英雄伝説 閃の軌跡2.5 ~Trajectory of mavericks~ 作:魔ギア
メイと別れたアルフィンはある場所に向かっていた。
「グラン教官は渡したい物があると言っていましたが……」
他のクラブを見学しようとしていたアルフィンだったが、道中でグランと出会い、学生会館に向かうように頼まれたのだった。
「生徒会長がお前たちⅦ組に渡したい物があるそうだ。俺はこれから帝都に向かわなければならないから、代わりに取ってきてくれ」
そう言って学院を立ち去ったグラン。Ⅶ組全員に関わることだと理解したアルフィンはクラブ見学をやめて、学生会館へと向かうのだった
「まぁ、行ってみればわかりますわね」
早速、学生会館前に辿り着いたアルフィンは、そのままの中に入ろうとする。
「アルフィン殿下!」
その時、隣の図書館の方からアルフィンを呼び止める声が届いた。彼女は声がした方に振り向くと、そこには白い制服を着た貴族生徒たちが集団となってアルフィンに近づいてきたのだ。
「あなた方は?」
「はい! 本年度から入学して参りました。一年のモートン・テルドールと言います」
集団の先頭に立つ逆立った金髪の男。顔立ちは良く整っており、制服越しでもわかるほど鍛えられた肉体。そして、白い制服と相反する黒い腕章を付けた美青年――モートンは背筋を伸ばして、紫色の瞳をアルフィンに向けていた。
「ごきげんよう、モートンさん。それで私に何かご用ですか?」
用事があるものの、特に急ぎというわけではなかったアルフィンは足を止めて、モートンの話に耳を傾ける。
「名前を覚えていただいて光栄です! 実は殿下と出会ったら、一度、しっかりとお話ししようかと考えておりまして。これから、我々が住む第一学生寮で食事をしようかと思いますが、よろしければ、殿下も一緒にいかかでしょうか?」
爽やかな笑みを見せて、アルフィンを誘うモートン。彼の後ろで待機している貴族生徒たちは期待した視線をアルフィンに送っていた。
「モートンさん、お誘いはありがたいのですが申し訳ありません。皆さんとお食事またの機会にしていただけませんか?」
「い、今は無理だということでしょうか?」
「これから生徒会室に向かうところなのです。グラン教官から、生徒会長からある物をもらうように頼まれておりますので」
断れるとは思わなかったのか、モートンは戸惑いを見せる。そんな彼の様子に気づいたアルフィンは波風を立てないように柔らかく断った。しかし、
「教官に頼まれて? 殿下、それは真なのですか?」
「え、えぇ。そうですが……」
突如、顔色を変えたモートンに、今度はアルフィンが戸惑いを見せる。すると、モートンの顔は次第に険しいものへと変わっていった。
「不敬なっ! 殿下を使いっ走りのようなまねをさせるなどっ!」
「モ、モートンさん?」
「我々が近くにいれば、そのような愚行を見過ごすことはなかった。殿下、今すぐに職員室に参りましょう」
「なぜ、職員室に?」
「クラスを変えていただくためです! 貴方様はやはり、あのⅦ組などという寄せ集めの集団はふさわしくない! 我々、Ⅰ組の生徒になるのがふさわしいのです!」
「……それはどういう意味ですか」
声を荒らげるモートンに眉を潜めるアルフィン。だが、興奮しているモートンはそのことに気づいていない。
「アルフィン殿下。貴方様はエレボニア帝国の未来を担う皇女。我らの主となる御方です。そんな方を、そこいらの平民風情と同じように扱うなど万死に値します!」
「それは、私がⅦ組にふさわしくないことと何の関係があるというのですか?」
「ありますとも! そのような雑事は我々が、いや、我々、貴族の威光に隷属する平民にやらせればいい! そのような……」
「黙りなさい、モートン・テルドール」
舌を捲し立てるモートンをアルフィンが止める。彼女には似つかわしくない低い声がモートンの耳に入る。
「平民は断じて、あなた方に、貴族に隷属される存在ではありません。貴族と平民。その双方の存在があるからこそ、今の帝国が成り立っているのです。決して、どちらかが支配する存在でも、支配される存在でもありません」
「いいえ! そもそもその在り方が間違っているのです! 平民と貴族が対等になるなど、あってはならないのだ! ましてや、誇り高き血筋を持つ我々を差し置いて、あのような浮浪児が英雄になるなどっ!」
「……それはリィン先輩のことを言っているのですか?」
浮浪児。そして、英雄。その二つに当てはまる人物など一人しかいない。
「ユミルの領主が拾ってきた出自のわからない浮浪児。貴族の血を引いていない愚者が貴族を名乗り、英雄と呼ばれて周りから賛美される。本来、そのような恩恵を受けるべきなのは我々であり、あのような偽物ではない! そんな奴を称える貴族も、愚かな平民も、誇り高きエレボニア帝国人の恥であることを自覚するべきだ!」
「っ、あなたは!」
リィンだけでなく、彼を慕う者たちを侮蔑する発言。リィンを、そして、帝国に住む民たちを大切に思っているアルフィンは、モートンのあまりの物言いに我を忘れて、彼に迫ろうとする。
だが、その時――、
「何の騒ぎだ!」
バンッ、と学生会館のドアが大きく開いた。学生会館の中から一人の貴族生徒が出てきた。
「……パトリック会長」
鋭い視線をこちらに向けるパトリックの登場に、アルフィンは先程までの怒りを静める。一方、モートンたち一年貴族は、パトリックを目の敵と言わんばかりに睨みつけていた。
「パトリック・ハイアームズ!」
「先輩をつけろ。モートン・テルドール。ここは学生会館の入り口だ。出ようとしている生徒たちが通せん坊にされて困っているのだぞ」
アルフィンは開いたドアを覗き見る。するとそこには、何人かの生徒たちが集まっており、アルフィンたちの様子を見守っていた。
パトリックの発言を理解したアルフィンは申し訳なさそうに頭を下げる。
「も、申し訳ありません。皆さんのご迷惑をおかけしました」
「殿下、次からは注意するようにしてください。ここを利用する方はたくさんいらっしゃいますので」
「はい。以後、気を付けます」
「おい、貴様! 殿下になんという口の利き方をしているんだ!」
アルフィンに説教をするパトリックを見て、モートンは彼に詰め寄る。だが、パトリックは顔色を変えないでモートンに向き合った。
「士官学院の規則では、在学している学生たちの立場は対等な者だ。そこには平民も、貴族も、もちろん皇族も関係ない。私はこの学院の先輩として、後輩である殿下に注意を呼びかけただけだ」
「不敬な。《貴族連合》に楯突き、平民どもと結託した裏切り者が!」
憎悪を込めた視線をパトリックに向けるモートン。彼の後ろにいる貴族生徒たちも賛同して野次を飛ばしてきた。
「貴様ら学院生どもが出しゃばらなければ、このような……」
「それ以上の口は慎め、テルドール」
パトリックの一声にモートンたち貴族生徒は一気に静まった。いくつもの修羅場をくぐった凄みのある声。パトリックは腕を組んで、モートンに問いかける。
「貴様の発言はドア越しから聞こえていた。その上で貴様に一つ問うぞ。……平民の血を引く者を愚者と侮蔑しているようだが、それはつまり、貴様はアルフィン殿下の兄君であるオリヴァルト殿下をも侮辱しているのか?」
「なっ、そ、それは……」
先程まで息巻いていたモートンは勢いを沈めて、あたふたと焦り出す。
アルフィンの兄であり、帝国の第一皇子であるオリヴァルト・ライゼ・アルノール。彼が庶子の身であることは周知の事実であり、そのことから王位継承権が弟のセドリックにあるというのも有名な話だ。
「どうした? シュバルツァーには散々な物言いを言っておきながら、オリヴァルト殿下には何も言わないのか? あの方も貴様の言う、平民の血を引いた愚者ではないのか?」
「くっ!」
「自分の言葉には責任を持つんだ。世の中には言っていいことと悪いことがある。……僕もそれを学院生活を通じて、身に学んだ」
何を思い出しているのか、一瞬、苦い顔を浮かべるパトリックだったが、すぐに切り替えて、その場で手を叩いた。
「それでは解散しろ。これ以上は他の生徒たちの迷惑になる。それとも、まだ何か言いたいことがあるのか?」
「……チッ!」
モートンは謝罪もせずに踵を返して立ち去った。彼に追従していた貴族生徒たちもパトリックを睨んだ後、モートンの後を付いていくのであった。
「ふぅ……、まったく、昔の自分を思い出してしまうよ」
「あの、パトリック会長」
「あ、申し訳ありません、殿下。もしかして、私に用があるのですか?」
「はい。グラン教官から会長が私たちⅦ組に渡したい物があるとお聞きしておりまして」
「それを取りに来たのですか。……エリゼ君ではなかったか」
「はい?」
「ゴホンッ! いえ、何でもありません。それでは生徒会室に案内します。どうぞ中へ」
一瞬、落ち込んだ表情を浮かべるパトリックだったが、すぐに何事もなかったかのように、アルフィンを生徒会室に連れて行くのであった。
~~~~~
生徒会室は学生会館二階の奥に設置されており、途中で他の生徒と何度もすれ違うが、アルフィンはパトリックの後を追って、生徒会室へと入った。
「どうぞ、お受け取りください」
パトリックはデスクに置いてあった十冊の手帳をアルフィンに渡す。受け取ったアルフィンは一冊の手帳を開いた。
「これは、学生手帳ですか?」
最初のページには自分の名前と顔写真が載ってあった。
「はい。Ⅶ組の学生手帳は他のとは内容が異なっているのです。《ARCUSⅡ》の操作方法などがそうですね」
「そういえば、《ARCUSⅡ》は私たちしか持っていませんでしたね」
「はい。それの記載も含めて、提出が少し遅くなりました。誠に申し訳ございません」
頭を下げるパトリックにアルフィンは慌てて手を横に振る。
「い、いいえ。そういう事情ならば仕方ありません。それにパトリック会長には入り口で助けていただいたので、こちらからもお礼を言います」
お礼を述べるアルフィンに対して、彼女に感謝されたのが恥ずかしいのか、パトリックは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「気にしないでください。ああいった問題を止めるのも生徒会の務めですから」
「あの、先程のモートンさんのセリフですが。彼はやはり……」
「えぇ、彼の実家、テルドール伯爵家は去年の内戦の時、《貴族連合》に所属しておりました」
パトリックは来客用の席にアルフィンを座らせて、反対側の席に座る。
「テルドール伯爵家はラマール州にオルディスに拠点を置いており、カイエン公爵家と深い繋がりがあることで有名です」
「カイエン公爵家と……」
《四大名門》の一つであるカイエン公爵家。その前当主であったクロワール・ド・カイエンは《貴族連合》の主宰として活動し、《十月戦役》を引き起こした。今はとある拘置所に幽閉されており、公爵の爵位を剝奪されている。
「内戦が終わり、《貴族連合》は事実上、解体されておりますが、未だに《貴族連合》の思想を抱いている者たちが各地に残っています」
「テルドール家もその一つと?」
「はい。《新生貴族連合》と新たなグループを立ち上げて、その思想は少しずつ広めているのです。殿下、彼らが付けている腕章を見ましたか?」
モートンの腕に付いていた黒の腕章。彼だけでなく、彼に追従していた貴族生徒たちも同じデザインのものを付けていたことをアルフィンは思い出す。
「あの腕章が《新生貴族連合》に属している証になっており、ごく少数の貴族が彼らに属しています。父上も彼らには目を光らせており、私そして、教官たちも学院内での彼らの行動には常に注意しております。殿下も彼らにはご注意ください」
「わかりました。ですが、そのようなグループが立ち上がっていたなんて」
何も知らなかったことに落ち込んでしまうアルフィン。改めて、自分の無知さを思い知らされてしまう。
「では、お話はここまでにしましょう。まだ、やらなければならない仕事が残っておりますので」
「あ、そうなのですか。申し訳ありません。お時間を取らせてしまって」
「いいえ。呼ぶように頼んだのは私の方です。それに仕事と言っても、そんな難しいことではありませんから」
パトリックはデスクの方に顔を向ける。そこには手紙が束となって積まれていた。
「あの手紙は?」
「トリスタに住む人たちからの依頼です。生徒会は学校の運営だけでなく、こういったボランティア活動のようなものも取り組んでいるのです。もっとも、そのほとんどはシュバルツァーがやっているのですが」
「リィン先輩がですか?」
「はい。去年から彼は生徒会の手伝いとして、自由行動日には毎回、こういったことをやっています。本人も満更ではないようですが、政府からの要請を受けている今年はできるだけ、その負担を減らしたいのです」
アルフィンは一度、手紙に視線を向ける。その脳裏には国のために奮闘している先輩の姿がチラついた。
「パトリック会長。その手伝い、私が請け負ってもよろしいでしょうか?」
「殿下?」
「私は今、どの部活にも入っていませんので、自由行動日は特に予定がありません。それに私もリィン先輩には、これ以上の負担はかけたくありません。少しでもお力になりたいのです」
「いや、しかし、それは……」
皇族にそのような雑事をやらせるのはマズいのではと、パトリックは一瞬、拒否しようとしたが、ふと何かを思いついたのか、静かになって考え込む素振りを見せる。
「会長?」
「殿下。念のために、もう一度お伺いいたしますが、本当によろしいのですか?」
「はい。私がそう望んでいるんです」
「……わかりました。殿下がそこまでおっしゃるのならば」
「ありがとうございます、パトリック会長」
「それでは、明日、いくつかの依頼をお任せします。明日の朝、ポストに入れておきますので、お願い致します」
こうして、アルフィンはリィンの代わりに生徒会の手伝いをすることとなった。