英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
時間は少し巻き戻る。
シャーリィに誘われて、彼女に付いていくラウラ。二階に上がり、バルコニーに辿り着いたシャーリィは、外に広がるエベル湖を見渡して、感嘆の声を上げた。
「へ~。随分といい見晴らしだね」
「あぁ。暗がりで今は見えぬが、ここならば、先のローエングリン城も見られる」
町に広がる灯りと月に反射して水面を輝かせている湖。
そんな幻想的な光景にシャーリィは子供のように目を輝かせた。その姿にラウラは微笑んだ。
「それで、私に話というのは何なのだ?」
「うん。まぁ、わかってると思うけど、《西風の妖精》のことだよ」
「やはりその話か」
自分たちで共通する内容は彼女かサラしかいない。予想していたラウラは特に驚く様子はなく、彼女の話に耳を傾けた。
「初めて戦場で会った時は弱そうだなって思った。まるでお姫様のように同じ団の人たちに守られていてさ。何であんなのが戦場にいるんだろうって、すっごく疑問だった。実際に殺し合って、まぁまぁ実力はあったけど、正直、猟兵には向いてないって思ったよ」
ラウラは微かに目を開いた。フィーの実力を知っており、内戦で多くの猟兵と戦った彼女にとって、猟兵に向いていないというシャーリィの評価は意外なものだった。
「《闘神》と《猟兵王》の一騎打ちの後、《西風の妖精》が《紫電》のお姉さんに拾われて、士官学院に入ったって聞いた時は、やっぱり、見捨てられたんだなって思った」
でも、とシャーリィは話を区切って、ラウラをじっと見つめる。
「今日、再会して、魔獣との戦いを見て、猟兵にいた頃よりも強くなっていた。最後に会ってから、一年とちょっとくらいしか経っていないのに、シャーリィが予想していたよりもすごく強くなっていた。……まぁ、まだシャーリィには届かないけど」
「だろうな。そなたの実力は《結社》の《執行者》にも負けない実力を持っているはずだ」
数時間前に起きた猟兵との乱戦で、たった一人で対応した彼女の実力を見て、ラウラは去年の内戦で出会った強敵たちのことを思い出した。おそらく、一対一では勝てないとラウラは悟った。
「どうやって、《西風の妖精》があんなに強くなったのか。何があって、あんな風に変わったのか。いろいろと考えてみたけど、先輩たちが原因じゃないかなって思ったんだ」
「それで私を呼んだのか」
「ねぇ。《西風の妖精》って何であんなに変わったの? どうして、あんなに強くなれたの? 先輩たちはあの子に何かしたの?」
次々と質問を投げてくるシャーリィ。普段の彼女を知る者が見れば、今まで見たことがない姿だと目を疑うだろう。
そして、そんな彼女の質問に対して、ラウラはしばらく考える素振りを見せたが、最後には首を横に振るのだった。
「我々は何もしていない。ただ彼女の隣に立って、横で支えていただけにすぎない」
「は? それだけ?」
「そうだ。《猟兵王》がフィーを猟兵の道から遠ざけ、拾ったサラ教官が士官学院へと導き、そして、我らと出会って共に幾多の試練を乗り越えた。そうやって彼女は多くの者たちに支えられ、導かれながら、自分自身と向き合い、一歩ずつ自分の足で成長していったのだ。私たちはきっかけを与えただけ。彼女が変わることができたのは、他ならぬ彼女自身が変わろうと思っていたからだと私は思う」
ラウラの答えに対して、シャーリィは納得ができないのか、口を尖らせた。
「そんなんで人って強くなれんの?」
「誰もが何かしらの悩みを抱えている。その悩みが晴れるだけで人は大きく変わり、成長を遂げる。私たちもそうだった。シャーリィ、そなたにもそういった悩みがあるのではないのか?」
「む……」
「こうやって私と二人だけで対話をしようとしたのも、何か悩みがあって、それをあまり人に知られたくないからなのだろう?」
「あー、やっぱりバレちゃうか。ま、それもそうだね」
らしくないと自覚していたシャーリィは困った顔で後頭部をかくと、湖の方を振り向いて、バルコニーに肘を付ける。
「シャーリィはね、カグヤを護衛するためにトールズに来たんだけど、それ以外にも目的があるんだよね」
「それはそなたが悩んでいるというものと直結しているのか?」
「うん。それを知るために来たみたいなものだから」
~~~~~
シャーリィが所属している《赤い星座》はすっごく古い時代からある猟兵団でね。シャーリィはその一族の血を引いているんだよ。
パパや叔父さん。シャーリィの家族はみんなバケモノみたいに強くてね。シャーリィにとっては憧れの人たちだった。
初めて戦場に出たのは十歳くらいの時。初の実戦はすごく痛くて、苦しいって思ったけど、同時に凄くワクワクしたんだよね。それを感じた時はシャーリィもパパたちと同じなんだって思った。
けど、ある時、《赤い星座》から誰にも告げずに去った人がいた。
ランドルフ・オルランド。《闘神》バルデル・オルランドの一人息子で、《赤い死神》と恐れられた、シャーリィの従兄。
ランディ兄もパパたちと同じでシャーリィにとっては憧れの一人だった。そんな従兄がある仕事を終えた後、誰にも告げずに団から抜け出した。
パパや他のみんなはランディ兄を探そうって言っていたけど、バルデル叔父さんは必要ないって言った。納得いかなかったけど、団長で父親でもある叔父さんの指示だったから、シャーリィたちはそのまま猟兵活動を続けた。
それから何年か経って、バルデル叔父さんが宿敵の《猟兵王》と相打ちになって死んだ後、パパがみんなを率いて、ランディ兄を探すことになった。次の団長、《闘神》の後を引き継ぐ次の《闘神》はランディ兄以外いなかったからね。
そして、去年、シャーリィたちはクロスベルでランディ兄を見つけることができた。
久しぶりに見たランディ兄の姿は正直、あまり見たくなかった。シャーリィよりも強くて、憧れだった従兄の姿は、すごくダサくて、シャーリィよりも弱くなっていたからね。
興味をなくしたシャーリィはランディ兄をパパたちに任せて、クロスベルを適当にぶらついている時、"彼"に会った。
『セリス…………じゃねぇな』
誰と見間違えたのか知らないけど、シャーリィの顔を見るなり、少し驚いていたね。彼が誰なのかはすぐにわかった。
《黒金の剣聖》。四年くらい前に全国で指名手配されて、その後、冤罪を晴らした最年少《剣聖》。実力はクロスベルで活躍している《風の剣聖》よりも強いっていう話だった。
何か双子のガキを連れて、アルモニカ村に行くみたいだったから、シャーリィも一緒に行くことにしたんだ。
オランピア? そういや一緒に旅をしていたんだったけ。聞いた話だとアルカンシェルにいる友人のところに遊びに行っていたみたいだね。
話が逸れたけど、彼と一緒に村に向かう最中、幻獣と遭遇しちゃってね。その時のクロスベルはよく頻繁に現れていたみたいだよ。
ランディ兄のこともあったから、気晴らしにちゃっちゃと倒そうと思ってたんだけど、《剣聖》のお兄さんがたった一太刀で倒しちゃったんだ。
あれを見た時は思ったね。お兄さんはシャーリィより、下手したら、パパよりも強いって。そんで興味本位で聞いちゃったんだよ。どうしたら、そんなに強くなれるんだって。
そしたら、彼は、
『大事な奴らがいるんだ。命に代えても守るって約束した奴らが。あいつら、俺が傷つくと自分も傷つくみたいに泣きそうになるんだ。俺はそんな顔を見たくない。だから、強くなるって決めたんだ』
それを聞いた時はちょっとガッカリしたかな。その理由が遊撃士や警察っていった表の人間がよく口にするような甘っちょろいものだったからさ。
当然、口にしちゃったよ。そんなぬるい覚悟で本当に戦えるのかって。そしたら、言い返してきたんだよ。
『表の世界だって、そんなに捨てたもんじゃねぇぞ。その世界で必死に抗って強くなった奴もいる。それこそ、お前の親父や叔父。あの《猟兵王》よりも強くな』
はっきり言って信じられなかったね。腑抜けちゃったランディ兄の姿を見た後だったからなおさらね。
でも、その考えが揺らいじゃったんだよね。
あの後、いろいろあって、ランディ兄たちと殺し合うことになってね。そこでシャーリィたちは負けたんだ。
シャーリィは表の世界に浸って刃が抜け落ちたと思っていたリーシャに負けた。そして、《闘神》と《猟兵王》、《狼帝》がいなくなり、最強の猟兵になったパパは、腑抜けていたと思っていたランディ兄に負けた。
実力は間違いなくシャーリィたちの方が上だった。相手は集団で襲いかかってきたけど、絶対に負けないっていう自信もあった。
なのに負けた。全力で挑んだっていうのに、シャーリィたちは負けちゃった。彼が言っていた表の世界で手に入れた力ってやつにね。
~~~~~
「クロスベルでの戦いが終わった後、ベルお嬢さんから《結社》に入らないかって誘いを受けてたんだけど、シャーリィはそれを蹴った。面白そうとは思ったけど、それ以上に気になることができちゃったから」
「気になることとは?」
「《剣聖》のお兄さんが言っていた表の世界でしか手に入らない力。それがいったい何なのかって。パパからカグヤの護衛の話を聞いて、帝国の士官学校に行くって知った時、シャーリィは真っ先に立候補した。パパたちは凄く驚いていたけど、それでも何かわかるかもしれないって思ったから」
「なるほど。それがそなたがトールズに来たわけか」
「《西風の妖精》の姿を見て、何かわかるんじゃないかなって思ったけど、全然ダメだね。それどころか、シャーリィまで腑抜けちゃった感じがするし」
「なぜ、そう思うのだ?」
「あの坊ちゃんだけど、会うたびに睨みつけてきてさ。正直、うざったいし、バレないようにぶっ殺そうかと思ったこともあった。特に、今日の戦いなんて本気で殺そうって思っていたのに、結局、殺さなかったし」
「それが腑抜けていると思っている理由か」
「うん。仕事に支障をきたすのなら身内であっても容赦はしないのが、《赤い星座》のルールだからね。それにあんな雑魚ども相手に苦戦するなんて、パパたちが見たら幻滅ものだよ。旧校舎での一件もあるし、学院に入ったせいで腑抜けちゃったなって思ったんだよ」
「いや、それは少し違うと思うぞ」
落ち込むシャーリィの言葉にラウラが否定した。予想外の返答にシャーリィは少し目を丸くした。
「フィーが言っていたのだが、そなたの実力は最後に会った時よりも強くなっていた。今回の戦闘を見ても、そなたが腑抜けているとは思えない」
「けどさ……」
「これはあくまでも、私個人の考えだが、そなたは弱くなったのではなく、弱くなったと感じていただけではないのか?」
「? 同じことじゃない?」
「違う。猟兵との戦闘で、そなたはいつもよりも少し焦っているように見えたとフィーが言っていた。カグヤの護衛として来たならば、彼女の安全のみを考えているはずが、あの時のそなたは、彼女だけでなく、エリゼたちのことも気にしていた。オスカーに叱っていた事もそうだ。あれはカグヤだけでなく、エリゼたちを危険な目に合わせた事に対する怒りだったのではないのか?」
「それは……」
ラウラの言葉が信じられないのか、反論しようとするシャーリィだったが、言葉が見つからず、言い淀んでしまった。
「もしそうならば、そなたは弱くなってはいない。望む結果が出せなかったことに、今のままでは力不足であると感じているだけだ」
「いや、そんなまさか……」
「では、逆に問おう。もしも、あの時にカグヤのみを助けようとしたのなら、そなたは猟兵として、どのように動くつもりだ?」
その問いかけにシャーリィは一度、落ち着いて、頭の中を整理する。そして、歴戦の猟兵である彼女はすぐに答えを出した。
「エリゼたちを囮にして、カグヤだけをその場から離脱させるね。その時に誰かが犠牲になっても、気にしないだろうね」
「だが、そなたはその行動を取ることはなかった。あの時のそなたはカグヤだけでなく、エリゼたちも助けようと動いていた」
「何でだろうね」
なぜ、いつものように動けなかったのか。なぜ、自分がそのような行動をしたのか。いくら考えても本気でわからないシャーリィは、難しい顔を作っていた。
その姿にラウラは優しげな笑みを浮かべていた。
「シャーリィ、学院生活は楽しいか?」
「え? ……まぁ、悪くはないかな」
突然の質問に対して、シャーリィは戸惑いながらも答えた。
楽しい。それがシャーリィの偽りのない気持ちだった。
猟兵の世界では体験したことがないことがたくさんあった。
カグヤたちと一緒にクッキーを作った。
クラブに入って、ラクロスを楽しんだ。
Ⅶ組全員で風呂づくりに取り組んだ。
中には面倒なことや、バカらしいこともたくさんあったが、一ヶ月過ごした学院生活は、今までで一番楽しいと思ってしまった。
「その生活を共にしてくれるエリゼたちを、そなたは大切に思うようになった。その想いが身体を動かしたのだろう」
「そういうものかな?」
「強者と相対した時、無意識に戦いたいと身体がウズウズすることがあるだろう? それと同じようなものだ」
「あ、それならシャーリィもわかるね」
「彼女たちを守ることはできたが、彼女たちを危険な目にあわせてしまったことに、そなたは力不足を感じた」
「だから、それはシャーリィが腑抜けちゃったからじゃないの?」
「いいや、ただ敵を倒すだけならば、そなた一人だけで簡単に終わらせたはずだ。だが、守るとなると話が変わる。自分だけでなく、その者たちも守らなければならない。それは敵を倒すことよりも難しいことなのだ」
「シャーリィが腑抜けているんじゃなく、思っていた結果を生み出せなかったから、弱くなったと勘違いしてたってこと?」
「私はそう感じた。今まで無関心を貫いていたオスカーに、怒りの感情を覚えたのがその証拠ではないのか?」
ラウラから答えをもらい、シャーリィは皺を寄せて考え込んでしまう。すると、バタバタと足音が聞こえ、バルコニーに一人の男が現れた。
「ここにいたのか」
槍を片手に現れたオスカーに目を丸くするラウラだったが、彼はシャーリィの方に顔を向ける。
「シャーリィ・オルランド。貴様に用がある」
「何? あの戦闘での文句なら受けつけないよ」
「それに対しては否は完全に私の方にある」
意外な返答に目を丸くするシャーリィ。そそれを気にする様子はなく、オスカーは一歩、前に踏み出す。
「シャーリィ・オルランド。貴様との一騎打ちを申し込む」
「は?」
「この戦いで見極めたいのだ。猟兵とは何なのか。そして、私自身がどうしたいのかを」
その言葉を聞き、シャーリィは彼の雰囲気が変わったのを感じ取った。会うたびに感じていた刺々しい雰囲気は静まっていた。
フィーが彼の後を追ったことを思い出して、彼女が何かしたのだとシャーリィは察した。
(それにこの感じ……)
真剣な面構えで見てくるオスカーに、シャーリィはどこか既視感のようなものを感じていた。そして、彼女の本能は告げるのだった。
「……いいよ。その勝負、受けてあげるよ」
この戦いに答えがあるかもしれないと。