英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
ブンッ! シュッ! シャッ!
月に照らされた静かな夜に、風を切り裂く音が小さく響いた。
アルゼイド邸から抜け出し、町に降りてきたオスカーは、精霊信仰を祀る石碑の前で槍の鍛錬に励んでいた。本当に敵と対峙しているかのように洗練されたその動きには、毎日欠かさずに練習していることがわかるほど無駄がなかった。
「……セアッ!」
だが、オスカーの顔は穏やかなものではなかった。苦しそうな顔で隠し切れない苛立ちを必死に抑えようとしていた。
それが徐々に彼の動きにも影響を与えた。まるで何かを振り払うかのように、動きが少しずつ荒々しくなり、槍も大振りに振られた。
「はぁ……はぁ……」
そして、オスカーは息を切らして片膝を着いてしまう。本来ならば切り上げるところを彼は自身に鞭を叩いて起き上がろうとする。
「ま、まだだ……」
立ち上がろうとするオスカーだったが足に力が入らない。フラフラな足取りで槍を支えに起き上がろうとするが、滑ってそのまま地面に倒れていく。
「よっと」
しかし、それよりも前に何者かがオスカーを支える。重い顔を上げると視界に移ったのは、月に反射して銀色に輝く美しい髪だった。
「フィー……殿」
「立てる?」
オスカーを支えるフィーはそのまま彼の脇を抱きかかえ、近くの外壁に運んだ。
「明らかにオーバーワーク。ペース配分を考えずに動き続けたのが原因」
「も、申し訳ない」
オスカーは外壁にもたれながら座り込む。息を整えるオスカーをフィーは少し離れた所からじっと見下ろした。
「どうしてここに?」
「こんな事になるんじゃないかと思って来た。ラウラも似たようなことがあったからね」
「ラウラ殿がですか?」
「うん。前に不仲になったって言ったよね。あの時のラウラ、自分の部屋で鍛錬をしていたんだけど、いつもは聞こえなかった剣を振る音が部屋にいても聞こえたからね。あまりにうるさかったから、アリサが部屋まで押しかけてよく怒鳴ってた」
毎日が騒々しく、しかし飽きることがなかった楽しい日々。団を抜けた後、新たな仲間たちと過ごした温かな日常。
その光景を懐かしく感じたフィーは、口角を少し上げて小さく微笑んだ。
「……フィー殿はⅦ組に入る前は猟兵になっていたのですよね?」
「うん。それがどうしたの?」
「なぜ、猟兵になったのですか? 他にも道があったのではないですか?」
すでに猟兵から足を洗っているとはいえ、自分よりも幼い子供がなぜ猟兵の道を選んだのか。
その理由がまったく思いつかないオスカーは、そこに答えがあるのではと思い、フィーに直接、聞くことにしたのだ。
「他に道なんかなかったよ。物心付いた時には、私には何もなかったんだから」
「え……」
予想外の返答にオスカーは思考を止めてしまった。
「どこかの国の、どこかの辺境にある名前も知らない紛争地帯。私はたった一人でその場所をさまよっていた」
「その……ご両親は?」
「知らない。名前どころか、顔も何も覚えていない。どこで別れたのか、生きているのかもわからない」
「っ、申し訳ない」
「別にいいよ。えっと……、どこまで話したっけ?」
「一人でさ迷っていたというところです」
「あ、そうそう。目的もあてもなく、ただ呆然と戦場をさまよっていた時、私はあの人に会った」
「あの人?」
「ルトガー・クラウゼル。私が所属していた《西風の旅団》の団長。《猟兵王》って呼ばれるほど、周りに人たちからも結構、慕われて、尊敬されていた」
「クラウゼル……。フィー殿と同じ姓……」
「うん。あの人からもらったの。私にとっては育ててくれた親みたいな人だった」
フィーは夜空を見上げる。小さく光る星々を静かに眺めながら、彼女は最愛の家族との思い出を振り返る。
「飄々としていて、団のみんなといつもバカ騒ぎして、毎日、楽しそうに笑っていた。私もそこに一緒に入って、みんなと一緒に楽しく過ごした。その時に思っただよね。『家族』ってこういうものなんだなって」
家族。
そこに特別な意味が籠っているのか、それを語るフィーの顔は幼子のような無垢な笑顔を浮かべていた。
「もっと『家族』と一緒にいたい。『家族』と一緒にたくさんのことをしたい。そう思った私は、猟兵になることを決めたんだ」
「……団の人はどんな反応でしたか?」
「団長は渋っていたよ。でも、みんなが説得してくれて、猟兵になることを許してくれた。元々、生き抜くために、戦い方とかいろいろと教わっていたからね。十歳で戦場に立って、みんなと一緒に戦って、いつしか《
一度言葉を区切り、フィーは顔を下に落とした。
「でも、二年前に《赤い星座》の《闘神》と一騎打ちをして、団長は亡くなった。そして、それをきっかけに団のみんなは私を置いていなくなった。また一人ぼっちになった時、サラが私を拾ってくれて、そのままトールズに入って、ラウラやリィンたちと出会った」
話が終わり、フィーは一度、息を吐くのだった。それに対して、オスカーはただ呆然とするしかなかった。
猟兵に拾われて、猟兵として育った少女の壮絶な過去。だが、彼女の過去は自分が想像していた悪辣で非道な猟兵の人生ではなかった。
ただ家族の力になりたい。そんな、どこまでも真っすぐで純粋な願いのために彼女は猟兵の道を歩んでいったのだ。
「……フィー殿は猟兵に戻ろうとは思わなかったのですか?」
「うん。私の家族は《西風の旅団》だけだから。他の団に入ろうとは考えなかったかな。……それに団長が望んでいないと思うし」
「? それはどういう……」
「言ったでしょ。団長は私が団に入るのを渋っていたって。団長は、私が団から抜けられるように色々と考えていたんだよ。あの人が亡くなった後にみんなが私を置いていったのも団長の指示。私を猟兵の道から遠ざけたかったみたい」
今度こそ、言葉を失ってしまった。"王"とまで呼ばれて、恐れられた猟兵が、そのような考えを抱いていたとは。
ガラスにひびが入り、自分の中にある猟兵のイメージがどんどん崩れ落ちていく。そんなオスカーにフィーは疑問を投げかける。
「オスカーはどうして猟兵が嫌いなの?」
「そ、それは……」
「別に誤魔化さなくていいよ。オスカーが思い描いている猟兵も実際にいるから。猟兵の仕事が、悪いイメージを持っていることも否定はしないよ。でも、今のオスカーは正直、放っておけない。ちょっと苦手だけど、Ⅶ組の先輩として助言するくらいはできると思うよ」
真っ直ぐ見つめてくるフィーの瞳をオスカーは黙って見続ける。やがて、オスカーは口を開き、自分の過去を語るのだった。
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私たちシュライデン伯爵家は、代々《四大名門》のログナー侯爵家を守護する家系だ。
アンゼリカ? あぁ、アンゼリカ様をお守りするのが、私の使命だった。本人は妹のゼシカがいいと言っていたが。
去年の内戦。ログナー侯爵家は《貴族連合》に属したが、父上はログナー侯と対立して、オリヴァルト殿下の方に付いた。ログナー侯は確かに仕えるべき主だったが、主が誤った道を進んだのなら、それを正すというのが父上の結論だった。
父上と私は母と妹をルーレに残して、二人で大陸西部へと出陣した。父上とヴァンダール家、《光の剣匠》に皇子殿下。自分よりも遥か上の武人たちや皇子殿下と肩を並べて共に戦えたことは今も私の誇りだ。同時に《貴族連合》の横暴さ、そして彼らに雇われた猟兵の非情さには、強い嫌悪と怒りを覚えた。
帝国貴族の一人として、何よりも騎士の一人として、力無き民草を守り抜くために槍を振り続けた。だが、私は無茶をしてしまい、愚かにも敵に捕まってしまった。
私を捕らえたのは猟兵だった。黒いジャケットとサングラスをかけた二人組の男。彼らはカイエン公に雇われた猟兵で、その実力は他の猟兵たちとは一線を画していた。逆立ちしても私では勝てないと理解するほどに。
私を始末せずに捕らえたのは、カイエン公がシュライデン伯爵家を《貴族連合》に取り入れるために私を人質にして、父上をおびき寄せるためだったらしい。
そして、父上はカイエン公の呼び声に応えて一人でやって来た。
カイエン公は悠々とした態度で父上を説得していた。自分たちがいかに正しく、いかに崇高なものなのかを、犠牲になった者たちを顧みずに語っていた。
そして、父上はカイエン公の誘いを断った。それを聞いたカイエン公は用済みだと、猟兵たちに俺と父上の抹殺を命令した。
猟兵たちはまず、二人がかりで父上を襲った。人質にされて身動きが取れない私をいつでも始末できると踏んでの行動だろう。
父上はそんな二人を相手にしても一歩も退かずに戦い抜いた。不利な状況の中でも父上は最後まで槍を振り続けた。
だが、それに業を煮やしたのか、カイエン公は三人が戦っている間に俺を始末しようと動いた。
父上はそれにいち早く気づいて、俺を助けようとした。だが、その隙を猟兵たちは見逃さなかった。
猟兵たちは背を向けた父を襲いかかったのだ。反応に遅れた父上は片腕と片脚を斬り落とされて地に伏した。
その光景は今も覚えている。自分よりも強く、誰よりも尊敬していた父上が負けるなど信じることができなかった。
『悪いな、ボン』
『依頼人からのオーダーを遂行させてもらう』
その後の事はあまり覚えていない。父上が敗北したことに耐えられなかったのか、私はそのまま気を失ってしまったそうだ。後で聞いた話だと、父上の後を追ったオリヴァルト殿下たちが間に入ってくれて、私と父上を助けてくれたそうだ。だが、それ以降、私たちは前線で戦うことができなかった。
片手片足を失い、戦うことができなくなった父上。その父上の姿に心を折られた自分。殿下たちの助太刀ができないと判断し、そのまま我々は後方に回ることとなった。
~~~~~
「父上の介抱をしながら、帝国各地の戦況を耳にして。《貴族連合》に雇われた猟兵たちの悪行を多く聞いた。特に衝撃だったのはケルディックの焼き討ちでした」
「私たちは現場に行ったけど、ひどいありさまだった」
「聞いています。他にもリィン先輩とエリゼ殿の故郷のユミルが襲われたことや、定期船のハイジャックなど。猟兵たちは自らの利益のために罪のない人たちを平気で傷つける。……私は彼らの行動をどうしても許せなかった」
「それはお父さんのこともあったから?」
「否定はしません。ですが、今にして思えば、それはただの八つ当たりだったのではないかと考えています」
「八つ当たり?」
「はい。あの日、自分が敵に捕まらなければ、父上があんな目にあわなかったのかもしれない。私は自分の未熟さと不甲斐なさを、悪である……いいえ、悪と決めつけていた猟兵に八つ当たりをして、見ないようにしていたのだと思います」
『自分の考えが正しいだなんて酔ってんじゃねぇぞ。くだらねぇ八つ当たりで自分を誤魔化すなよ、クソガキ』
「アークライド殿の言った通り、私は自分の考えが正しいと酔っていた愚か者です。彼の言葉に何も言い返すことができませんでした」
「そっか。でも、それに気づけただけでも成長していると思うよ」
オスカーの話を最後まで聞いたフィーは、彼の前に立ち、いきなり頭を下げた。
「な、何を……」
「ごめん。お父さんを倒したっていうその猟兵。私の家族なんだ」
「え……」
「ゼノとレオ。《西風の旅団》で部隊長をしていた」
衝撃の告白にオスカーは言葉を失った。
「内戦中に再会してね。交戦したこともあったよ」
「家族なのにですか?」
「うん。戦場で出会ったのなら、たとえ家族であろうと敵ならば戦う。それが私たち猟兵だからね」
「……フィー殿。あの二人は何故、カイエン公に?」
「…………団長を取り戻すため。二人はそう言っていた」
「と、取り戻す? 確か、フィー殿の団長は……」
「うん、亡くなったよ。お墓も作ったからね」
「では、それはどういう意味で……」
「それを知るために私は遊撃士の道を選んだ」
フィーの顔が真剣なものに変わった。その目には強い意志が宿っていた。
「ゼノたちが団長の事でそんな冗談を言うはずがない。二人は団長の事を慕っていたから。団長のために二人は動いていると思う」
「それを探るために遊撃士に?」
「うん。遊撃士になれば、猟兵や《結社》の情報も手に入る。もしかしたら、団長に関わる情報を手に入れられるかもしれない。それに何よりもリィンの力にもなれる」
「リィン先輩?」
「うん。リィンはいつも一人で無茶ばっかりするところがあるから。みんな、トールズに一人で残ったリィンを心配している。だから、みんな、リィンの力になれるよう、それぞれの場所でやるべき事をやろうと頑張っている。私もそう。大切な人たちを守る為に私は今よりも強くなるって決めた。猟兵として、遊撃士として、そして、フィー・クラウゼルの流儀としてね」
まだ遊撃士じゃないけど、と最後に肩を落とすフィーに、オスカーは眩しいものを見るかのように呆然としていた。
ヴァンは言った。人にはそれぞれ事情があると。
フィーは猟兵に拾われたゆえに猟兵として生きていくしかなかった。そして、それに思うところがあった《猟兵王》は彼女を猟兵の道から遠ざけようとした。
父を倒した彼らも、自分たちの家族を取り戻すために戦っていた。
そんな彼らに比べて、個人的な感情で嫌悪し、目を曇らせた自分はあまりに滑稽で無様なものだった。
「フィー殿は《赤い星座》について、どのくらいご存知で?」
「他よりは少しってところかな。よくうちの団と張り合っていたし、団長と《闘神》は宿敵同士だったからね」
「では、彼女のことも?」
「《血染めのシャーリィ》のことはよく知ってる。戦場で何度も戦ったし、何よりも《赤い星座》を立ち上げたオルランドの血筋だから」
「では、彼女は……」
猟兵の世界で生まれ、猟兵の生き方しか知らない。それがシャーリィ・オルランドという少女だと、オスカーは結論付けようとするが、
「結論を出すのはちょっと早いと思うよ」
「……!」
「彼女が何を考えているのか、どういうふうに生きてきたのか。それは直接、確かめないとわからない」
「ですが、どうしたら……」
「オスカーなりのやり方でいいんじゃない? 少なくとも今ならば、少しはいい方向に進めると思うよ」
「フィー殿……」
「『報酬はいつだって自分の手で掴み取るもの』。私たちの団長はいつもそう言っていた」
「自分の手で……」
オスカーは自身の槍を見つめ、思案に沈む。それをフィーはただ、黙って見守り続けた。
「……フィー殿」
「何か思いついた?」
「一つだけ。彼女と向き合う術を思いつきました。失礼します」
オスカーはフィーに一礼した後、駆け足でアルゼイド邸へと戻っていった。
「ちょっとは先輩として役に立てたかな。どう思う、団長……」
小さな声は夜の闇へと消えていき、銀の妖精は最愛の家族の姿を思い浮かべながら夜空を見続けるのだった。