英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~   作:魔ギア

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 ようやく、第一章、完結です。
 それではご覧ください。


第二十五話 新たな道

 夕日の光に反射する氷の礫が黄金色に輝く。

 見惚れてしまいそうな神秘的な光景を作り出したロドルフォは双剣をしまうと、踵を返してエリゼたちの下へと戻って行った。

 

「ロドルフォさん、お怪我は?」

「問題ない。それよりも……」

 

 ロドルフォはエリゼたちを通り抜けて、近くの茂みへと向かう。

 

「……無事みたいだな」

 

 茂みをどかしたロドルフォはそこに隠していたルカを見つける。

 良い夢を見ているのか、優しげな笑みを浮かべて眠る妹の姿に安堵した彼はそっと抱きかかえた。

 

「ルカさんは?」

「だいぶ安定している。少なくとも魔獣を引き寄せることはもうなさそうだ」

 

 小さく寝息を立てるルカにエリゼたちも深く安堵する。

 するとアルフィンを乗せた機甲兵が膝を着いてコックピットが開いた。

 

「姫様!」

 

 コックピットから降りるアルフィンの姿を見て、エリゼが慌てて彼女の下へと向かう。

 

「エリゼ。皆さんもご無事ですか?」

「それはこちらのセリフです! あんな物にいきなり乗って、どれだけの無茶をしたのか、おわかりなのですか?!」

 

 本気で怒っているのだろう。肩を震わせて怒鳴るエリゼにアルフィンは委縮する。

 アルフィンの機甲兵の操作技術はⅦ組の中でもトップクラスにあたるため、彼女が機甲兵を操縦して戦うのは間違ってはいない。だが、いかに操縦ができたとしても、実戦経験がない状態でいきなり本番に挑むのは、あまりにも無謀すぎる行為だ。

 

「ごめんなさい、エリゼ。ですが、皆さんを助けるにはこれしかないと……」

 

 エリゼに謝るアルフィンだったが、途中で強い立ち眩みに襲われる。

 足がおぼつかず、身体が急に重くなったアルフィンは前のめりに倒れる。

 

「しっかりしろ」

 

 しかし、その寸前にロドルフォが彼女を支えるのだった。

 

「あ、ありがとうございます」

「緊張が解けて、溜まっていた疲れが一気に来たんだろう。しばらく座っていろ」

 

 ゆっくりとアルフィンを地面に座らせたロドルフォ。彼女はその場で座り、深呼吸を繰り返して息を整える。

 

「機甲兵を使うという発想は悪くなかったが、ラヴィの指示がなければ危なかったことは自覚しているのか?」

「それは……、はい、わかっています」

「わかっていながら、乗ったのか?」

「はい。ロドルフォさんを、そして皆さんを助けたかったからです」

 

 迷わずにそう言い切るアルフィンにロドルフォはため息を吐くしかなかった。

 

「気持ちはわかるが、それでやられたら意味がないだろう」

「そう、ですね。申し訳――」

「だが、正直助かった」

 

 再び謝ろうとするアルフィンだったが、ロドルフォが口を挟む。

 聞き間違いかとアルフィンは目を開いて彼の顔を覗く。

 

「お前たちが来てくれたおかげで、この状況を乗り越えることができた。……ありがとう」

 

 最後に彼は小さく呟くと、顔をそっぽ向いて黙ってしまう。

 それに目をパチクリするアルフィンだったが、聞き間違いではないとわかると近くにいるエリゼと顔を見合わせて、共に口元をほころばせるのだった。

 

「ニシシ♪ 一件落着だね!」

「まったく、世話をかける後輩どもだな」

 

 彼女たちの下にオランピアとウィリアムも混ざり、五人で歓談する姿をユーシスとミリアムは少し離れたところから見守る。ミリアムは満面の笑みを浮かべる一方で、ユーシスは苦笑いを浮かべるのだった。

 

「ラヴィ!」

 

 アルフィンたちのやり取りを羨ましそうに眺めるラヴィアンのところにタリオンたちが駆け寄る。

 

「無事ですか?!」

「問題ない」

「もー、こっちは心配したんだから。もうちょっと言うことあるでしょ?」

「…………ごめん」

「もう! かわいいんだから♪」

 

 抱きついて頭を撫でてくるイセリアにラヴィアンはされるがままだった。それに呆れるマーティンだが、すぐに顔つきを険しくする。

 

「おい、んなことやってないでここから離れるぞ」

「そうはいきません」

 

 撤退しようとするマーティンたちだったが、そこにアルティナが《クラウ=ソラス》を従えて先回りする。

 

「ソレイユ兄妹がスパイでない可能性を考慮して、あなたたちをここで逃がすわけにはいきません」

「けっ! 手のひら返しが早いな」

 

 舌打ちするマーティン。どうにかこの場から脱出しようと突破口を模索する。すると、

 

「グゥアアアアアアアッッ!!」

 

 獣のような叫びが轟く。振り向くと倒れていた《新生貴族連合》のメンバーが悲鳴を上げていた。

 

「ど、どうしたのですか?!」

 

 アルフィンが一人の男に駆け寄る。

 男は目を限界まで見開いて、喉を抑えながら必死になって息を吸おうとしていた。

 

「撤収だ!」

 

 全員が自分たちから視線を外したのを好機にマーティンが指示を飛ばす。イセリアは懐から缶のようなものを取り出してピンを外す。それを投げるのを見たロドルフォはアルフィンたちの前に立って、彼女たちに覆いかぶさる。

 

 ――パンッ!

 

 強烈な破裂音と共に眩い光が森を包み込んだ。

 

「閃光弾か!」

 

 咄嗟に腕を顔の前に出して、視界を塞ぐユーシス。だが、対応が遅れてしまったミリアムとアルティナは閃光弾から生じる光に視界を奪われた。

 

「退くぞ!」

 

 ガサガサという足音が続き、次第に遠くなっていく。

 

「……っ、やられました」

 

 光が収まり、耳鳴りも収まったアルティナはラヴィアンたちの姿を見失い、苦い顔をするのだった。

 

「ロドルフォさん! 大丈夫ですか?!」

 

 一方でエリゼは膝を着くロドルフォに呼びかけていた。彼はアルフィンたちを庇い、閃光弾から生じた爆音を受けてしまったのだ。

 

「……大丈夫だ。もう落ち着いた」

 

 手で制したロドルフォはゆっくりと立ち上がる。

 

「それより、そいつらの方だ」

 

 ロドルフォは先程、悲鳴を上げた《新生貴族連合》たちに視線を向ける。

 アルフィンが駆け寄った男は瞳孔が開いたまま、動かなくなっていた。ロドルフォが彼の口元に手を近づかせて何かを確認した後、首筋に手を当てた。

 

「……ダメだな。死んでいる。おそらく他の奴らもそうだろう」

「ど、どうしてこのような……」

「おそらく、《H》の仕業だな。失態を犯したこいつらの口を封じるために毒を仕込んでいたんだろう」

 

 人が亡くなる姿を見慣れていないのか、アルフィンとエリゼは顔色を悪くする。

 

「見つけたぞ!」

 

 すると、紫の軍服を着た帝国正規軍の軍人たちが入り口の方から現れて、即座にアルフィンたちを取り囲んだ。

 

「まったく、関与するなって言ったんだけどな」

 

 そして、遅れてやってきたレクターが困った顔でアルフィンたちを一目見ると、倒れている《新生貴族連合》に視線を向けた。

 

「何かいろいろあったみたいだが、それはこっちの仕事を終えた後にしますか」

「待ってください! レクター大尉!」

 

 レクターがロドルフォの方に目を遣ると、彼を庇うようにアルフィンがレクターの前に立つ。

 

「殿下。朝に仰ったはずです。これは一士官学院生が関わる内容ではないと」

「そういうわけにはいきません。ロドルフォさんは私たちの大事な仲間です。不当な理由であなた方に渡すわけにはまいりません」

「不当ではありませんよ。その男には帝国でスパイ活動をした容疑がかけられています。彼を庇うというのがどういう意味かわかっておいでなのですか?」

「わかっています。無実である彼を匿っているんです」

「…………彼が無実だと、何か証拠を掴んでいるのですか?」

「それは……」

 

 最後の言及にアルフィンは黙ってしまう。彼が犯人でないのは間違いないが、それを決定づける証拠がない。だが、ここで何もしなければロドルフォたちは捕まってしまう。

 何か手はないかと、必死で考えていたその時――、

 

「証拠はないけど、証人ならいるわよ」

 

 一人の女性がその場に介入してきた。紫がかった赤髪が風に揺れる。

 

「あれは……」

「間に合ったか」

 

 聞き慣れた声にエリゼは目を開き、ユーシスはほっと安堵する。

 大型の導力拳銃とブレードを腰に付け、手に持った《ARCUS》のカバーに描かれているのは《支える籠手》のシンボル。

 

「サラ教官!」

 

 元トールズⅦ組の専任教官にして、遊撃士協会所属のA級遊撃士。そして、ロドルフォの元上官である元《北の猟兵》。《紫電》サラ・バレスタインの姿があった。

 

「ユーシスが呼んだの?」

「《北の猟兵》が関わっていたからな。もしもの事を考えて手を打っておいた」

 

 ミリアムの質問にユーシスは答える。今朝、彼はアルフィンたちと一旦、別れた後、サラと連絡を取って今回の事情を伝えていたのだ。

 サラはレクターの前に立ち、横目でロドルフォの姿を捉える。

 ジッとこちらを見つけてくる彼に笑みを見せるとレクターの方に視線を戻す。

 

「これは、これは、元Ⅶ組の教官殿じゃねぇか」

「去年の内戦以来ね、《かかし男(スケアクロウ)》。相変わらず、こそこそと悪巧みをしてるわね」

「人聞きが悪いな。これでも立派な仕事なんだがな。……それで? 証人がいるっていうのは?」

「アンタたちの主張は彼がノーザンブリアから帝国の内情、特に帝国の英雄の調査をするように命じられたと考えているのよね。つまり、彼がその依頼を受けたのは少なくとも内戦後。つまり、年明けになるってことよね」

「あぁ、その通りだ。そして、ソレイユ兄妹は内戦後の一月中旬に帝国に入国。その前にノーザンブリアに帰国して、《北の猟兵》上層部から帝国の内部調査をした可能性がある」

「残念だけど、それはないわね。一月の間に彼がノーザンブリアを訪れることはできないわ」

「……そのアリバイを立証するための証人ってことか。……で? その人物は今、どこにいるんだ?」

「残念だけど、ここにはいないわ」

「話にならねぇな。それにたった半日でソレイユのアリバイを調べたっていうのか? それに信憑性があんのかよ? ましてや、これは国家権力の干渉になるぞ。『遊撃士は、国家主権およびそれが認めた公的機関に対して捜査権・逮捕権を行使できない』だったか? A級遊撃士ともあろうが、そんなこともわかんねぇのか?」

「『遊撃士は、民間人の生命・権利が不当に脅かされようとしていた場合、これを保護する義務と責任を持つ』。この規約に基づき、私は民間人であるソレイユ兄妹を保護しに来たのよ」

「おいおい、本気で言ってんのか? 史上最強の猟兵。《北の英雄》である《狼帝》が民間人だって?」

 

 疑わしい目でサラを睨むが、彼女は一歩も引かなかった。彼女にとってロドルフォは元部下であるが、今の彼は猟兵から足を洗った民間人。ならば、遊撃士として民間人である彼を守るのが彼女の使命。

 両者が一歩も譲らずに睨みあう中、突如、アルフィンの《ARCUSⅡ》がけたたましいベルを鳴らすのだった。

 

「来たみたいね。殿下、通信を繋げて」

「え! は、はい」

 

 アルフィンは慌てて、《ARCUSⅡ》を操作する。モニターが開き、全員が見えるようにすると、モニターからとある人物が映し出された。

 

『やぁ~、アルフィン。元気にしていたかな?』

「お、お兄様?!」

 

 出てきた人物にアルフィンだけでなく、サラを除いた一同が驚愕する。

 映っているのはアルフィンと同じ金髪と身なりがいい赤い礼服を着た青年。エレボニア帝国第一皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールが爽やかな笑みを浮かべて現れた。

 

『久しぶりだね、我が親愛なる妹よ。本当なら別の形で披露したかったんだけどね』

「ど、どうして、私の《ARCUSⅡ》に?」

『ちょっとした裏技を使ってね。今はカレル離宮である客人と談笑していたんだよ』

「ある客人?」

 

 全員が頭に疑問符を浮かべると、通信越しにオリヴァルトとは違う別の声が出てきた。

 

『お初にお目にかかります。アルフィン殿下』

「え……」

「は……?」

 

 聞こえてきたのは、曇りのない澄み切った声。その声を耳にして、オランピアとレクターは目を丸くする。そして、オリヴァルトの代わりに映し出されたのは紫髪の女性。

 

『その他の皆様も、どうかお見知りおきを。リベール王国、王太女クローディア・アウスレーゼと申します』

「く、クローディア殿下?!」

 

 帝国南部に隣接しているリベール王国の王太女。予想外の大物人物の登場に一同がオリヴァルトの時以上に騒然とする。

 

「……おい、何でお前さんがそこにいるんだよ」

『お久しぶりですね、レクター先輩。本日はリベールと帝国の親交を深めようとこうしてお忍びで訪問してきたのです』

『そこにサラ教官から連絡が来てね。こうして介入してきたというわけさ』

 

 周りの者たちが状況に付いて行けずに置いてけぼりになる中、レクターは瞬時に理解するのだった。

 

「なるほどな。証人って言うのはお前さんのことか」

『はい。そちらにいらっしゃるロドルフォ・ソレイユさんは去年の十一月から一月中旬まで、リベール王国の王都グランセルに滞在していました。そこで宮廷料理人として我がグランセル城で働いてくださいました』

「きゅ、宮廷料理人っ?! ロドルフォさん、本当なのですか?!」

 

 とんでもない場所で働いていたことに知り、思わずエリゼは尋ねてしまう。それにロドルフォは静かに頷いた。

 

「アウスレーゼ王家の親戚のデュナン公爵が俺の料理を口にしてな。俺の事情を知ると宮廷料理人としてしばらく働いてみないかと誘われたんだ。おかげでいい勉強になった」

「す、すごい所で働いていたんだね」

 

 ロドルフォの料理は他国の王族をも絶賛する一品であると知り、ウィリアムはそれ以上の言葉が見つからなかった。

 

「それでどうするのかしら? 遊撃士協会はソレイユ兄妹の無実を訴えるために、今、リベール王家に証人の申し込みをしているわ。もし、彼を不当な理由で捕まえたら、そちらとしては困るんじゃないかしら?」

 

 サラの追及にレクターは黙ってしまう。クローゼの性格を彼は良く知っている。仮にここでロドルフォを捕まえれば、彼女は彼が無実であると必ず主張するだろう。

 それを帝国政府が無視して彼を起訴しようとすれば、帝国はリベール王国の意見を蔑ろにしたと捉えられ、二国の友好関係に亀裂を生みだしかねない。

 だが、彼を捕えれば、《猟兵王》や《闘神》を超える実力を持つ《狼帝》のを自分たちの手元に置くことができる。

 彼を捕らえるメリットとデミリットを頭の中で整理していると、そこにアルティナが彼に近づく。

 

「アランドール大尉。私から一つ情報が」

 

 彼女は彼にそっと耳打ちをする。最初は眉を潜ませていたレクターだったが、彼女の話を最後まで聞くと、目を大きく見開く。

 

「マジかよ……。その情報は確かか?」

 

 アルティナが開示した情報、ロドルフォの出生を聞かされて、彼を思わず凝視する。

 

「断言はできませんが、直属の上官だった《紫電》のバレスタインや、現在、逃亡している《北の猟兵》メンバーなら、何かご存じかもしれません。……とにかく、この情報の精査は必要になると思います。最悪、彼を出せば交渉が破綻する恐れがあります」

「たしかにな。さすがに初っ端で出鼻を挫くのはまじぃな」

 

 レクターは深くため息を吐いた後、アルフィンたちと向き合った。

 

「どうやら、お前さんを捕らえるのは一旦、保留になっちまったみたいだ」

「お前ごときが俺を捕まえられるとは思えないがな」

「言ってくれるぜ。……ま、とにかく、お前さんの容疑はまだ晴れてないが、今すぐに捕まえることはなくなった。殿下たちの処分についてもとりあえずは後回しだ」

 

 レクターはロドルフォから視線を外して、周囲にある武器と食料が積んだ箱を確認する。

 

「それに別の問題が出てきたみたいだし。今なら逃げている四人に追いつけるかもしれないしな」

「そうか。なら、俺たちはこれで失礼する」

 

 話が終わったとわかり、ロドルフォはルカを抱えてレクターの横を通り過ぎて、そのまま立ち去って行った。

 まるで何事もなかったかのように颯爽と立ち去るロドルフォに全員が呆然とする。

 

『レクター先輩』

 

 そんな中、クローゼが彼に声をかける。

 

『帝国で内戦があったと聞いて心配しましたが、お元気そうで安心しました。……どうか、無理をなさらないように』

「おいおい、俺が無理しているように見えんのかよ」

『見えます。私でもわかるくらいです。ルーシー先輩が見れば今度は泣いた後に一発やられると思いますよ』

「…………そいつは勘弁だな」

 

 ばつが悪そうな顔で頭をかくレクターは彼女から視線を逸らして後ろを向く。これ以上は何も言わないと背中で語る彼の姿にクローゼさは寂しそうに見つめるが、彼の意志を尊重して会話を終わらせるのだった。

 アルフィンはどうしようかと戸惑ったが、ロドルフォの後を追うためにエリゼたちと共にその場から立ち去るのだった。

 

「こっちからも一つ忠告しておくわ。リィンだけじゃなく、あの子たちにもちょっかいをかけるってなら、容赦はしないわよ」

 

 鼻を鳴らすサラはレクターからの返事も聞かずにその場から離れて、ユーシスたちに近づいた。

 

「アンタたちはここに残るの?」

「えぇ。当主名代として、軍だけにこの場を任せるわけにはいきませんので」

「ボクも情報局員として、レクターの手伝いをしなきゃいけないからね」

「そう……。それじゃあ、あの子たちは私が送っていくわ。アンタたちも気を付けなさいよ」

 

 ウィンクするサラは最後に手を振って、その場を立ち去るのだった。

 こうして、ケルディックで起きた騒動は収束に向かうのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 ひと騒動が終えて、ユーシスたちが公園内の調査をしている時、遠く離れた場所で《H》が木の枝に座りながら呆然と眺めていた。

 

「どうやら、今回の舞台はこれにて閉幕ってところだな」

「いいのかよ、あんな風にあいつらを始末して」

 

 反対側の木の枝の上に立っているのは、ケルディックでアルフィンたちに激辛料理を振舞ったラーメン屋台の店主だった。彼は《新生貴族連合》の遺体が運ばれていくところを気怠そうに眺めていた。

 

「その心配はねぇよ。失敗したら始末するって手筈になってるからな」

「容赦ねぇな。仲間意識ってのがねぇのかよ」

「あいつらも必死なんだよ。それに俺たちも人の事は言えねぇだろ?」

「ま、それもそうだな」

 

 淡泊な返答をする店主。それに《H》はやれやれと肩をすくめる。

 

「それはそうと悪かったな。お使いを頼んじまって」

「別に構わねぇよ。だがよ、わざわざ今回の件に介入させる必要はあったのか?」

「あいつらの実力を見極めたくなったんだ。これからの事を考えてな」

「ま、こっちとしてはお得意様ができて万々歳だがな」

「あれを食っちまう奴がいるとはな。しかも、この国の皇女殿下と来た」

「箱入りだと思っていたが意外と度胸がある嬢ちゃんだぜ。パンタグリュエルでもそうだったしな」

「そういえば、お前さんは彼女に一度、会っていたな。あの白髪の嬢ちゃんとも」

「まぁな。こいつのおかげでバレずにすんだがな」

 

 店主は頭に被っていた頭巾を取り外して浅葱色の髪を晒す。同時にかけていた眼鏡を取り外して、別の眼鏡にかけ直した。

 

「お前さんのその姿はいつ見てもシュールだな。マクバーン」

 

 結社《見喰らう蛇》、執行者No.Ⅰ 《刧炎》のマクバーン。

 結社最強の執行者は、白の調理衣と腰下エプロンを付けて腕を組んだ。

 

「上からのお達しがない時はこっちで生計を立ててんだよ。人の趣味にケチつけんな」

「一応、《執行者》にはあらゆる自由が認められってから、それなりにミラはもらってるだろう」

「そんなもん材料と新メニューの開発で吹き飛んでんだよ。だからこうして働いてんだ」

「見た目とは裏腹に常識人だな、ほんとに。知った時の周りの反応を思い出してみろよ。ヴァルターなんか、ありえないって顔を浮かんでたし、《鋼》のところの嬢ちゃんなんか絶叫していたじゃねぇか」

「ま、今じゃ、あいつらもお得意様の一人だけどな」

 

 誰を思い浮かべているのか面白そうに笑うマクバーンは外した眼鏡を手で回す。

 

「それにしても便利だな。認識阻害効果のある眼鏡だっけか? あの剣聖の坊主が使っていたのを参考にしたって話だったな」

「元々は法術を使ったものみたいだったが、《博士》がそれを参考に作り上げたみたいだぜ」

「そういやその《博士》だが、まだくたばってねぇのか? 去年のクロスベルでその剣聖に両腕を斬り落とされたって聞いたぜ」

「あぁ。一命は取り留めたみたいだぜ。新人の使徒様も同じくひどい目にあったみてぇだがな。……さて、俺たちもそろそろ退散するか。《幻焔計画》の奪還。その、次の手を打たなきゃならないしな」

「俺もこれ以上、店を開けるわけにはいかないしな」

 

 《H》とマクバーンは木から降りてその場から離れていった。

 太陽が少しずつ沈んでいき景色が夕日で赤く染まる。

 血のように広がる景色に《H》は笑みを浮かべる。

 

「トールズⅦ組。《鉄血》に抗える力があるか、見極めさせてもらうぜ」

 

 その光景に何を思い浮かべているのか、それは《H》以外、誰にもわからなった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 ルナリア自然公園からケルディックに戻って来たアルフィンたち。

 すぐに帰宅の準備をする一同だったが、アルフィンが少し遅れるとロドルフォを残して、エリゼたち三人は外で待機していた。

 すでに空は暗くなっており、予定よりも遅くトリスタに帰ることとなってしまった。

 

「結局、予定の列車に遅れちゃったね」

「そうですね。それに今日の分の課題をすっぽかしてしまいましたし」

「うぅ……、それを言わないでください」

 

 仲間を助けるためとはいえ、実習の課題をサボってしまったことに真面目気質なエリゼは頭を抱える。

 

「そんな心配な顔をしなくてもいいわよ。ヴァンダイク学院長には私の方から言っておくから」

『僕の方からも言っておこう。お飾りとはいえ、これでもトールズの理事長だからね』

 

 そんなエリゼをサラとエリゼの《ARCUSⅡ》から通信越しでオリヴァルトが助け舟を出す。それに内心、感謝するエリゼだったが、情けない所を見せてしまい、少し顔を赤くする。

 

「サラさん、オリヴァルト殿下、そして、クローゼさん。助けていただいてありがとうございます」

 

 オランピアが三人に感謝の言葉を述べると、三人の優しく笑みで返した。

 

「いいのよ。こっちとしては知り合いを助けようとしてくれたんだから、アンタたちには感謝してるわ」

『彼はⅦ組にはなくてはならない存在だからね。こうして力になれたのなら何よりだよ』

『大切なご友人たちのピンチだったのです。何事もなくて本当に安心しました』

「……はい。ありがとうございます」

 

 笑顔でやりとりする四人を見て、エリゼはふと疑問を浮かべるのだった。

 

「オランピアさん、皆さんとお知り合いなのですか?」

「はい。三人とも旅中で知り合ったんです。……オリヴァルト殿下は少し違いますが」

『フフフ……、僕ではなく、僕に似た漂泊の演奏家と知り合いでね。彼を通じて、彼女と知り合ったんだよ』

『こうして、お話しするのは去年の通商会議以来ですね。お元気でしたか、オランピアさん』

「はい。クローゼさんもお元気そうで何よりです」

 

 久しく出会った友人に笑みを隠せないオランピア。そんな彼女の人脈の広さにエリゼは驚きっぱなしだった。

 

「アンタがエマの弟さん? 彼女たちの担任教官を務めていたサラ・バレスタインよ。今は遊撃士として活動をしているわ」

「はい。姉さんから聞いています。ウィリアム・ミルスティンです」

「こっちもリィンから話は聞いてるわ。エマは元気にしてるの?」

「はい。元気にやっています。サラ教官はすごく頼りになる方だと聞いています」

「あら♪ 嬉しいことを言ってくれるわね」

 

 嬉しそうにはにかむサラだが、ウィリアムは内心、苦笑いするのだった。

 酒癖がひどく、時々、だらしない所もあるとも言っていたが、それは言わないことにしよう。

 

「お待たせしました」

「あぁ、姫様。準備が終わり……、えっ?!」

 

 アルフィンが宿から姿を現すとエリゼは信じられないと言わんばかりに目を大きく開いた。

 

「ど、どうしたのですか、その髪は?!」

 

 長く綺麗に伸ばしていた金髪は、うなじがギリギリ見えるくらいまで切られていたのだ。これにはオランピアたちも驚愕を禁じ得ない。

 当の本人が首を傾げている中、後ろからロドルフォが目を覚ましたルカと一緒に宿屋から出てきた。

 

「何を突っ立ている。とっとと駅に行くぞ」

「そ、そんなことよりもロドルフォさん! 姫様の髪がっ!」

「俺が切った。切ってくれと頼まれたからな」

「どうして、そんなことを?」

 

 ウィリアムはなぜ、そんな頼みをしたのかアルフィンに訊ねる。それに対して彼女は目を伏せるのだった。

 

「今回の実習で自分の認識の甘さを痛感しました。《新生貴族連合》のこと、帝国政府のこと。私は何もわかっていませんでした。ロドルフォさんの件もユーシスさんやサラ教官たちの助けがなければ、解決することができませんでした」

 

 もしもユーシスたちの助力がなければ、ロドルフォたち兄妹は政府に逮捕されて、自分たちも重い処分を受けていたかもしれない。自分たちが今回、助かったのは、たまたま運が良かっただけなのだ。

 

「ですから、これは私なりの覚悟の証なのです。周りに流されることなく、自分の力で道を切り開くために」

「姫様……」

 

 エリゼは彼女の真っ直ぐな視線に思わず息を呑んでしまう。女学院の時から彼女とずっと一緒にいたが、ここまで真剣な顔をする彼女を今まで見たことがなかったからだ。

 

『どうやら、今回の特別実習はいいきっかけになったみたいだね』

「お兄様」

 

 アルフィンはモニターに映る兄に視線を向ける。

 

『君がトールズに行くと言った時は正直、不安なところはあったんだ。内戦が終結したとはいえ、帝国内の問題は山ほど残っていたからね』

「《新生貴族連合》と政府が密かに進めているノーザンブリアの件ですか?」

『それ以外にも色々ね。僕もそれなりに頑張っているが、なかなか上手くいかなくってね』

 

 ははは、とオリヴァルトは乾いた笑みを浮かべる。

 

『だけど、君は学院で仲間を作り、今回の件を見事に乗り越えてみせた。多少の手助けはあったかもしれないが、ロドルフォ君を助けようと決断し、動くと決めたのは他ならない君とその仲間たちだ。アルフィン、君は間違いなく前に進んでいる。これからも精進するといい』

『アルフィン殿下。私もかつては自分の無力さに悲観した時がありました。でも、そんな私を仲間たちが支えてくれました。一人で全てを背負う必要はありません。学院生活で縁を育み、誰にも負けない絆を作ってください。それが何ものにも負けない強い力になります』

 

「お兄様……、クローディア殿下……」

 

 二人からの助言をもらいアルフィンは思わず涙ぐんでしまう。それにエリゼたちが寄り添う中、一人離れたところにいたロドルフォがその光景を眺めて、ルカはそっと彼の手を優しく握る。

 

「いい仲間を持てたわね」

 

 そんな彼らに近づく影が一人。それが誰かとわかるとロドルフォたちはそちらに振り向いた。

 

「改めてになるけど、久しぶりね」

「そうだな」

「お久しぶりです。バレスタイン隊長」

「隊長はやめて。もう猟兵団はやめたんだから」

 

 お辞儀するルカに、サラは恥ずかしそうに手を振る。

 

「リィンの教官になっていたんだな」

「アンタもユミルで暮らしていたなんてね。でも、元気そうでよかったわ」

 

 サラは養父であるバレスタイン大佐の死後にノーザンブリアを去っていた。彼女がロドルフォたちがノーザンブリアに追われたことを知ったのは、その後のことだった。

 

「アンタたちが国を追われたって聞いた時は心配したけど、平穏な日常を手に入れていたようで安心したわ」

「心配してくれてたのか?」

「当然。大公家の孫だろうが、アンタが祖国のために尽力していたことはこの目でしっかり見ていたからね」

「……そうか」

「フフ……。探し物は見つかったみたいね」

「! お前、気づいて……」

「大佐とヴラド隊長が言っていたのよ。見た目によらず、意外と寂しがり屋だったのね」

「ファザコン隊長に言われたくはないな。最年少でA級に上り詰めた《紫電》のバレスタインの話はよく耳にするが、浮いた話は一度も聞かなかったな。大方、あの人似の渋いオジサマ系を狙っているんだろう」

「な、なんでアンタがそのこと知ってんのよ?!」

「…………マジか」 

 

 当てずっぽうで言った推測が見事に的中し、ロドルフォは顔を引き攣った。

 

「兄さん」

 

 ルカは兄の裾を引いて自分の方に向かせる。

 

「兄さん、どうかお身体には気を付けて」

「ルカもな」

「それから、エリゼたちとどうか仲良く。掴み取ったものを絶対に手放さないでください」

「……あぁ」

 

 ロドルフォはルカの頭に手を置き、優しく撫でる。それにルカは慈愛の笑みで返す。

 

「ロドルフォさん! もうすぐ時間ですよ!」

「……ああ! 今行く!」

 

 ロドルフォはルカから離れて、自分を呼ぶ仲間たちの下へと行く。

 駅に向かいながら彼女たちと語らう彼の顔には笑みが浮かんでいた。

 今まで見たことがない優しい笑み。それにルカは嬉しそうに目を細めるのだった。

 

(女神様……、どうか兄を、そして、彼を認めてくれる仲間たちに、ご加護を……)

 

 孤高の道を歩んだ狼は新たな道を歩み出す。だが、その道に進むのは彼一人ではない。

 彼の事を認め、信じ、肩を並べて歩もうとする仲間たちがいる。

 汽笛が鳴る。兄を乗せた列車が駅から走り出す。

 妹は兄とその仲間たちの行く末を女神に祈りながら、遠くなる列車を見続けるのだった。

 

 

 

第一章 北からの来訪者 ~孤高の英雄(ロドルフォ・ソレイユ)~ END

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