英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~   作:魔ギア

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第三十九話 決闘

 アルゼイド邸から少し離れた場所に建てられたアルゼイド流の練武場。

 すでに外は夜になっている中、道場内には明かりが灯されていた。

 

「ここならば、好きに暴れても問題ない。存分にやるがいい」

 

 道場中央にはラウラが立っており、彼女を挟むようにオスカーとシャーリィが互いに得物を手にして向かい合っていた。

 

「ったく、よりにもよって、何でこんな時間にやるんだ」

「速めにやって越したことはないよ。私とラウラも深夜の公園でやりあったし」

 

 離れた場所には、これから始まる一騎打ちを見物しようとメイたちが集まっていた。休みたいと愚痴るメイにフィーはオスカーたちの姿を見て、去年のことを思い出していた。

 

「エリゼさん、どこに行かれたのでしょうか……」

「彼女の事は心配ないわ」

「サラ教官、何か知っているのですか?」

「えぇ。今は信頼できる人と一緒だから心配する必要はないわ」

 

 エリゼを心配するカグヤにサラは優しく説いて安心させた。その隣ではトヴァルが周りを見回していた。

 

「アークライドはどうしたんだ? 帰っちまったのか」

「はい。明日も早いからと宿へと帰られました」

「そっか。ま、明日、改めて聞きにいきますか」

 

 外野が騒がしくなる中、中央では張り付いた空気が漂っていた。

 

「少し……意外だった。まさか、貴様が一騎打ちを受け入れてくれるとは」

「ま、シャーリィも思うところがあるってだけだよ。別にあんたの気持ちを汲み取ったわけじゃないから」

「そうか。こちらとしてはありがたいことだがな」

 

 辺りが静まるのを確認したラウラは、オスカーとシャーリィを交互に見ると、口を開いた。

 

「勝負は一本勝負。アーツや道具などは自由に使っていい。先に相手を気絶させるか、降参させた方を勝ちとする。異存はないな」

「オッケー」

「承知した」

「よろしい。それでは双方、構え」

 

 ラウラの合図にオスカーとシャーリィが武器を構える。

 槍の先端を下にし、姿勢を低くするオスカー。

 《テスタ=ロッサ》を背に構え、仁王立ちするシャーリィ。

 両者が相手を睨みつけ、その時を待った。

 そして、

 

「始め!」

 

 戦いが始まった。

 先手はオスカー。床を強く蹴って、正面からシャーリィに突っ込む。

 

「ハァアア!」

 

 目にも止まらない連続の突き。残像を作る無数の槍がシャーリィに襲いかかる。

 

「アハハ! 遅い遅い!」

 

 しかし、シャーリィは焦りもせずにオスカーの連撃を見切る。時には躱し、時には弾くなどして、オスカーの攻撃を全てしのいだ。

 

「ならば!」

 

 オスカーは後ろに下がり、シャーリィの周囲を走り始めた。

 身体を前屈みにして速度を上げる。シャーリィは追うことはしずに、その場に佇んでじっと待つ。

 

 ダンッ!

 

 強く蹴る音と同時に金属音が鳴る。背後から襲撃したオスカーだったが、防がれてしまった。

 オスカーはそのまま追撃を行わず、すぐに下がり、再び走り出した。

 今度は先程よりも速度が上がり、オスカーの姿が目視しづらくなる。

 

「ガイウスとは違う戦い方だね」

「あぁ。小回りや切り返しなどの敏捷性を活かした戦法。相手の力を少しずつ削っていき、隙を生み出す」

「どちらかというとフィーの戦い方に似てるわね。体格差がある分、パワーとスピードは彼の方が上だけど」

 

 外野ではフィーが同じ槍使いの仲間と比較し、トヴァルとサラはオスカーの戦い方をそれぞれ評価していた。

 

「でも、ダメでしょうね」

「うん。《血染めのシャーリィ》がこんなのでやられるわけがない」

 

 元猟兵の二人は厳しい現実を突きつけた。

 オスカーの攻撃が激しさを増す。何度もシャーリィの死角を突き、何とか隙を作りだそうとするが、一向に隙が生まれなかった。

 

(これ程とはっ!)

 

 攻めるオスカーはシャーリィの技量に内心、舌を巻いていた。同世代の女性で自分の攻撃を全て受け止める者は過去に一人もいなかった。自分の攻撃が全く通用しないことにオスカーは少しずつ焦りを生み出す。

 

(だが、このまま押し通す!)

 

 しかし、この戦法以外に方法はない。オスカーはさらに加速し、攻め数を増やした。

 すでに彼女の目ではオスカーの動きを追うことはできない。だが、シャーリィはその場から一歩も動かずにオスカーの攻撃を防いでいた。

 

(こ、こいつ……っ!)

 

 シャーリィの様子に気づいたオスカーは瞠目する。なんと彼女は両目を閉じたまま、彼の攻撃を防いでいたのだ。

 数多の戦場を駆け抜けた猟兵としての恐るべき勘。襲い掛かる殺気を獣のように反応して、ほぼ無意識に彼の攻撃を弾いていた。

 

(左、右、後ろ、前、右、右、後ろ、前……、何か、面倒くさいなぁ~)

 

 攻撃をしのいでいるシャーリィだが、今の状況に少し飽き始めていた。

 しかし、何かしらのアクションを起こせば、そこを突かれてしまう。

 

(……お、そうだ)

 

 何かを思いついたのか、シャーリィは口端を上げた。それを見て緊張を走らせたオスカーだったが、落ち着いて攻撃を続けた。

 

「ハァッ!」

 

 再び刺突。何度目かもはやわからない金属同士の衝突音が鳴り響いた。すると、シャーリィが身体を大きく後ろにのけぞり、懐ががら空きとなった。

 

(! 今!)

 

 ようやく生まれた隙。オスカーはそこからさらに一歩、踏み込む。

 

「取った!」

 

 槍の一撃が繰り出される。一直線に向かう槍はそのまま彼女の胴体を貫いた。

 

「つーかまえた♪」

「なっ!」

 

 足元に血を流すシャーリィが槍をがっちりと掴んだ。当たる直前に身体を捻って致命傷を避けたシャーリィは、そのまま脇を閉めて槍を拘束した。

 

「これじゃあ、逃げられないね!」

 

 空いた手に持った《テスタ=ロッサ》を振り上げる。

 

「させんっ!」

 

 振り下ろされる前にオスカーが腕を伸ばして彼女の腕を捕まえる。しかし、止められたにもかかわらず、シャーリィは笑みを浮かべた。

 

「アハッ、肩が空いてるね」

「何をっ……」

 

 オスカーが眉を潜めていると、シャーリィはゆっくりと口を開いて、鋭く光る歯を見せつけた。

 

「いっただきま~す!」

 

 オスカーと距離を詰めて、彼の肩をガブリと噛みついた。少女とは思えない顎の力で、噛まれた肩から血が飛び散った。

 

「が、あぁぁっ!!」

 

 強烈な痛みにオスカーは槍を手放した。シャーリィは槍を投げ捨てると、一歩下がって横蹴りを放った。

 

「ごふっ!」

 

 脇腹に直撃。オスカーは吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。

 

「オスカーさん!」

「なんつー戦い方だよ」

 

 見物していたカグヤがオスカーの身を案じる中、メイは口周りを血で濡らすシャーリィの姿に顔を歪ませた。

 

「今のはいい判断だったよ。もうちょっと遅れたら、噛み千切っていたかもね」

「ハァ……、ハァ……」

 

 肩を抑えながら立つオスカーは、口周りの血を拭うシャーリィの姿に身を震わせていた。彼女の戦いは何度か見たことがあり、強いことは当然、わかっていた。

 

(敵として相手するとここまで違うとはっ!)

 

 彼の目には彼女の姿が人を喰らう獰猛な肉食獣に見えてしまう。

 肩から来る激痛と手をつたう血の感触が、オスカーに強烈な寒気を感じさせた。

 

「武器がなくなっちゃったけど、まだやるの? ま、その肩じゃ、槍をまともに振れないだろうけど」

「くっ……、まだだ!」

 

 オスカーは再び走る。攪乱して槍を取ろうと動くが、

 

「遅くなってるよ」

「がっ!」

 

 背後を取られてしまい、またもや吹き飛ばされてしまう。しかし、オスカーは再び、立ち上がって走り続ける。

 

「しつこいな~。いい加減、くたばっちゃいなよ!」

 

 そこから先はもうリンチに近かった。

 走り回るオスカーを追いかけて地面に叩きつけた。そのたびにオスカーは何度も立ち上がり、そのたびにシャーリィは彼を打ちのめした。

 

「も、もう中止したほうが……」

「やめろ。まだ、あいつは降参してねぇだろう」

「で、ですが……」

 

 さすがにまずいと思い、カグヤが中止を呼び掛けるが、オスカーがそれを制止する。フィーたちも顔を険しくしているが止める様子はなかった。

 

「男が意地を張ってんだ。女が邪魔してんじゃねぇ」

 

 そうしている間にも戦いは続く。

 いや、もはや戦いにすらなっていなかった。

 すでに走ることすらできず、フラフラと立つオスカーをシャーリィは殴り倒すが、オスカーはゆっくりと身体を起こそうとしていた。

 

「……何でそこまでやるわけ?」

 

 何度も立ち上がるオスカーの諦めの悪さにシャーリィは問いかける。それに対して、オスカーは口からにじみ出る血を拭き取りながら彼女の問いに答える。

 

「わた……しは……、負ける、わけにはいかないのだ」

「何で?」

「まも……らねばならぬ者が、いるからだ

 

 偶然、近くに落ちていた自身の槍に気づき拾い上げる。それを杖の代わりにして、身体を持ち上げさせる。

 

「父上が倒れ、もう戦うことができなくなった。……あの人が守ってきたものを……、今度は私が、守らねばならぬのだ」

「守ってきたもの……」

「母上やゼシカ、そして、父上を慕う民や門下の者たち……。シュライデン伯爵家の当主としてあの人が背負ってきたものを、今度は私が背負わなければならぬのだ。」

 

 片腕片脚を失ったシュライデン伯爵は内戦後に槍を下ろした。今は伯爵家当主としての仕事を行っているが、少しずつ力が衰えている。

 オスカーはトールズを卒業した後、父親から当主の座を譲り受けることになっていたのだ。

 

「私には責任があるのだ。父上が戦えなくなったのは、他でもない私が弱かったから。だから、父上に代わって、私が守り、戦わなくてはならないのだ!」

 

 オスカーは立ち上がった。顔は腫れあがっており、足はぶるぶると震えていた。しかし、彼は踏み止まって、決して倒れることはなかった。

 

「過去に固執して、猟兵に八つ当たりをして、認めたくない現実に目を背けてきた。だが、それは今日で終わりだ。この戦いで私は証明してみせる。父上から教わったシュライデンの槍が、守りたいという強い意思が、貴様なんかには負けないと証明する!」

 

 その言葉にシャーリィは目を見開いた。そして、彼の姿がある人物と重なって見えた。

 

(そうか……。似てるんだ。リーシャに)

 

 リーシャ・マオ。去年、クロスベルで出会った好敵手で、自分を打ち倒した女性。

 カルバード共和国で恐れられた伝説の凶手《(イン)》。高い実力を持っていた彼女は表の世界に入ったことで、その研ぎ澄ませていた刃が丸くしてしまった。

 彼女を元の強者に戻そうと、彼女が大事にしていたものを壊そうとした。

 しかし、彼女は復讐を果たそうとはせずに、自分が歩んだ道は間違っていないと証明するために戦った。

 あの時に向けてきた強い眼差しが、今、目の前でボロボロになっている男と重なった。

 実力なんて彼女よりも遥か下。比べるまでもないくらい弱い相手だ。

 だが――

 

「いいよ。最後まで付き合ってあげるよ。……でも、次で最後だから」

 

 オスカーはもはや限界。立つことだけで精一杯だ。槍を振るとしても、おそらく、次の一撃が最後だ。

 それは彼も理解していた。だから、彼女の案を受け入れて、最後の攻撃に入る。

 

(次で最後……。今、持てる全てをぶつけるっ!)

 

 身体中が悲鳴を上げる。視界が霞む。今にでも倒れてしまいたい。

 それら全てを押し殺し、オスカーは前に踏み出した。

 

「……行くぞぉおおおおーーーー!!」

 

 トップスピード。己の身体を一本の槍とし、目の前で自分を迎え撃つ戦士に一撃をぶつける。

 

「貫けぇええ!!」

「でぇぇりゃああ!」

 

 交差する。甲高い音を鳴らして、二人はすれ違った。

 背を向けたまま、その場に佇む二人。道場が静寂に包まれる中、戦いを見守っていた者たちはその結末を見届けた。

 

「…………あぁ」

 

 ボトッと何かが落ちる。手から槍を落としたオスカーは、ひどく穏やかな顔を浮かべた。

 

「勝ち、たかったな……」

 

 その言葉を最後に彼はうつ伏せとなって、意識を手放した。

 シャーリィは構えを解いて、倒れたオスカーを見下ろした。彼女の頬には小さな赤い線が刻まれ、そこからうっすらと血が流れ出ていた。

 

「勝負あり! 勝者、シャーリィ・オルランド!」

 

 勝敗が決し、ラウラは高らかに宣言した。それを聞き届けたシャーリィはオスカーの下へと向かい、懐から何かを取り出した。

 

「あれはゼラムパウダー?」

「めちゃくちゃ高級品じゃねぇか」

 

 シャーリィはそれを躊躇いもなくオスカーに振りかけた。強張っていた彼の顔は穏やかな表情へと変わり、静かに眠った。

 

「どうだった、彼との戦いは?」

「まだまだ、シャーリィには届かないね。でも、まぁ……」

 

 尋ねてきたラウラにシャーリィは淡々と答えるが、彼が付けた唯一の傷に手を持っていき、拭って手に付いた血に目を落とした。

 

「ちょっとは楽しめたかな」

「……そうか」

 

 微かに柔らかな笑みを浮かべるシャーリィにラウラは満足そうに頷くのだった。

 

「ふぅ……。どうやら、最悪の事態にはならなかったな」

「そうだね。……でも、ちょっと意外だった」

「そうね。まさか、彼女があんなことをするなんてね」

 

 死人が出なかったことに安心するトヴァルに対して、フィーとサラはオスカーを治療するシャーリィの行動に目を丸くした。

 

「これで明日は少し安心できそうですね」

「そうなることを祈ってるぜ」

 

 カグヤとメイは先月から続く二人の関係に光明が見え、明日の実習に期待と安心を乗せた。

 

「そんじゃ、帰るぞ。明日も早ぇんだからな」

「ちょっと、メイがこいつを持ってってよ」

「んあ? テメェがぶちのめしたんだから、テメェが運べよ」

「一緒の部屋なんだから、ついでに持っててもいいじゃん」

 

 シャーリィはオスカーを引きずって、荷物を渡すかのようにメイの前に突き出す。回復しているとはいえ、首根っこを掴まれて乱暴に扱われるオスカーに、ラウラたちは同情の視線を送った。

 

「そんで、エリゼの件はどうすんだ? そこの遊撃士の女は何か知ってるみてぇだが」

 

 メイはサラに視線を送り、他の皆も彼女に目を向ける。

 

「言ったでしょ。彼女は今は信頼できる人と一緒だから心配する必要はないって」

「その信頼できる奴って誰なんだよ。テメェが信頼していても、俺らはそいつを知らねぇんだぞ」

「そんなにかっかしないの。お姉さんの言葉を信じなさい」

「何がお姉さんだ。そんなふうに無理なアピールばっかりするから、いまだに男ができねぇんだろう」

「酒好きやオジサマ趣味っていうのもあるけどね」

「あ、あんたたち~~~~!!」

 

 メイとフィーの容赦ない指摘にサラは苦虫を嚙み潰したような顔で二人を睨みつける。それに苦笑いをするカグヤはサラに問いかけた。

 

「それで今、エリゼさんは誰と一緒に?」

「帝国最高峰の剣士よ」

「え?」

 

 カグヤは目を丸くする。その反応にサラはニッと笑った。

 

「ヴィクター・S・アルゼイド。《光の剣匠》と呼ばれている帝国最強の剣豪の一人よ」

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