英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
チーム分けが終わり、早速、地下のダンジョンへと進むアルフィンたち。
まずはアルフィン、オスカー、ウィリアムの三人が先に進み、後にエリゼ、リアム、オランピアが彼女たちの後を追うこととなった。
アルフィンたちはオスカーが先頭を歩き、その後ろを二人が付いて行く形で進んでいった。
「アルフィン殿、分かれ道です」
オスカーは後ろに振り向き、アルフィンに声をかける。
呼び捨てで呼ぶようにアルフィンに懇願されたオスカーだったが、結局、皇女相手を呼び捨てで呼ぶことに強い抵抗を持った彼は、呼び捨ての代わりに「アルフィン殿」と呼ぶことを逆に彼女に懇願するのだった。本人は不服そうな顔をしていたが、エリゼに嗜められて、仕方ないと妥協するのであった。
それはさておき。
先頭を歩いていたオスカーが左右に分かれた道を前にして足を止めていた。
分かれ道の前で立ち止まるアルフィンたちはそれぞれの道に目を向ける。
どちらも同じ素材で作られた道。どっちが出口に続いているのかまったくわからない。
しばらくして、アルフィンは左の道に指を指した。
「こちらの方へ行きましょう」
ヒントがない以上、一つずつ潰していくしかない。
オスカーたち男二人は特に反論はなく、アルフィンが指した左の道へと足を向ける。
「そういえば、ウィリアムさん」
「はい?」
「エマさんはお元気ですか?」
昨年の夏と内戦でリィンたちⅦ組とかかわりを持っていたアルフィンは、今年に一年早く卒業したエマの近況を弟であるウィリアムに尋ねた。
「元気にしていますよ。エマ姉さん、里を出る前は引っ込み思案なところがあったんですが。帰ってきてからは積極的に外に出て、よく僕の相手をしてくれてます」
「そうなのですか。ではセリーヌさんは?」
「姉さんと一緒に散歩したり、日向ぼっこしたり、川に流れている魚を捕まえようとしたり、何も変わっていませんでしたよ。あぁ、でも前より人と積極的に関わっていますね」
「気まぐれなところは相変わらずなのですね。今度お会いした時に、お気に入りのミルクを用意しませんと」
「ははは……、たぶん、興奮してすぐに飛びつくと思いますよ」
(猫みたいな人だな……)
前を警戒して進むオスカーは後ろにいる二人の会話を耳にして、話に出てくるセリーヌに対してそんな印象を持ち始めた。彼の頭には猫のように地面にだらけてくつろぐ女性の姿が浮かんでいた。
「姉さんがトールズに在学していた時、Ⅶ組のことは手紙で知っていたんで、前々からすごく興味があったんです。まさか、自分がそのⅦ組になるなんて思ってもみませんでした」
「私もです。リィンさんの妹であるエリゼに、エマさんの弟であるウィリアムさん。初代Ⅶ組の関係者が二人もいるなんて、これも女神の導きかもしれませんね」
「そうですね。あ、僕のことはウィルと呼んでください。ウィリアムだと少し長いですし、親しい人たちからもそう呼ばれていますので」
「わかりました。では、私のことも気軽にアルフィンと呼んでください」
「え、いいんですか? この国の皇女なんですよね?」
「入り口でも言いましたが、士官学院での私たちの立場は対等のものです。そこに平民、貴族、皇族も関係ありません。ですから、気にせずに普段通りの態度でお願いします♪」
「わかり……、ううん、わかったよ、アルフィン」
「はい! よろしくお願いしますね、ウィルさん」
呼び捨てで呼ばれるなど家族以外にはいなかったアルフィンは嬉しそうに手を叩く。それにウィリアムは照れくさそうに微笑むのだった。
「アルフィン殿、ウィリアム。前から足音が……」
会話が盛り上がる中、オスカーが突然、足を止める。
止まったことに目を丸くするアルフィンたちだったが、コツコツと複数の足音が正面から鳴り響く。
アルフィンたちは武器を構える。
オスカーは銀の槍を両手で持って腰を落とす。ウィリアムは年季が入ったアンティークなボウガンと銀に輝く直剣をそれぞれ構えて前を睨む。そして、アルフィンはいつでもアーツが打てるように魔導杖を構えるのだった。
「あら?」
「お、来た来た」
物陰から現れたのは先にダンジョンへと入って行った黒髪の少女と赤髪の少女二人。少女たちの姿を見たアルフィンたちは武器を収めて、彼女たちに歩み寄った。
「皆さん」
「やっほー、やっと来たんだね」
黒髪の少女は物腰を柔らかくして両手を前で組むのに対して、赤髪の少女はフランクな態度で手を頭の後ろに組んでアルフィンたちと向き合う。
「お二人とも、ご無事だったのですね」
「はい。魔獣が徘徊していると言っていましたが……」
「あんなの余裕余裕。肩慣らしにもなんないよ」
「お強いのですね。あ、申し遅れました。私はアルフィン・ライゼ・アルノールと申します。どうぞ、アルフィンと呼んでください」
アルフィンの名前に目を丸くする黒髪の少女だったが、すぐに表情を戻して挨拶を交わす。
「ご丁寧にありがとうございます。私はカグヤ・アトソンと言います。この国の皇女殿下とお話しできて光栄です。よろしくお願いしますね、アルフィンさん」
「えぇ! よろしくお願いします、カグヤさん」
ウィリアムの時と同様、気軽に名前で呼ばれて、思わずはしゃいでしまうアルフィンだった。
「ウィリアム・ミルスティンだよ。ウィルって呼んで」
「オスカー・シュライデンだ。ところでカグヤ殿、一つよろしいか?」
「はい、何でしょうか?」
「先程、アルフィン殿を『この国の皇女殿下』と言っていたな。それに殿下の名前を聞いて驚いていた様子だったが、貴殿は帝国の出身ではないのか?」
アルフィンは「帝国の至宝」とまで言われており、少なくとも帝国で彼女のことを知らない者はいない。だが、彼女はアルフィンのことを、名前を聞くまで知らない様子だった。
「はい。私は帝国の東、カルバード共和国から留学して参りました」
「カ、カルバードだとっ!」
カグヤの出身国に思わず声を上げてしまうオスカー。アルフィンとウィリアムも彼ほどではないが目を大きく開いて驚愕をあらわにしていた。
カルバード共和国は帝国の東に隣接しており、長年の間、帝国とは対立関係にある大国だ。まだ大きな戦争は繰り広げてはいないものの、小規模な武力衝突は何度も起きており、その仲は険悪。最近のものだと、帝国がクロスベルを併合したのをきっかけに共和国がクロスベルに軍を送り込んだという話もある。
そんな因縁の国から来たという留学生にアルフィンたちは戸惑いを隠せない様子だった。
「あの……」
「あ、ご、ごめんなさい! まさか、共和国から留学してきたなんて思いもしなかったので」
「そうだね。今の時期に留学するなんて誰も思わないけど、少し不用心だと思うよ」
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です」
カグヤは円盤のようなものを取り出した。円盤の外側は刃でできており、その一部分は持ち手のグリップが付けられていた。
「それは何ですか?」
「チャクラムの一種で偃月輪といわれる東方の投擲武器ですね。投げるだけでなく、これで直接、斬ることもできます」
「動きに無駄がない。かなり鍛錬されたのだな」
「えぇ。小さい頃から父の知り合いに教えてもらいました。今は彼女と模擬戦をして実力を付けていますが、いまだに全敗ですね」
「彼女というと……」
アルフィンたちがカグヤの後ろで待機していた赤髪の少女に注目する。少女は無邪気な笑みを向ける。
「シャーリィ・オルランド。《赤い星座》っていう猟兵団に所属しているの。よろしくね、アルフィン」
大陸西部で最強の名を轟かせる二大猟兵団の一つ《赤い星座》。その団長であり、最強の猟兵の一人とも呼べる《闘神》バルデル・オルランドが率いていたが、去年の初頭に好敵手であり、《赤い星座》と双璧をなす《西風の旅団》の団長、《猟兵王》ルトガー・クラウゼルと相討ちになった。
それ以降はバルデルの弟にして《赤い星座》の副団長。そして、シャーリィの父である《赤の戦鬼》シグムント・オルランドが率いることになった。
「りょ、猟兵ですか……」
「ありゃ? あんま、驚かないんだね」
猟兵の単語に目を開くアルフィンだったが、そこまで驚いている様子はなかった。猟兵とは縁がないと思っていたシャーリィは不思議そうに彼女を見つめる。
「えっと、去年の内戦で猟兵の方々にお会いしたことがあるんです。その人たちは何というか気安いというのでしょうか、話しやすい人だったので」
去年の内戦で《貴族連合》に誘拐された時に会ったサングラスを付けた二人の男猟兵。その他にも数々の猟兵に実際に会ったことがあるアルフィンは、こんな幼気な少女が猟兵であるということが少し信じられずにいた。
「ふ~ん。そうなんだ」
「それでアルフィンさんたちは三人だけなのですか? まだ他に三人いらしていたと思いますが……」
別の方に視線を向けていたカグヤは何食わぬ顔で話題を変える。ウィリアムはカグヤが見た方を向いて何かを察したのか、彼女の問いかけに瞬時に答える。
「六人だと大所帯になるから、三人に分かれて行動することになったんだ。僕たちが先行して、残った三人が後ろから追いかけるような形になっているんだ。二人はどうして戻ってきたの?」
「あ~、この先、行き止まりだったんだよね。抜け道とかなかったから、戻ってきたんだよ」
面倒くさい顔で後ろに振り向くシャーリィと苦笑いをしてしまうカグヤ。どうやら、この先の道は出口には通じていないようだ。
「カグヤさん、シャーリィさん。お二人がよろしければなんですけど、一緒に行動いたしませんか?」
「よろしいんですか? 私たちが加われば、大所帯になると思いますが……」
「目的地も一緒ですし、このまま別れて行動するのもあれだと思いますので」
「そうですね。それではお言葉に……」
「ちょっと待っていただきたい」
同行しようとするカグヤをオスカーが横から入ってきた。その顔は険しく、シャーリィを強く睨んでいた。
「オスカーさん?」
「アルフィン殿。カグヤ殿はともかく、そこの女猟兵と共に行動するのは反対です。猟兵は報酬次第で略奪と虐殺を平然と行う非情な奴らです。そんな野蛮な連中をあなたの傍にいさせるなど、断じてできません」
「ひどい言い様だね。ま、間違ってないけど」
殺気が籠ったオスカーの視線を平然と逸らすシャーリィ。それが気に入らないのかオスカーの槍からミシミシと強く握りしめる音が鳴る。
「お、落ち着いてよ、オスカー。これから一緒に過ごすクラスメイトなんだから、そんな目くじらを立てないで」
「ウィリアム、君は知らないからそんなことが言えるんだ。俺は知っている。猟兵がどれほど残虐で非道な奴らなのかっ」
鋭い目をいまだにシャーリィに向けるオスカー。シャーリィが猟兵と明かしてから、彼は今にもでも襲い掛かりそうな雰囲気を纏っていた。それに気づいたカグヤとウィリアムは何とか注意を逸らそうとしたが、意味はなかった。
「オスカーさん。あなたの気持ちはわかりました。ですが、それだけでシャーリィさんを仲間はずれにするつもりはありません」
「ですがっ!」
「確かに私はあなたの言う猟兵の悪逆非道な行為を見たことがあります。ですが、私はシャーリィさんがどういう人なのか、まだ知りません。シャーリィさんが彼らと同じなのか、私にはまだわかりません。ですから、これを機にシャーリィさんがどういう人なのか知りたいんです」
真っ直ぐ見つめてくるアルフィンの姿にオスカーをたじろぐ。その様子をシャーリィは面白そうに観察していた。
「というわけで、シャーリィさん。一緒に行きましょう」
「本当にいいの? その坊ちゃんの言っていることは間違っていないよ。シャーリィたちは去年、クロスベルを襲撃したし、そこにいる人たちを何人もぶち殺してきた。シャーリィは仕事ならば、どんなことでもするよ。たとえば……」
シャーリィは背中に背負っていた武器を抜き取る。
彼女の等身くらいはある巨大なチェーンソー。立ちはだかる敵を惨殺し、その体を血で染め上げる《血染め》のシャーリィが持つ、彼女の専用武器、チェーンソーライフル《テスタロッサ》だった。
《テスタロッサ》の刃がアルフィンに向けられた。一歩踏み出せば、瞬時にその首を引き裂くことができる。抜き取ってから構えるまでほんの一瞬。誰も反応することができなかった。
「君を殺せって依頼が来たら、シャーリィは躊躇なく殺す」
「なっ……、貴様っ!」
「動かないでよ。動いたら、うっかり手を滑らせちゃうかも」
槍を構えるオスカーだったが、シャーリィの一言に動きが止まる。自分の槍よりも先にシャーリィの刃がアルフィンに届く。それを理解したからだ。
「アルフィン。シャーリィは君みたいな甘ちゃんとは違う。君が猟兵をどこまで理解しているのか知らないけど、あんまりシャーリィを舐めていると、本当に殺すよ」
先程までの雰囲気とはまったく違う。年相応の少女だった雰囲気は消え去り、目を細くしてアルフィンに殺気を放っていた。入り口での不良男とは比べ物にならない背筋を凍らせるような冷たい殺気。圧倒的な力で敵を恐怖させ、その命を無慈悲に奪い取る鬼のような目つきだ。
その殺気を正面から受け止めるアルフィンは喉を鳴らすも、ぐっとその場に踏みとどまった。
「……わかっています。猟兵がしてきたこと。私はそれをこの目で見てきました」
思い出す光景。
赤く染まる親友の故郷と燃やされ黒く塗りつぶされた町。
猟兵が生み出した悪夢の光景は今も忘れない。そして、忘れることができないから、自分は今、ここにいる。
「だから目を背けるわけにはいかないんです。この目で多くのものを見て、知る必要があるんです」
「知ってどうするっていうの? 皇女様がどんくらいすごいか知らないけど、シャーリィたちをどうにかできるって思ってんの?」
「思いません。ですが、知っていれば、何かが変わっていたかもしれない。最悪だった未来を少しでも良い方に変えられたかもしれません」
もちろん、自分がそこまでできるとは思ってない。だが、何もできなかったあの時のことを考えるだけで、苦しくなり、居ても立っても居られなくなったのだ。
「帝国の皇女として、何よりも私自身のために、ここに来ました。……だから、私は逃げません」
アルフィンは一歩前に踏み込む。《テスタロッサ》の刃が彼女の首筋に触れる。
「アルフィン殿下!」
「出だしは無用です!」
つい敬称で呼び、飛び込もうとするオスカーを一喝するアルフィン。だが、その視線はシャーリィから決して離さなかった。
一方でシャーリィは呆けた表情を浮かべていた。
一歩引くどころか、逆に前に出るなどシャーリィ自身、予想もできなかった。
だが、同時に彼女もまた、ある事を思い出していた。
『表の世界だって、そんなに捨てたもんじゃねぇぞ。その世界で必死に抗って強くなった奴もいる。それこそ、お前の親父や叔父。あの《猟兵王》よりも強くな』
クロスベルで出会った男と交わした何気ない会話。だが、その後の大仕事を終わった後、元依頼人の話を蹴って、今の道を選ぶきっかけとなった一時を。
(あのパーマのお兄さんといい、この娘といい、彼の言う通り、捨てたもんじゃないかもね)
シャーリィは《テスタロッサ》を戻す。突然のことに外野は目を丸くするが、アルフィンは黙って彼女を見つめるのだった。
「いいよ。シャーリィも君に興味がわいちゃった。よろしくね、アルフィン」
手を差し出して握手を求めるシャーリィ。それに少し驚くアルフィンだったが、すぐに微笑んで手を差し伸べる。
「はい、よろしくお願いし……」
手を握ろうとした瞬間、シャーリィの姿が消えた。その場にいる一同が目を点にして彼女を探すが、どこにも見当たらない。
「つ~かま~えた♪」
――むにゅ
「ひゃぁ!」
アルフィンを背後から抱きつくシャーリィ。彼女の身体に腕を回して、彼女の豊満な果実を両手で鷲掴みするのだった。
「むむ、思っていたよりも大きいね。もうちょっと堪能を……」
「ひゃっ、そ、そこはっ!」
「き、き、き、貴様! 殿下から離れろ!」
過激なスキンシップに可愛らしい悲鳴を上げるアルフィンの姿にオスカーは鬼のような形相でシャーリィを止める。その光景に顔を赤くするウィリアムに、哀れんだ目でアルフィンを見るカグヤ。
そこには皇女も貴族も平民も猟兵も関係ない。どこにでもあるような少年少女の戯れが広がっていた。