英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~   作:魔ギア

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第三十二話 成長、そして停滞

「それでは失礼します」

 

 部屋の前で一礼をするアルフィンはエリゼたちと共に学院長室を後にした。

 旧校舎の調査を終えた一同は、先月同様、調査結果を依頼主のヴァンダイクに報告しに行った。

  アルフィン、エリゼ、ロドルフォ、そして、リアムの四人の報告を聞いたヴァンダイクは、四人に労いの言葉を送り、引き続き調査を依頼した。

  ちなみに今回の調査で一番の功労者であるシャーリィは、報告には行かずにそのまま先に帰した。

 旧校舎奥での幻獣戦で全身に血を浴びた彼女を連れていくのはよろしくないと判断し、アルフィンがカグヤを呼んで、先に帰らせたのだ。

 もっとも、理由はそれだけではなかったのだが。

 

「あれが猟兵としてのシャーリィさんなのですよね」

 

 アルフィンは先の戦いを振り返る。

 シャーリィと幻獣の一対一の戦い。判断が一歩間違えれば命を落としかねない、模擬戦ではない純粋な殺し合い。

 先月の実習で命懸けの戦いをしてきたアルフィンだが、その時とは比較にならない濃密な戦いを思い出し、知らずに身体を震わせてしまう。

 

「今までシャーリィさんとは、まるで別人ように見えました」

「うん。怖いなんてレベルじゃないですね」

 

 リアムも先の戦いで身体を縮こまらせ、血塗れになったシャーリィを見た時は、思わず失神してしまいそうになった。

 

「あいつとお前たちとは生きた環境がまるで違う。そんなふうに拒絶してしまうのは仕方がないことだ」

「ロドルフォさんはああいった光景を見たことが」

「猟兵時代に何度かあった。特に奴の親父や叔父の《闘神》。西風の《猟兵王》の戦いは凄まじいものだった」

 

 西ゼムリアの猟兵の世界でその名を轟かせる三人の猟兵。

 ロドルフォは猟兵時代にこの三人と戦ったことがあり、いずれも勝利を収めていた。

 

「正直、《闘神》と《猟兵王》に関しては、もう二度とやりたくない相手だな」

「そ、そこまでですか……」

「文字通り、次元が違う。俺があの時、勝てたのは奴らが俺の事を知らなかったからだ。猟兵は勝つために戦う相手の事を必ず調査する。俺はその時、まだ名を上げていなかったからほとんどノーマークだった。もし、再戦することがあったら、次は勝てるかどうかわからないな」

 

 もっとも、その《闘神》と《猟兵王》は既に故人となっており、再戦する機会は二度とないのだが。

 

「これから、シャーリィさんとどんなふうに接すればいいのでしょうか」

「それは……」

「そこは気にしなくても大丈夫だと思います」

 

 悩むリアムにロドルフォがアドバイスを送ろうとしたが、その前にアルフィンが答えた。

 

「学院生活を送って既に一カ月。シャーリィさんと色んな事に取り組んできましたが、あれが全て嘘だったとは思えません。たぶん、どちらもシャーリィさんの本心なのだと思います」

 

 猟兵として戦いを楽しむシャーリィ。女の子らしく日常生活を楽しむシャーリィ。彼女は生きているその瞬間を真剣に楽しんでいるのだと、アルフィンは感じた。

 猟兵の子どもとして生まれて、価値観や生き方が自分たちとはまったく異なるものかもしれないが、根っこの部分は自分たちと同じ人間。アルフィンはそう信じているのだ。

 

「ですから、いつも通りに接すればいいと思います。むしろ、戦いで心強い味方ができたのだと割り切ってしまいましょう」

「あはは……、アルフィンさんは凄いですね。凄く前向きというか」

「その考えを否定するつもりはないが、あまり楽観はするな。あいつは猟兵。昨日の味方が今日の敵になることがよくある世界だ。もしも、敵になることがあれば、あいつは容赦なく、お前に銃口を向けるぞ」

「はい。わかっています」

 

 その返事には考えなしのものではなかった。しっかりと言葉の意味を理解した上での返答だった。

 成長しているのだとわかり、ロドルフォは無意識に口角を上げる。

 

「あ、アルフィン殿下!」

 

 そこにバタバタと走ってきた生徒が、アルフィンたちに近づいた。

 

「シェリルさん。それにリィン先輩?」

 

 午前中の生徒会の手伝いで一緒に活動してくれた一年生シェリル。そして、帝都に行っていたはずのリィン。その異色の組み合わせに、アルフィンは首を傾げた。

 

「どうして、シェリルさんがリィン先輩と?」

「えっと……、あの後、たまたまリィン先輩と出会いまして。私が殿下と一緒に生徒会の手伝いをしていたことを教えた後、いろいろと助言をいただきまして」

「今日は彼女と一緒に殿下たちを待っていたんです。ちょうど、調査が終わった頃だと思ったので、一緒に学院長室に赴きました」

「そうだったのですか。……それでシェリルさん。どうかしましたか?」

「あ、は、はい! えっと、これを!」

 

 彼女が目を瞑って突き出したのは、綺麗に包まれた小包。近づくと何やら甘い香りが小包から漏れていた。

 

「ちょ、調査の方、お疲れ様でした! ど、どうぞ、このクッキーを!?」

「もしかして、シェリルさんが作ってくれたんですか?」

「はい。調査でお疲れになるだろうと思いましたから、疲れが取れる甘いものを差し上げれば喜んでくださるとリィン先輩に教えてもらいまして」

 

 緊張か不安か、シェリルは身体をモゾモゾと揺らしながら、アルフィンを揺れる瞳で見つめる。それに目を丸くする彼女だったが、すぐに花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。喜んで味あわせてもらいますね」

「は、はい!」

 

 二人のやり取りを見守っていたリィンは上手くいった事に笑みを浮かべる。アルフィン以外にもロドルフォとリアムも交わり、シェリルからもらったクッキーを味わった。

 

「エリゼ、あなたのもあるわよ」

 

 アルフィンが少し離れた場所で佇んでいるエリゼに声を掛けた。しかし、彼女は俯いたままで反応がなかった。

 

「エリゼ、どうかしたのか?」

 

 妹の様子がおかしいことに気づいたリィンは彼女の肩を揺すった。それでようやく反応したエリゼは顔を上げた。

 

「あ……、兄様」

「エリゼ、大丈夫なのか? まさか、どこか怪我とか……」

「い、いいえ。大丈夫です。少しボーっとしてしまっただけです。えっと、今日はお先に失礼いたします」

 

 それを最後に、エリゼはリィンたちの呼び止める声を無視して、その場から颯爽と立ち去った。

 

 

 ―――――

 

 

 時間は既に夕暮れ。外で遊んでいた子どもたちが親御さんと一緒に家に帰る時間帯。

 教会近くにある河川敷。階段を下りて橋の下を流れている川をエリゼは膝を曲げて呆然と見つめていた。

 

「このままではいけない。……っとわかっているのですが……」

 

 川の中に映っている自分の顔を覗き込む。気が沈んで、迷い子になったような暗い表情。

 今回の調査結果にエリゼはひどく落ち込んでいた。どちらかというと、自分の出来の悪さで。

 幻獣戦の時、自分は捕まって、危うく殺されそうになった。あの時の死が迫る感覚は手が震えてしまうほど、今も鮮明に覚えている。

 それだけじゃない。そこに向かうまでの道中でもそうだ。魔獣戦や探索でそれなりに動けたと思うが、彼女と比べると大した成果ではない。

 

「姫様……」

 

 アルフィン・ライゼ・アルノール。自分たちが住むエレボニア帝国を治めるアルノール皇家の皇女。去年までは自分と同じ《聖アストライア女学院》に通い、中退して《トールズ士官学院》に入学することを一緒に決めた友人。

 相手は帝国の統べる皇族。対して、自分はしがない男爵家の長女。身分も育ちも何もかも違う中、彼女が自分のことを親友だと言ってくれるのは喜ばしいことだった。誇りにさえ感じた。

 しかし、そんな彼女に対して今、エリゼは対抗心のようなものを燃やしていた。

 一緒に入学して、同じスタートラインに立っていたにも関わらず、今はかなりの距離を取られてしまったと感じている。

 アルフィンはこの一ヶ月で目まぐるしい成長を遂げていた。

 特に特別実習を終えて、長かった髪を散髪した時からその変化は顕著になった。

 ロドルフォとの戦闘訓練。生徒会の手伝いを通した生徒たちとの交流。帝都新聞などで帝国の情勢を調べるなど、去年までしなかったことに積極的に取り組むようになった。

 対して、自分はどうなのだろうか。

 確かに去年に比べれば、剣の特訓をする日々は増えた。彼女や他の仲間たちの足を引っ張らないように努力を惜しまなかった。

 だが、今のままではまだ足りない。今回の調査結果も然り、アルフィンに置いていかれてしまった現実に、エリゼの中で焦りが生まれていた。

 

「私も誰かに教えを請いた方がいいのでしょうか」

 

 真っ先に思い浮かんだのは、彼女の最愛の兄であるリィン・シュバルツァーだ。同じ剣の使い手であり、かの《剣仙》ユン・カーファイの直弟子でもある。

 

「……いいえ。それはダメです」

 

 だが、エリゼはその考えをすぐに捨てた。

 確かに適任ではあるが、そもそも彼女はリィンを守りたいと思い、トールズに入学したのだ。その守りたい相手に教えを請うのは、本意ではない。それに、今の彼は国の英雄だ。自分の為に時間を作れるほど暇ではない。

 

「やっぱり、あの人しかいませんね」

 

 リィン以外で思い浮かべたのはたった一人。昨日、貴族生徒たちとのいざこざに介入した、同じクラブの男子生徒。自分と同じ細剣を使い、自分以上の技量を持つ無口な同級生。

 

「ニールさんにお願いしてみましょう」

「俺に何か用か?」

 

 階段の方から声が響き、エリゼは思わず振り返った。そこには緑の制服に身を包んだニールが、階段の上からエリゼを見下ろしていた。

 

「どうしてこちらに?」

「ただの散歩だ。そしたら、お前の姿がたまたま目に入った。……それで、俺を呼んでいたみたいだが、何か用か?」

 

 まさか、本人がいきなり現れるとは思わなかったエリゼは一瞬だけ固まった。だが、これはチャンスだと判断し、早速ニールに頼み込んだ。

 

「実は……」

 

 エリゼは事の顛末をニールに伝える。

 アルフィンと共に入学したこと。学院に来た目的。アルフィンの成長と自分の停滞。

 それら全てを話し、同じ細剣を使うニールに稽古をつけてほしいと嘆願した。しかし、

 

「断る」

 

 あっさりと断られた。考えるそぶりも見せず、頼んでから一秒も経たずに即答だった。あまりの返答の速さにエリゼも口を開けてしまった。

 

「ど、どうしてでしょうか?」

「時間の無駄だ。お前に教えたところで何の意味もない」

「い、意味がないって。そんな理由では納得できません!」

 

 自分の為に時間を使わせてもらう事に申し訳なさを感じているエリゼだが、さすがに意味がないと真っ直ぐに言われて、彼女は思わず声を荒げてしまう。

 

「貴様は兄の為に学院に入ったと言うが、お前の兄、《灰色の騎士》は貴様ごときに守られるほど弱い存在なのか?」

「そ、そんな事はありません。兄様は私なんかよりもずっとずっと強いお方です」

「ならば、お前が兄を守る必要などどこにもない。お前がそれ以上強くなったところで何の意味もない」

「そ、それとこれとは話が別です!」

「それにわざわざ剣にこだわる必要はないはずだ。なぜ、そこまでして兄の隣に立つことに固執する」

「それは……」

「兄を守りたいと言っているが、本当は兄にどこにも行ってほしくないだけだろう。置いていかれたくない。離れたくない。だから、不相応な武器を手に取り、兄の隣に並ぼうと必死になる。見ていて滑稽だ」

 

 どこまでも冷たいニールの指摘にエリゼは言葉を失う。自分が学院に来た理由だけでなく、剣を持つことさえも真正面から否定されたのだ。

 言い返したいエリゼ。だが、返す言葉が思い浮かばない。目には涙が溜まり始める。その時、

 

「おい。こんな所で何やってる?」

 

 階段の上から別の男子生徒がやってきた。ニールは振り返って、その男を見上げる。エリゼも俯いていた顔を上げる。

 

「メイ……さん」

 

 白髪と眼帯。そして、凄まじい睨みをぶつけるメイがゆっくりと階段を降りてきた。

 エリゼとニールの間に入ると、エリゼを庇うように背を向け、ニールの方を睨み付けた。

 

「テメェ、うちのもんを泣かせて、何してやがる?」

「その女が勝手に泣いているだけだ。俺は何もしていない」

 

 ニールは踵を返すと階段の方へと歩き出した。

 

「エリゼ・シュバルツァー。己が生み出した欺瞞で自分を誤魔化している今の貴様では何も変わらん。変わることができないのなら、諦めて女学院に帰ることだ」

 

 それを最後にニールは階段を上がり、その場から立ち去った。

 

「チッ、何なんだあの野郎」

 

  メイはすぐに立ち去ったニールに舌打ちをすると、後ろに振り返った。

 俯いたエリゼの手の指先が、何かを握りしめるように僅かに震えていた。ニールの言葉に堪えられなかったのか、声も上げずに静かに涙を流していた。

 

「ったく、めんどくせぇな」

 

 放っておく事ができなかったメイは彼女が泣き止むまで、その場でじっと待ち続けるのであった。

 

「す、すみません。お見苦しいところを見せてしまって」

 

 ようやく泣き止み、目を少し赤くしたエリゼは待っててくれたメイに感謝を告げる。メイはそれに対して、鼻を鳴らしてそっぽを向くだけだった。

 

「別にいい。……んで、あの野郎と何があったんだ?」

「えっと、特に大したことでは……」

「大したことでもねぇ事で泣くか。テメェの大事なものを否定されたんだろう」

 

 図星を突かれて、口を閉ざしてしまうエリゼ。それにメイは苛立たしげに頭をかき、彼女に問いかける。

 

「テメェの問題だから、関係ねぇ俺がそいつに首を突っ込むつもりはねぇ。義理もねぇしな。それを一人で解決すんのか、誰かに相談するのかはテメェの勝手だ。その上で一つ言わせてもらうぞ」

 

 メイは鋭い眼光をエリゼに向ける。それに息を呑む彼女だが、視線を逸らさずにじっと見つめ返す。

 

「テメェは悔しくねぇのか?」

「え……?」

「あんだけ、好き放題言われて、挙句の果てに女学院に帰れって言われて悔しくねぇのかって聞いてんだ」

「それは……」

「テメェはオリエンテーリングの時、あいつと似たような事を俺に言われても正面から言い返した。あの時の覚悟はもうねぇのか?」

 

 その言葉にエリゼはこれまでの学院生活を振り返る。目的の為に必死に努力して、ひたむきに前へと走り続ける毎日。その生活をまだ顔と名前くらいしか知らない、ただクラブが同じだけの同級生に否定された。

 そんなの……

 

「……しいです

「あ?」

「悔しいに決まってるじゃないですか!?」

 

 今まで頑張ってきたことを否定されて悔しくないわけがない。

 生まれて初めてだ。ここまで悔しいと思ったのも。負けたくないと思ったのも。

 

「じゃあ、どうすんだよ。ただ吠えるだけじゃ何も変わらねぇぞ」

「決まっています。私がやってきた事は無駄なんかではないということを、あの人に見返してやります」

 

 力強く宣言するエリゼ。最初に会った時にあった時と同じ眼差しを見て、メイはそっぽ向きながらも口元はわずかにほころんでいた。

 

 そして、時が過ぎ、実技テストを終えたエリゼたちは次の特別実習が発表された。

 

―――――

 

【五月特別実習】

 

A班:アルフィン、オランピア、ウィリアム、ロドルフォ、リアム

 (実習地:紡績町パルム)

 

 

 

B班:エリゼ、カグヤ、シャーリィ、メイ、オスカー

 (実習地:レグラム)

 

―――――

 

 波乱の特別実習が、再び開始される。

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