ愚行を犯した者がいた。
それを思い出してしまった彼女は何も言えずに俯いてしまった。それを心配そうに見つめるエリゼはロドルフォが語った話の中で気になることを見つけた。
「ロドルフォさん。大公家は捕まる際にあなたを裏切り者とおっしゃっていたのですよね? もしかして、あなたは……」
「あぁ。奴らには嘘の情報を流した。千載一遇のチャンスと偽って、あいつらを始末するためにな」
「いつから大公家を見限っていたのですか?」
「最初からだ。本当ならあんなクズどもには従いたくなかったが、ルカを人質にされていたからな」
「ちょっと待て」
ロドルフォの話にラヴィアンが待ったをかける。
「お前はルカと一緒に村に来ていたじゃないか。ルカを人質にされたなど、話が矛盾してるぞ」
「直接、刃物を突きつけるだけが人質を取る方法じゃない。弱みを握って従わせるのも一種の人質だ」
「弱み?」
「あぁ。俺とルカはあいつらによって身体を改造された人間だ」
「なっ……」
突然の告白にラヴィアンだけでなく、アルフィンたちも言葉を失う。
「大公家はレミフェリアに亡国したが、守るべき民たちを見捨てたことが知られて、すぐに追いやられた。それからあいつらは裏世界で水面下に潜んでいたとある教団に保護されて力を蓄えていた。俺とルカはその教団の実験で身体を弄くられたモルモット。俺が《北の英雄》と呼ばれるようになったのはその時に手に入れた力が原因だ」
ロドルフォは拳銃を持っていない方の手に視線を向ける。
「俺の身体の中には歴戦の英雄たちの細胞……皮膚の一部ともいうべきものが埋め込まれている。その細胞に刻まれた戦いの記憶と知識、そして、経験が俺の身体の中に染みついている」
「歴戦の英雄たち?」
「帝国の《獅子心皇帝》や《槍の聖女》。共和国のシーナ・ディルクとその同志たち。古今東西、あらゆる時代、あらゆる国の英雄たちの細胞を俺は多く植え付けられた」
「ありえません。そんなことをすれば、身体が崩壊して即死してしまいます」
アルティナの言及にアルフィンたちはギョッとするが、ロドルフォは顔色を崩さなかった。
「そうならないように教団は俺たちの身体を弄ったんだ。多くの細胞を植え付けても死なないように、強靱な肉体に作り上げてな」
「まさか、ルカさんも?」
惨すぎる話にエリゼは顔を青ざめながらも、いまだに眠り続けるルカを見る。
「この子の場合、人間ではなく、魔獣の細胞を植え付けられた。かつて帝国を混乱に陥れた暗黒竜といった伝説上の魔獣の細胞とかをな。そのせいでこの子は自分の意思に関係なく、魔獣を引き寄せてしまう体質になってしまった」
「魔獣を引き寄せる体質……。まさか、ケルディックに現れた魔獣は……」
「あぁ。この子の体質によるものだ。そして、その体質を抑える薬は当時、奴らしか持っていなかった」
忌々しげに眉を潜ませるロドルフォ。そこにアルティナが話を進める。
「ですが、あなたは最終的に大公家を裏切りました。それはつまり、薬以外で彼女の体質を抑える手段を見つけたということですか?」
「あぁ。その手段を手にした俺はもう奴らに従う理由はない。妹を苦しませた報いとして嘘の情報を流して、奴らを躊躇なく切り捨てた。だが、それで終わりにはならなかった」
「どういうことですか?」
アルフィンは首を傾げて問いかける。
「俺が大公の孫と知った瞬間、ノーザンブリアの民たちは一斉に俺たちを蔑んだ。『悪魔』、『化物』と罵ってな」
「そ、そんな! あなたはノーザンブリアのために戦ってくれたはずなのに? 英雄と称えられていたのにどうして?」
「アルフィン、列車の時に言ったはずだ。奴らは英雄という言葉に目が眩んで、誰も俺のことを見ていない。俺が妹を人質に取られて仕方なく従っていたなど、奴らにとってはどうでもいいことだったんだ。奴らにとって重要なのは、俺が『悪魔の一族』であるバルムント大公の血を引き継ぐ者であるということだけだ」
ロドルフォは諦観の眼差しで顔を下に向く。
「民たちから謂れのない罵倒をもらい、石を投げられ、ひどい時は銃を向けられた。俺は村に残した妹を連れて、すぐにノーザンブリアを出た。そこから、宛てもなく転々と場所を移して、最後にはユミルへと辿り着いた。……もっとも、また移動しなくてはならないがな」
話が終わったのか、ロドルフォは一息ついた。一方でアルフィンたちはかける言葉を見つけることができなかった。
ロドルフォたち兄妹が辿ったあまりに悲惨すぎる過去。
彼ら自身は何も悪いことはしていない。ただ、彼らの中に流れている血をノーザンブリアの人たちは強く拒絶したのだ。
自分たちの想像をはるかに超えた壮絶すぎる悲劇に何も言うことができなかった。
「これでわかっただろう。俺はノーザンブリアに、お前たちに何の思い入れもない。俺にとってルカが全てなんだ。俺の妹。俺のたった一人の家族。この子を守るためならば、俺は誰であろうと殺す。たとえ、それがお前たちであってもだ」
拳銃を降ろしたロドルフォはルカを両手で抱えて、アルフィンたちに背中を向ける。
「これでお別れだ。死にたくないなら、俺のことは忘れろ。俺を連れ戻すのは諦めろ」
「ま、待ってください、ロドルフォさん!」
森の中へと進もうとするロドルフォをアルフィンは必死で止めようとする。だが、彼の足は止まろうとはしなかった。
(どうすれば……、どうすればいいの……っ?!)
このまま彼を行かせてしまえば、もう二度と会えなくなる。そう直感したアルフィンは何とか彼を止めようとするが、上手く言葉が見つからない。
そうしている間にも、彼は森の中へと向かって行く。エリゼとラヴィアンも彼を止めようと考えるが何も思いつかない。
「待ってください」
鈴のような声が響いた。
「あなたがバルムント大公の孫だというのなら、あなたはここから立ち去る必要はないと考えられます」
ピタッと、ロドルフォの足が止まった。アルフィンたちは彼を呼び止めたアルティナに振り向いた。
「情報局があなたたちを拘束する理由は、帝国政府が行っているノーザンブリア自治州政府との交渉を上手くいかせるためです。英雄の孫であるラヴィさん、そして、《北の英雄》と呼ばれているあなたを交渉材料にすれば、ノーザンブリアはあなた方を助け出そうと、帝国政府からの話を無視することはできないと判断したからです。ですが、先程の話が本当なら、状況が変わります」
ロドルフォは顔だけを後ろに向けて、アルティナの話に耳を傾ける。
「かの大公家のことは帝国でも耳にしています。彼らがノーザンブリアからどれほど忌み嫌われているのかというのも把握しています。その血縁者を人質にしたところで、彼らはむしろ、邪魔者と判断して切り捨てるでしょう」
「つまり、ロドルフォさんには交渉材料としての価値がなくなった、ということですか?」
おそるおそる聞くアルフィンの問いにアルティナは頷いた。
「彼の言ったことが本当ならばの話です。彼らがバルムント大公の血縁者であることが証明できれば、彼らのスパイ容疑がなくなる可能性があります。私はこのことをアランドール大尉に報告し、ロドルフォ・ソレイユとルカ・ソレイユの身元を調べるように進言します」
「……どういう風の吹き回しだ? お前は別に俺たちのことなどどうでもいいと思っているはずだろう?」
ロドルフォはアルティナの態度に疑念を抱かずにはいられなかった。
「……確かにあなたの言うとおり、私はあなたの行く末がどうなろうと関係ありません。ですが、帝国に不利益が被る可能性がある以上、調査する必要があります」
「俺に交渉材料としての価値がなくなっても、あのクズどもと同じようにルカを人質にして、俺を手駒にする手もあるはずだ。むしろ、そっちの方が帝国には利益になる。それをしないのはなぜだ? お前はいったい何を考えている」
ロドルフォは殺気を放ってアルティナにプレッシャーをかける。嘘は許さないと言外で伝わってくる。
アルティナはその殺気に、一瞬、身体を震えながらも答えるのだった。
「あなたのことを、あの人から一度、聞いたことがあります」
「あの人?」
「それって兄様の事ですか?」
アルティナは頷いて、見定めるかのようにロドルフォを見つめる。
「あの人はあなたのことをこう言っていました」
『ロドルフォは俺よりも強くて、俺よりも頭が切れる奴なんだ。だから、どうしても考えてしまうことがあるんだ。……もしも、俺じゃなくて、あいつがヴァリマールの起動者になっていたら、どうなっていたのかなって』
それは昨日。リィンがアルフィンたちをケルディックへと送り、アルティナと共に要請へと向かう道中の時だった。
『あいつなら、俺よりももっとたくさんの人を助けられたんじゃないのかなって。……あいつも死なずにすんだんじゃないかって思うんだ』
『ですがそれは……』
『あぁ、わかっている。そんなの今更な話だし。たぶん、あいつが起動者になっていたら、俺たちみたいにあいつを連れ戻そうなんて考えないだろうな。……だけど、それでも思うんだ。俺にもあいつみたいな力があれば、クロウを助けられたんじゃないのかって』
「あの人はあなたのことを評価し、自分にはないものを持っているあなたを羨んでいました。同時に、あなたを友人として、仲間として信じていました」
「それが何だ?」
「あなたがいなくなれば、きっとあの人はまた暗い顔をしてしまいます。要請の時、あの人は時々、そういった顔を浮かべていました。……どうしてかわかりませんが、その顔を見るたびに胸のあたりが痛くなります。……私はそれが嫌です」
ぼんやりとした答えに考え込んでしまうアルティナ。
それに何を思ったのか、アルフィンは一歩前に出る。
「ロドルフォさん。あなたとルカさんがどれほど過酷で険しい道のりを進んでいったのか、私にはわかりません。ですが、私はそんなお二人を支えたいと思っています」
「俺よりも弱いお前が、俺を支えられると思っているのか?」
「……そうですね。正直、迷惑だと思われても仕方がありません。散々、あなたに怒られていましたから。ですが、あなたが教えてくれたことは、どれも私たちの安全を誰よりも考えているものでした。そんなあなたが私たちに何の思い入れもないと思っているなど信じることができません」
「……」
「それにリィン先輩は私たちに言いました。私たちは同じクラスの、Ⅶ組の仲間なのだと。仲間がピンチになっているのに、それを放っておくことなど、私にはできません」
アルフィンは歩き出し、ロドルフォに一歩ずつ近づいていく。
「どうか私たちを信じてください。私たちは絶対にあなたを見限ったりはしません。もしも、信じることができないというのなら……、その時は私を撃ってもかまいません」
「姫様?!」
アルフィンの発言にエリゼが前に出ようとする。だが、アルフィンは彼女に振り向いて、来るなと目で訴える。
「ロドルフォさん」
彼の名を呼び、アルフィンは彼の目の前に立つ。
見上げてくる彼女の視線を受け止めるロドルフォ。そんな彼の脳裏にある光景が浮かび出す。
『いつか、君たちのために戦ってくれる仲間が必ず現れる。この世界は君が思っている以上に広く、暖かいものが多くある』
騙されていたのに自分たちを匿い、あの国から逃がしてくれた英雄だった男。
彼が最後に自分に向けた言葉を思い出したロドルフォ。
行かないで欲しいと、訴えてくる少女の瞳に彼の心が少し揺らいだ。
「……条件がある」
ロドルフォが提示する条件をアルフィンは黙って聞く。
「まずはルカを何とかする。昨日のマスク男のせいで、こいつにかけてあった法術が破壊されたからな」
「法術?」
「そいつでルカの魔獣を引き寄せる力を抑えていた。この公園に群がる魔獣の群れはこの子が呼んでいる。まずはこの子の力を抑える必要がある」
「宛てはあるのですか?」
「同じ法術を使う。だが、条件として霊力が集まりやすい場所で行わなければならない。そして、その場所がこの公園の奥にある」
「では、そこに向かえば……」
「ルカの体質を抑えられる。そこまで、お前たちと一緒に行動する。そこでお前たちが信用に値するか見極めさせてもらう。俺が信用できないと判断したその時は容赦なくお前を撃つ。それでいいな?」
「それでかまいません。……ありがとうございます。私たちを信じてくれて」
ロドルフォは顔を逸らして何も語らない。一方で自分の想いが届いたことにアルフィンは一息ついた。
「姫様、また無茶なことを……」
「ごめんなさいね、エリゼ。でも、これで方針が決まったわ」
「そうですね。ですが、ラヴィさんの方は……」
いまの話はあくまでロドルフォたちの無実を証明するためのものであって、ラヴィアンたちの拘束が消えたわけではない。
心配するアルフィンたちの様子にラヴィアンは肩を落とす。
「別に気にしていない。こっちの方針は変わらない。仲間と合流するまで共闘だ」
「よろしいのですか?」
「合流したらすぐに逃げる。ただそれだけだ」
しれっと言うラヴィアンに苦笑いしてしまうアルフィンは、今度はアルティナに近づく。
「アルティナさん、ありがとうございます」
「? 何のことですか?」
「ロドルフォさんを呼び止めてくれて、本当に感謝します」
「……いいえ。これも任務の一環ですので」
頬を少し赤くしてそっぽ向くアルティナの姿にアルフィンはクスクスと笑うのだった。
「それでは、これから奥の方へ……」
アルフィンはロドルフォの方に振り向くと、森の中から一瞬だけ光が出た。
茂みの中から銃口のようなものが出ており、その先にはロドルフォが立っていた。
「ロドルフォさん!」
――ズカンッ!
銃声と共に赤い鮮血が飛び散るのだった。