英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
七耀歴1205年 5月13日
二回目の自由行動日。アルフィンは先月と同じようにポストから生徒会からの手紙を手に取った。
「それが生徒会からの依頼ですか?」
中身を確認するアルフィンの隣でエリゼが手紙を覗き見るのだった。
「えぇ。先月の旧校舎の調査も依頼の一つだったわ」
「今日も入っているようですね」
最後に書かれてある「旧校舎の調査」という項目に二人は先月のことを思い出す。
「あの時は大変でしたね」
「そうね……。危うく爆発に巻き込まれるところだったのよね」
「それを引き起こしたのは姫様ですよ」
懐かしむアルフィンに細目になって横槍を入れるエリゼ。
命の危機だったというのにこの反応。二人は思っていたよりも肝が据わるようになったようだ。
「今日も誰か来るのですか?」
「えぇ。ロドルフォさんとリアムさん。後、シャーリィさんが来るわ」
「兄様は?」
「休ませました。今頃、帝都で先輩方と会っているでしょう」
ロドルフォはアルフィンの指導のために今回も調査に参加することとなった。リアムについてはアルフィンがあることを頼んでおり、その件で同行することになっている。
「リアムさんが来るのも驚きですが、シャーリィさんも?」
「ロドルフォさんが来るって聞いたら、絶対に行くって言っていきたのよ」
現役の猟兵として最強とまで呼ばれた猟兵の戦いを間近で見たい。一種の憧れに近いようなものをシャーリィは彼に抱いているのだろう。
「でもいいの、エリゼ? このくらいの量なら私一人でもやれるわよ」
「そういうわけにはいきません。昨日、あんなことがあったばかりではありませんか」
エリゼは昨日の放課後のことを思い出す。
貴族生徒との一悶着が終わった後、アルフィンたちはグランの指示に従い、職員室で軽い事情聴取を受けた。
貴族生徒の担当教官であるハインリッヒ教頭は今回の騒動を耳にするなり、顔が真っ青を通り越して真っ白になっていた。
「ニールさんでしたっけ。あの後、帰ってしまいましたが、どういう方だったの?」
昨日、貴族生徒三人をたった一人で制圧したニールと呼ばれた平民の男子生徒。同じ水泳部に所属しているエリゼに彼について聞こうとしたが、本人は少し考え込んでしまった。
「正直に申しますと、よくわかりません。昨日見た通り、すごく感情が薄い方ですので」
思えば、皇族のアルフィンに対して敬うような態度はなかった。それどころか一回、目を合わせただけで、その後、ほぼ無視されていた。
「でも、あの子を助けるために動いていた感じがしたわ。少なくとも薄情な人じゃないと思うわ」
「そうですね。あの後も一緒に帰ったようでしたし」
事情聴取の後、被害を受けた女子生徒は脱兎のごとく立ち去り、ニールはその後を追いかけていった。
「名前、聞きそびれてしまったわね」
「同じ学院に通っているのですし、また、どこかで会えますよ」
「それもそうね。それじゃあ、行きましょう、エリゼ」
話を区切って、依頼に取り掛かろうとアルフィンはエリゼと共に外に出る。
「あら?」
「姫様?」
しかし、アルフィンが入り口前で足を止めた。急にどうしたのかとエリゼは彼女を見るが、彼女が見ている視線の先を見て、目を丸くした。
「ど、どうも……」
そこには昨日助けた女子生徒が恐る恐ると頭を下げていた。
そして、その後ろには同じ緑の制服を着たニールが目を瞑りながら、待ち構えていた。
~~~~~
「え、えっと、シェ、シェリル・ローランスとい、いいましゅっ!」
女子生徒――シェリルは挨拶を交わす。だが、皇女であるアルフィンを相手に緊張が取ることができず、最後に舌を噛んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「も、も、も、申し訳ありません! アルフィン殿下に手を煩わせるようなことをっ!?」
「気にしていませんから、落ち着いてください」
テンパっておどおどするシェリル。明るい茶髪に眼鏡をかけた小リスを思わせるような挙動不審な態度。その姿にアルフィンは微笑みをかけながら彼女を落ち着かせるのだった。
今、彼女たちがいるのはトリスタ駅前にある小さな広場。設置されたベンチに女子三人が座り、残ったニールは近くの木を背もたれにして佇んでいた。
「ニールさんもお座りになったらいかがですか」
「俺はこのままでいい」
隣のベンチが空いていることに気づいたエリゼが声をかけるが、ニールは素っ気ない返事で断った。
「それでシェリルさん。今日は一体、どのようなご用事で?」
「え、えっと、昨日、助けてくださったのに、お礼を言いそびれてしまいましたので……」
お礼も言わずに立ち去ってしまったことに罪悪感を覚えたシェリルは、しっかりお礼を言うためにとニールを連れて、アルフィンたちがいる第三学生寮に訪れたようだ。
「いいえ。お礼を言うのはどちらかというと私たちの方ですし」
首を横に振ったアルフィンはシェリルから視線を外してニールの方に顔を向ける。
「ニールさん、でしたよね。昨日は助けていただきありがとうございます。私たちだけでは彼らを抑えることができませんでした」
「……いえ」
昨日の件でお礼を言うアルフィン。それに対して、ニールはボソッと呟くだけですぐにそっぽ向いてしまった。
「ニ、ニール君!? アルフィン殿下にその態度は良くないよ!?」
「いいんですよ、シェリルさん。私は気にしていませんから」
不遜な態度にシェリルは慌てて彼を咎めるが、アルフィンは特に気にしている様子はなかった。
「昨日はあの後、大丈夫でしたか?」
「は、はい。ニール君が隣にいてくれましたので」
「お二人はお知り合いなのですか?」
昨日の一件や一緒に来たこともあって、アルフィンは二人が初対面ではないと見抜く。
「はい。故郷が同じで小さい頃から、ずっと一緒にいたんです」
「幼馴染だったのですか」
「そうです。えっと……、アルフィン殿下とエリゼ様もそうなんでしょうか?」
「私と姫様は帝都の《聖アストライア女学院》にいた時に知り合いましたから、幼馴染という関係ではありませんね」
「強いて言うなら、親友ですね」
貴族、皇族相手に緊張するシェリルだったが、アルフィンたちの優しい対応のおかげで彼女は少しずつ肩の力が緩み、会話が弾んでいく。
「生徒会のお手伝いですか?」
「はい。これからエリゼと二人で取り掛かろうとしていたんです」
「そうだったんですか……」
シェリルは尊敬するような眼差しを二人に向ける。それに二人は首を傾げていると、彼女の口から予想外のことが出てきた。
「あ、あの、私もその手伝いに参加してもいいでしょうか?」
突然、生徒会の手伝いに参加したいと言い出したのだ。
「その、昨日、助けていただいたことの恩返しをしたいですし」
「そんな……。別に気にしなくてもよろしいですのに」
「い、いいえ。それ以外にも理由があります」
シェリルはおどおどしながらも、ゆっくりと話を続ける。
「わ、私、いつも周りの人たちに迷惑かけてしまって。昨日だって、私の不注意で貴族様の方々を怒らせてしまって……」
「それはシェリルさんのせいでは……」
「運動神経も悪いですし、勉強もあまり得意じゃなくて、自慢できるようなものが何一つないんです。それがすごく嫌で……」
シェリルの声はとても弱々しかった。自身の不出来さに俯いてしまう彼女にアルフィンたちは上手い言葉が見つからなかった。
「そんな時にトールズの話を耳にしたんです」
顔を上げたシェリルは遠くにそびえ立つ士官学院に目を向ける。
「去年の内戦で帝国東部を翔けた《紅き翼》。それに乗っていたのは私と年がそんなに変わらないトールズの学生たちだって知ったんです。貴族様だけじゃなく、私と同じただの平民の人もいると聞きました。それを聞いて、すごいなぁって思ったんです」
先程までの暗い雰囲気が薄まり、学院を映す彼女の瞳が希望に満ちあふれんばかりに輝いていた。
「それで思ったんです。トールズに行けば、この士官学院に入れば、変われるんじゃないかって。いつも下を向いている自分が少しは胸を張れる自分になれるんじゃないかって」
その言葉にアルフィンとエリゼは目を張った。彼女が抱く想いは、正にここにきた自分たちが持つものと同じものだったからだ。
「今まで学校の授業についていくのに必死で他の事に手を付けられなかったのですが、ようやく少し余裕ができたんです」
「それで私たちの手伝いを?」
「はい。その、足手纏いにならないように頑張ります。ですから、どうかお手伝いをさせてください!」
シェリルの懇願に対して、アルフィンは一度、エリゼを見る。視線に気づいたエリゼは優しく頷き、それにアルフィンは相槌をする。
「わかりました。一緒に頑張りましょう」
「! あ、ありがとうございます!」
了承をもらい、笑みを浮かべるシェリル。嬉しそうにする彼女を見て、アルフィンたちも自然と笑みを浮かべる。
そして、それを見届けたニールはもたれかかっていた木から離れて、その場から離れようとする。
「あ、ニールさんもよろしかったら、一緒にやりませんか?」
立ち去るニールに気づいて、呼び止めるアルフィンだったが、彼は振り向くと首を横に振る。
「興味がありません。用は済みましたので失礼します」
それだけ言って、ニールは寮の方へと帰って行った。
あっさりと断られると思っていなかったのか、アルフィンとエリゼは口を開けて固まってしまっていた。
「す、すみません! ニール君が失礼な態度をっ」
「いえいえ。無理強いをした私の方がいけませんので」
そうは言うが、皇女相手に不敬な態度を取った友人を連れてきたことにシェリルは申し訳なさでいっぱいだった。
「お二人とも。そろそろ取り掛かった方が」
「そうですね。エリゼ、シェリルさん。行きましょうか」
「は、はい!」
三人はベンチから立ち上がった。
皇族、貴族、平民。
身分も生まれも全く異なる少女たちが足並みを揃えて、学院へ向かうのだった。
~~~~~
「それでは失礼します」
「うん。手入れの方はしっかりとね」
学生会館二階。釣皇倶楽部の部長、ケネス・レイクロードに一礼をしてオスカーは部室から出る。
釣り道具一式を収納したバックとロッドケースを手にして学生会館を後にした彼は深く眉間を寄せながら、学生寮へと帰っていく。
「……ダメか」
教会前で足を止めたオスカーは悔しそうに口元を歪ませる。
彼が歩きながらやっていたのは一種のイメージトレーニング。頭の中である人物との模擬戦闘を繰り返していた。
だが、結果は全戦全敗。どんな戦法を取っても最終的にはこちらが負けてしまった。
「シャーリィ・オルランド……」
彼がイメージで相手に選んだのは同じⅦ組の女子生徒、シャーリィ・オルランド。彼女の事については特別オリエンテーリング後に一通り調べていた。
大陸西部を中心に活動している最強として呼び名が高い猟兵団《赤い星座》に所属している女猟兵。亡き前団長《闘神》バルデル・オルランドの姪にして、現団長シグムント・オルランドの実子。
猟兵の娘として子供の頃から戦場に立ち、《血染めのシャーリィ》と呼ばれるほど恐れられた凶人。噂ではクロスベルで活躍するトップスターに重症を負わせたという話もある。
「不甲斐ない……」
彼女の実力は入学してから一ヶ月で何度も見た。特に先月の特別実習で垣間見た猟兵としての彼女の戦い。町に被害はあったものの、死者は誰もいなかった。
あの時、自分の力ではそのような結果を出すことはできなかった。それを彼女は団の力があったとはいえ、見事に成し遂げた。それだけで自分と彼女の実力にかなりの差があると嫌でも理解してしまった。
「これではダメなんだ。もっと。もっと強くならなければ……」
『ち、父上!』
『悪いな、ボン』
『これも仕事の一環だ』
だが、オスカーはそれを受け入れることができなかった。脳裏にチラついた光景が彼の心に影を落とす。
「証明するんだ。私がこの手で……」
拳を強く握り、顔を一層険しくする。身体の方も無意識に震えており、その姿はとても危うげなものだった。
「オスカーさん?」
そんな時に教会の方から自分を呼ぶ声が届いた。オスカーは声がした方に振り向く。
「アルフィン殿、エリゼ殿も……」
アルフィンとエリゼ、そして、シェリルの三人が手に袋を抱えながら、教会から出てきた。
「そちらの女性は?」
「シェリル・ローランスさんです。私たちと一緒に生徒会の手伝いをしているんです」
「よ、よろしくお願いします」
「あぁ。こちらこそよろしくお願いする」
おどおどするシェリルを怖がらせないように、優しい笑みを向ける。
「お三方はなぜ、教会に?」
「はい。子供たちに勉強を教えていたんです。これは子供たちからのお礼でもらいました」
手に持った袋の中をからクッキーを取り出して、オスカーに見せつける。
「ちょうどお昼の時間にもなりますので、食後にいただこうかと」
「そうなのですか」
「オスカーさんはこれからどちらに?」
「一度、寮に戻り、釣り道具を置いた後、鍛練に取り組もうと」
「鍛錬ですか……。それでしたら、一緒に旧校舎に行きませんか?」
「旧校舎というと、先月、アルフィン殿が調査したという?」
「はい。今回も調査しに向かうんです。魔獣も徘徊していますし、鍛錬するには最適だと思いますが」
アルフィンから持ちかけた話にオスカーも納得して頷いた。しかし、懸念することがあった。
「……他にも誰か来るのでしょうか?」
「はい。ロドルフォさんとリアムさん、……後、シャーリィさんもです」
最後に出した名前にオスカーの顔が険しくなる。突然、顔色を変えて、シェリルは首を傾げる。
「申し訳ありませんが、今回は見送らせていただきます」
「そうですか。……オスカーさん。シャーリィさんとは上手くやれませんか?」
「姫様?」
「オスカーさんがシャーリィさんに、猟兵に対して思うところがあるというのはわかります。ですが、シャーリィさんはⅦ組の一員。私たちの仲間なんです。仲良くとまではいかないかもしれませんが、共に肩を並べれることはできませんか?」
アルフィンの説得にオスカーは押し黙ってしまう。
トールズに入る前の彼女だったら、どうにかして二人を仲良くさせようとしていただろう。だが、彼女は一ヶ月の学院生活を通して、その考えを改めていた。
(お二人にそれは、逆に悪手ですね)
自由奔放で我の強いシャーリィと、自分の考えを曲げないオスカー。どちらかが折れなければ、仲良くするのはとてもではないができないだろう。
シャーリィがオスカーに対して、どう思っているかわからないが、少なくともオスカーは彼女に対して、敵意に近い感情を抱いているのはわかった。
「……申し訳ありません。いかにアルフィン殿の頼みとはいえど、それは聞き入れられません」
アルフィンの言葉をオスカーは柔らかくも明確な拒絶を示すのだった。
「皆に迷惑をかけているのは、重々に承知しております。ですが、私はどうあっても、彼女のことを仲間と思うことができません」
「猟兵だからですか?」
「はい。ミラさえ貰えれば、殺しも略奪も平気で行える“悪“。そんな者と共に戦うなど、私にはできません」
オスカーは止まった足を動かした。
「私はこれで失礼します。調査の方、どうか頑張ってください」
その言葉を最後にオスカーはアルフィンたちから離れる。彼女たちは呼び止めようとはせずに、そのまま彼を見送るのだった。
「う〜ん。そう簡単にはいきませんか」
「姫様。あまり、無理を強要するのは」
「わかってるけど、一年間、ずっとあのままというのもいけないでしょ」
「で、でも殿下。とても仲良くできるような雰囲気ではないと思うのですが……」
初対面のシェリルでもわかってしまうオスカーのシャーリィに対する態度。あれでどう仲良くさせればいいのか見当がつかなかった。
「ん~たぶんですが、心配ないと思いますよ」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
「そうね……。似たようなものを見たことがあるからかしら」
去年の内戦。カレイジャスにいた時に何度も見た光景。
プライドが高い貴族と生真面目な平民。二人が憎まれ口を叩きながら対立する光景を思い出していた。
顔を合わせるたびに小競り合いを起こしていたが、戦う時は同じようなやり取りをしながらも、互いに背中を預け合って戦っていた。
「そろそろ私たちも行きましょう。場所は学生会館ではいいかしら?」
「そうですね。その後に旧校舎に向かいますので、そちらにしましょう」
アルフィンたちはオスカーを背にして、学院の方へと向かうのだった。